痛みを識るもの   作:デスイーター

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弓場隊②

『王子先輩、弓場さんと七海さんが戦闘開始しました。今のところどちらも撤退する様子はありません』

「OKカシオ、予定通りだ」

 

 王子は樫尾からの通信を受け、笑みを浮かべる。

 

 一寸先も碌に見えない砂嵐の只中で、王子一彰は不敵な笑みを浮かべていた。

 

『でも、本当に王子先輩が言った通りになりましたね。弓場さんが自分を囮に七海くんを釣り出す、って良く分かりましたね』

「伊達に、チームを組んでいたワケじゃないって事さ。これでも、他の人達よりはずっと弓場さんの事は知っているからね」

 

 そう言って、王子は笑った。

 

 その脳裏に、過去の記憶が回帰する。

 

 あれは、試合直前のミーティングでの出来事だった。

 

 

 

 

「弓場さんは自分を囮にシンドバットを釣り出して戦おうとする筈だ。だから僕達は、その戦いに巻き込まれないように注意しながらベアトリスやヒューラーを探す事としよう」

 

 王子は隊の面々に向け、自信満々にそう告げた。

 

 その内容に、樫尾は疑問符を浮かべる。

 

「王子先輩っ! 開始直後からバッグワームを着て全員が隠れるだろうとの事でしたが、そうだとしたら何故弓場さんがそんな行動を取ると分かるのでしょうかっ!?」

 

 確かに、樫尾の言う通りではある。

 

 全員がバッグワームで隠れる中、一人だけ隠れもせずに堂々と相手が来るのを待ち受けるという行動は、一歩間違えば袋叩きに遭いかねないリスクを孕む。

 

 確かに狙撃を警戒してバッグワームを着ないという選択肢ならば普通に有り得るが、今回設定する天候は『砂嵐』。

 

 遠距離の狙撃は、殆ど機能しないであろう状況だ。

 

 そんな中で敢えて身を晒す行動に至る理由が、樫尾には想像もつかなかったのである。

 

「確かに、幾らタイマンが大好きな弓場さんでも普通ならそんな真似はしないだろう。けれど、今回に限っては話が別だ。相手が、僕達だからね」

「それはどういう事ですかっ!?」

 

 それはね、と王子は続ける。

 

「さっき言ったように、僕達は初代弓場隊の出身だから弓場さんやカンダタの事は良く知っている。でも逆に言えば、弓場さんやカンダタも、僕等の事を良く知っているんだ」

「つまり、王子先輩の作戦は弓場隊にバレているとっ!?」

「十中八九、そうだろうね」

 

 王子は樫尾の言葉を、そう言って肯定した。

 

 確かに、王子は弓場や神田の事を良く知っている。

 

 かつては同じ隊で戦った仲間なのだから、その戦術や実力、思考傾向に至るまで熟知している。

 

 だがそれは同時に、弓場隊側にも同じ事が言える。

 

 王子が弓場や神田の事を良く知っているように、弓場や神田も王子や蔵内の事は良く知っている。

 

 王子が弓場の性格や神田の取るであろう戦術を予想したように、弓場隊もまた王子隊のやりそうな事は理解しているという事だ。

 

「ですがっ、それでは弓場隊はこちらの策には乗って来ないのではっ!?」

「逆だよ、カシオ。()()()()()()()()()、乗って来ざるを得ないのさ」

 

 え、と困惑する樫尾に、王子は指を立てて説明する。

 

「弓場隊は恐らく、僕らの狙いがシンドバットではなくベアトリスやヒューラーである事まで把握している筈だ。だからこそ、僕らの策に乗らざるを得ない。僕等と違って、弓場隊はシンドバットやナースも標的に含めているからね」

 

 つまり、と王子は告げる。

 

「シンドバットやナースを倒すには、ベアトリスやヒューラーの横槍がない事が前提条件として必要になる。だから、カンダタはきっと僕等にベアトリスとヒューラーを獲らせてシンドバットやナースを狙う策を取るだろう」

「ああ、神田は冷静な状況判断が出来る男だ。俺達に二点取られる事を加味しても、確実に七海や那須を追い込む策を打つ筈だ」

 

 そう、つまりは弓場隊は利害の一致故に王子隊の行動を黙認せざるを得ないのだ。

 

 王子隊としては、熊谷や茜を追う際に那須や七海の妨害には遭いたくない。

 

 故にこそ弓場は自らが囮となって七海を引きつけ、その隙に王子隊に熊谷と茜を探させる。

 

 王子は、そう分析していた。

 

 蔵内もまた、同意見である。

 

「きっと、カンダタは僕等が獲れる点を取った後緊急脱出するつもりなのも読んでいるだろうね。弓場隊と違って、僕等はナースはともかくシンドバットを落とすのは厳しいからね」

「ああ、それは同感だ。余程上手く条件が噛み合わない限り、七海を倒すのは無理がある」

「確かに七海先輩は強いですが、そこまでですか……」

 

 何処か納得していないような雰囲気の樫尾の言葉に、王子はぽん、と彼の肩を叩いた。

 

