痛みを識るもの   作:デスイーター

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B級ランク戦/ROUND7
第七戦、開始


「皆さんこんばんは。B級ランク戦ROUND7、実況の結束です。よろしくお願いします」

 

 10月30日、ROUND7当日。

 

 ランク戦の会場は、今日も観客でごった返していた。

 

 そんな中、実況席でマイクを握るのは小柄な金髪の少女、結束夏凛(ゆいつかかりん)

 

 A級部隊『片桐隊』のオペレーターであり、今回の実況担当は彼女となる。

 

「そして解説は嵐山隊隊長の嵐山さんと、ROUND6で那須隊と激戦を繰り広げた生駒隊長にお越し頂いています」

「「どうぞよろしく」」

 

 結束の紹介により、解説席に座った嵐山と生駒が揃って挨拶を行った。

 

 嵐山は広報部隊でもある『嵐山隊』の隊長であり、熱血ヒーローものの主人公のような性格をしている。

 

 ルックスも抜群で言動も行動も爽やかさが極まっており、キング・オブ・爽やかは彼であると言っても過言ではないだろう。

 

 当然そんな彼がモテない筈もなく、同じくイケメンで有名な鳥丸と同様にボーダー内にファンクラブじみたものまで出来てしまっている。

 

 今日の試合の観客席にいる女性陣は、嵐山目当ての者も少なくないだろう。

 

 観客席に目を向ければ熱の籠った視線で嵐山を見詰めるC級の女性隊員の姿がちらほら見られており、ミーハーな者が多そうだ。

 

「結束さんもイコさんも、今日はよろしく頼む」

「はい」

「おう、今日はしっかりやったるで」

「ああ、頼むぞ生駒」

 

 にっこりと爽やかな笑顔で二人に挨拶する嵐山に、夏凛は丁寧に会釈を返し、珍しくノーゴーグルな生駒はふんす、と気合いを入れて返答した。

 

 実はこの生駒、以前水上と共に解説に呼ばれた事があったのだが、その時に解説そっちのけで雑談に興じるという真似をしでかした為暫くの間解説出禁状態となっていた。

 

 だが今回、実況解説のオファーを一手に担う桜子が嵐山に誰と解説をしたいか尋ねた所、生駒の名前が挙がったのだ。

 

 以前の失態がある為最初は渋った桜子だったが、嵐山が生駒の事について一切の責任を持つと言うので彼を信頼して任せたという経緯がある。

 

 生駒に解説役をオファーしに行った時にも散々桜子から以前のような真似をしないよう釘を刺されており、チームメイト────────主にオペレーターの真織からも言い含められた事で、生駒は失敗しないように気合いを入れてこの場にやって来ている。

 

 ただし、以前生駒がやらかしたのは解説がヒートアップした末に雑談に盛大に逸れた結果であった為、この気合いの入れようが吉と出るか凶と出るかは分からない。

 

 全ては、嵐山が何処まで生駒を操縦出来るかにかかっているだろう。

 

「さて、まずは前回のROUND6の結果により暫定順位はこのように推移しております」

 

 結束がそう告げると、画面が切り替わりランク戦の順位一覧が表示される。

 

 1位:【二宮隊】35Pt→41Pt

 2位:【那須隊】33Pt→39Pt

 3位:【影浦隊】33Pt→38Pt

 4位:【生駒隊】28Pt→32Pt

 5位:【弓場隊】25Pt→27Pt 

 6位:【王子隊】21Pt→25Pt

 7位:【東隊】 24Pt→25Pt

 

「前回の試合結果により、なんと那須隊が一点差ではありますがこれまで崩れなかったTOP2の壁に食い込んでいます。影浦隊は、これで初めて二位から陥落した事になりますね」

「ええ、那須隊の成長の成果でしょう。今季の彼女達は、これまでとは一味も二味も違いますからね」

 

 結束の言葉に、嵐山がそう言って那須隊を素直に称賛する。

 

 これまで、B級ランク戦は二宮隊と影浦隊がA級から降格されて以降はこの2チームがTOP2を独占していた。

 

 2チーム共実力ではなくペナルティとして降格されている為、A級チームの力量を保ったままB級に殴り込んで来た形となる。

 

 他のチームからしてみれば、たまったものではない。

 

