痛みを識るもの   作:デスイーター

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神田忠臣②

 

「ご馳走さん。上手かったでー、今日はあんがとな」

 

 玉狛支部の玄関前で、生駒が見送りの迅にひらひらと手を振る。

 

 対戦組み合わせが決まった事を知った七海達はこれから軽い打ち合わせ等を行うので、ランク戦に参加しない玉狛の面々はともかく、ランク戦で鎬を削る相手である生駒がいるのは少々都合が悪い。

 

 もとい、女子比率の高い上に隙あらばイチャつこうとする者が二人程いるので、少々座りが悪かった生駒がそれを口実に帰る意思を伝えたという流れである。

 

 元々適当に食べたらお暇する予定だった生駒は、充分な量を食べていた事もあってそのまま帰宅する事と相成った。

 

 その見送りとして、迅が付いて来たのである。

 

「いいっていいって、俺とイコさんの仲じゃん」

「…………お前がそう言うの、なんや気持ち悪いで? そういうんいいから、さっさと本題話せや」

「あれ? バレてた?」

「何年お前の友達やっとる思うとるんや阿呆」

 

 生駒ははぁ、と溜め息を吐いた。

 

 迅とは、それなりに長く親しい関係を続けている。

 

 流石に玉狛の面々程ではないが、ボーダーの中でも割と迅に近しい位置にいると生駒は自負している。

 

 そもそも、作戦会議をするなら那須隊の面々と生駒で別れて食事をすればいいだけの話で、わざわざ生駒が帰る必要はない。

 

 それでも生駒が自ら帰宅を言い出したのは、他ならぬ迅に目配せされたからだ。

 

 迅がそういう事をやる時は、決まって何か()()()がある。

 

 それを承知していた生駒は、敢えて迅の誘いに乗って迅と共に此処に来たのだ。

 

 その程度には、迅の事は理解しているのだから。

 

「そんで、お前が頼み事っちゅうとあれか? お前の予知したデカい戦いの事かいな?」

「察しが良くて助かるよ。実はその時、イコさんにはね……」

 

 迅は短く生駒に耳打ちし、生駒はそれを聞いてふんふん、と頷く。

 

「どう? 頼まれてくれるかな?」

 

 話を伝え終わると、迅はそう言って生駒に笑いかける。

 

 それを聞いた、生駒は。

 

「了解や。きちっとやったるさかい、安心せえ」

 

 ただ一言、了承の意を答えた。

 

 

 

 

『七海先輩、対戦組み合わせが決まりましたね。王子隊と、弓場隊ですか』

『やっほー、聞こえてるー? ボイチャってのも面白いわね』

『あ、あの、小南先輩押さないで下さい』

 

 玉狛支部のリビングで開いたノートパソコンから、小夜子と小南の声が聞こえてくる。

 

 現在小南は小夜子の所に食事を持って突貫している筈なので、パソコンの前で顔を突き合わせる形でボイスチャットを開いているのだろう。

 

 マイク越しにバタバタとした騒がしい音が聞こえるが、小南の事だからまあ心配はないだろう。

 

 精々、後でからかうネタが倍々ゲームで増える程度である。

 

『まず、なんといっても弓場ちゃんよねー? 弓場ちゃんは攻撃手キラーだから、迂闊に近付くのはアウトよ?』

「攻撃手キラー、ですか」

 

 小夜子を押しのけて会話を始めた小南だったが、その内容は七海達としても聞き逃すワケにはいかない内容だったので、傾聴の姿勢を取った。

 

 旧くからボーダーにいた小南の生きた情報は、貴重なものである事に間違いはないのだから。

 

『元々、弓場ちゃんの二丁拳銃スタイルは諏訪さんのダブルショットガンから着想を得て攻撃手相手に有利を取る為に習得したものなのよ。アンタ、旋空の射程距離は知ってる?』

