痛みを識るもの   作:デスイーター

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王子隊⑤

「此処で熊谷隊員が、神田・帯島両名を襲撃……っ! これは一体、どういう意図なのか……っ!」

「成る程、そう来るか」

 

 実況している結束の隣で、嵐山がふむ、と納得した様子を見せる。

 

 当然それが気になった結束は、嵐山に話を振る。

 

「嵐山さんは、何故熊谷隊員がよりにもよって弓場隊を襲撃したとお考えですか? 自ら姿を晒しては、王子隊の思う壺だと思うのですが……」

「ところがそうでもないんだ。王子隊は、確かに熊谷隊員を標的として狙い、探し続けていました。ですがそれは、王子隊()()で熊谷隊員を仕留めたかったからなんです」

 

 つまり、と嵐山は続ける。

 

「今熊谷隊員を仕留めるには、弓場隊の二人がいる場所へ行く必要があります。そうなると当然熊谷隊員のポイントを弓場隊に横取りされる可能性が出て来る上、乱戦になれば自分達が落とされるリスクも高まります。王子隊としては、あの場へ飛び込むのは躊躇せざるを得ないでしょう」

「かと言って放っておけばそのまんま熊谷さんを神田達に獲られる可能性があるんで、王子としては判断が苦しいトコやと思うで」

 

 そう言って、生駒も嵐山の解説を補足する。

 

 王子隊としては、弓場隊から距離を置いた上で熊谷や茜を見つけるのがベストの状況だった筈だ。

 

 熊谷は確かに防御能力が優秀な攻撃手だが、三人がかりなら倒せなくはない。

 

 探し当てた熊谷を囲んで落とすのが、王子の理想とする展開だったワケだ。

 

 だが、熊谷が自ら弓場隊の下へ姿を現した事でその目論見は露と消えた。

 

 今熊谷を落とそうとすれば、必然的に弓場隊を巻き込んだ戦闘になる。

 

 つまり、熊谷を彼等に落とされる危険や自分達が落とされる危険を孕む戦場に飛び込む以外、熊谷を落とす方法はないのだ。

 

 だが、このまま放置すれば神田達が熊谷を落としてしまう、という展開も充分に有り得る。

 

 どちらにしろ、王子隊としては避けたい展開である。

 

 熊谷は自ら姿を晒す事で、王子隊にその苦渋の二択を迫っているワケだ。

 

「つまり、熊谷隊員は敢えて死地に飛び込む事で王子隊に揺さぶりをかけていると?」

「そういう事ですね。自分が落とされる事も、覚悟の上でしょう」

「けど、まるきり勝ち目がないいうワケでもないで。生き残るのは難し思うけど、ただではやられんと思うで」

 

 実際に熊谷の捨て身の攻撃を味遭った生駒は、実感を伴ってそう口にした。

 

 生駒は、個人戦で幾度か熊谷と戦った経験がある。

 

 無論生駒の方に軍配は上がったが、それでも熊谷には一定の評価を下しているのだ。

 

 彼女の守りの巧さは、NO6攻撃手である生駒からしても相応のものなのだから。

 

 最近では攻撃力にも磨きをかけており、決して油断出来る相手ではないというのが生駒の所感である。

 

「それに、あの隊が無策で熊谷ちゃんを死地に放り込むとは、俺にはどうしても思えんのや。何かあるで、きっと」

 

 

 

 

「ハウンドッ!」

 

 熊谷は帯島・神田の両名に対し、誘導を甘めに設定したハウンドを撃ち放つ。

 

 ダメージを与える事が目的ではなく、相手の足を止める事こそが狙い。

 

 大雑把に散らした弾丸を防御する為、神田達はシールドを広げる。

 

「旋空弧月ッ!」

 

 そして、熊谷は旋空を起動。

 

 拡張斬撃が、神田達に襲い掛かる。

 

「く……っ!」

 

 横薙ぎに振るわれた旋空を、帯島と神田は跳躍して回避。

 

 砂嵐の中、神田と帯島が空中に躍り出る。

 

「旋空──」

「ハウンド……ッ!」

 

 それを見て再び旋空の起動準備に入った熊谷に対し、帯島は彼女の注意を逸らす為敢えて音声認証でハウンドを起動。

 

