「蔵内隊員の
「成る程、そう来るのか」
会場は、王子隊の行動で沸き立っていた。
今まで隠れて動くだけだった王子隊が、自ら主戦場へ突入した。
しかも、部隊を分けて。
基本的に合流して行動する事が多い王子隊がこの局面で隊を分ける選択をした意味は、大きい。
「なんやなんや、王子の奴どうするつもりなんや? なんでわざわざ、弓場さんトコに顔出しとるんや? そこは、神田達のトコに全員で突っ込むんちゃうんかいな」
生駒は王子の意図が読めず、疑問符を浮かべる。
確かに生駒は状況判断能力が高く、咄嗟の適応力も高い。
だが、作戦立案能力が高いというワケではないのだ。
専ら相手の作戦を看破するのは水上の仕事であり、彼はあくまでエースとしてその場その場に適応した動きをするのが基本である。
「どうなん嵐山? 王子は、何狙うてるん?」
故に、この場で戦術眼に優れた者に説明を丸投げする事に何の躊躇いもない。
適材適所、という言葉をよく知っている生駒であった。
「そうですね。生駒隊長が指摘した通り、これはリスクの高い行動です。隊の連携と機動力が持ち味の王子隊が自ら隊を分けた場合、当然連携は取り難くなり戦力的にも厳しくなるでしょう」
ですが、と嵐山は続ける。
「MAPをよく見て下さい。実は、あの二つの戦場はそう離れてはいないんですよ」
「あ、ホンマやな」
嵐山の言う通り、MAP上での弓場達が戦っている場所と神田達が戦っている場所は、そう離れているワケではない。
そもそも、弓場は戦闘中神田達の射撃音を聞いている。
つまり、
砂嵐の所為で視界が塞がれて位置関係が分かり難いが、二つの戦場をその中間地点にいる蔵内が同時に視認出来る程度には近場なのだ。
「つまり王子隊は、いざとなればフォローが効く範囲で隊を分けたと見る事が出来るワケですね。王子隊は機動力が高い上に、樫尾隊員はグラスホッパーを持っています。状況に応じて、一ヵ所に集まるつもりの布陣と見て良いでしょう」
「成る程なあ、砂嵐の所為で分からんかったが、そんなに近い場所で戦うてたんか」
生駒は嵐山の解説に、得心して頷いた。
今回は、砂嵐という特殊な天候が適用されている。
この天候は暴風雨や濃霧よりも更に視界条件が悪く、数十メートルも離れれば地形も朧気にしか視認出来ない。
全速力で走ったら岩山にぶつかった、という事も普通に有り得る天候なのだ。
近くで戦っていても、正確な位置が分かり難くても無理はない。
「王子隊は、このMAPと天候を自ら選んでいる利を最大限に活かすつもりでしょう。事前にMAP情報は調べ尽くしているでしょうから、地形把握という点で他の隊に明確なアドバンテージを取れる。それを利用した策と言えるでしょう」
だが、それはMAPの事前調査が出来なかった場合の話だ。
王子隊はMAPを決めた張本人であるが故、MAPの綿密な下調べが可能だった。
故に、このMAPの地形を最も把握しているのは王子隊と言える。
だからこそ、こんな大胆な布陣が可能であったのだ。
「けど、そこまでして隊を分けた理由は何や? 王子の事やから、何か考えがあるんやろ?」
「狙いとしては、恐らく那須隊長を誘い出す事でしょうね。那須隊長の位置が不明なままだと、王子隊は動きをかなり制限されますからね」
成る程、と生駒は頷き、あ、と呟いて手をポンと叩いた。
「読めたで。那須さんが出てきたらそっから一目散に逃げて、もいっこの方に全員で向かうハラやな」
「そうですね。恐らく、それが狙いでしょう」
嵐山はそう告げ、画面を見据える。
「王子隊は、基本的に各隊のエースとの交戦を避ける方針を取っています。だから、那須隊長、七海隊員、弓場隊長とは極力当たりたくはない。ですが、那須隊長が未だ姿を見せない事で迂闊な動きが出来ない状態です」
「那須さん、めっさ速いからなあ。バイパーの射程もえぐいし、まともにやり合いたくないんは分かるわ」
「だからこそ、自分達を囮にする策で那須隊長を釣り出す事にしたのでしょう。今度は王子隊が、那須隊に選択を突き付ける形ですね」
恐らく、意趣返しという意味もあるのだろう。
