痛みを識るもの   作:デスイーター

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神田忠臣③

 

「やあ、シンドバット。奇遇だね、ランク戦かい?」

「王子先輩……」

 

 いきなり素っ頓狂なあだ名で本部の廊下を歩く七海を呼び止めたのは、明日ランク戦でぶつかる予定の王子隊の隊長────────王子一彰だった。

 

 耳慣れないあだ名で呼ばれた為、対応が一瞬遅れてしまった。

 

 とはいえ、常日頃から人に奇妙なあだ名を付けて呼んでいる王子にとって、この程度の反応は慣れたものなのだろう。

 

 王子はにこにこと人の好さそうな笑みを浮かべながら、七海にゆっくり近付いて来た。

 

「王子先輩は、どうして此処に?」

「勿論、明日の打ち合わせの為さ。明日は君達を狙い撃ちにする作戦を立てているから、覚悟しておきなよ。前回の雪辱は、きっちり晴らす予定だからさ」

 

 にこりと、人畜無害な笑顔のまま、王子はさらりと宣戦布告を言い切った。

 

 相変わらず、笑顔で容赦のない事を言う性格は変わりないらしい。

 

 王子は人当りも良く爽やかな好青年に見えるが、その実態は違う。

 

 その笑顔の裏には、計算高くそして好戦的な性質が隠れている。

 

 あのROUND4の直後、緊急隊長会議の後に王子と会った時、彼は七海に敵意にも近い感情を向けていた。

 

 否、正確に言えば敵意などではない────あれは、純粋な()()だ。

 

 自身の敗北を受け止め、その上で再戦の時にどう戦うかを冷徹に見極める、狩人の眼。

 

 七海は、王子の向けた視線から彼の本質をそう読み取った。

 

 油断ならない、自らも戦える策士。

 

 それが、王子一彰という少年なのだ。

 

「こちらも、負けるつもりはありません」

「ふふ、言ってくれるね。前回と違って、こちらには有利な条件が揃っている。それとも、何か秘策でもあるのかな?」

 

 じとりと、王子は七海に探るような眼を向けた。

 

 此処での返答次第では、王子は七海達の立てた作戦を看破してしまいかねない。

 

「…………」

 

 故に、七海が取った対応は沈黙。

 

 言葉を発さなければ、与える情報は最低限で済む。

 

 話す意思はないという事を態度で伝えると、王子は気を悪くするでもなくにこりと微笑んだ。

 

「覚えておくと良いよ。沈黙は、何よりも雄弁な()()なんだ。前にも言っただろう? 会話術を覚えた方が良い、って。そのあたりは、まだ勉強中なのかな?」

「…………」

 

 ハッタリと見るかカマかけと見るか、判断に困る所である。

 

 王子の性格であれば本気でそう言っている可能性も、カマをかけて情報を探ろうとしている可能性も、どちらも有り得る。

 

 どう反応すればいいか分からず、七海は沈黙する。

 

 それを見て、王子はくすり、と笑みを溢した。

 

「ごめん、少しからかい過ぎたね。ほんの挨拶代わりのつもりだったけど、気を悪くしたのなら謝るよ」

「いえ……」

「僕はそろそろお暇するよ。お詫びに後で菓子折りを持って行くから、よければ皆で食べて欲しいな」

 

 じゃあね、と王子は手を振ってその場を後にした。

 

 なんとも言えない面持ちでその後姿を見送り、七海は溜め息を吐く。

 

 どうにも、王子は苦手だ。

 

 初対面の相手だろうと渾名で呼ぶ変人ぶりもそうだが、彼の会話には常に裏があるように思えてならない胡散臭さのようなものがある。

 

 付き合いの長い者や彼と波長の合う者であれば愛嬌として映るのかもしれないが、七海にとってはやり難さの方が目立つ。

 

 王子はルックスの良い爽やかなイケメンだが、ボーダーの女性陣からの評価は揃いも揃って『変人』である。

 

