「王子隊の王子・樫尾と弓場隊の神田・帯島両名が激突……っ! しかし蔵内隊員のサラマンダーによって生じた隙により、王子隊は撤退……っ! 仕切り直しとなりました」
「王子隊長は、あくまで那須隊を狙うつもりのようですね」
結束の言葉に付け加えるように、嵐山は告げる。
それを聞いた結束が、嵐山の方を向いた。
「では、王子隊は現時点では弓場隊とやりあうつもりはないという事ですか?」
「恐らくそうだ。もしもそのつもりがあるなら、3対2の有利を捨ててまで撤退はしない筈です。きっと王子隊は、本命を落とす前に余計なダメージを負いたくないのでしょう」
まず、と嵐山は前置きして告げる。
「恐らく王子隊が狙っているのは、那須隊の熊谷隊員と日浦隊員でしょう。七海隊員と弓場隊長がぶつかっている間に、その二人を探して仕留めるのが王子隊の作戦方針だと思います」
「そやな。このMAPも天候も、多分その為のモンやろ。狙撃と七海達の機動力を封じて、落とせる相手を探して獲る。王子のやりそうなこっちゃで」
嵐山の言葉に、生駒もそう言って同意する。
伊達に、飽きる程王子隊と戦ってはいない。
彼等のやり口は、生駒とて承知している。
王子は、単体として見れば優秀ではあるが突出したエースとまでは呼べない。
確かに地力は高いし状況適応能力も優れているが、単騎で場を搔き乱せるような実力者ではないのだ。
その真骨頂は、頭脳戦。
状況を的確に分析し、相手の嫌がる事をピンポイントで行い確実に点を取る。
それが、王子の戦術であり持ち味だ。
王子は、状況分析能力がかなり高い。
実際に戦場を見て回るだけで、その場の状況を把握し最善の手を打てる。
それが、王子の強み。
突出したエースがおらずとも、B級上位で戦って来れた理由である。
「王子隊は、七海隊員の撃破をリスクヘッジの観点から難しいと考え、狙いを絞ったのでしょう。そして少しでも返り討ちにされる可能性を排除する為、余計なダメージは極力負いたくない。だからこそ、弓場隊との激突を避けたのだと思われます」
「神田も、王子の考えは分かっとるやろうからなー。多分あれ、適当に王子隊の戦力削って那須隊と食い合わせるつもりとちゃうか?」
「恐らく、そうでしょうね」
生駒の意見を、嵐山は肯定する。
「弓場隊は、王子隊の戦略を見抜いた上で駒を動かしています。彼等としては王子隊が負傷した状態で那須隊と当たり、双方が消耗した所で漁夫の利を狙うというのが一番理想的な状況です。その為に、少しでも王子隊に傷を負わせておきたかったのだと思います」
「で、それを察知した王子が一目散に逃げたワケやな。あいつ、逃げ足速いかんな。逃げに徹されたら追い付けんで。この砂嵐やしな」
「成る程、お互い戦術を読み合った結果のエンカウントと撤退、という事ですか」
二人の解説者の意見を纏め、結束は画面に視線を戻す。
正直、あの生駒が解説に呼ばれたという事で若干不安ではあったのだが、今の所真っ当に解説役をこなしているように見える。
普段は仲間と漫才じみたやり取りをしているか黙って
やる気があれば、きちんと解説もこなせるという事なのだろう。
生駒の評価を、結束は密かに上方修正する。
問題を起こさないのであれば、他の解説者と同じように接すれば良い。
そう考えて、肩の力を抜いた。
「そういえば────」
「さて、今の蔵内隊員の爆撃で那須隊にも王子隊と弓場隊のいた場所が割れています。これを受けてどう反応するかが、今後の境目となりそうです」
そんな時、結束の油断を察知したのか
生駒は発言が遮られてしょぼんとしているが、解説の場で雑談に興じようとしたのだから自業自得である。
多少の雑談程度ならば良いだろうが、生駒の場合ノンストップで雑談を垂れ流す光景が容易に予想出来る。
嵐山も割とノリは良いので一度雑談が始まると乗ってしまいかねない為、機先を制したというワケだ。
「那須隊が追っ手を出すかどうか、それで色々と変わって来ると思います。この選択は、重要ですよ」
『十中八九王子隊の釣り出しですね。今から向かっても王子隊に位置を知らせるだけだと思いますが』
「そうね。確かに、あからさまだわ」
小夜子からの通信を受け、那須は静かに頷いた。
今の
問題は、わざわざバッグワームを一瞬解いてまで合成弾を使用した事だ。
合成弾は確かに強力だが、合成中は強制的に
バッグワームを解除しなければ使えないので、レーダーからも丸見えとなってしまうのだ。
そして、そんな事は王子隊とて百も承知の筈。
つまり、蔵内は敢えて身を晒しているのだ。
