「お、聞いたでななみん。次は王子と弓場さんみたいやな。大変やろうけど頑張りや」
部屋に戻って来るなり、開口一番生駒はそう告げた。
丁度、七海達も対戦組み合わせを確認した所だったのだろう。
携帯端末を見ていた姿勢から顔を上げ、生駒に向き直った。
「ななみんってなんですかななみんって」
「そらあだ名やで? 呼び易くてええやんか。フレンドリーやし」
生駒は「王子のよりマシやろ」と笑い、七海もそれには内心同意する。
王子は初対面の人間だろうが頓珍漢なあだ名を勝手に付けて呼ぶ、という困った癖がある。
那須はナース、熊谷はベアトリス、茜はヒューラー、小夜子はセレナーデ。
七海に至っては、シンドバットという何処をどうすればそうなるのか初見ではまず理解出来ないであろうあだ名で呼んでいる。
それに比べれば、生駒の呼び方はまだマシな方だろう。
「ふふ、随分可愛らしいあだ名じゃない。ねえななみん」
「勘弁してくれ、玲。いつも通り呼び捨てで良い。調子が狂う」
「あら、ごめんなさい。そうよね、玲一は玲一よね」
くすくすと笑いながらからかう那須に、七海は苦笑する。
以前の、負い目で雁字搦めだった頃よりも那須は本当の笑顔を見せる事が多くなっている。
以前の、能面じみた仮初の笑みではない。
本当に心の底から、笑う事が多くなっている。
自分も、那須に対して以前のような遠慮がなくなっている。
どちらにせよ、良い変化だと思っている。
まあ、少々ブレーキが壊れる事はあるがそれもまた愛嬌だ。
愛が重い程度では、愛想を尽かす理由にはならない。
こちらに対する好意で暴走しがちになるのなら、それごと受け止めてしまえば良い。
少なくとも七海は、そう考えていた。
「あー、お二人さん。生駒っちが凄い顔してるからそのあたりでね」
「ちゃうねん、美少女とイチャついて羨ましいとか思ってへんで。ホンマやからなホンマ」
そう言いつつも、生駒は七海と那須のやり取りを据わった目でガン見していた。
両腕で頭を抱えており、恐らく仲睦まじい男女のやり取りを見て色々と悶々としてしまったのだろう。
分かり易く悶絶している生駒を見て、七海は苦笑する。
そして七海は那須に「今はこのへんで」と声をかけ、那須も笑顔で了承した。
…………そのやり取りを見て生駒がカッと目を見開いた気がするが、まあ気の所為という事にしておこう。
もしもこの場に小夜子がいればより場が混迷していたであろう事は想像に難くはないが、男性恐怖症の彼女は今回も留守番だ。
代わりに小南が料理を携えて小夜子の元に突貫している筈なので、今頃は彼女に色んな意味で振り回されている事だろうが。
「そんで、今回は勝てそうなんか? 王子はあれで中々えぐい事しはるし、弓場さんは弓場さんやで?」
「少なくとも、負けるつもりで戦う気はありませんね」
「言うやないか。ええでええで、それでこそや」
仮にも俺を倒したんやから強キャラぶって貰わんと困るでー、と生駒は軽く言うが、七海はその言葉を重く受け止めた。
生駒自身は気にしていないようだが、正真正銘の上位攻撃手である生駒を撃破した以上、それに恥じぬ戦いをする義務が七海にはある。
仲間の援護ありきでの一騎打ちではあったが、そもそも集団戦とはそういうものだ。
今後は東を撃破した時のように、生駒を倒した男、としての認識も持たれる筈だ。
故に、無様な戦いは出来ない。
頑張りましたが出来ませんでした、ではお話にならないのだ。
結果を求めて戦う以上、臨む結果を手繰り寄せられなかった時点で
無論敗戦の経験も改善点の洗い出しという点で意味はあるが、これはそういう実利の話ではない。
要は、
凄い相手に勝ったのだから、それに相応しい戦いをしたい。
つまるところ、それだけなのだ。
そして、そんなプライドに全霊を懸ける程度には、七海は
どうせやるのなら、高い目標を立てて徹底的に。
それが、七海のスタンスなのだから。
「ただ、王子はあれで中々の負けず嫌いやで。前してやられた分、リベンジに燃えとるやろうから注意せなあかんやろな」