 同じイケメンで有名な嵐山や鳥丸と違い、ファンクラブがあるという話も聞かない。

 

 容姿端麗で成績優秀眉目秀麗というモテそうな要素が揃っているにも関わらず、変人具合いがそれを台無しにしているから範囲外、との事だ。

 

 王子隊のオペレーターであり小夜子のゲーム仲間でもある橘高羽矢も、「隊長としては頼りになるけど異性としてはまず見れない」という評価を下しているらしい。

 

 …………ちなみに、その後に続く「出来の良い弟枠として色々仕込むのも面白そう。イケメンだし」という羽矢の台詞は小夜子が意図して伝えていない。

 

 その時の羽矢さんはちょっと怖かった、というのが小夜子の正直な感想であった。

 

 羽矢は容姿端麗な、美女と呼んで差し支えない美貌の持ち主であるが、実は隠れオタクというやつでその内面は色々とあれである。

 

 とは言っても、小夜子や国近と違って趣味をあまりオープンにしていない為にその内面のディープさを知る隊員はそう多くはない。

 

 七海も「羽矢さんはね。腐ってるのもそうでないのも大好物なの。色々と」という言葉を聞いた事があるだけで、その具体的な内容までは聞いていない。

 

 腐っているのが大好物、と聞いて思い浮かぶのがものによっては凄まじいカビ臭さのする一部のチーズだが、小夜子の言葉のニュアンスはどうにも違うような気がした。

 

 これに関しては深く追求したらマズイ気がしたので、そのまま放置している七海であった。

 

 七海玲一、そちら方面の知識は割と疎いのであった。

 

「おう七海ィ、ちィと面ァ貸して貰ってもいいか?」

「弓場さん。はい、特に問題はないですが」

 

 そんな時、七海に声をかけてきたのは長身オールバックの漢、弓場である。

 

 相変わらず腕を組んで仁王立ちするポーズはかなり凄み(ドス)が効いているが、その本質は紳士である事を知っている七海としては特に委縮する理由はない。

 

 王子と違い、七海としては弓場は付き合い易いタイプに当たる。

 

 曲がった事は嫌いで誠実さを重んじるという点で七海としては共感出来る部分が多く、彼の風体(ナリ)から感じる威圧感も特に気にした事はない。

 

 そういった度胸(タマ)の据わった所が気に入られたらしく、弓場とはたまに食事に行く程度には仲が良い。

 

 七海の味覚の件を知らずに食事に連れて行った時は自腹(ハラ)を切って謝罪し、それ以降は七海が味を感じる事が出来る料理を出せる影浦の所でお好み焼きを食べる事が多い。

 

 彼とよく一緒に行動している帯島とも面識があり、何度か個人戦をした事もある。

 

 正直、帯島を連れている時の弓場の保護者オーラは半端ないのだが、これは流石に揶揄したりはしない。

 

 というより一度「父親と娘みたいですね」とこぼした結果、弓場が固まり帯島が目に見えて喜んだので、弓場としても黙認せざるを得なかったという事情がある。

 

 なんだかんだ、弓場は帯島にはかなり甘いのだ。

 

 帯島は自己主張が強いタイプではないが、彼女が街を歩いて甘味などに目を奪われるのを見ると、即決でそれを買い与える程度には甘い。

 

 流石に女子が好む喫茶店等には同行しようとはしないが、帯島がその店に強い興味を惹かれて尚且つ連れて行く口実が出来た場合、弓場は割と簡単に腰を上げる。

 

 溺愛していると断言しても良い、甘やかしっぷりである。

 

 教育方針がスパルタに見えるのは、あくまで表面上の話。

 

 そういう配慮(ケジメ)を欠かさないから帯島も弓場にどんどん懐くし、基本的に女子供に甘い弓場がそんな彼女を無碍に出来る筈もない。

 

 だからこそ、弓場は後輩に慕われるのだから。

 