那須隊は、熊谷の姿を敢えて晒す事で王子隊に選択を迫った。
その一手の所為で、王子隊はこれまでと同じ作戦を継続する事が難しくなってしまった。
だからこその、この一手。
自分達が敢えて姿を晒す事で、那須を挑発する策。
出て来ないのか、という明確な誘い。
今度は那須隊が、難しい選択を迫られる事になったのだ。
「けど、乱戦は七海の十八番やで? 王子があそこ行ったら、逆に利用されてまうんちゃうか?」
「確かに、普通であればそうでしょう。乱戦における七海隊員の立ち回りは、群を抜いています」
ですが、と嵐山は続ける。
「それは、1対1対1であった場合です。王子隊長は最初から、
「────ハウンド」
戦端を切ったのは、王子の射撃だった。
大きく広げたハウンドが、七海を包囲するように襲い掛かる。
王子は敢えて誘導設定を限界まで弱く調整する事で、横に広がるハウンドを撃ち出したのだ。
機動力と回避能力に長けた七海に対して、一ヵ所に集中した弾丸は愚策。
威力がそう高くないハウンドでは、トリオン能力の優れた七海のシールドを貫く事は出来ない。
だからこその、広範囲射撃。
威力ではなくカバーする範囲を優先した射撃により、七海の行動を制限しにかかったのだ。
「……!」
だが、当然それだけで落とせる程七海は甘くはない。
弾丸を広げようと、七海にはサイドエフェクトで被弾しない場所を正確に読み取る事が出来る。
ただ弾丸を広げただけでは、七海に対する対策としては不十分だ。
「────」
────しかしそれは、相手が
この戦場にはもう一人。
早撃ちを得意とする、弓場隊のエース。
弓場拓磨が、いるのだから。
広げたハウンドに対応する為回避機動を取る七海に対し、弓場は右腕でバイパーを放つ。
王子のハウンドの隙間を埋める形で放たれたバイパーが、七海の逃げ場を封殺する。
「……っ!」
対して七海は、グラスホッパーを展開。
それを踏み込む事での、後方への退避を選択した。
「甘ぇ」
「……っ!?」
早撃ち一閃。
弓場は左手の拳銃から弾丸を放ち、七海の展開したグラスホッパーを撃ち抜いた。
グラスホッパーは物質化したものであれば弾くが、トリオンの弾丸にぶつかれば相殺され消滅する。
更に、七海本人ではなくグラスホッパーを狙えば七海のサイドエフェクトは反応しない。
それを分かっていた弓場は、七海の逃走の為の常套手段であるグラスホッパーが展開される事を見越して、それを正確に狙い撃ったのだ。
足場がなくなり、七海はバランスを崩す。
そこに、四方八方からハウンドとバイパーの弾丸が降り注いだ。
「く……っ!」
七海は咄嗟にシールドを展開し、ガード。
幾ら弾数が増えようが、ハウンドもバイパーも威力自体は低い。
更に、
「……っ!!」
────だが、七海の動きを止める事さえ出来ればそれで充分。
弓場は左手の拳銃に残された弾丸、五発を連射。
咄嗟に身体を捻って回避した七海だが、避けきれなかった弾丸が脇腹を抉る。
傷口からは少なくないトリオンが漏れ出ており、痛打である事は間違いない。
(どうやら、王子隊長は完全に弓場さんのサポートに回る気だな)
此処に来て、七海は王子の意図を察した。
王子は、この場に乱戦に来たのではない。
弓場をサポートして七海を獲らせる為に、この場に現れたのだ。
元々、王子は弓場隊の出身。
故に、どう動けば弓場が戦い易いかは、文字通りその身に染み付いている。
だからこそ、この場で王子は完全な弓場のサポーターとなる事を選択した。
それが、一番
(やっぱり、曲者だな。俺の感じた苦手意識は、間違いじゃなかったか)
七海はにこやかに笑う王子の姿を見て、思う。
あの笑みは、決して人畜無害なそれではない。
獲物を見定めた、狩人の笑みだ。
その笑みに王子の持つ抜け目なさを感じて、七海は内心で舌打ちした。
弓場は恐らく、今の攻防で王子の意図を理解した筈だ。
好きなものと問われて
神田の事がなければもしかすると別だったのかもしれないが、今弓場にとって最優先事項は
チームメイトの最後の花道を彩る為、全霊を尽くす。
それが、今の弓場なのだ。
故に、内心どう思っていようが此処は王子の策に乗らざるを得ない。