 無数の弾丸が、熊谷に迫る。

 

「……っ!」

 

 熊谷は迫るハウンドを見て、即座に旋空を中断。

 

 シールドを張り弾丸を防御すると同時に、こちらもハウンドを起動。

 

 着地前の二人を、追尾弾で狙い撃つ。

 

 二人がシールドを張るなら、旋空で追撃する。

 

 被弾覚悟で突貫して来るなら、再びハウンドで迎撃する。

 

 熊谷は二人の出方を見極める為、油断なく弧月を構えた。

 

「シールドッ!」

「……っ!」

 

 だが、神田達が取った行動は熊谷の想定を外れていた。

 

 神田は両防御(フルガード)を用いて、自身と帯島の前にシールドを展開。

 

 熊谷のハウンドを、全弾防御する。

 

「帯島っ!」

「はいっ!」

 

 そして、帯島は敢えて姿勢を低くした()()()()()()()し、それを足場に跳躍。

 

 シールドを張りながら、一直線に熊谷に突っ込んで来た。

 

「く……っ!」

 

 突撃しながらの帯島の弧月の一閃を、熊谷は弧月にて受け太刀。

 

 そのまま重心をずらし、帯島の体勢を崩そうとする。

 

「……っ!」

 

 だが、そこで気付く。

 

 帯島の背後から、無数の弾丸が迫っている事に。

 

 自身の身体を目晦ましとした、時間差射撃。

 

 更に、その向こう側には突撃銃を構えた神田の姿。

 

 装填されているのは、恐らくアステロイド。

 

 此処でシールドによる防御を選択すれば、シールドごと貫かれるだろう。

 

「はぁ……ッ!」

「ぐ……っ!?」

 

 逡巡は、一瞬。

 

 熊谷は恵まれたその運動能力を活かし、右足で帯島の胴を蹴り穿つ。

 

 咄嗟に腕でガードした帯島だったが、そもそも長身の熊谷と小柄な帯島では大きな体格差がある。

 

 衝撃までは殺し切れず、そのまま後方へ吹き飛ばされる。

 

 自分が放った、ハウンドの射線上へと。

 

「帯島……ッ!」

 

 それを見た神田は、咄嗟に遠隔シールドを展開。

 

 帯島とハウンドが接触する前に、彼女の身体をガードする。

 

 ハウンドは、神田の展開したシールドに着弾。

 

 そのまま飛ばされて来た帯島を、神田は片腕で受け止める。

 

「旋空弧月ッ!」

 

 その隙を逃さず、熊谷は旋空を起動。

 

 帯島を受け止めて硬直した神田を狙い、拡張斬撃を撃ち放つ。

 

「く……っ!」

「わ……っ!」

 

 神田は、帯島を掴んだまま身を屈めて間一髪で旋空を回避。

 

 追撃のハウンドを放とうとしていた熊谷に、そのままの姿勢で銃撃を放つ。

 

「ち……っ!」

 

 その弾丸がアステロイドだろうと想定した熊谷は、防御ではなく回避を選択。

 

 サイドステップでその場から飛び退き、弾丸を回避した。

 

「やるね。流石だよ」

「生憎、大人しくやられるつもりはないからね。アンタ等は、ここであたしと遊んで貰うわ」

 

 熊谷は弧月を構え、不敵な笑みを浮かべた。

 

 神田と帯島は、それぞれの武器を携え彼女に対峙する。

 

 熊谷は、実質一人で神田達を足止めする事に成功していた。

 

 

 

 

「ウラァ……ッ!」

 

 一方、弓場と七海も互角の戦いを継続していた。

 

 七海が放つメテオラを、弓場が早撃ちの両攻撃(フルアタック)で迎撃。

 

 空中で誘爆したメテオラの爆発が、荒野を席巻する。

 

「────」

 

 だが、その爆発の隙間を縫うようにしてスコーピオンを携えた七海が急降下。

 

 弓場の下へ、一直線に迫る。

 

「見え見えだぜっ!」

 

 無論、そんな直線的な攻撃が弓場に通る筈もない。

 

 すぐさま拳銃を抜き、早撃ち六連。

 