でないと、と生駒は告げる。
「奴さんの手に、乗せられてまうで」
「次の対戦相手が決まった。那須隊と弓場隊だ。これは中々に運が良い」
王子隊の隊室で、王子が樫尾と蔵内相手に開口一番そう告げた。
ランク戦が終わった後も隊室に残っていた彼等は、この場所で先程の通知を受けた。
その通知を見た瞬間、王子の口元が盛大に歪んだ所を蔵内は目撃している。
色々な意味で、今日の王子はノッているらしい。
「運が良いとは、どういう事ですか王子先輩っ! 前回の雪辱を晴らせる機会ではありますがっ!」
「そうだね。勿論それもある。けれど、僕が言ったのは
ところで、と王子は前置きする。
「樫尾くんは、僕がこの隊を結成する前に
「王子先輩の、以前の所属ですか。そういえば、確か前に……」
聞いたような、と樫尾が記憶を探り、すぐさまハッとなって顔を上げた。
「そうですっ! 王子先輩は、
「その通り。僕と蔵内は、
そう、王子の言う通り、彼等二人は元々弓場隊の出身。
帯島や外岡が入る以前の、
つまり、それは。
「だから、弓場さんの実力も良く理解しているし、カンダタのやり口も知っている。弓場隊の動きは、文字通り身体に叩き込んであるからね」
────弓場隊の戦術や思考傾向を、熟知しているという事だ。
隊員の能力や、好む戦略。
隊の強みや、得意不得意。
そういった情報が、王子の頭には詰まっている。
「勿論、僕らが抜けた後に入ったトノくんやオビ=ニャンについてのデータはまだ充分揃っているとは言えないけれど、弓場隊のエースである弓場さんの力や事実上の指揮官であるカンダタの戦術方針は良く知っている。これは、戦いを有利に運ぶ為には無視出来ないアドバンテージだ」
ただし、と王子は付け加える。
「実力を知っていても、状況次第で容易に押し込まれるのが弓場さんの怖い所だ。戦術の傾向を知ってはいてもカンダタは中々の切れ者だから少しでも読み間違えば致命傷になるし、絶対的に優位が取れるってワケじゃない」
けど、と王子は笑みを浮かべる。
「今回は、それに加えて無視出来ないメリットがある。カシオはそれが何か、分かるかい?」
「無視出来ないメリット、ですか……?」
むむむ、と頭を捻る樫尾だが、中々答えには辿り着けない様子で難しい顔をしている。
見かねた蔵内が、助け舟を出す事とした。
「今期まで、那須隊は上位に上がった事はなかった。つまり……」
「そうか……っ! 那須隊は、
「そう、正解」
王子は樫尾の解答に笑みを浮かべ、ポン、と手を叩く。
「那須隊は、今期のランク戦の台風の目と言って良い注目株だ。僅か一期で、下位落ち寸前の順位から上位まで駆け上がった手腕は驚嘆に値する。けれど、それは裏を返せば
そう、王子の言う通り、那須隊がB級上位に上がったのは今期が初めてだ。
故に、B級上位チームとの試合は今期が初めてとなる。
ROUND3からROUND6までの相手に複数のチームと戦っているが、その中で弓場隊はまだ一度も当たっていない。
つまり、那須隊は弓場隊のランク戦での動きを実際に見るのはこれが初めてなのだ。
これは次の試合に置いて、無視出来ないポイントとなる。
「勿論シンドバット達も、弓場隊の過去の試合映像なんかは目を通しているだろう。けれど、映像で見た動きと実際の動きが全くの同一かと言われればそういうワケでもないんだ」
百聞は一見に如かず、というやつだね、と王子は告げる。
「実際に、チームランク戦では初めて戦った生駒さん相手に今回の那須隊は苦戦を強いられた。シンドバットは個人ランク戦では生駒さんと戦っているにも関わらず、ね」
「そうだな。七海がその典型だが、個人ランク戦とチームランク戦では戦い方そのものが異なる隊員は多い。それに、七海以外の面々は生駒さんと戦うのはあれが初めてだっただろうからな」
対応が難しかったのも無理はない、と蔵内は告げる。
今回のROUND6では、那須隊は生駒一人にほぼ壊滅一歩手前まで追い込まれた。