 実質A級のこの2チーム相手に勝つ事が出来なければ、A級昇格への道は永遠に開けないのだから。

 

 だが今回、那須隊がその牙城に食い込んだ。

 

 二宮隊と影浦隊を直接下したワケではないにせよ、ポイントで僅かに影浦隊を上回った。

 

 1点でも逃していれば、この結果は有り得なかっただろう。

 

 此処に来て、ROUND5で隊の全滅と引き換えにしてでも東を倒した成果が響いているのだ。

 

「そうやな。前回は俺らもやられてもうたし、ホンマ今の那須隊は強いで」

「前回は激戦だったとお聞きしています。では生駒隊長から見て、今回の那須隊の勝機はどの程度だとお考えでしょう?」

「勝機自体は、充分あると思うで」

 

 生駒は結束の問いに即答で答え、その反応に結束は目を丸くした。

 

「七海と那須さんはどっちも動きが速い上に弾をバンバン撃って来るんで、MAP次第じゃ一方的に押し込まれるんや。まず、二人に攻撃を当てられるかどうかで大分変わって来るやろ」

 

 そう言って、生駒は冷静に解説を行った。

 

 予想外に真面目な返答に面食らった結束だったが、元々生駒は判断力自体は高いしクレバーな部分も持っている。

 

 その気になれば、戦術の分析などもしっかり行えるのだ。

 

 普段はそのあたりを全て水上に任せているだけで、やろうと思えばやれるワケである。

 

「成る程、実際ROUND4で王子隊は二人の機動力に翻弄され続けていましたからね。王子隊では、今の那須隊の相手は厳しいという事ですか」

「いや、そういうワケやない。まともに戦えば確かにあれやけど、あの王子がまともに正面から戦うワケないやん」

「あー……」

 

 結束は、生駒の言葉に得心せざるを得なかった。

 

 王子は爽やかな顔をして割とえぐい事を考える、表も裏も清廉潔白な嵐山とは正反対の人物だ。

 

 嵐山も必要とあればクレバーになるが、王子とは戦術のベクトルが違う。

 

 無論隊の構成と地力の差もあるのだが、王子は良い意味で手段を選ばないのだ。

 

「那須隊とは一度当たっとるし、弓場隊は王子の古巣やからな。どっちも、まともに当たったら厳しいいうんは王子が一番わかっとる筈や。だから、なんか用意してはると思うで」

「そうですね。今回、MAP選択権は王子隊にあります。彼らがどのMAPを選んで来るかで、大分試合は違ったものになるでしょうね」

 

 

 

 

「今回のMAPは、予定通りあれで行こう。初動も、昨日言った通り何処に転送されてもバッグワームを使って隠れてくれ。今回は、他の部隊とまともに当たらない事が第一だからね」

 

 王子隊の隊室で、隊長の王子は教鞭を持ちながらチームメイト相手にミーティングを行っていた。

 

 王子の丁寧な語りもあり、雰囲気はまるで講義室のようである。

 

「王子先輩、では以前お話した通りバッグワームで隠れながら熊谷さんと日浦さんを探す、という方針でよろしいですねっ!?」

「ああ、その二人をまず探し出す事が肝要だ。那須さんや七海くんに出会った場合は、必ず逃げに徹してくれ。まず、他の二人を片付けないとあの二人の相手は無謀だからね」

 

 樫尾の質問に、王子は笑顔でそう答えた。

 

 そしてオペレーターの羽矢にアイコンタクトで指示すると、画面に無数のアイコンが現れる。

 

「まず、真っ先に落とすべきなのはヒューラーだ。以前の試合でも言ったが、彼女がいる限り不意打ちで落とされる危険がどうしても拭えなくなる。彼女を見つけたら、最優先で落とすべきだろう」

 

 王子はハンチング帽のアイコンを指さし、そう告げた。

 

「隠岐くんと被るけど、やっぱり日浦さんならこれだと思って」

 

 羽矢の、余計な一言も加えて。

 

 王子隊オペレーターの橘高羽矢は、隠れオタクである。

 

 そして、デザリング能力も高い。

 

 こういったデフォルメ絵の作成は、彼女の得意分野である。

 

 ちなみに、このアイコンのデザインは全て王子の注文通りに構築されている。

 

 王子隊では、ミーティングの時はこのアイコンを用いて説明を行う事が多い。

 