「確か、踏み込みの旋空で20メートル程でしたよね?」

『そうそう。そんで、弓場ちゃんの射程ってのが22メートル。つまりこの距離を保ってさえいれば、弓場ちゃんは攻撃手を一方的にボコボコに出来るってワケ』

 

 成程、と七海は得心する。

 

 確かに、弓場はランク戦に置いて攻撃手相手のタイマンになった場合の勝率がかなり高い。

 

 入り組んだ場所で弓場と1対1で相対した場合、攻撃手は成す術なくやられる事が多い印象だ。

 

 そのカラクリが、攻撃手相手に有利を取れるギリギリまで射程を縮めた結果得た、威力と弾速。

 

 その全てが、綿密な計算の下で構築された戦術なのだ。

 

『アンタ等の中で直接斬った張ったするのは、七海とくまちゃんでしょ? 弓場ちゃんの拳銃は映像で見るよりかなり速いから、迂闊に射程に入んないようにしなさいよね?』

「つまり、生駒さんの旋空を相手にするつもりでやれって事ですか?」

『ま、そういう解釈でも問題ないわよ。元々、弓場ちゃんスタイルに対抗する為に編み出されたのが生駒旋空なんだし』

 

 へえ、と七海は頷く。

 

 生駒旋空の脅威は、ROUND6で散々骨身に染みている。

 

 確かにあれならば、弓場の射程の外から一方的に攻撃出来る上に攻撃速度が尋常ではない。

 

 弓場への対策として、この上ない代物である事は確かだ。

 

「なら、やる事は大体決まったようなものだよね?」

「ええ、射程の有利を活かす、って事ね」

「そういう事だな」

 

 熊谷と那須の言葉に、七海も同意する。

 

 弓場のスタイルへの対処法は、単純明快。

 

 即ち、()()()()()()()()()()()だ。

 

 弓場の射程は、旋空より少々長い程度。

 

 ならば、その射程の外から延々と攻撃を叩き込めれば良いワケだ。

 

 幸い、那須隊は全員が射程持ちだ。

 

 本職の射手ではない七海と熊谷はさほど距離は取れないが、那須はチューニング次第で遠距離から一方的に弓場を狙い撃てる。

 

 那須が射撃で固めた所を、茜が撃ち抜ければそれで勝てる。

 

 あくまで、()()()()()()()()()の話ではあるが。

 

『でも、気を付けなさいよ? 神田さんはしれっとこっちの行動読んで来るから、甘く見てると痛い目遭うわよ』

「神田さん、ですか」

 

 神田忠臣。

 

 弓場隊の銃手にして、事実上の指揮官としての役割も持っている少年である。

 

 個人ランク戦にはあまり熱心ではないのか七海は直接話した事はないが、ランク戦のログを見る限り堅実な戦術を好む人間に見えた。

 

『そうですね。神田さんはデータによれば……』

『そうそう、弓場ちゃんが好きに動いてその間神田さんが指揮を取ってフォローするっていうのが弓場隊の戦法だからね。弓場ちゃんがエースで、神田さんが指揮。役割分担がしっかりしてるから強いのよね』

『うぅ……』

 

 台詞を取られた小夜子が画面の向こうでいじけているが、自分の情報が役に立っていると実感して気分上々な小南はその事には一切気付いていない。

 

 話し始めると中々止まらないタイプなのだ、彼女だ。

 

 基本的に身内以外には押しが弱いコミュ障気味の小夜子と、初対面でもぐいぐい行くコミュニケーション強者の小南とでは、勝負になる筈もなかったのである。

 

 少なくとも小夜子が小南への遠慮を捨てない限り、彼女に勝機はないだろう。

 

 割と毒舌なケのある小夜子がその気になればどうなるかは、言わぬが華であるが。

 

『タイプとしちゃ、王子と似たようなもんね。個人戦なら王子の方が強いだろうけど、集団戦での立ち回りなら神田さんも負けちゃいないわ。とにかく、侮れる相手じゃないって事は覚えておきなさいよね』

