『全部隊、転送完了』
オペレーターのアナウンスが響き渡ると同時、七海は周囲に広がる光景を視界に収めた。
見渡す限りの、岩山の群れ。
いつか写真で見たグランドキャニオンのような、広々とした荒涼地帯。
それが、今彼が佇んでいる戦場だった。
『MAP、『渓谷地帯A』。天候、『砂嵐』』
その戦場に、砂粒の嵐が吹き始める。
砂嵐は瞬く間に荒野を覆い尽くし、一寸先も碌に見えない天然のカーテンと化す。
それは言うなれば、砂の結界。
砂嵐に包まれた、広大な渓谷。
それが、ROUND7の戦いの舞台だった。
「ROUND7、試合が開始されました。渓谷地帯Aという珍しいMAPが選ばれたのも驚きですが、砂嵐という天候は初めて見ましたね」
「渓谷地帯Aは結構特殊なMAPだから選ばれ難いですし、砂嵐は幾つかのMAP限定で実装可能な天候ですからね。知らない人も多いでしょう」
実況席で結束と嵐山が、王子隊の選択した今回のMAPについて言及する。
通常、ランク戦では市街地MAPが選ばれ易い。
防衛任務では街中で戦う為、市街地MAPが一番戦い易いというチームが多い事と、特殊なMAPだとどうしても戦術を尖らせる必要がある為だ。
特殊なMAPで地形戦を仕掛けるのは、メリットも大きいがリスクもまた大きい。
場合によっては地形そのものが自分達に牙を剥く、諸刃の剣なのだから。
「渓谷地帯Aは岩山が点在する荒野のMAPで、隠れる場所があまりない事が特徴です。岩山が無数にあるので高所自体は取り易いですが、建造物が存在しない為に狙撃手が隠れるには不利なMAPです」
「射線通りまくりやけど、狙撃手が隠れるトコもないからなあ。隠岐も、出来れば遠慮したい言うとったMAPやな」
嵐山と生駒の言う通り、このMAPは荒野に岩山が点在するMAPであり、狙撃手が身を隠せる建造物は存在しない。
その為、狙撃手はこのMAPでは狙撃した場合そのまま見つかって落とされる覚悟をしなければならないのだ。
市街地MAPであれば建物の中に身を潜めて逃げられる可能性があるが、このMAPでは別の場所に移動する為には隠れる場所のない平地を抜けなければならない。
そもそもさっさと狙撃位置を確保しなければ、狙撃場所を確保する前に補足されて落とされる事もある。
そういう意味で、狙撃手にとっては出来れば敬遠したいMAPなのだ。
「しかも今回、天候は砂嵐に設定されています。視界を遮る天候というと暴風雨がありますが、あちらよりも更に視界が制限される天候です。狙撃手はこの天候では、殆ど機能しないと言っても過言ではないでしょう」
「徹底した狙撃手封じが狙い、という事ですか」
「ま、那須隊にも弓場隊にも狙撃手がおるかんな。そこを抑えるのは当然っちゃ当然やろ」
生駒の言う通り、今回の試合で狙撃手が在籍しているのは那須隊と弓場隊の2チーム。
茜はライトニングを使った精密射撃を得意とするポイントゲッターだし、外岡は隠密能力に優れた慎重派狙撃手。
二人を封じるという意味で、このMAPと天候は大きな役割を持っている。
いっそあからさまな程、二人の狙撃手を対策して来たと言っても過言ではないだろう。
「それにこのMAP、七海や那須さんもやり難いんとちゃうか? 立体起動する為の足場があんまないから、機動力を活かし難いで」
「グラスホッパーを足場にする事は出来ますが、どうしてもその場合片腕が塞がってしまいますからね。那須隊長と七海隊員の動きは、実質制限されたと言って良いでしょう」
更に、このMAPは那須と七海への対策でもある。
このMAPは、岩山が
つまり、市街地MAPのように密集してはいない。
そうなると、建物の壁面を足場とする三次元機動を十八番とする那須と七海にとっては足場が確保出来ず、機動力がダウンする事は避けられない。
岩山が密集している場所もあるにはあるが、MAP選択権を持つ以上王子隊はそういった場所は大体把握している筈だ。
わざわざ、自分達が不利になる場所に近付いたりはしないだろう。
「おまけにこの砂嵐や。バッグワームを使うたら、殆ど遭遇戦になるで。いきなり相手が目の前におった、いう事も普通にありそうや」
「天候で視界を塞ぐ策はROUND1で那須隊も行っていましたが、あの時の濃霧よりも更に視界条件が悪いですからね。遭遇戦になるのは避けられないと思います」
