(これは、ちょっとマズイかもね……っ!)
熊谷は自分に向かって迫り来る樫尾のハウンドをシールドでガードしながら、内心で舌打ちする。
先程の爆撃と共に現れた樫尾は、決して接近しての白兵戦は行わず、ハウンドでの
そう、弓場隊への
「やあ……っ!」
帯島は、小柄な体躯を活かしてハウンドを防御する為に足を止めた熊谷の懐に潜り込む。
そして弧月を横薙ぎに振るい、熊谷の胴を狙う。
「く……っ!」
「……っ!」
熊谷は、帯島の弧月を自らの弧月で受け太刀。
体格差を活かし、そのまま弧月を押し込み帯島を跳ね飛ばす。
「────」
だが、跳ね飛ばされる直前に帯島はハウンドを放つ。
「ハウンドッ!」
同時に、樫尾もまた
二方向からのハウンドが、熊谷を狙い撃つ。
「く……っ!」
熊谷に、このハウンドから避けきるような機動力はない。
故に、シールドを広げてガードする以外の選択肢は存在しない。
熊谷はシールドを広げ、全方位から迫り来るハウンドを防御する。
どちらのハウンドも誘導の強弱は上手く調節してあり、熊谷が避けきれないギリギリのラインの弾道を描いている。
ハウンドを習得して日の浅い熊谷には、そういった細かい調節はまだ出来ない。
正確に言えば出来ないワケではないが、練度は王子隊のそれには及ばない。
那須にレクチャーして貰って練習を続けてはいるが、熊谷の適性は本来攻撃手のそれ。
射手トリガーは鍛錬の末に何とか会得したものであり、本職の射手の技術にはまず勝てない。
だが、使い方と使い道に関しては那須や出水に丁寧なレクチャーを受けていた為、分かる事もある。
「────」
樫尾は、時間を稼いでいる。
動きこそ弓場隊へのフォローだが、ある程度熊谷を追い込み過ぎないように調整している向きが見られる。
その証拠に、樫尾は分割したハウンドの一部を手元に残している。
熊谷への時間差射撃、を狙ったものではない。
隙を見て銃撃を撃ち込もうとする、神田への牽制の為だ。
先程も、ハウンドで固まった熊谷を銃撃しようとした神田に対し、樫尾はハウンドで牽制している。
そして、神田達が樫尾を狙おうとすれば、グラスホッパーを用いてすぐさま逃げに徹している。
熊谷を追い込む傍ら、この場の戦闘が容易に終結しないよう気を配ってもいる。
その動きはいっそあからさまに、時間稼ぎが狙いだと明言していたも同然だった。
(多分、王子隊はあたしに今すぐ落ちて貰っちゃ困るんだわ。あたしが落ちれば、自動的に弓場隊の狙いは樫尾くんに向かう。それを避けたいから、あたしを追い込みながら適度に弓場隊の邪魔をしてるんだろうけど……)
狙いは何か、など聞くまでもない。
恐らく王子隊は、那須を誘い出す事を目的として動いている。
彼等としては、那須が出て来るのであれば七海の所と自分の所、そのどちらでも良いのだ。
那須の位置さえ分かってしまえば、自分達が動き易くなる。
そう考えて、敢えて熊谷を追い詰め過ぎない程度に追い込んで誘いをかけているのだろう。
(どうする? この場からの離脱は難しそうだし、そもそもそれじゃあ此処に出てきた意味がなくなる。あたしは此処で落ちる事を前提に出てきた。それは問題ない。問題は、
元より、この場に出てきた時点で熊谷は自分が落ちる覚悟を決めている。
だが、ただ落ちたのでは意味がない。
最低限、自分の仕事はきっちり果たしていかなければならない。
王子隊を誘い出す、という目的は既に達している。
だが、王子隊が那須を釣り出す方針に切り替えた以上、それだけでは不十分だ。
少なくとも、此処で王子隊の戦力を削っておかなければ自分の役割を果たしたとは言えない。
しかし、だからといって神田と帯島を無傷のままこの場から逃がす、というワケにもいかない。
神田の左腕は既に削っているが、欲を言えばもう少しダメージを与えたい所である。
弓場隊の二人も落とせれば理想的ではあるが、それは少々欲張り過ぎだろう。
(捨て身になるには、少し早いかな……? 七海のトコに行かれるのも面倒だし、もう少し王子隊の時間稼ぎに付き合うか……?)