 無謀にも突貫して来た七海を、6つの銃弾が狙い撃つ。

 

「────」

 

 しかし、それは七海とて想定済み。

 

 七海はその場でグラスホッパーを展開し、それを踏み込み真横に跳躍。

 

 弓場の弾丸を避け、彼の背後に回り込んだ。

 

「────!」

「……っ!」

 

 だが、弓場は背後に向けて目を向けず(ノールック)銃撃。

 

 それを感知した七海は、シールドを二重に展開し間一髪で銃弾をガード。

 

 そのままグラスホッパーを踏み込み、再び上空へ跳躍した。

 

(チッ、分かってた事だがやり難ぇな……っ!)

(流石弓場さん、そう簡単には行かないか……っ!)

 

 お互いがお互いを内心称賛し、二人は即座に次の手を打つ。

 

 再び降り注ぐ炸裂弾(メテオラ)を銃弾で迎撃しながら、弓場はそう遠くない場所で聞こえてくる射撃音を耳にする。

 

(あっちに加勢してぇトコだが、七海を野放しにするワケにゃあいかねェ。今はこいつを抑えるのが、俺のシゴトだ)

 

 弓場は自身をそう叱咤し、眼前の七海との戦いに注力した。

 

 確かに、自分があの場に行けば熊谷を落とす事は出来るだろう。

 

 だがその場合、一番警戒しなければならない七海がフリーになってしまう。

 

 七海は、その突出した機動力で戦場の何処へでもすぐさま駆け付けられる。

 

 しかも隠密能力も高いので、この視界条件が悪い中で彼を見失えばゲリラ戦で各個撃破されかねない。

 

 彼が自分との戦いに釘付けになっているこの状況こそが、今取れる手の中では最も望ましいのだ。

 

 間違っても、この場から七海を逃してはならない。

 

 七海は、逃げる事に抵抗がない。

 

 適材適所という言葉を良く知っている彼は、目の前の戦闘よりも優先すべき事があれば即座にその場から離脱出来る。

 

 今七海が弓場との戦闘を継続しているのは、あくまで王子隊の行動を誘導する為に過ぎない。

 

 その証拠に、七海からは攻めっ気がイマイチ見られないのだ。

 

 これは完全に、集団戦としての自身の役割に徹している時の七海だ。

 

 恐らくすぐに弓場を仕留める気も、この場から離れる気もない。

 

 七海がしているのは、時間稼ぎ。

 

 何かしらの仕込みを終える為の時間を稼ぐ事こそが、彼の目的。

 

 その目的の為に、彼は此処で弓場の足止めに徹しているのだ。

 

 だが、逆に言えば弓場がこの場で戦闘を放棄して別の場所に向かった場合、七海がどう動くのか予想がつかない。

 

 追って来るのならばまだ良いが、七海の場合一度雲隠れして弓場隊の各個撃破を狙う可能性が充分にある。

 

 残念ながら、弓場以外の隊の面々では七海の相手をするのは厳しいと言わざるを得ない。

 

 帯島は筋は悪くないが未だ発展途上であるし、神田はサポーター寄りの銃手だ。

 

 グラスホッパーを駆使する七海を仕留めるには、些か火力が足りない。

 

 狙撃が通じればまだ望みはあっただろうが、七海に狙撃は通用しない。

 

 そもそも、この天候ではまともな距離での狙撃は望めそうにない。

 

 七海の相手をタイマンで務められるのは、自分(テメェ)だけ。

 

 それを、履き違えてはならない。

 

(だが、王子は此処からどうするつもりだろうなァ? 七海達も、中々タチ悪ィ策を打つじゃあねぇか)

 

 

 

 

「王子先輩、どうしますか?」

「そうだね。難しい状況ではある」

 

 王子は樫尾、蔵内と共に立ち止まり、射撃音が飛び交う方角を見据える。

 

 正直、熊谷が一人で姿を見せるのは想定外であった。

 

 熊谷は、那須隊の中では一番落とし易い駒である。

 

 確かに弧月を用いた守りの技術は大したものだし、ハウンドで中距離戦も補えるようになった。

 

 だが、極論それだけだ。

 