故に、その行動は那須隊に対する
此処で蔵内を追うか、否か。
そこが、判断の分かれ目である。
蔵内は、サポートを主眼とするオーソドックスな射手だ。
二宮のような、反則的な制圧能力までは持ち合わせていない。
一度合成弾を使って居場所を明かした以上、同じ場所に留まるような間抜けでもない。
確実に、移動した後の筈だ。
今から追っても、補足出来るかどうかは懸けだろう。
「けど、問題はあの爆撃のあった場所に誰がいたか、って事よね」
『当然、弓場隊の誰かでしょうね。私達でないなら、王子隊が狙うとすれば弓場隊しか有り得ません。バッグワームを着たままなので、そちらの位置は補足出来てはいませんが……』
ふむ、と那須は思案する。
此処で取るべき選択肢は、大きく分けて三つ。
選択肢1、リスクを避けて傍観する事。
選択肢2、リスクを承知で蔵内を追いかける事。
選択肢3、あの場にいたであろう弓場隊を追う事。
この、三つである。
一つ目のメリットは、言うまでもなく奇襲でチームメイトが落とされる可能性が無い事である。
一番の安全策であり、無難な選択肢である。
しかし同時に、一番旨味の少ない選択とも言える。
この選択肢のメリットは、折角見つけた王子隊の居場所の手がかりを失う事と、王子隊を野放しにする事だ。
王子隊は、その機動力を用いて熊谷や茜を探している。
彼等の狙いがあの二人である事は、最早疑う余地はない。
このMAPと天候で狙撃と那須と七海、二人の機動力を削り、自分達は予め調べ上げたこのMAPで悠々と標的を探す。
それが、王子隊の戦略だと小夜子は分析した。
那須も七海も、それには同意見だった。
先程の爆撃の後、そのまま戦闘を中断しているのがその証拠である。
王子隊の狙いは、あくまで
余計な戦闘は回避している、と見るべきだ。
そして、王子隊は脇目も振らずに熊谷や茜を探している。
足を使った人海戦術は、時間こそかかるが確実な成果を齎す。
時間が経てば経つ程、王子隊に有利な条件が整ってしまうのだ。
そういう意味で、この選択肢1は最もリスキーな選択肢でもある。
ならば、選択肢2────────蔵内を追いかける選択はというと、これは別の意味でのリスクを抱える事となる。
蔵内を追うとすれば七海が弓場との戦闘にかかりきりになっている以上那須が適任だが、それをすると那須の位置まで王子隊に把握されてしまう事になる。
そうなれば、王子隊は不意の射撃を警戒する事なく熊谷達を探す事が出来てしまうのだ。
更に当然、不意打ちで那須が落とされるリスクも抱えている。
準備万端で王子隊が待ち構えていると考えると、この選択肢は即時的なリスクが大きいように思える。
そして、選択肢3。
即ち、爆撃の場所にいたであろう弓場隊を追う事である。
これは、ある意味博打だ。
確かに王子隊に不意打ちされる事はないだろうが、そもそもこの時点で弓場隊を狙う意味があるのか、という問題がある。
王子隊は、正面から当たれば那須隊の地力で封殺出来る相手だ。
弓場隊と違って突出したエースがいない以上、那須と七海が組んで当たれば充分に対処可能だ。
事実、ROUND4では地の利もあったもののほぼ完封に近い勝ち方が出来ていた。
しかしその一方で、油断出来ない相手である事もまた明白だ。
ROUND4で一方的に押し込める事が出来たのは、あくまで王子を真っ先に落とす事が出来たからである。
王子は、現場指揮能力がかなり高い。
状況認識能力と戦術分析能力、咄嗟の判断能力等に優れる現場指揮官。
それが、王子一彰である。
ROUND4ではその王子を最優先で落とす事で盤上から排除し、王子隊の指揮判断能力を削る事で勝利を収めている。
現在、王子隊は誰一人として欠けていない。
更に言えば、このMAPと天候は王子隊が設定したもの。
準備万端で策を用意しているであろう事は、まず間違いない。
故に、理想的な展開は王子隊を最優先で一網打尽にし、弓場隊との戦いに専念出来る土壌を整える事。
これに尽きる。
それを考えると、王子隊を放置して弓場隊を狙うのは上策ではないように思える。
此処はリスクヘッジを考えて様子見に徹するべきか、と那須が判断を下そうとした、その時。
『玲、ちょっといいかな?』
「くまちゃん……?」
不意に、熊谷から通信が届く。
那須は何だろうと思いながら熊谷の
「くまちゃん、でもそれは……」
『頭の悪い事言ってるのは承知の上よ。けど、王子隊の好きにさせたらマズイような気がするんだ。それとも、玲はあたしを信じられない?』
「そんな事、ないけど……」
那須は熊谷からの言葉を受け、悩む。
