──────王子一彰は、昔から客観視が得意な人間だった。
自分への他者からの評価、行動や言動が与える印象、周囲の人々が抱く感情。
そういったものを客観的な視点で分析し、自分にとって都合の良い結果を掴み取れるよう振舞い一つ一つに気を付けて来たつもりだ。
頭の回る策士を気取ってはいるが、戦術面では本気になった東に勝てるとは思っていないし、個人としての実力もそこまで突出しているとは考えていない。
多少頭の回る優等生、それが自分なのだから。
けれど、だからと言って勝てないと考えた事はない。
確かに、自分のチームは他のB級上位チームと比較すると突き抜けた強みがない。
他のB級上位チームと違い、明確なエースがいないというのがその最たる要因であった。
チームランク戦は、個々の実力が高ければ勝てるという甘い世界ではない。
だが、強力な個を最大限に活かす相手が厄介極まりないのも、また事実だった。
その典型的な例が、二宮隊である。
トリオン量の暴力と卓越した技巧を併せ持つ二宮匡貴というMAP兵器のようなエースを最大限に活かす二宮隊は、B級のTOPに君臨し続けている。
二宮は、その気になれば個の力で集団を殲滅出来る規格外だ。
それを優秀なサポーターである犬飼と辻が支えているのだから、その牙城を打ち崩すのは並大抵の事では出来ない。
極論、犬飼と辻は相手の数を充分に減らすまで生き残れればそれで仕事は完了する。
相手が少なくなれば二宮の暴威を押し付けるだけで勝てるのだから、突出したエースがランク戦に置いてどれほどの力を持つかという典型だろう。
これまで燻り続けていた香取隊がB級上位に残存していられたのも、極論香取という点取り屋のエースがいたからだ。
今期のROUND4までの香取隊はチームとしては怖くはない相手だったが、香取が優秀なポイントゲッターであるという事実は覆らない。
チームとしての体を成していない状態でも香取がある程度点を稼ぐ事が出来ていたからこそ、香取隊はギリギリで上位に残留出来ていたのである。
対して、
チームの連携と作戦立案能力なら、早々負けないという自負はある。
だが、何かの拍子で相手と正面から当たってしまった場合、力負けしがちなのが自分達の弱みである事は理解していた。
王子隊には、エースがいない。
隊長である
王子は、自分の実力をきちんと客観視する事が出来ていた。
成る程、確かに自分は弱くはない。
機動力とそれを活かす判断能力もあるし、並みの相手なら競り勝てるだけの実力は持っていると自負している。
だが、並みではない相手────生駒や弓場といったB級上位の相手チームのエースと1対1でぶつかれば、まず勝てないだろうと考えていた。
無論、それは一人の場合だ。
仲間と連携すれば勝ち筋は見えてくるが、
だからこそ、王子はあらゆる事に手を抜かない。
対戦相手の試合ログは必要とあらばどれだけ遡っても調べ尽くすし、戦う相手個々人の人間性や実際に戦って見た所感等を聞いて回る労力も惜しまない。
それらの情報を統合し、整理し、勝つ為の最適解を導き出す。
それが、
明確なエースがいないという不利は、中々厳しいものである事は事実だ。
多少不利な盤面でも覆す事が出来る力を持ったエースがいるといないのとでは、イレギュラーな状況への対応力でどうしても差が出てしまう。
もしも王子隊に七海を一人で抑えられるような力を持ったエースがいれば、もっと余裕を持った作戦を立てられていたかもしれない。
だからどうした、と王子は思う。
ないものねだりをしても、勝てる筈がないのだ。
重要なのは、今ある手札を最大限に有効活用して勝利を手繰り寄せる事。
その為には、作戦の見栄えなど気にしている場合ではない。
たとえ
勝てば官軍、負ければ賊軍、という言葉がある。
どんなに正々堂々戦ったとしても負けてしまえば意味がないし、逆にどんな手を使おうが勝つ事さえ出来ればどんな汚名も意味をなくす。
勝つ為にあらゆる手段を尽くす事の、何が悪い。
嫌な奴に見られようが、胡散臭く思われようが、勝利を求める為に手を尽くす事が無意味である筈がない。
試合前の七海とのやり取りも、少しでも彼の精神状態や作戦方針を探れれば良いと考えてやった事だ。
そして、その結果分かった事もある。
────今の七海に、精神的な揺さぶりは通用しない。
ROUND3までの七海であれば、まだ付け入る隙があったのだ。
だが、その隙はROUND3で東が突き、その結果彼はその弱みを克服してしまった。
それに気付けなかった事が、ROUND4の敗戦の最大の要因でもある。
あの時、王子はこれまで通り過去の試合ログを見て、那須を狙えば七海はそれを庇うという情報を入手し、それを前提に作戦を構築した。
その結果、まんまと那須隊の策に絡め取られ、惨敗を喫した。
過去のデータを絶対視し、那須隊の面々のメンタルを軽く見たのが前回の敗因であったと王子は見ている。
故に、今回は決して下手は打たない。
認めよう。
今の王子隊では、七海玲一は落とせない。
三人がかりで挑めばある程度押し込む事は出来るだろうが、那須隊は彼一人ではないのだ。