熊谷はハウンドをシールドで捌きながら、ちらりと樫尾の姿を見据える。
先程から、樫尾は一貫して中距離射撃に徹している。
あちらから踏み込んでくれればカウンターをお見舞いしてやる事も出来るのだが、それを分かっている為か一向に近付いては来ない。
熊谷の持ち味は、受け太刀からの
至近距離での鍔迫り合いであれば、熊谷の技量と手足の長さは明確な武器になる。
そこまで大柄な体格ではない樫尾相手なら、受け太刀から態勢を崩す事での迎撃も充分可能だろう。
それが分かっているだけに、今の状況は口惜しいものがあった。
(生駒さんや村上先輩と相対した時のような、威圧感は感じない。けど、単純に戦い方がうざったいな)
樫尾や帯島は、今まで熊谷が戦った経験のある上位の攻撃手と比べれば近接戦闘の技量は劣る。
だが、自分の役割をしっかり認識しており、余計な一歩を踏み込んで来ない。
どちらも、自分だけで相手を倒す必要はないと割り切っている動きだ。
ある意味、こういう相手の方がやり難いとさえ言える。
自分一人で戦況を変えられるようなエースは、当然ポイントを稼ぐ為に一歩踏み込んでくる事が多い。
その結果得点に繋げられるからこそのエースなのだが、逆に言えば彼等は明確に防御よりも攻撃を優先する。
だからこそ、相打ち覚悟であればその攻撃に合わせる形で一矢報いる事も出来た。
けれど、樫尾も帯島も明確なエースと言える力量がない分、引き際をきちんと見極めている。
簡単に言えば、リスク管理が上手いのだ。
エースではないからこそ、多少のリスクを前提とした攻撃ではなく、堅実な立ち回りを行って来る。
帯島も樫尾も年齢的にまだ年少組である為か少々前のめりな所はあるものの、決して無理はしないように立ち回っている。
無理に捨て身で踏み込めば、一方的にやられる可能性が高い。
それ故に、熊谷は今の膠着状態を受け入れざるを得なかった。
『熊谷先輩。少し、やって貰いたい事があります』
「何?」
そんな折、小夜子が通信を繋いで来た。
熊谷は戦闘へ気を配りながらも、オペレーターの声に耳を傾ける。
そして小夜子は、その一言を、告げた。
『ちょっと、死んできて貰えますかね?』
「まだ、ナースは現れないかい?」
『今の所、バッグワームを解いた形跡はないわ。樫尾くんの所や蔵内くんの所も、異常なしよ』
王子はハウンドを七海に向かって放ちながら、オペレーターに確認を取っていた。
この王子隊の布陣は、あくまで那須を誘い出す事が第一の目的である。
那須の居場所が分かった瞬間、その場の戦闘を放棄して
そのまま三人の連携で、取れる点を取る。
それが、今の王子隊の戦略だ。
幸い、地の利はこちらにある。
一度姿を晦ます隙さえ作れれば、すぐさま合流を目指せるだろう。
問題は王子がこの場から逃げ切れるかだが、最悪の場合此処で捨て駒になっても問題ないと王子は考えている。
獲れる点を取った後は自発的な緊急脱出出来れば理想だが、七海も弓場も甘い相手ではない事は王子とて身を以て理解している。
グラスホッパーを持っていない王子では、この二人から逃げ切れない可能性が高い。
だが、グラスホッパーを持っている樫尾ではこの二人の相手は単純に荷が重い。
王子がこの戦場をある程度コントロール出来ているのは、偏に弓場の事を良く知っているからだ。
弓場の実力や立ち回り、思考傾向や好む戦術に至るまで、王子は理解している。
だからこそ、弓場のサポートに徹する形でこの場の戦闘をコントロール出来ているのだ。
王子は、自分の力を見誤らない。
七海や弓場と比べれば、自分個人の実力は優秀止まりである事は理解している。
だが、これは
個人の実力で劣っていようが、結果的にポイントさえ取れれば勝ちなのだ。
その為なら、多少の失点には目を瞑ろう。
獲れるポイントは容赦なく頂くが、取り難く危険なポイントまで無理をして取る必要はない。
それが、王子のスタンスだった。
(上位では地力不足? エースがいない? だからどうした。僕達は、僕達なりのやり方で戦う。文句なんて、誰にも言わせない)
王子は、自分の隊に不満を持った事など一切ない。
樫尾はまだ発展途上ではあるが、センスは光るものを持ち合わせている。
勤勉で真面目な性格も、王子としては好印象だ。
たゆまぬ向上心に支えられた樫尾は、きっと将来良い攻撃手として花開くだろう。
蔵内は、初代弓場隊時代からの付き合いでお互いの事は良く知っている。
一見ロボットみたいな顔をしている割に涙もろく感動屋で、ちょっとした人情エピソードを話しただけで感涙する感情豊かな人物だ。
そして、射手としては基本に忠実で、今も昔も頼れる相棒だ。
彼がいたからこそ、今の王子隊があると言っても過言ではない。
オペレーターの羽矢も、少々変わった所はあるがそれも愛嬌として受け取れる。