「そういやおめェー、今王子に絡まれてたよな? あいつの事だからカマかけでもして面白がってたんだろうが、まともに相手すると疲れるだけだからな」

 

 適当にいなすくらいで丁度良いんだあいつは、と弓場は付け加える。

 

 その言葉には何処か、身内に向けるような親愛の情が込められていた。

 

 言うなれば、悪戯好きの弟を持った兄の目線のような、そんな感じだ。

 

 ふと、思い出す。

 

 そういえば、弓場に以前聞いた事があったのだ。

 

 王子と蔵内は、()()()()()の所属であったのだと。

 

 ならば身内という表現は、あながち間違ってはいないのだろう。

 

 この様子だと、今でも関係は良好なようだ。

 

 あの王子と真っ当に付き合える時点で、七海としては尊敬の念を向ける他ない。

 

 弓場はそのままスタスタと七海を先導するように歩き、暫くすると弓場隊の隊室に辿り着く。

 

「ちィと待ってな、七海」

 

 弓場はそう告げるとドアが開いていた隊室の中に向け、声をかけた。

 

「神田ァ、連れて来たぞ」

「ありがとうございます。すみませんね、お手間をおかけして」

「このくらいは手間でもなんでもねぇ。七海の許可を取る前におめェーを連れてくのは、筋が通らねえだろうが」

 

 弓場の言葉にそうですね、と言いながら隊室から出てきたのは、黒髪の少年だった。

 

 七海は、彼の名を知っている。

 

 弓場隊のランク戦のログで何度も見た、弓場隊の銃手。

 

 神田忠臣。

 

 それが、七海と会いたいという相手だったのだ。

 

「こうして話すのは初めてだね。俺は、神田忠臣。知っているかもしれないが、弓場隊の銃手だよ」

「ええ、知っています。俺は七海玲一と言います。よろしくお願いします」

「こちらこそ、だね」

 

 神田は握手をする為に腕を差し出し、七海はその手を取って握手を交わす。

 

 爽やかさであれば王子も負けていないが、こちらはより体育会系に近い爽やかさだ。

 

 生粋のスポーツマンのような、誠実でストイックな雰囲気が漂っている。

 

 バスケ部の先輩だと言われても、おかしくなさそうな風体である。

 

「折角試合で当たるんだから、その前に一言挨拶をと思ってね。君にも勝たなきゃならない理由があるんだろうけど、こちらとしても負けるつもりはないからね。試合には、全力で当たらせて貰うよ」

「はい、こちらこそよろしくお願いします。ですが、負けるつもりはありません」

「ああ、良い試合をしよう」

 

 七海と神田はそう言って硬く握手を交わし合い、手を離す。

 

 そして、神田は真っ直ぐ七海の眼を見据えた。

 

「君の動きは、ログで見せて貰った。素晴らしい機動力と回避技術だ。噂では太刀川さんや出水に師事していると聞いたが、本当かい? 風間隊とも懇意だと聞いているが」

「全て事実です。太刀川さん達には、弟子としてお世話になっています。風間さんには、時々訓練の相手になって貰っていました」

「成る程。通りで強いワケだ」

 

 A級トップクラスの面々と戦っていればそうもなるか、と神田は納得する。

 

 事実として、太刀川や出水、風間といった面々はA級隊員の中でもトップクラスの実力者────────即ち、ボーダーでもトップランクの面々だ。

 

 そういった面子に日頃から稽古を付けて貰っていたのならば、強くならなければ嘘というものだ。

 

 実力と指導力が比例するとは限らないが、高い実力を持つ者との戦いは確実に自らの糧となる。

 

 実力者の技量を直で体験出来る経験は、貴重だ。

 

 相手が一人であればその相手の対策に終始してしまう可能性があるが、幸いにも七海は複数の師を確保する事に成功した。

 

 その戦闘経験があってこそ、今の七海の機動力と回避能力が実現出来たワケだ。

 