 

 

 

 

「成程、これが七海くんの戦い方か……」

 

 弓場隊の作戦室で試合ログを見ていた神田は、ふぅ、と溜め息を吐いた。

 

 既に遅い時間の為帯島は弓場が付き添い、帰宅させている。

 

 ボーダー隊員とはいえ、まだ中学生の少女を遅い時間まで本部にいさせるのはあまり良い事ではない。

 

 特にそのあたりきっちり分別(ケジメ)をつける弓場が、帯島への配慮を忘れる筈もない。

 

 今日もまた、帯島を家まで送り届けて彼女の父母に歓待されている事だろう。

 

 帯島は農家の娘で、両親は割と牧歌的な人物だ。

 

 弓場は初対面こそ強面のインパクトが強いが、きちんと話せば礼儀正しく分別の弁えた男である事が分かる。

 

 帯島の送迎も毎回きっちりこなしている為、彼女の両親からの評価はすこぶる高い。

 

 断り切れずに帯島家で食事をする事になったのも、一度や二度ではないのだ。

 

 勿論最初のうちは弓場も遠慮していたのだが、いつも帯島がお世話になっているからと繰り返し懇願された結果、弓場が根負けする形で食事の招待を受け入れたのだ。

 

 とうの帯島も弓場が食卓に来るのが嬉しいようで、彼女をとても大事にしている弓場としては中々に断り難いのだ。

 

 今頃は帯島家で色々と引き留められている頃かなあ、と考え神田はくすりと笑みを溢した。

 

「景気良さそうっすね。どうすか? 一杯」

「ほうじ茶かい? じゃあ、頂こうかな」

 

 そんな神田に後ろから声をかけたのは、外岡一斗。

 

 弓場隊が誇る、隠密特化の狙撃手である。

 

 外岡は自身の好物であるほうじ茶をお盆の上に乗せており、神田は礼を言ってそれを受け取った。

 

「どうすか? なんとかなりそうっすかね?」

「なんとかするしかない、というのが正直な所だね。弓場さんの実力は疑ってないけど、七海くんが中々の曲者だ。あの回避能力と機動力は、ボーダーの中でも上位に位置すると言っても間違いないだろう」

 

 神田は、今回の試合で対策を欠かす事が出来ない相手として七海を要警戒していた。

 

 前回の試合ログを見る限り、サイドエフェクトがあると言っても身体の反応を超える速度の攻撃には対応し切れないようだ。

 

 もしも閉所で弓場と1対1になれば、充分に勝ち目はあるだろう。

 

 だが問題は、どうやってその状況に持ち込むかである。

 

 七海とて、弓場と距離を詰めればマズイのは理解している筈だ。

 

 工業地帯のような入り組んだ地形であればまだ良いが、開けた場所が多い地形ではグラスホッパーを駆使する七海を捉え切れない。

 

「問題は、王子が何処を選んで来るかだ。今回のMAP選択権は、王子達にあるからね。多分、複雑な地形は選んで来ないとは思うけど……」

「開けた地形だと、どうやって七海先輩を落とすかが課題になりますもんね」

「そういう事だね」

 

 閉所で尚且つ入り組んでいない地形となると、鈴鳴第一がROUND5で選んだ市街地Eがまず思い浮かぶ。

 

 あのMAPは那須隊にとっては明確な不利地形であり、事実七海達は苦戦を強いられた。

 

 だが、だからと言って王子達が『市街地E』を選ぶかと言われれば否だろう。

 

 何故ならば、閉所で弓場と出会ってしまった場合、逃げようがないからである。

 

 王子隊の持ち味は、全員が持つ優れた機動力。

 

 機動力を活かして、浮いた駒を狙うのが王子隊の常套手段だ。

 

 更に言えば、王子隊は誰を落とすかに頓着しない。

 

 ポイントであればなんでもいいとばかりに、良い意味で節操がないのだ。

 

