痛みを識るもの   作:デスイーター

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七海玲一①

「────メテオラ」

 

 仮想訓練場、そこで隊服を身に纏った戦闘体の七海は()()()()()()()目掛け、メテオラを放つ。

 

 恵まれたトリオン能力から生成された巨大なメテオラのトリオンキューブが無数に分割され、着弾。

 

 トリオンの爆発が連鎖的に巻き起こり、土煙を撒き上げる。

 

 一見、何の意味もない行為。

 

 しかしそれは、()()()()()()()()()()為の行動だった。

 

「……っ! そこか……っ!」

 

 七海は短刀型のスコーピオンを手に、背後に向かって振り抜いた。

 

「く……っ!」

 

 硬質な音と共に、()()()()()()()()()()青い隊服の男────歌川遼(うたがわりょう)のスコーピオンが七海のスコーピオンによって受け止められた。

 

 歌川は自分の攻撃が受け止められた事に苦い顔をしながらも、弾丸のトリガー────アステロイドを精製、射出する。

 

 しかし、射手トリガーとしてのアステロイドには引き金を引くだけで発射出来る銃手トリガーのそれとは違い、トリオンキューブを精製し、それを撃ち出すという()()()()()()()()()()がある。

 

 当然、機動力に長けた七海がその隙を突く事は造作もない。

 

 七海はその場でグラスホッパーを起動し、アステロイドが撃ち出される直前に上空へ退避。

 

 そのまま眼下の歌川に対し、メテオラを射出しようとして────。

 

「────甘いぞ」

 

 ────()()()()()()()()()()()()()()()()()()がメテオラのトリオンキューブに突き立ち、メテオラが起爆。

 

 自らの生み出した弾丸の爆発に、七海は呑み込まれた。

 

「く……っ!」

 

 爆発に呑み込まれたかに見えた七海は、全身を覆う形態のシールド────『固定シールド』に身を包んだ状態で、爆発から弾き出された。

 

 固定シールドは展開中移動が出来なくなる代わりに全身を包み込むようにシールドを展開する技術であり、咄嗟のハウンドやメテオラを凌ぐ時に役に立つ代物だ。

 

 七海はその技術を活かし、起爆されたメテオラの爆発をノーダメージで凌ぎ切って見せた。

 

「アステロイド……ッ!」

 

 ────相手の、思惑通りに。

 

 固定シールドを展開したが故に身動き出来ない七海の眼下から、再び歌川のアステロイドが放たれる。

 

「く……っ!」

 

 七海は咄嗟に身体を捻り、爆破で脆くなっていたシールドを貫いた歌川のアステロイドは彼の右肩を撃ち抜くに留まった。

 

 しかし痛打である事は変わらず、七海は苦い顔をする。

 

 すかさず距離を取る為グラスホッパーを起動し、踏み込もうとして────。

 

「────甘い、と言った筈だ」

「……っ!?」

 

 ()()()()()()()()()()()と共に、目の前に自分の首を掴んだ少年────のように見える青年。

 

 隠密トリガーカメレオンを解除した風間蒼也(かざまそうや)が、その姿を現わしていた。

 

「が……っ!?」

 

 風間は、七海を掴んだ腕からスコーピオンを展開。

 

 七海の首は暗殺者の刃により貫かれ、致命。

 

『戦闘体活動限界。『緊急脱出』』

 

 そして、機械音声が七海の敗北を告げたのだった。

 

 

 

 

「動きは良かったが、まだ詰めが甘いぞ。お前のサイドエフェクトは、万能じゃない。それをよく心しておけ」

「はい、ありがとうございます」

 

 模擬戦が終わり、風間隊の作戦室に戻って来た七海はこの部屋の主────風間蒼也から激励の言葉をかけられていた。

 

 風間は目つきの鋭い少年のように見えるが、歴とした成人であり『風間隊』の中でも最年長だ。

 

 最も、その実年齢を初見で見抜けた者は殆どいない。

 

 何せ、体格も小柄で顔も童顔の類なのだ。

 

 『ボーダー』内部でも、彼とあまり親しくない者はその年齢を誤認している可能性が高い。

 

 だが、その実力は折り紙付きだ。

 

 攻撃手(アタッカー)の中でもNO2の順位を誇り、こと『カメレオン』を用いた隠密(ステルス)戦闘では他の追随を許さない。

 

