「此処で那須隊長の新技、『
結束の実況に、会場は大盛り上がりを見せる。
これまで誰も脱落者がいない状況での、新たな合成弾を使っての鮮やかな一手。
その手並みを見て、解説の二人も息を呑んだ。
「これは驚きましたね。これまで那須隊長が使用した合成弾はバイパーとメテオラの合わせ技である
「せやな。蔵っちも、何が起こったか分からんかったやろ。多分シールド広げたんは、トマホーク対策やろしな」
そう、那須がこれまでのランク戦で使用した合成弾はバイパーにメテオラの性質を付加した弾頭であるトマホークのみ。
バイパーにアステロイドの性質を付加した合成弾、コブラを使うのはこれが初だ。
いつから使用可能だったか、という問いに意味はない。
その隠し札を此処で切った那須の判断をこそ、称賛されるべきだろう。
「合成弾といえば、ランク戦で良く目にするのは蔵内隊員や二宮隊長が時折使うサラマンダーですが、他の合成弾となると那須隊長のトマホークくらいしか見た覚えがないのですが」
「そらまあ、ランク戦で雑に使っても強いのは、メテオラを合成して爆撃出来るようにしたサラマンダーやトマホークやからな」
生駒の言葉に、嵐山もそうですね、と言って補足する。
「
「では、今回使用された
結束の言葉に嵐山はふむ、と首肯する。
「俺は本職の射手ではないのですが、弾の原理と性質については説明出来ます。それでも良ければお話しましょう」
「お願いします」
分かりました、と嵐山は解説を引き受け、説明を開始した。
「
「そう聞くと中々便利な合成弾に聞こえますが、あまり多用されていないのは何故でしょう?」
「まず単純に、バイパーをトリガーセットしている射手がそう多くない事が挙げられます」
嵐山は指を立て、続ける。
「バイパーは、扱いが難しいトリガーです。ハウンドと違って弾道が自由に設定出来る分、使用者には相応の弾道計算能力が必要となります。その中でも、リアルタイムで弾道を引けるのは那須隊長と太刀川隊の出水隊員のみ。他にも数人いますが、ハウンドと比べれば多くはないのが現状です」
確かに嵐山の言う通り、バイパーをセットしている隊員は少ない。
単純に、ハウンドの方が使い易いという事もある。
ハウンドは使いこなす事を考えなければ、手軽に使えるトリガーである。
バイパーの場合も予め幾つか弾道を設定しておいて射出するという簡略化手順が使えるが、
事実、本職の射手でなくとも王子隊のようにハウンドをセットしている隊員も多く、牽制としても有効である為ハウンドを重宝する者は多い。
使いこなす事を考えれば
それに、弾丸の処理に必要とする計算量が少なく済むというメリットもある。
リアルタイムでバイパーの弾道制御が可能な
「更に言えば、合成弾そのものも高等技術です。那須隊長は数秒で合成を完了させていますが、それでも合成中は隙を晒す以上、本来であれば容易に使えるものではないんです」
「那須さんや出水を基準に考えたらあかんで? あん二人は色々おかしいんやから」
生駒の言う通り、那須が手軽に使っているように見える合成弾は、本来であれば高等技術の部類に入る。
更に合成中は無防備になる関係上、味方の護衛がない状態では使い難い。
合成弾をランク戦で見る機会があまり多くないのは、単純に使用が難しい状況の方が多いからなのだ。
那須がぽんぽん使っているように見えるのは、彼女自身が機動力を武器にして障害物に身を隠し、たとえ一人だろうと比較的安全に合成が行えるからだ。
それでも、居場所がバレた後はまず使わないのが定石だ。
位置を知られた後も隙あらば合成弾を撃ち込めている那須の方が、普通に考えればおかしいのだから。
「コブラの話に戻りましょう。コブラはトマホークと比べ、使い勝手は悪いと言わざるを得ません。トマホークは大まかな相手の位置が分かれば適当に撃ち込むだけで広範囲を爆風でカバー出来ますが、コブラの場合はピンポイントで相手を狙う必要があるからです」
「シールドを避けて弾を当てるだけなら、バイパーで充分やからな。それに、爆発に巻き込めばええトマホークと違って的に当てる必要があるんやから、どっちが使い易いかは言わずもがなやな」
二人の言う通り、コブラは確かに性能だけ聞けば強力に思えるが、単純に使いどころが限られてしまうのだ。
シールドを避けて相手に弾丸を当てたいなら、バイパーで事足りる。
相手を纏めて吹き飛ばしたいなら、トマホークを使えば良い。