七海一人に全員でかかる必要がある時点で、チームとして勝ち目はない。
彼一人にかかりきりになっている間に、那須や茜の横槍で落とされるのが関の山だろう。
だからこそ、今回は七海を狙わず他の相手を狙って落とす方針で作戦を組み立てた。
都合の良い事に、この試合には王子の良く知る相手である弓場が参戦している。
弓場は、七海と1対1で正面からやり合える実力を持つエースだ。
その実力も戦術も、王子は元チームメイトとして熟知している。
彼に七海の相手をさせ、その隙に標的を狙う事は充分可能であると想定していた。
…………だが、その想定はこちらの作戦を読んだ那須隊の一手によって覆された。
標的として追っていた熊谷は自ら弓場隊の前に姿を現し、王子隊に誘いをかけてきた。
自分を落としたいのなら、乱戦に飛び込んで来いと。
正直、この一手は王子隊にとって最も好ましくない展開であった。
確かに、王子隊全員であの場に飛び込めば熊谷は落ちるだろう。
しかしそれは、王子隊得点に出来るかと言われれば疑問が残る。
王子がそうであるように、神田もまた元チームメイトである王子のやり口や実力は熟知している。
故にこそ、今回は神田に作戦方針を看破される前提で戦術を構築したのだ。
神田であれば、乗って来るだろうと考えて。
事実神田は初手で王子隊を狙うという強かな真似をしてきたものの、王子隊の作戦方針自体には乗っている。
そしてこの状況であれば、神田は王子を利用して熊谷を落とすか、熊谷を落とさせてその隙に王子隊を潰すか、そのくらいはやってのける。
一点を取る為に王子隊が全滅したのでは、割に合わないにも程がある。
かと言って茜は狙撃手である上に隠密に長けている為、狙撃されるまでは位置を特定するのが困難である。
那須が姿を隠したままなのも、王子隊にとっては悪い方向に働く。
せめて彼女の位置さえ特定出来れば違った戦略も取れるのだが、熊谷が戦い始めて暫く時間が経過した今も一向に姿を見せる様子がない。
那須は、那須隊のエースの一角である。
バイパーのリアルタイム弾道制御と突出した機動力という二つの武器を持つ彼女は、七海と同じくらい放置してはならない駒だ。
彼女の自由を許して良いように攪乱された結果、前回の惨敗に繋がったのだから。
その彼女が未だに姿を隠したままであるという事実は、重い。
迂闊な行動は、即座に敗北に繋がる。
その前提で、作戦を組み立てなければならなかった。
(この作戦が、最もメリットが大きい。多少どころじゃないリスクはあるけど、安全策はむしろ逆効果だ。此処で攻めなければ今以上に戦況は悪化すると、僕の勘も訴えているからね)
王子は、荒野を走りながら笑みを浮かべる。
そして、射撃音の飛び交う戦場へと足を向ける。
(此処が、勝負所だ。危険な懸けだが、勝利して見せるとも。僕達の戦い方を、見せてあげよう)
「「ハウンドッ!」」
熊谷と帯島、二人の少女が同時にハウンドを撃ち放つ。
無数の誘導弾が、曲射軌道を描いてお互いの身体を目掛けて降り注ぐ。
ハウンドを防ぐだけであれば、シールドを広げれば事足りる。
だが、足を止めれば神田のアステロイドが、熊谷の旋空が襲い掛かって来る事は容易に想像出来る。
故に、足は止めない。
帯島はシールドを張りながら、バックステップで大きく移動。
神田のフォローが必要な位置へと、後退する。
「────!」
対して熊谷が取った方法は、全くの逆。
シールドを、帯島のハウンドの射線上に広げて展開。
ハウンドは熊谷に到達するより遥かに前の時点でシールドに防がれ、霧散。
更に熊谷自身は弧月を手にし、そのまま駆け出す。
後退した帯島を追撃する形で、一直線に疾駆する。
「帯島ッ!」
「はい……っ!」
そんな熊谷に対し、神田はすぐさま帯島に呼びかけると同時に突撃銃の引き金を引く。
無数の
シールドを重ねようが、アステロイドの同時射撃であれば撃ち抜ける。
その想定あってこその、弾種の選択。
この距離ならばアステロイドの方が有効だろうという、帯島の判断でもある。
仮に
そう考えれば、帯島の判断は間違いとは言えない。
「────ッ!」
「え……!?」
「な……っ!?」
────ただ、その想定を熊谷が上回っただけだ。
二人の斉射を見た熊谷は、姿勢を低くしてあろう事かスライディングを敢行。
アステロイドの斉射の下を潜り抜ける形で、神田の下へ到達。
その勢いのまま神田に
「旋空弧月ッ!」
そして、すぐさま態勢を整えると旋空を使用。
空中に吹き飛ばされた神田の右腕を、一息に切断した。
「くっ、外したか……っ!」
熊谷としては、今の一撃で神田を両断するつもりでいたのだが、無理に姿勢を整えての一撃では狙いが定め切れなかったのだ。
だが、痛打は痛打。
どうせなら足を斬り落としておきたい所だったが、片腕を失うダメージは無視出来ない筈である。
「く……っ!」
「……っ!」
だが、立ち止まっている暇はない。
事態を一瞬遅れて把握した帯島が、神田をフォローすべく熊谷に斬りかかる。
しかし、小柄故か帯島の剣は
無論剛剣の使い手ではないが、彼女の体重の軽さもあって上段から振り下ろされようがそこまでの重圧は感じない。
(旋空弧月ッ!)