 故に、王子隊は逃げ足もまた優れている。

 

 勝てない相手と無理に戦う程、王子は馬鹿ではないのだ。

 

 しかし、通路が狭く通り道が限定されている市街地Eでは、弓場と遭遇した時に逃げる()が無い。

 

 幾ら那須隊に有利を取れるとはいえ、王子の性格上そんなリスクを抱える事は有り得ない。

 

 リスクヘッジが優秀なのも、王子の持ち味なのだから。

 

「かと言って、縦に広く隠れる場所の多い市街地Dじゃ那須隊の独壇場だ。無難なのは、市街地Aだけど……」

「あの特に特徴のない、ベーシックMAPっすか。確かにあれなら、大幅な有利不利はつき難いっすけど」

「でも、那須隊に確実に勝てるかと言われれば、そういう事でもないんだよね」

 

 第一、と神田は続ける。

 

「那須隊は、個々の戦力がかなり強いんだ。七海くんや那須さんは勿論、最近ハウンドを習得した熊谷さんだって侮れる相手じゃないし、日浦さんに至っては一番の脅威と言っても過言じゃない」

 

 つまり、と神田は告げる。

 

「王子隊と今の那須隊だと、地力という点じゃ那須隊に軍配が上がるんだ。それを、王子が分かっていない筈がない。だから、王子は間違いなくなんらかの形で弓場隊(うち)との疑似的な共闘を狙う筈なんだ」

「うちと共闘して、那須隊を追い込もうとしてくるってワケすか」

「ああ、王子ならきっとそうするだろう。彼は、そういう男だからね」

 

 神田は何処か懐かしむように、笑みを溢す。

 

 王子隊の王子と蔵内は、帯島や外岡が入る前の弓場隊のメンバーだった。

 

 当然弓場だけでなく神田とも親しかったし、彼等との関係性は今でも良好だ。

 

 奇抜なネーミングセンスは正直面食らってしまうが、それでもあのユーモア溢れる少年が神田は割と好きだった。

 

 奇人変人の類である事は間違いないが、付き合ってみれば中々面白い男なのだ、彼は。

 

 まあ、「カンダタ」なんて名前で呼ばれた時はポカンとしてしまったが、それはそれ。

 

 次の試合では、那須隊の対策も大事だが、王子隊の事も忘れてはならない。

 

 王子は、弓場隊(こちら)の手の内を知っている。

 

 確実に、弓場隊を利用する策を考えて来る筈だ。

 

「そうなると、うち等が得意な市街地Bでも選んで来るんすかね? それならそれで、利用出来そうっすが」

「それはどうかな? 王子はあくまで俺達を利用したいんであって、俺達を勝たせたいワケじゃない。むしろ、俺達にとってやり難いMAPを選んで来ると思うよ」

 

 だから、と神田は続ける。

 

「色んなMAPのデータを検証して、王子が選びそうなMAPを出来るだけ絞りたい。悪いけど、時間があるなら手伝って貰ってもいいかな?」

「了解っす。そう言うと思って夜食も用意しましたんで、どぞ」

「お、ありがたい。いつも助かるよ、トノくん」

 

 二人はそう言って笑い合い、共に画面に向き直った。

 

 カタカタと、キーボードを叩く音が響く。

 

 画面が次々スクロールし、気付いた点をメモ書きしていく。

 

 労力の要る単純作業だが、二人の手は止まらない。

 

 ただひたすらに、自らの職務をこなしている。

 

「神田さん」

「なんだい?」

「勝って、終わりましょうね」

「ああ」

 

 それだけを告げ、二人は作業に戻る。

 

 静かな時間が、過ぎていく。

 

 暫くの間、隊室からはひっきりなしにキーボードを叩く音だけが響き渡っていた。





 神田ピックアップ2。折角なので今後も色々ピックアップする予定。

 前回の話のタイトルを変更しました。まあこっちの方がいいかなと。
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