「この条件やと、皆バッグワーム使うやろからな」
生駒の言う通り、この視界を極限まで制限された状況下ではレーダーの位置情報は何よりの武器となる。
この砂嵐の中では、自分の位置を隠す事は何より重要だ。
位置がバレてしまえば、砂嵐を隠れ蓑にして一方的な奇襲を行う事が出来てしまうのだから。
「そうですね。実際、全部隊がバッグワームを用いて…………あれ? 一人だけ、バッグワームを使ってませんね」
「なんやと?」
予想外の言葉に、生駒が首を捻る。
そして、そのバッグワームを使わずに姿を晒している人物の名前を見て、「あ」と間抜けな声をあげた。
「弓場ちゃん、何やってるん?」
「…………」
弓場拓磨は、バッグワームを使わずに荒野のど真ん中で仁王立ちしていた。
堂々としたその
来るなら来い、と。
隙だらけに見えるがその実弓場は周囲に警戒を張り巡らせており、いつ何が来ても対応出来るよう準備している。
その意図は、言うまでもない。
一騎打ちの、誘いである。
漢、弓場拓磨。
初っ端から、気合入りまくりの様子であった。
「こ、これは……っ!? 弓場隊長、バッグワームも使わずに仁王立ち……っ!? 一体、なんのつもりだぁ……っ!?」
「誘っていますね、これは」
弓場のあまりにも堂々とした立ち姿を見た結束は、本心から驚きの声をあげる。
そんな彼女の戸惑いに答えたのは、嵐山だった。
「そんなん見れば分かるで。けどなんで、弓場ちゃんはあんな事してんか?」
「王子隊に、余計な時間を与えない為でしょうね」
「王子達にか?」
ああ、と嵐山は頷いた。
「王子隊は恐らく、このMAPと天候で全員がバッグワームで隠れて場が硬直すると想定していた筈です。そうなれば、MAP選択権を持つ隊の特権としてMAPの構図を予め調べ尽くしている彼等は悠々と標的を探す事が出来る。それが、王子隊の狙いだったのでしょう」
ですが、と嵐山は続けた。
「それを見抜いた弓場隊は、試合を強引に動かす為に弓場隊長を囮としたワケです。本人の気性もあるでしょうが、王子隊が余計な事をする前に争いを激化させる狙いと見て間違いないでしょう」
「成る程、弓場ちゃんらしいわ」
生駒は嵐山の説明に得心し、頷いた。
確かにこのMAPと天候条件であれば、普通はバッグワームを着て隠れる事を選ぶ。
そうなると、試合展開は一旦硬直せざるを得ない。
王子隊は、MAP選択をした時点でこのMAPで狙撃手が隠れ易い場所などは検討を付けている筈だ。
試合が硬直した隙を狙い、そういった場所を探っていくのが王子隊の目的。
それに対する弓場隊の
弓場を囮にしての、強制的な開戦である。
一度戦いが始まれば、王子隊はそれに巻き込まれないように動きを制限せざるを得なくなる。
それが、弓場隊の狙いなのだろう。
「そして弓場がこういう手を取った以上、この状況下では那須隊としては乗らざるを得ない。そろそろ、始まる筈です」
嵐山はそう言って笑みを浮かべ、告げる。
「来ますよ、彼が」
『弓場さん、まだ相手の姿は見えないですか?』
「ああ、今の所は来てねェなぁ」
弓場は神田と通信を繋ぎながら、周囲を油断なく見据えている。
彼がこの場にいるのは、無論弓場の独断ではなくチームとしての作戦方針だ。
元々、弓場が好きに暴れている間に神田が他の隊員を指揮して盤面を捌くのが弓場隊の基本戦法。
弓場を単独で送り出すのは、普段と何も変わってはいない。
ただ今回は、王子隊の狙いを鑑みて敢えて堂々と姿を晒しているだけである。
『でも、来るんですかね? こんなの、あからさまな罠に見えますけど……』
「帯島ァ、心配はいらねぇよ。来るさ、七海は。来ねェ筈がねぇ」
帯島の懸念を他所に弓場は不敵な笑みを浮かべ、真っ直ぐ視界の先を見据える。
そして、口元を歪ませ腰のホルダーに収められた二丁拳銃に手をかけた。
「ほら、来たぜ」
「────」
────不意に、砂嵐の向こうで影が揺らめいた。
瞬間、目にも止まらぬ早撃ちが炸裂する。
その凄まじい速度の弾丸を、揺らめく影は紙一重で回避する。
距離が充分あったが故に、間に合った回避。
その回避機動を行った者が、近くの岩山の上に着地する。
静かな着地音と共に降り立ったのは、右腕にスコーピオンを携えた暗殺者。
那須隊攻撃手、七海玲一であった。