だからこそ、帯島は無音声で旋空を起動。
自身の斬撃を受け太刀しようとした熊谷を斬り裂く為、刀身を伸ばさず剣を振り下ろす。
「え……っ!?」
けれど、それすらも対応された。
熊谷は、自身の弧月で帯島の弧月の刀身の
旋空は、先端に近付けば近付く程威力が増すトリガーである。
だが逆に、先端から遠ざかれば遠ざかる程切断力は減少する。
つまり、刀身の根本付近となればその威力は通常の弧月とそう変わらない。
ピンポイントで刀身の根元を受け太刀出来れば、至近距離の旋空は止められる。
理屈としては、そうだ。
しかしそれを現実に実行するには、卓越した受けの技量が必要となる。
受け太刀の名手である熊谷だからこそ、実行出来た技。
それが、完全に帯島の虚を突いた。
「が……っ!?」
隙を見せた帯島に、熊谷は肘鉄を見舞い空中へと打ち上げる。
「ハウンドッ!」
そして、追撃のハウンドを撃ち放つ。
更に、熊谷は弧月を構え直し旋空の起動準備に入る。
ハウンドを防御した瞬間、旋空で斬り裂く。
それで、詰み。
神田は、たった今態勢を立て直したばかりであり、ハウンドはともかく旋空は遠隔シールドではガード出来ない。
(獲った……っ!)
熊谷は、勝利を確信した。
『蔵内、今だよ』
「了解」
だが、それに待ったをかける者がいた。
蔵内は王子の指令を受け、手元で合成した弾丸を二分割して双方向に順次撃ち放つ。
「
二つに分かたれた火蜥蜴が、別々の方向に射出された。
「ぐ……っ!」
「うわ……っ!」
「うお……っ!」
先に着弾したのは、熊谷達のいる場所だった。
突如飛来した爆撃は、熊谷のすぐ傍に着弾。
咄嗟にシールドを広げた三者だったが、爆風に吹き飛ばされ体重の軽い帯島は空中へと投げ出された。
「……っ! 帯島……っ!」
「……っ!」
その帯島へ、無数の光弾が殺到する。
それを察知した神田は、遠隔シールドを展開。
その光弾を、ハウンドを防御する。
そして、気付く。
今のハウンドは、熊谷によるものではない。
熊谷のいる場所の向こう側、岩山の近く。
その場所に、小柄な影があった。
「誰だっ!?」
神田は迷わず、突撃銃で銃撃。
放たれたハウンドが、小柄な影に殺到する。
「シールドッ!」
だが、その銃撃はシールドによってガードされる。
銃撃によって照らされたその姿は、生真面目そうな顔立ちの少年。
「…………」
王子隊攻撃手、樫尾由多嘉だった。
「…………まさかおめェーがこっちに来るとはなァ、流石に予想してなかったぜ」
「…………」
「こうしないと、先がなさそうでしたからね。僕としても、苦渋の決断ってやつですよ」
そして、一方。
サラマンダーが着弾したもう一つの戦場でも、新たな乱入者が姿を見せていた。
爆発の隙を突いてハウンドを従えて現れたその乱入者は、王子は、充分に七海と弓場から距離を取った上で、にこやかに笑う。
王子隊が、二つの戦場に同時に参戦した瞬間であった。
分割したキューブを待機させておく事は可能っぽいので、二つに分割した後片方を発射した後別方向に撃つ事は出来るかなと思いやりました。時間差射撃というか置き弾の要領ですかね。