 ハウンドの扱いについては王子隊(自分達)の方が一家言あるし、攻撃手相手に受け太刀の技術が有効であるならそもそも近付かなければ良い話だ。

 

 三人で囲んで射撃すれば、問題なく落とせる。

 

 そういった認識だからこそ、最優先で狙うターゲットとしていたのだ。

 

 しかし、熊谷はあろう事か自ら姿を見せ、弓場隊との戦闘に突入した。

 

 それに、2対1であるにも関わらず善戦しているらしい。

 

 此処で王子隊が取れる行動は、限られている。

 

 即ち、乱戦覚悟で熊谷を落としに行くか、このまま様子見を続けるかだ。

 

 彼等を放って茜を探すという選択肢は、まず有り得ない。

 

 茜は狙撃手である事もあり、隠密能力がかなり高い。

 

 隠れる場所の少ないこのMAPでも、上手く隠れている筈だ。

 

 それでも狙撃手が隠れそうな所を虱潰しに探せば見つかるかもしれないが、未だ那須の位置が不明だ。

 

 建造物がなく障害物といえば点在する岩山のみというこのMAPで機動力を制限しているとはいえ、彼女が得意とする複雑な地形が全く無いというワケではない。

 

 もしも茜を見つけようと躍起になった結果、彼女の有利な地形に誘い込まれては目も当てられない。

 

 前回の二の舞は、もうゴメンだった。

 

「ベアトリスが姿を現す事自体は、可能性としては低いと考えていたが想定していたんだ。けれどその場合、必ずナースが一緒に付いてくるものだと思っていたけど……」

「今はまだ、那須の姿は見えないな。熊谷一人で神田達を捌いているようだ」

「この読み違いは痛いな。彼女一人に戦局を任せるとは、流石に予想していなかったよ」

 

 王子は思わず、溜め息を吐く。

 

 どうやら自分は、知らず熊谷の戦力を低く見積もり読み逃しをしてしまったらしい。

 

 前回の試合では、不利な地形で完全に相手の策に嵌められた結果の惨敗だった。

 

 ROUND4でも熊谷とは戦っているのだが、あの時の彼女は完全な囮としての役割であり、那須が逐一フォローに入っていた。

 

 これまでの試合でも、熊谷は転送運で孤立した場合を除きチームメイトと共同で戦う事が多かった。

 

 自分は知らずそのイメージに騙され、彼女が一人で出て来る筈がない、と思い込んでいたのかもしれない。

 

 そう自省する王子だが、今は反省をしている場合ではない。

 

 今この場での最適解を、即座に導き出さなければならないのだから。

 

(どうする? ナースの位置が割れているならヒューラーを探すという選択も取れたけど、この状態じゃ余計なリスクを負うだけだ。かと言って、ベアトリスを落としに行けば必然的に乱戦になる。こちらもこちらでリスクが大きいな)

 

 最大の問題は、那須の位置が未だに割れていない事なのだ。

 

 那須は持ち前の機動力を、グラスホッパーで更に磨きをかけている。

 

 その手が及ぶ範囲は、かなりの広範囲に及ぶと言っても過言ではない。

 

 そんな彼女が姿を隠している現状、迂闊に動けば良い的になるだけだ。

 

 かといってこのままでは、獲れるポイントがなくなってしまいかねない。

 

 要は、どのリスクを許容するか。

 

 どれだけ、そのリスクを減らす事が出来るか。

 

 考えるべきは、その為の方策だ。

 

(重要なのは、確実にポイントを奪取する事。その為に狙うべきは……)

 

 王子の頭脳が、状況を把握し取るべき選択とそれに伴うメリットデメリットを算出していく。

 

 無数にある選択肢の中の一つを選び取り、それを選んだ結果をシミュレートし、発生が予想されるリスクポイントをピックアップ。

 

 草案に修正を加え、瞬時に作戦としての形を整える。

 

「二人共、行くよ。僕の言う通りにしてくれるかい?」

「ああ」

「はいっ!」

 

 そして、王子隊が動く。

 

 荒野の中を、三人の少年が駆けて行った。




 次回作のプロットが割と着々と組み上がっていく。

 まだこの作品は折り返し地点だけど、完結までには次回作のプロットを完成させたいな。

 香取隊の狙撃手の女主人公を予定。

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