「此処で弓場隊長と七海隊員がエンカウント……ッ! 早くも激戦の始まりか……っ!」
「やっぱり来たね、七海くんは」
二人の対峙する姿が映し出され、会場は大盛り上がりを見せる。
最初は砂嵐だらけの画面で不満を漏らしていた観客も、早くも始まろうとしているタイマンに興奮が隠せない様子である。
砂嵐の中で対峙する二人の姿はまるで西部劇のワンシーンのようで、片方が短剣、片方が拳銃という武器を使う事も相俟って異様に絵になる光景であった。
こんなものを見せられて、興奮しない方がどうかしている。
「矢張り、とは?」
「この場で来るなら、十中八九七海くんだと思っていた、という事です。七海くんは機動力が高く、グラスホッパーを装備している。いざとなればいつでも戦場から離脱出来るから、リスクヘッジの面を考えてもこの場で弓場に挑むなら彼しかいないだろうと思っていました」
「成る程。確かに合理的ですね」
嵐山の言う通り、七海には類稀なる機動力がある。
いざとなればグラスホッパーを使った全力逃走が可能である為、この場に放り込む斥候としては彼が一番適任だ。
時間が経てば経つ程王子隊に有利になるのだから、那須隊としても弓場隊の誘いに乗らざるを得なかったという事でもあるのだが。
「さて、早くも一騎打ちの様相となった今回の試合。序盤から波乱の展開で目が離せません。さあ、エース同士のタイマンはどちらに軍配が上がるのでしょうか」
「────メテオラ」
七海は岩山の上から、メテオラを射出。
無数に分割されたトリオンキューブが、弓場の下へと降り注ぐ。
「うらァ……ッ!」
そのトリオンキューブを、弓場は銃撃の連射で迎撃。
銃撃が着弾したトリオンキューブは、その場で起爆。
七海のトリオン量で生成されたメテオラのトリオンキューブは、他の隊員のメテオラよりもかなり大きい。
それ故に銃撃での迎撃が可能となり、弓場は当然の如くそれを撃ち抜いた。
他のキューブを巻き込んで誘爆し、砂嵐を一時的に吹き飛ばす程の爆発が周囲を席巻する。
「────」
その爆発に乗じて、七海はグラスホッパーを起動。
弓場の背後に回り、スコーピオンを投擲する。
「……!!」
「……っ!」
だが、弓場はその投擲にも対応。
地面を蹴って跳躍し、ジャンプしながら早撃ち二連。
避けきれなかった二撃目が、七海のシールドを抉る。
七海はシールドが壊される一瞬前に、その場でグラスホッパーを起動。
ジャンプ台トリガーを踏み、その場から大きく後退する。
「────メテオラ」
そして、今度はより細かく分割したメテオラを使用。
42個に分割したトリオンキューブを、順次射出する。
弓場の拳銃の弾丸の装填数は、一度につき6発ずつ。
つまり両手合わせ、12発。
それが、弓場の即時連射可能な弾数である。
それ以上の数の弾丸となれば、先程のように撃ち落とす事は出来ない。
一斉射出ではなく順次射出としたのは、誘爆による迎撃を防ぐ為。
第一波が防がれても、第二波第三派が弓場に襲い掛かる。
そう考えての、順次射出。
「────甘ェよ」
だが、それは悪手だった。
42個の弾丸を、14個ずつ三回に分けての掃射。
弓場の
最初弓場が撃ち落としたのは、第一波の14弾のうち6弾。
敢えて片腕だけの射撃で、それを撃ち抜き起爆。
そして僅かな時間を置き、残り六発でメテオラ6弾を時間差起爆。
その爆発に巻き込まれる形で、第二波は誘爆。
弓場の下に届く事なく、その場で起爆した。
そこまでやれば、それで充分。
弓場はその場から退避し、第三派の爆撃を回避する。
彼はまだ、傷一つ負ってはいない。
七海は、敢えて時間差でメテオラを射出し波状攻撃を狙った。
だがそれ故に、弓場が一度に捌かなければいけない弾数を減らしてしまった。
時間差で弾丸を撃ち落とす事で第二波のメテオラの起爆を狙うなど、流石に予想外ではあったのだが。
「やりますね、弓場さん」
「おう、おめェーもな」
両者は再び距離を取り、戦いを仕切り直す。
ROUND7最初の戦いは、まだ始まったばかりである。
七海はトリオン10なので、メテオラのキューブも結構大きいです。
だから撃ち落とす事が可能なんで、トリオンが大きいのも良し悪しですね。
まあ、単に銃撃で爆撃を落とす、っていう絵面が格好良かった、ってのもありますが。
最新刊の犬飼見てやりたいと思いました。