那須隊のメンバーを落としたのは、その悉くが生駒旋空による斬撃だ。
実際に直で体感した生駒旋空の速度は、映像のそれとは最早別物だ。
対応が間に合わず、斬られてしまったのも無理はない。
今回生駒旋空の
それも、サイドエフェクトによる回避ではなく発動の前兆を予測する形での回避機動である。
感知してからでは間に合わない速度の生駒旋空を回避するには、そうする他なかったからだ。
だからこそ、生駒旋空をフェイクとした生駒の戦法が強烈に効いたワケである。
いずれにしても、
「同じように、弓場さんの早撃ちも充分初見殺しとして機能する筈だ。あれは、実際に体験しなければその本当の脅威は理解出来ないからね」
「だが、七海は弓場さんとも個人ランク戦を行っているぞ? 既に視たものであれば、あいつは対応出来るんじゃないか?」
「確かに、シンドバットは対応出来るかもしれないね。けど、弓場さんの早撃ちという武器は確実に彼等の動きを鈍らせる筈だ」
だから、と王子は笑う。
「僕達は、そこを突いていこう。丁度、今回のMAP選択権はうちにある。一つ、仕掛けてみようじゃないか」
「王子も色々あれやけど、弓場さんもヤバいで。あの早撃ちはヤバいやろ」
生駒は弓場の真似なのか、両手に銃を抱えるようなポーズをして見せる。
ばきゅんばきゅん、と口で呟いているが、見なかった事にしよう。
彼の行動に逐一反応していては、突っ込みのボキャブラリーは瞬く間に切れてしまうだろうから。
「それに、弓場さんだけやないで。神田や外岡も割とえぐいし、帯島ちゃんは可愛いで」
「次の相手は、那須隊と王子隊だ。おめェーら、気張っていけよ」
「は、はいっ! 頑張りますっ!」
弓場隊の隊室で、腕を組んで
帯島は腕を背中で組み、所在なさげに視線を彷徨わせている。
「帯島ァ! 気合い入れろやァ! それでもタマァついてんのかぁ……っ!」
「つ、ついてないっす……っ!」
途端、空気が凍った。
おずおずと顔を赤くしながら答える帯島と、完全に動きが止まる弓場。
言うまでもないが、帯島は中性的ではあるが歴とした女性────────それも女子中学生である。
つまり、弓場の発言はセクハラと取られてもおかしくない。
とうの本人は、完全に勢いだけで言っただけではあるのだが。
弓場は自分のやらかしを察し、ギラリ、と眼鏡を光らせた。
「…………帯島ァ、おめェー確か前にケーキバイキング行きたいっつってたよなあ」
「は、はい」
「連れてく。そんで
瞬間、帯島の顔がぱぁっと華やいだ。
よく男の子に間違われる帯島だが、その中身は年頃の女子中学生。
当然甘いものは大好きだし、常々敬愛している弓場が連れて行ってくれるというのだから喜ばない筈がない。
わざとでないのは分かっていた為元から気にしていなかったが、弓場の発言に関しては完全に水に流した帯島であった。
「良かったじゃん、帯島。存分に甘えておいで」
「はいっ!」
「神田ァ、そりゃどういう意味だ?」
「言葉通りですよ言葉通り。帯島がこんなに喜んでいるし、いいじゃないですか」
そう告げるのは、黒髪の爽やかな少年であった。
系統としては、嵐山に近い。
ルックスはあそこまで突出してはいないが、充分に整ってはいる。
話し方も気さくで、髪型も清潔感がある。
イメージとしては、部活の先輩か。
同じ先輩オーラを持つ荒船が剣道部の先輩だとすれば、こちらはバスケ部あたりにいそうな雰囲気がある。
「それより、対策を練るんでしょう? 王子隊も那須隊も、侮れない相手っすからね」
だから、と少年は告げる。
「情報を、整理しましょう。まずは、七海くんについて、ですかね」
少年の名は、
弓場隊のもう一人の銃手にして、隊の頭脳として弓場隊を支える少年だった。
はい、遂に出ました。神田です。
神田が弓場隊にいたのは、12月まで。つまりこの「前期ランク戦」はまだ彼がいたワケです。
少ない情報からデザリングしたキャラなんで色々独自色入ると思いますが、私の世界の神田ということで一つ