「前回の試合でぶつかって、理解した。集団戦でのシンドバットを倒すには、彼に匹敵するエースが部隊にいる事が最低条件だ。そして、僕等の隊にはそこまで突出したエースは存在しない。この時点で、シンドバットを倒すのはかなり厳しいと言わざるを得ないね」

 

 それが自分達と今まで七海を追い詰めた隊の違いだと、王子は言う。

 

 確かに過去に七海に苦戦を強いたチームには、それぞれ突出したエースが在籍している。

 

 鈴鳴にはNO4攻撃手である村上が、東隊には言わずと知れた東が、生駒隊には生駒という実力者がいた。

 

 少なくとも、七海とタイマンで拮抗出来る実力を持ったエース。

 

 それがいる事が、七海を倒す上での()()()()なのだ。

 

 勿論、タイマンであれば七海は上位の攻撃手には一歩譲る。

 

 だが、こと集団戦に限れば、七海は鬼のような生存力を発揮するのだ。

 

 集団戦は、必ずしも自分で点を取る必要はない。

 

 故に七海は、攻撃の為に一歩を踏み込む必要がない。

 

 極論、七海は相手の隙を作りさえすればそれで良い。

 

 その隙を仲間に突かせれば、そのまま得点に繋がるからだ。

 

 そして、七海はサイドエフェクトの影響もあり、回避や防御が抜群に巧い。

 

 多対一の乱戦はむしろ得意とするところであり、グラスホッパーを装備している事もあって大抵の状況からは離脱出来る。

 

 不利になれば即刻逃走を実現出来るという点で、七海の生存能力は非常に高い。

 

 そもそも、地力の面で七海に匹敵するものを持ち得なければ、そのままメテオラ殺法で押し込まれて終わりだ。

 

 それをさせない為には、最低限七海と正面から戦えるエースが必要不可欠となる。

 

「ROUND6で香取隊が善戦出来たのは、カトリーヌというエースがいたからだ。ROUND4で僕達は三人がかりのハウンドでシンドバットを押し込もうとしたが、全員がシンドバットにかかりきりにならざるを得なかった所為でナースやヒューラー、ベアトリスの介入を許して敗北してしまったからね」

 

 王子の言葉に、蔵内も頷いた。

 

「そうだな。七海一人に全員でかからなければまともに戦えない時点で、そもそも勝ち目がなかったとも言える」

「その点に関しては、完全に僕の判断ミスだ。前回僕はシンドバットとまともに戦り合う前に落ちてしまったから、シンドバットの脅威度の判定を正しく出来てはいなかった。同じミスは繰り返せないね」

 

 王子はそこまで言うとふぅ、と溜め息を吐いた。

 

 あの試合、那須隊は王子を真っ先に落とす事で王子隊の指揮系統を事実上の機能停止に追い込んだ。

 

 王子の適性は、状況を俯瞰する後方指揮官ではなく仲間と共に前線に立つ現場指揮官。

 

 状況を肌で感じ取り、逐一適切な指示を下す事で駒を正確に運用出来るタイプである。

 

 故に、王子がそのポテンシャルを最大限に発揮する為には現場で生き残る必要がある。

 

 それを分かっていたからこそ、前回那須隊は王子を真っ先に狙って落としたのだ。

 

 王子隊の指揮レベルを、削り落とす為に。

 

 その結果として王子は最善の判断が出来ず、チームは壊滅に追い込まれた。

 

 あの敗戦は、王子としても苦い記憶なのである。

 

「だから今回、シンドバットは狙わない。上手い事緊急脱出寸前のシンドバットを奇襲出来る状況が出来たのならまだしも、そんな事は早々有り得ないだろうからね。今回は無理をせず、獲れる点を取っていこう」

 

 王子はそう言って、笑みを浮かべる。

 

「弓場さんとシンドバットが戦い始めたら、そこに介入できる位置にベアトリスかヒューラーが来る可能性が高い。転送位置にもよるけど、彼女達を発見出来たら合流して囲んで落とす。決して無理をせず、確実にいこうじゃないか」

 

 

 

 

(まだ見つからないか……)

 

 樫尾は一人、バッグワームを着て砂嵐の中を進んでいた。

 

 その眼元には、焦げ茶色のゴーグルが装着されている。

 

 これは今回砂嵐の天候を設定するにあたり、砂嵐の影響を軽減して視界を確保する為のものである。

 

 トリオン体の服装や装飾品は、プログラムで自由に設定できる。

 

 特殊な機能を持った装飾品等は流石に追加出来ないが、目元を保護するゴーグルを追加する程度なら問題はない。

 

 砂嵐はROUND1で那須隊が設定した『濃霧』と違い、砂粒という透明度の低い物体が空間を埋め尽くしている。

 

 流石にトリオン体が砂粒に当たってダメージを受ける事はないが、顔、特に目元などに当たれば鬱陶しい事この上ない。

 

 普通の天候と比べれば、動きは鈍らざるを得ない筈だ。

 

 だからこそ、ゴーグルを用意してそういったロスの軽減を図ったワケである。

 