 彼の率いる『風間隊』も隠密戦闘を得意としたコンセプトチームであり、その戦いはまさに影から敵を斬り裂く暗殺者の如し。

 

 『カメレオン』の扱いについて、ボーダーで最も熟達しているのが風間である。

 

 隠密トリガー、『カメレオン』は()()()()()()()()という他に類を見ない効果を持つが、その代償としてカメレオン展開中は()()()()()()()()()使()()()()()()という制限が課せられている。

 

 トリオン体は、トリオンでしかダメージを与えられない。

 

 つまり、トリガーを起動しなければ相手に攻撃出来ない以上、カメレオンを使用した戦闘では()()()()()()()()姿を現す必要がある。

 

 更に『バッグワーム』と違ってレーダーには映る関係上、大まかな位置自体は知られてしまう。

 

 極めれば強力なトリガーではあるが、一朝一夕で使いこなせるようなトリガーではないのだ。

 

 風間はカメレオンの展開と解除のスピードも然る事ながら、その()()()についても習熟している。

 

 先程の攻防でも、カメレオンを解除せずに七海の首を拘束する事によって、痛み(ダメージ)を感知出来る彼のサイドエフェクトを反応させる事なく肉薄。

 

 そこから即座にカメレオンを解除してからのスコーピオン展開で、トドメを刺したのである。

 

 熟達のカメレオン使いらしい、発想力や技術の光る攻防であった。

 

 ────七海がこうして風間達を相手に多対一で戦っているのは、以前の風間からの誘いが切っ掛けだった。

 

 影浦や太刀川、出水の指導の甲斐もあって着実に力を付けていた七海の下に、ある日突然風間が訪ねて来てこう言ったのだ。

 

 ────部隊の練度を上げる為に、お前の力を借りたい。お前にとっても、良い訓練になる筈だ────

 

 風間は自分達の隊の隠密戦闘の練度を上げる為、姿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()七海を訓練相手として抜擢したのだ。

 

 どうやら風間は太刀川から七海の事を聞いていたらしく、サイドエフェクトを活かした回避技術を磨いている彼に興味を持ったらしい。

 

 太刀川から七海の動きを録画したデータは見せられていたらしく、それを見て即座に白羽の矢を立てたとの事だった。

 

 無論突然の申し出に困惑した七海だったが、理由や経緯を聞くと納得し、快く風間の申し出を受けたのだ。

 

 それ以来、七海は時間を見つけては風間隊の三人を相手に集団戦の訓練を行っていた。

 

 今日は用事がある為に不在である菊地原士郎(きくちはらしろう)を含めた三人の『カメレオン』使いを相手にする戦闘訓練は、乱戦での動きを学ぶのに格好の場だった。

 

 太刀川と出水相手に2対1で戦った事はあるものの、二人は射程が長く攻撃力も高過ぎる為、至近距離での乱戦とはまた違った戦い方をせざる負えなかった。

 

 その点、『風間隊』の面々は七海と同じく『スコーピオン』をメイントリガーに据えている事もあって、乱戦の相手としては最適と言えた。

 

 風間は言い方こそストレートで容赦がないが、その実目をかけた相手に関してはむしろ面倒見が良い方で、七海も数々の助言を賜り自身の力に変えていた。

 

 歌川は善人を絵にしたような男で好感が持てるし、菊地原も口は悪いがなんだかんだでこちらの事を気にかけてくれており、素直ではないだけで悪い奴ではない。

 

 七海は、『風間隊』とは良好な関係を築けていたと言って良い。

 

 太刀川や影浦との訓練に加えて風間隊との訓練を行う日々は中々ハードではあったが、充実した毎日であったとも言えた。

 

 鍛錬を積み重ねて着実に力を付けていく感覚は、七海にとって好ましいものだった。

 

 鍛錬馬鹿(ワーカーホリック)と呼ばれようが、それが性分なのだから仕方ない。

 

 七海には、強くならなければならない理由がある。

 

 その為の苦労は、欠片とて惜しむつもりはなかった。

 

「それはそうと歌川。お前はまだ、『カメレオン』の解除が早過ぎる。あれではただの見えている攻撃(テレフォンパンチ)だ。精進しろ」

「はい、すみません」

 

 風間は同じ隊の歌川にも、容赦のない指摘を送る。

 

 叱責を受けた歌川は頭を下げ、粛々と風間の言葉を受け止める。

 