 中には素っ頓狂なデザインもあり、生駒などは完全にロボだし、水上はブロッコリーの絵だ。

 

 とうの王子本人に至っては少女漫画に出てきそうなキラキラした王子のデフォルメ絵という良く分からないものであり、王子のセンスの奇抜さが垣間見える。

 

 王子隊の面々はそんな王子の奇行には既に慣れ切ってしまい、余計な突っ込みは一切入らないのだが。

 

「けど、ヒューラーが落とされると不味いのは那須隊も分かっているだろう。だからきっと、ヒューラーを狙えば他の隊員がフォローに来る筈だ」

「だが、それで那須や七海が来てしまえば2対1でかなり不利になるんじゃないか? 日浦には、テレポーターがある。一度補足しても、地形次第じゃ逃げられかねない」

「それを避ける為の、このMAPさ。この地形なら、テレポーターの脅威は半減する。それに、彼女が動き難いように天候設定も弄るつもりだしね」

 

 だけど、と王子は付け加える。

 

「勿論、シンドバットやナースがヒューラーと合流したら危険である事に変わりはない。あの二人は、絶対に単騎で当たっちゃいけない駒だからね」

 

 王子はそう言うと、ターバンを巻いた蠍のアイコンとナースキャップのアイコンと指さした。

 

 ターバン蠍のアイコンが七海で、ナースキャップのアイコンが那須なのだろう。

 

 相変わらず、突っ込みどころ満載の絵面である。

 

「だからこそ、ベアトリスは先に落としておかなきゃいけない。彼女がヒューラーの護衛に入れば、ナースやシンドバットが合流するまでの時間を稼がれてしまうからね」

 

 王子はそう言って、何処かで見た事のある黄色い熊のアイコンを指さした。

 

 某所から訴えられそうな絵面ではあるが、作成者の羽矢は「我ながら可愛く仕上がったわ」とご満悦なので突っ込む者は誰もいない。

 

 まあ所詮はこの仲間内で共有するイメージ画像なので、変な真似さえしなければ大丈夫であろうが。

 

「そして、シンドバットとナースは上手い事弓場隊と食い合って貰おう。エース同士でぶつかっているうちに、僕等は他で点を取れば良い」

 

 王子はそう告げると、好戦的な笑みを浮かべた。

 

「無理にエースを倒す必要はない。僕らは獲れる点を確実に取って、しっかりポイントを稼ごうじゃないか」

 

 

 

 

「王子はきっと、那須さんや七海くんを俺達にぶつけてその隙に点を取る気でしょうね」

 

 弓場隊隊室で、神田が弓場の隣に立って説明をし始めた。

 

 隊長は弓場だが、指揮は専ら神田の仕事である為ミーティングの時はこうして弓場と神田が並んで戦術の周知を行っているのだ。

 

 弓場は黙って立っているだけだが、それでもその威圧(メンチ)の強さは隠せていない。

 

 彼もまた、充分に気合入ってる証拠であった。

 

「王子の奴、そんな舐め腐った真似するつもりなのかよ? 相変わらず、性根が真っ黒ぇ奴だぜったく」

 

 そう言って茶々を入れるのは、弓場隊オペレーター藤丸のの。

 

 色んな意味でデカい彼女は、そのデカい身長(タッパ)に見合うドデカい胸を張り、腰に手を当てる。

 

 青少年に刺激が強い絵面だが、弓場は微動だにせず神田も爽やかな笑みを浮かべ続け、外岡も平然としている。

 

 既にこの程度の事は慣れたものなので、反応も乏しい。

 

 …………まあ、藤丸は男女の性差の意識が薄いのか、遠慮なくボディタッチをしてくる上場合によってはそのドデカい胸をぐいぐい押し付けて来るので、弓場隊の男性陣は余計な接触がないよう割と気を張っている。

 

 弓場が座っていた時に上から藤丸が彼に寄りかかり、その胸をでん、と弓場の頭に乗せた時は流石に空気が凍ったのだが、彼女は別段その後も変わりなかった。

 

 色んな意味で豪胆な彼女らしい、ちょっと困ったエピソードの一つである。

 

「ま、王子は良い意味で現実的だからね。決して無理な手は打たず、堅実な策を使いこなせるのが彼の長所だ。ああいうクレバーさは、嫌いじゃないよ」

「でも、そうなるとどうするんですか? 王子隊の策に乗ったら、危険なんじゃ……」

「いや、今回は敢えて王子の策に乗る。その方が都合が良いからね」

 