確かに、熊谷の提案は大胆だが効果が見込める策だ。
しかし、同時に大きなリスクを孕む策でもある。
リスクとメリットの天秤が、那須の中で揺れ動く。
理屈は、分かっている。
此処で傍観を選ぶのは、愚策だろうと。
だが、リスクの側の天秤には那須の感情も乗っている。
仲間を危険に晒したくない、という想いは那須の中では完全に払拭出来たワケではない。
以前と比べれば物分かりが良くなっているが、完全に戦術と感情を切り離せたワケではない。
だから、合理的な言い訳があれば、どうしても仲間の安全を配慮した方針を取ってしまいそうになるのだ。
『那須先輩、その案でいきましょう。こうすれば、リスクは減らせる筈です』
────だが、そんな那須の葛藤など小夜子には既にお見通し。
要は、合理的な作戦実行の理由さえ提示出来れば、那須の天秤は傾くのだ。
ならばその
小夜子は論拠となるデータを元に、那須を説得にかかる。
那須が頷くまでに要した時間は、そう長くはかからなかった。
「トノ、王子達は見えるか?」
『駄目っすね。こうも視界が悪いと、肉眼じゃ何も見えないッす』
神田は外岡と通信を繋ぎながら、荒野を歩いていた。
隣には、油断なく弧月を構えた帯島が帯同している。
神田は様々な要因を考慮した結果、王子達を探す事としたのだ。
幸い、蔵内の位置は合成弾の使用時にレーダーに映っていたので把握している。
当然移動はしているだろうが、王子ならば迷わず合流を選ぶ筈だ。
つまり、王子隊の向かう方角は特定出来る。
当然蔵内も移動しているだろうが、大体の範囲は絞り込める。
ならば、こちらとしても追わない理由はない。
(ベストなのは、王子隊が見つけた熊谷さんと日浦さんを俺達が仕留める事。その為には、王子隊をマークするのが手っ取り早い)
そう、神田の狙いはまさにそれ。
王子達に索敵を任せ、漁夫の利を掻っ攫う事である。
(王子は獲れる点を取った後、自発的な緊急脱出を狙う筈だ。逃げに徹した王子を捉える事は、俺達じゃ難しい。なら、彼等が獲る予定のポイントをこちらで獲ってしまえばいいだけの事だ)
最初から、神田はそのつもりで動いていた。
王子達が先程撤退した時、すぐに追わなかったのは適度に彼等を泳がせる為。
先程王子隊を襲撃したのは、王子達に索敵に専念して貰う為である。
神田達が王子達を狙っていると思わせる事で、弓場隊を狙うという選択を失わせる。
それが、神田の目論見である。
王子は、獲れるポイントを確実に取る男だ。
この試合で熊谷と茜を狙っているのはまず間違いないが、チャンスがあれば神田や帯島も狙おうと考えているに違いない。
故に、王子隊を弓場隊が狙っていると錯覚させる事で、こちらを狙うよりも熊谷達の探索に徹した方が得だと思わせる。
後は、王子隊を追跡して漁夫の利を掻っ攫えば良いだけだ。
「……っ!? あれは……っ!」
そんな神田の下に、上空から光の弾が降り注ぐ。
曲射軌道を描く、光の弾丸。
間違いない。
追尾弾、『ハウンド』である。
「ハウンド……っ! 王子隊か……っ!?」
神田はシールドでハウンドをガードしながら王子隊の襲撃か、と構えるが、そこで気付く。
確かに、王子隊は三人全員がハウンドを装備している。
王子隊は今、合流している筈だ。
ならば、ハウンドの数が
ハウンドは、一度に大量の弾丸を放った方が効果が高い場合が多い。
三人がかりで撃てるのなら、一斉射撃で固めた後に合成弾でトドメを刺す、という戦法が使えるからだ。
それを一人でこなしてしまう二宮という規格外がいるが、王子隊でも三人がかりであればその真似事程度は出来る。
実際、ROUND4では三人がかりのハウンドで七海を抑え込もうとしていた。
だが、このハウンドはどう見ても一人分。
そもそも、王子隊がいるであろう場所はまだ離れている。
ならば、このハウンドの使用者は────。
「熊谷さんか……っ!」
彼女しか、有り得ない。
神田はガードを帯島に任せ、突撃銃に取り付けられたスイッチを切り替え。
アステロイドからハウンドへの弾種を変換し、銃撃を撃ち放つ。
神田のハウンドは、上空を迂回して射撃の発射地点へ降り注ぐ。
すると岩山の向こうから、長身の人影が躍り出た。
その手に弧月を構えるその少女は、間違いない。
「王子でなくて悪かったわね。今度は、
────那須隊攻撃手、熊谷友子。
王子隊の標的とされていた筈の彼女が、自ら姿を現した瞬間だった。
さて、なんでくまちゃんは此処で出てきたんでしょーか?
次で解説する事になると思うけど、予想出来るかな?