彼女の正確無比なオペレートには、いつも助けられている。
誰もが、頼れる素敵な仲間達だ。
この面子で、A級を狙う。
その想いは、昔から変わっていない。
エースなどいなくとも、戦術次第で上は目指せるのだと、王子は証明したかった。
今期は、その最大のチャンスなのだ。
迅が布告した『合同戦闘訓練』は、A級への昇格試験を兼ねているという。
そしてA級へ上がる為の最低条件は、ROUND8の終了時にB級上位に残留している事。
つまり、最大の難所である二宮隊と影浦隊をポイントで越せずとも、A級に上がる機会はあるという事だ。
勿論、そう簡単なものではない事は理解している。
二宮隊と影浦隊はペナルティで降格されている為、たとえ試験が良い結果に終わったとしてもA級昇格の対象外になっている可能性がある。
推測に過ぎないが、もしこれが当たっていれば狙うべきは
影浦隊に次ぐ功績を残せれば、A級に上がる目途は充分あると見ている。
今までは、実力がA級のままB級に降格されてきた二宮隊と影浦隊がいた所為で、A級への道は閉ざされていたも同然だった。
あの二部隊は、他とは明確に格が違う。
特に、二宮など酷いものだ。
単騎でも相手チームを圧倒出来る実力がある上に、名サポーターの辻と犬飼がそれを援護するのだ。
相手をする方としてみれば、たまったものではない。
だからこそ、その二部隊をポイントで越せずともA級に上がるチャンスのある今期は絶好の機会なのだ。
このチャンスを、逃すワケにはいかない。
なんとしてでも、残り二試合でB級上位に残留する。
そう意気込んで、王子はこの場に立っている。
上手くいくかどうかは、まだ分からない。
だが、目の前に超えるべき山があり、道は既に示されているのだ。
ならば、登る以外の選択肢は有り得ない。
その為に、自分はこうして戦っているのだから。
『王子くんっ、那須さんの射撃よ……っ!』
「来たか……っ!」
そして、遂にその時は訪れた。
羽矢の言う通り、彼女に示された方角にはレーダーに那須のものらしき反応がある。
その証拠に、こちらに向かう光弾────バイパーの群れが視認出来た。
「こっちに来たか。なら、逃げるとしよう」
それを見て、王子はシールドを展開しながら即座に撤退を選択した。
「……っ!」
「余所見すんなよ、七海ィ」
それに気付いた七海がこちらを追おうとするが、弓場の銃撃がそれを許さない。
正直此処で弓場まで王子の追撃に参加すれば彼の脱落は確定的だったが、どうやら七海とのタイマンを優先したらしい。
これ幸いと王子は脇目も振らずに駆け出すが、ふとある事に気付く。
(レーダーに映ったという事は、バッグワームを解除して
レーダーには、那須の位置がしっかりと表示されている。
それはつまり、那須がバッグワームを解除し
だが、こちらに追い縋る
狙撃手に警戒する為に敢えて片腕を空けているという可能性はあるが、王子の直感はそれはないと感じていた。
何かある。
王子の頭脳は瞬時に状況を解析し、一つの解決を導き出した。
「……っ! 蔵内……っ! 那須さんの狙いは、君だ……っ!」
「……っ! そう来るか……っ!」
蔵内は王子の通信と同時に上空に出現した光弾の群れを見て、舌打ちした。
サラマンダーを撃ち込んでから蔵内はバッグワームを着て移動していたが、どうやら弾道解析から居場所を割り出されたらしい。
典型的な射手である蔵内と機動型射手である那須では、機動力に明確な差がある。
彼女の機動力であれば、大体の居場所に当たりさえ付けられれば瞬時にこの場を補足する事は容易だっただろう。
まずは、邪魔な射手を落とす。
そのセオリー通りに、那須は蔵内を狙って来た。
「だが、それならそれでやりようはある」
那須のバイパーから逃げ切る事は、まず不可能。
四方八方から襲い来る光弾を無理に避けきろうとしても、追いつかれて撃ち抜かれるのが関の山。
ならば、方法は一つ。
シールドを広げ、防御する事だ。
幸い、
故に蔵内は下手に動かず、その場でシールドを張った。
那須の弾丸を防御し、反撃に転じる為に。
「が……っ!?」
────だが、その目論見は脆くも崩れ去った。
光弾が、蔵内のシールドを容易く
バイパーの威力では、決して有り得ない。
かといって、アステロイドがあのような曲射軌道を描く筈もない。
故に、答えは一つ。
「
────────バイパーとアステロイドの合成弾、『
それが、那須の使った弾丸の名であった。
『戦闘体活動限界。
機械音声が、蔵内の脱落を告げる。
ROUND7最初の脱落者は、光の柱となって消え去った。
原作では名前だけ出ている合成弾を遠慮なく使用していくスタイル。
トマホークが変化炸裂弾なので、コブラは変化貫通弾かな、と。
那須さんのトリガーセットにアステロイドがあるのを忘れちゃ駄目だぞ。