視認出来る程近距離であれば、アステロイドを使えば済む話だ。
だからこそ、コブラが有効に使える場面は、割と限られているワケだ。
「今回の場合は、初見殺しとして機能したのも大きいでしょうね。蔵内隊員は恐らくトマホークか鳥籠が来ると見て、シールドを広げていました。その意識の陥穽を突く事で、コブラを通したワケです」
しかし、今回の場合は最適な一手である事は疑いようがない。
王子隊は、その全員が対戦相手の今までの試合のログを研究している。
当然、那須が
だからこそ、那須が使うとすればバイパーかトマホーク、という意識が彼等にはあった。
那須がアステロイドを使用したのは相手が直接視認出来る近距離での事であり、候補からは除外していたであろうことは想像に難くない。
曲射軌道を描く弾道を見た時点で、バイパーかトマホークであると決めつけていた筈だ。
それこそが、那須の仕込んだ
那須の操る毒蛇が、蔵内を見事に噛み殺したワケである。
「これで王子隊は、唯一の射手を失いました。此処からは、少々苦しい展開になるでしょうね」
『すまん王子、やられた』
「過ぎた事を言っても仕方ない。問題は、次にナースがどう動くかだ」
緊急脱出した蔵内から謝罪の言葉を聞いた王子は、今は反省よりも今後の事を考えるべきだと聡し、樫尾に通信を繋いだ。
「樫尾、蔵内がやられた以上那須さんがそっちに向かう可能性がある。そうなれば、刈られるのはこちらだ」
だから、と王子は告げる。
「時間稼ぎはもう良い。仕留めてくれ」
『了解しましたっ!』
「ハウンドッ!」
樫尾は王子の通信を受けた直後、中程度に広げたハウンドを射出する。
誘導設定は、やや弱め。
相手を削るよりも、動きを制限する事に主軸にした弾道である。
「帯島ッ!」
「はいっ!」
それを好機と見た神田が帯島に指示を送り、帯島がハウンドを撃ち放つ。
こちらは、誘導設定は強め。
樫尾のハウンドの隙間を埋めるように、帯島のハウンドが熊谷に向かって牙を剥く。
二人のハウンドを防御する為に足を止めれば、神田の銃撃が襲い来る。
かといって、半端な広さのシールドでは二人分のハウンドを防ぎ切れる筈もない。
先程と違い、樫尾と帯島のいる方向はほぼ正反対。
前面にシールドを張っての突進では、被弾を防ぎ切れない。
ならば、どうするか。
「ハァ……ッ!」
「え……っ!?」
「な……っ!?」
選んだのは、シールドを張っての
違うのは、片手分のシールドを身体を覆うようにリング状に広げている事。
身体全てを覆うように展開したのでは、固定シールドでもない限り二人分のハウンドは防ぎ切れない。
固定シールドを張れば、そもそもその場から動けない。
故に、熊谷が選んだのはある程度の被弾を許容しての特攻。
致命傷だけをシールドでガードし、無数の光弾を喰らいながらも荒野の地面を疾駆する。
一発。二発。三発。
熊谷の身体を、次々と光弾が撃ち抜いていく。
だが、足は止めない。
最初から、熊谷にこの場で生き残るつもりはない。
自身の脱落は、元より承知の上。
犠牲を前提とした、捨て身の特攻。
熊谷がやっているのは、まさにそれだ。
那須隊は、既に充分と言えるポイントを保持している。
故に、多少の失点はどうという事はない。
重要なのは、如何に得点を重ねるか。
その為には、捨て身になる程度どうという事はない。
以前であれば、熊谷が落ちた時点で那須が暴走する為このような策は使えなかった。
だが、あの敗戦を乗り越えた那須は以前のように感情で暴走する事はなくなった。
激情は常に孕んでいるが、それを制御する術を覚えたのだ。
ならば、熊谷が出来る事はただ一つ。
あらゆる手段を以て、隊を勝利に導く事。
所詮、これは仮想での戦い。
手足を斬られても首を落とされても、現実の身体に影響はない。
ならば、何を恐れる事があろう。
捨て身、神風、大いに結構。
別に、本当に死ぬワケではないのだ。
ならば、仮想の肉体の生死など頓着すべき事柄ではない。
ただひたすらに、勝利を追い求めればそれで良い。
狙うは、帯島。
少なくないダメージを負いながらも前傾姿勢で突進する熊谷が、帯島へ向かって弧月を振り上げる。
そんな熊谷に向かって、神田は咄嗟に銃口を向けた。
元より、捨て身の特攻。
帯島が一度でも攻撃を防ぐ事が出来れば、熊谷だけを落とす事も可能である。
(マズイ、このままだと弓場隊の得点になる……っ!)