 納得の理由に、神田はうんうんと頷いた。

 

 これは手強いな、と。

 

 正直、才能()()に頼る相手であれば怖くもなんともない。

 

 怖いのは、その才能をたゆまぬ努力で伸ばし続けた相手だ。

 

 ボーダーのトップクラスの面々はその類であるし、七海も当然そういうタイプだ。

 

 サイドエフェクトという天性の才能を最大まで活用する形で、自身の戦闘スタイルを確立している。

 

 無論、ずるいとは思わない。

 

 サイドエフェクトを持つ事が良い事ばかりでない事は、それを持たない神田にも分かる。

 

 ボーダーが出来てサイドエフェクトという呼称が判明するまでは、サイドエフェクトを持つ者は他者と違う自分の性質に相当苦労した筈だ。

 

 サイドエフェクトは、()()()という意味なのだ。

 

 副作用は、普通はマイナスの意味で使われる。

 

 本人の意図と関係なく()()した、病。

 

 それが、サイドエフェクトなのだ。

 

 その副作用と付き合い、力を持つが故の苦しみを乗り越えたからこそ、七海はこうして強くなれているのだ。

 

 それは紛れもなく七海の努力の成果であるし、他人が推し量って良いものではない。

 

 故に神田は、純粋な称賛の念を七海に向けた。

 

 全力で叩き潰すに足る、好敵手として。

 

「俺は、今期のランク戦を最後にボーダーを辞める。受験に集中する為に、俺は弓場隊を抜ける事を決めたんだ」

 

 勿論、弓場さん達には伝えてある、と神田は告げる。

 

 突然のカミングアウトに、七海はどう反応して良いか困惑する。

 

 だが神田は、そのまま話を続けた。

 

「勿論、最後だから手加減して勝たせて欲しいなんて言わない────逆だ。君達には、全力で俺達と戦って欲しい。最後だからこそ、悔いのない戦いをしたいんだ」

「神田さん……」

「遠慮も容赦も要らない。君達なりの全力を、俺に見せて欲しい。その上で、君達に勝つ。俺なりの全力で、君達を迎え撃つよ」

 

 神田は背筋を伸ばし、ハッキリとそう口にした。

 

 最後だから勝たせてくれ、などという馬鹿な事は口にしない。

 

 神田は最後だからこそ、強敵との戦いを全力で楽しもうとしている。

 

 悔いのない、一戦とする為に。

 

 その決意に、その覚悟に、七海は応えたいと思った。

 

 故に、告げる。

 

 彼なりの、宣戦布告の返答を。

 

「────了解しました。俺達那須隊は全霊を以て、弓場隊を叩き潰します。加減なく容赦なく、貴方達を倒します」

 

 きっぱりと、そう言い切った。

 

 その声に、言葉に、神田だけでなく傍で聞いていた弓場の唇が吊り上がる。

 

 最大限の敬意を込めた七海の返礼に、弓場は自身の心がどうしようもなく熱くなるのを感じ取った。

 

「良い啖呵だ七海ィ。試合が楽しみになってきやがった」

「ええ、俺もです。これで熱くならないのは、どうかしてる」

 

 弓場も神田も、自分の心が燃え盛るのを感じていた。

 

 礼を尽くした強敵との戦いを前に、心が沸き立っている。

 

 有り体に言って、悪くない────────いや、最高の気分だった。

 

「では、俺はこれで失礼します。俺も、明日を楽しみにしています」

「ああ、お互い全力を尽くそう」

 

 七海と神田は再び握手を交わし、七海は一礼して弓場隊の隊室を後にした。

 

 二人はそれを見送りながら、硬く拳を握り締めた。

 

 必ず勝つ。

 

 その意思を、同じくして。





 神田回その3。次回からROUND7の章に移ります。こうご期待。

 ワートリ最新話。弓場さんの私服スタイルかっこよすぎかあれ
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