「…………だが、最後の『アステロイド』での援護は上出来だった。俺達の隊で、射手トリガーを使うのはお前だけだ。これからも頼りにしている」

「はい……っ! ありがとうございました……っ!」

 

 だが、風間は叱責を送るだけの男ではない。

 

 褒めるべき所はきちんと評価し、激励の言葉をかける。

 

 そんな上官だからこそ、歌川と菊地原の二人は彼を慕っているのだ。

 

 那須隊の和気藹々とした空気とはまた違った関係性だが、こういうのもいいものだな、と七海は僅かに笑みを漏らした。

 

「ほぅ…………その眼、俺の隊に興味が出て来たか? お前なら、隊に加える事も吝かではないのだがな」

「勘弁して下さい。俺が所属する隊はもう決めてるって、前から言ってるでしょう?」

「フ、冗談だ。これくらい受け流せ」

 

 どうやら完全にからかっただけらしく、風間は滅多に見せない悪戯っぽい笑顔を見せてそう言った。

 

 真面目一辺倒の人間に見えるものの、風間は茶目っ気を見せる事もある。

 

 普段とそう変わらない表情で冗談を言うので、割と騙される人間は多いのだ。

 

 まあ、七海を隊に入れてもいい、というのは本音かもしれないが、七海の事情もきちんと理解しているので、本気で誘ったワケではあるまい。

 

 冗談で空気を和ませようという、風間なりの気遣いだろう。

 

「…………明日は、遂にお前が参加する初のB級ランク戦になるのか。準備は抜かりないだろうな?」

「はい、お陰様で。調整に付き合って頂き、ありがとうございました」

「別にいい。俺達にとっても良い訓練になるからな」

 

 今日は、10月2日の火曜日。

 

 明日、10月3日は『B級ランク戦』が始まる日だ。

 

 七海は、このランク戦を勝ち上がる為に鍛錬を重ね、『那須隊』の面々とも協力しながら準備を続けて来た。

 

 その努力が、結実するか否か。

 

 全ては、これから始まるランク戦にかかっている。

 

 出来る事は、やって来たつもりだ。

 

 太刀川、出水、影浦、風間。

 

 名前を挙げるだけでも自分には勿体ない程の、師匠達。

 

 『ボーダー』でも名立たる実力者である彼等が此処まで協力してくれたのだから、無様な結果は見せられない。

 

「これは、お前の…………いや、お前達の戦いだ。誰の為でもなく、ただお前達が勝ちあがる為に全力を尽くせ。余計な事は考えるな」

 

 風間は、そう言って激励する。

 

 歯に衣着せぬ物言いながらも確かなエールを含んだ金言が、七海に送られた。

 

『細かい事は気にするなよ。全力で、暴れて来い。期待してるぞ』

『ま、そういう事だな。面白い試合、見せてくれよ』

 

 先日聞かされた、太刀川と出水の、言葉が想起される。

 

 二人なりの激励の言葉が、七海の決意を後押しした。

 

『精々勝ち上がって来な。俺んトコまで来たら、相手してやっからよ』

 

 影浦もまた、そう言って七海を応援してくれた。

 

 太刀川達とはまた違った、激励の言葉。

 

 B級のNO2のチームを率いる隊長として、影浦は七海が勝ち上がって来るのを待っているのだ。

 

 その言葉に、微塵も嘘はない。

 

 信じているのだ。

 

 七海が、自分達のいる場所まで上がって来る事を。

 

 師匠の一人にして兄貴分の影浦にそんな期待をかけられては、更に気合いが入るというものだ。

 

『────頑張れよ、七海』

 

 ────それは、七海の携帯に届いた一通のメッセージ。

 

 宛名は、見なくとも分かる。

 

 迅が、七海にエールを送ってくれている。

 

 姿を見せないだけで、ちゃんと七海の事を気にかけてくれている。

 

 そんな迅が、自分に「頑張れ」と言ってくれた。

 

 ならば、その期待に応えよう。

 

 全力で、勝ち上がる。

 

 『那須隊』を、上に連れて行く。

 

「────やってやる」

 

 七海は、不敵な笑みを浮かべ、告げる。

 

 B級ランク戦。

 

 それが遂に、始まりの時を迎える。




 これで序章は終わり。明日からB級ランク戦が開催されます。

 修達『玉狛第二』が結成する前の『前期ランク戦』の模様をお楽しみ下さい。

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