それを見た樫尾が、焦る。
元より、樫尾達王子隊が狙っていた標的は熊谷と茜。
そのうち一人で此処で弓場隊に落とされるのは、明確な痛手だ。
この場を王子に任された以上、戦果なしというワケにはいかなかった。
(間に合え……っ!)
樫尾はすぐさま、グラスホッパーを起動。
ジャンプ台トリガーを踏み込み、一気に神田に肉薄する。
神田がこちらに気を取られ、銃撃を中止するならそれで良し。
そのまま銃撃を続行するなら、神田を落として点にする。
どちらによ、こちらの利となる結果となる。
それで良いと、樫尾は判断した。
帯島は、熊谷の相手に手一杯でこちらのフォローは不可能。
これで決める。
樫尾はそう意気込み、弧月を握り締めた。
「────旋空弧月」
────────だから、その一手は樫尾には予想出来なかった。
「え……?」
熊谷は帯島に向かって振り上げていた弧月を、敢えて態勢を崩した状態で振り下ろす事で軌道を変更。
帯島を狙っていた筈の弧月は、樫尾に向かって振り下ろされ。
拡張されたブレードが、樫尾の胴を両断した。
そう、最初から熊谷が狙っていたのは帯島ではない。
帯島を狙ったのは、あくまでフェイク。
本当の狙いは、樫尾をこの場で落とす事。
そして、王子隊に得点させない事である。
「ぐ……っ!」
樫尾の妨害がなくなった以上、神田の銃撃を阻むものは何も無い。
神田の突撃銃から、無数のアステロイドが吐き出される。
自ら態勢を崩していた熊谷に、それを避ける術はなく。
全弾、命中。
アステロイドはシールドを撃ち貫き、熊谷の身体に致命傷を与えた。
『警告。トリオン漏出過多』
機械音声が、熊谷に戦闘体の限界を伝える。
胴を両断された樫尾と同じように、熊谷の身体もまた罅割れていく。
「やられちゃったか。まあ、そのつもりではあったけど」
でも、と熊谷は続ける。
「ただじゃ、やられてあげないわ」
「……っ!」
瞬間、熊谷の身体の影から無数の光弾が放たれ、神田に襲い掛かる。
熊谷の、最後の一撃。
残るトリオンを搔き集めての、死に際の一手。
「残念。それはもう見てるんだ」
だが、神田にとってそれは初見ではない。
ROUND5における、村上と熊谷の戦い。
その時もまた、熊谷は死に際の一撃で村上に一矢報いている。
そしてそのログは、神田も見ていた。
故に、警戒していた。
熊谷は、ただでやられるような女ではないと。
不意打ちは、手段を知られてしまえば既知の攻撃でしかない。
神田は慌てず、予め準備していたシールドを広げて展開。
熊谷のハウンドを、全弾防御する。
これで、詰み。
神田は、そう確信した。
「────ええ、だと思ったわ」
「が……っ!?」
────だが、熊谷はその想定の上を行く。
砂煙に紛れるように地面スレスレを投擲された熊谷の弧月が、シールドの下を潜るようにして神田の右足を刺し貫いた。
最初から、ハウンドは囮。
防がれる前提でハウンドを放ち、その隙を突いて弧月の投擲により痛手を負わせる。
既知の情報を使った、初見殺し。
これまでも那須隊がこなして来た、必殺の手法である。
「これで仕事は終わりね。後は任せたわよ、皆」
『戦闘体活動限界。
機械音声が脱落を告げ、熊谷は既に致命傷を負った樫尾共々、光の柱となって消える。
熊谷は晴れやかな顔で、戦場から離脱していった。
くまちゃんはスポーツやってるからある程度アクロバティックな動きも出来ると思うの。
くまちゃんの強みを活かすには体術方面しかねぇと舵を切った結果でもある。