もしも王子が弓場の策に乗らなかった場合、王子は弓場に標的を切り替える事も充分考えられる。
王子がこの場で完全な敵に回るだけで、弓場は相当苦しくなる。
ただでさえ、チーム戦に置いて厄介極まりない能力を持つ七海を相手にしているのだ。
七海はやろうと思えば、弾丸の雨の中にも平気で飛び込める。
射手トリガーを使う者との連携も、充分以上に経験がある。
王子のサポートを受けた七海を相手にした場合、弓場が勝てるかどうかはかなり微妙な所だ。
そして七海は、試合では徹底的にクレバーになれる。
必要とあらば、王子の策に乗る事にも躊躇わないだろう。
だからこそ、この場では弓場は王子の策に乗らざるを得ない。
状況次第で平気で敵に回る王子という存在は、この場を搔き乱す要因としては様々な意味で厄介極まりないのだから。
(解決策は、ある。だが恐らく、それこそが王子隊の狙い)
この状況を脱する方法は、単純だ。
那須を、この場に介入させれば良い。
彼女の援護さえあれば、二人を相手にしても充分やり合える。
リアルタイム弾道制御が可能な那須の操る
だが、当然それは王子も気付いている。
むしろ、それこそが王子の狙い。
王子は最初から、那須を誘き寄せる為にこの場に現れたのだから。
(此処に玲を呼べば、恐らく王子隊長は即座に撤退を選ぶ。そして俺と玲が弓場さんと戦っている間に隊員と合流し、ポイントを稼ぎに行く筈だ)
七海は、王子の魂胆を見抜いていた。
王子は最初から、七海や那須とまともに戦うつもりがない。
今回も弓場が七海と戦っている最中でなければ、決してこの場には現れなかった筈だ。
エースとの戦いを避け、足を使って獲れる点を取る。
その姿勢は、試合開始から一貫している。
別にそれを卑怯と言う気はないし、自分の隊の強みを活かすのはむしろ当然だ。
どんな策を使おうが、最終的に勝てれば良いのだ。
卑怯だなどという言葉は、戦場では通用しない。
よほど卑劣な方法でもなければ、取るべき最適解を選んだ人間を罵倒するような謂れはない。
単純に、勝てなかった方が悪いのだから。
(考えろ。何が最適解か、導き出せ)
七海は再び迫り来るハウンドとバイパーを前に、思考する。
最適解を。
この場を切り抜ける、最も優れた方法を。
『七海先輩が苦戦していますね。熊谷先輩も、少し苦しそうです。王子隊は、明確に那須先輩を誘っていますね』
「…………そう」
小夜子と通信を繋ぎながら、那須は思案する。
戦況は、理解している。
熊谷は、自らを囮とする戦略を実行し神田・帯島、そしてたった今乱入した樫尾と戦っている。
七海は、王子のサポートを受けた弓場相手に防戦一方だ。
どちらも、このまま放っておけば落ちてしまう危険が高い。
那須が、どう行動するか。
それに、今後の展開が左右される局面だった。
熊谷は最初から落ちる事さえ考慮してあの場に投入しているが、七海は別だ。
七海が落ちてしまえば、この試合での勝利はかなり厳しくなってしまう。
故に優先順位で言えば七海の救援の方が高いのだが、それは恐らく王子も想定済みである。
むしろ、那須の介入をあからさまに誘っている。
王子の狙いは、那須の位置を確認した上で戦闘を避けて獲れる点を取りに行く事。
此処で七海の下に向かえば、王子の思う壺となる。
それに、熊谷の方も放置して良い戦場ではない。
あそこで熊谷が落ちれば、弓場隊の二人や樫尾は七海達の下へ向かいかねない。
乱戦は七海の得意とするところだが、弓場というエースを相手にしている状況で横槍が入る状態は望ましくない。
このまま座して待てば、確実に
故に、傍観する選択肢は有り得ない。
だが、迂闊に動けばそれこそ相手へ利する結果となってしまう。
どう、動くか。
那須は、選択を迫られていた。
このROUNDのテーマは「選択」です。
各隊が策を打ち、相手に苦渋の選択を強要する。
ROUND4は相手の裏をかく読み合いでしたが、こちらは意図を看破される事を前提でどれが最適解かを選んでいる形ですね。
「バイパーより手軽に扱える射撃トリガー」っていうイメージを覆されましたからねえ。