 帯島の問いに、神田はきっぱりとそう答える。

 

 面食らった帯島は、慌てて神田に問いかけた。

 

「で、でも、それって王子隊の思う壺じゃ」

「勿論、されるがままってワケじゃない。ただ、王子隊が狙っている相手が予想通りだとすればこっちとしてもメリットがあるからね。利害が一致する間は、疑似的な共闘も吝かじゃあない」

「王子隊が、狙っている相手、ですか」

 

 ああ、と神田は続ける。

 

「王子隊が狙っているのは、十中八九熊谷さんと日浦さんだ。彼等はきっと、あの二人を最優先で落とそうとして来るだろう」

「どうしてですか?」

「あの二人が残ったままだと、那須隊全体の脅威度が跳ね上がるからだよ」

 

 神田は弓場隊の面々を見渡し、告げる。

 

「今の那須隊はエースの那須さんと七海くんが目立っているけど、その二人を支えているのは熊谷さんと日浦さんだ」

 

 まず、と神田は続けた。

 

「熊谷さんはハウンドでの中距離支援や近距離での防衛戦が出来るから要所要所で重宝するし、日浦さんは実質那須隊で一番のポイントゲッターと言って良い。あの二人がいるだけで、エース二人を相手にするのが格段に難しくなるワケだ」

「だから、王子隊に二人を落として貰った方が都合が良いって事っすね」

「ああ、そういう事だ」

 

 外岡の言葉を、神田はそう言って肯定する。

 

 確かに彼の言う通り、エース二人の活躍の影にはいつも熊谷と茜、二人の影がある。

 

 彼女達がいるからこそ、那須隊は此処まで上位に上がって来れたと言って良い。

 

 強いエースがいるだけで戦える程、B級上位という壁は薄くはないのだから。

 

「そして、王子達が二人を落としたら今度は俺達が王子を落としに行けば良い。王子隊と共闘して七海くんや那須さんを落とす手もあるけど、そうなるとどうしても漁夫の利を狙われる可能性が高くなる」

「確かに、それはちょっと避けたい所ですね」

 

 ああ、と神田は外岡の意見を肯定する。

 

 王子隊は、全員がハウンドを装備している。

 

 故に、閉所に追い込みさえすればその火力で七海を押し込める可能性がある。

 

 弓場隊がその状況に乗っかれば、七海を落とせる可能性は高まるだろう。

 

 だが、それを王子が黙って見ている筈もない。

 

 弓場隊に七海と那須の相手を押し付けて、背後から弓場隊を襲う可能性がある。

 

 それは、神田としては避けたいリスクだった。

 

「多分王子は、少なくとも七海くんは落とせなくても良いと考えている筈だ。前回は、無理に七海くんを落とそうとして全滅したからね。同じ轍を踏む事を、彼は避ける筈だ」

 

 つまり、と神田は告げる。

 

「今回の王子隊は、獲れる点を取った後は逃げ切って自発的な緊急脱出を狙う公算が高い。だからその前に、なんとしてでも王子達を仕留めておく必要がある」

「同感だな。王子ならそうする筈だ」

 

 弓場も神田の意見に同意を示し、隊としての方針が固まった。

 

 神田は隊の面々を見据え、強く拳を握り締めた。

 

「どちらも油断ならない相手だけど、俺達がやる事は一つだ。全力で、叩き潰す。それが、全霊を尽くして勝ちに来る彼等への最上の返礼だろう」

 

 だから、と神田は告げる。

 

「勝ちに行こう。俺達なら、きっと出来る筈だ」

 

 

 

 

「さあ、そろそろ時間です。全部隊、転送準備に入ります」

 

 ランク戦の会場で、結束が試合開始までの秒読みを告げる。

 

 対戦カードに皆の注目が集まる中、結束が機器の操作を完了する。

 

「全部隊、転送開始」

 

 そして、エンターキーが押し込まれる。

 

 B級ランク戦ROUND7、始まりの時だった。




 色々悩んだ結果嵐山とイコさんを解説に起用。

 イコさん、なんだかんだクレバーだから解説自体は出来る筈。

 嵐山のフォローに期待。

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