 実際、樫尾はそこまで不快感を覚える事なく砂嵐の中を移動出来ていた。

 

(焦っちゃダメだ。王子先輩の言う通り、弓場さんと七海さんの戦況は膠着してる。急がなくても、今すぐこっちには来れない筈)

 

 樫尾は自分に言い聞かせるようにそう考え、再び足を進ませた。

 

 その足は、速い。

 

 足音に気を遣わずとも、多少の物音は砂嵐が掻き消してくれる。

 

 王子隊の一番の強みは、全員に共通する高い機動力。

 

 その足を使って浮いた駒を探し当て、執拗に追い込んで落とすのが王子隊の得意とする戦術だ。

 

 今、樫尾がやるべきなのは地道に足を使って標的を探し当てる事。

 

 少々気が滅入る作業ではあるが、やらなければ点は取れない。

 

 その為には、多少の労力は支払って然るべきだ。

 

 たとえ時間がかかろうと、目的を果たせれば良い。

 

 そう、王子は言ったのだから。

 

(あれは……っ!?)

 

 そんな樫尾の視界の先で、影が一瞬揺らめいた。

 

 その影が手に持った長物らしきものを見て熊谷かと考えたが、違う。

 

(熊谷さんにしては小さ過ぎる……っ! もしかして……っ!)

 

 樫尾は脳裏に過った可能性に従い、即座に次の手を打った。

 

「ハウンドッ!」

 

 射撃トリガー、ハウンドによる牽制を。

 

 その影は、小柄な()()はシールドでハウンドを防ぎ、そのまま樫尾に向かって疾駆。

 

 少女は、帯島は弧月を横薙ぎに振り抜いた。

 

「く……っ!」

 

 帯島の斬撃を、樫尾は自身の弧月で受け止める。

 

「────」

 

 だが、帯島の攻撃は終わっていない。

 

 彼女が待機させていた無数のハウンドが、樫尾の身を狙い撃つ。

 

「……っ!」

 

 樫尾はそれを、シールドを用いてガード。

 

 帯島のハウンドは、全て樫尾のシールドに阻まれる。

 

 攻撃を凌がれた帯島は、バックステップでその場から退避。

 

 

 

 

「動きを止めたね」

 

 その瞬間を、狙っている者がいた。

 

 樫尾と帯島を挟んだ、反対方向。

 

 そこにバッグワームを着て隠れていた神田が、突撃銃の引き金を引いた。

 

 標的は、樫尾由多嘉。

 

 冷徹な銃撃が、王子隊の攻撃手を狙い撃つ。

 

 

 

 

 ────────だが、その銃撃が樫尾を貫く事はなかった。

 

 彼の前に躍り出た王子が、両防御(フルガード)でその攻撃を凌いだが故に。

 

「王子か。既に近くに潜んでいたとはね」

「カンダタなら、この状況で僕らを狙わない筈がないからね。当然、読んでいましたよ」

 

 王子は腰の鞘から弧月を抜刀しながら、にこやかに笑う。

 

「けど、いいのか? お前まで俺達にかかりきりじゃ、熊谷さんや日浦さんを狙えないだろ?」

「心配は無用ですよ。だって」

 

 にやりと、王子は不敵な笑みを浮かべた。

 

「────此処で戦り合う気は、最初からありませんから」

 

 ────瞬間、その場に爆撃が降り注いだ。

 

 使用された弾丸の名は、『誘導炸裂弾(サラマンダー)』。

 

 ハウンドとメテオラを組み合わせた、合成弾である。

 

 四つに分割された炸裂弾が着弾し、大きな爆風がその場を席巻する。

 

 神田と帯島は、シールドを張りその場で防御。

 

 幸い、反応が間に合った為に大したダメージはない。

 

 だが。

 

「…………参ったな。逃げられたか」

 

 目の前にいた筈の王子と樫尾の姿は、影も形も見られなかった。

 

 恐らく、爆破の隙を突いて樫尾のグラスホッパーで逃げたのだろう。

 

 いっそ鮮やかと言える、逃走の手並みだった。

 

 このまま追う事も考えたが、今の爆発でこちらの位置は那須隊にも露見した筈だ。

 

 此処に留まれば、七海や那須がこの場にやって来かねない。

 

 そも、機動力では自分達よりも王子達の方に分がある。

 

 此処で追うよりは、一時撤退して仕切り直した方が良い筈だ。

 

「帯島、退くぞ」

「了解です」

 

 神田は帯島に声をかけ、共に砂嵐の中を駆けていく。

 

 焦る事はない、と神田は自分に言い聞かせた。

 

 戦いはまだ、始まったばかりなのだから。




 七海を倒すには、最低限七海と正面からやり合えるエースが必要。

 七海一人に全員でかからなきゃならない隊だと、横から那須さん達にやられて終わる。

 それでいて七海ばっかりに構ってると那須さんが暴れまわって酷い事になる。

 割と分かり易いクソゲーだが、上位陣は大体対応可能という魔境。

 ランク詐欺も2チーム程いるしね。

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