「神田隊員、外岡隊員が緊急脱出……っ! 弓場隊は残り二名となり、少々厳しい展開となったか……っ!?」
結束の実況で、会場が湧き上がる。
神田を不意打ちで落とした王子の抜け目なさも、連携して外岡にカウンタースナイプを決めた茜の手並みも双方見事なものであった。
特に茜は相手の狙撃手を一方的にやり込めた形になる為、映像的にもかなり映える。
会場の歓声の半分以上は、彼女への称賛が込められているようであった。
「王子、上手くやりおったな。漁夫るのは、あいつの十八番やしな」
「実際、王子隊長は乱戦になった時に不意打ちで点を取るのが上手い隊員でもあります。状況が良く見えているが故の、彼の明確な強みでしょうね」
生駒達の言う通り、実際王子は乱戦でどさくさ紛れに点を取るのが非常に巧い。
防御の薄い箇所、意識の外側を突く術に長けているのだ。
元より、王子隊の強みは隊長である王子の優れた観察力に裏打ちされた的確な采配にある。
ROUND4では早々に落とされた為にその観察力を充分に発揮し切れなかったが、今回は逆に王子が最後まで残った事で充分に戦況を観察し考察する時間が出来た。
不意打ちで神田のポイントを掻っ攫ったのは、まさに王子の面目躍如といった所だろう。
「那須隊としちゃ、悔しいやろな。土壇場で漁夫られるんは、結構堪えるもんや」
「ですが、その後できちんと外岡隊員を落としているのは流石と言えますね」
「あれなー。ワイもびっくらこいたわ。いや、考えてみればそう特別な事はしとらんのやけどな」
そうですね、と嵐山は生駒の言葉を肯定する。
「合成弾を使う時は、無防備になる。これは広く知られている事であり、射手が合成弾を使う場合は位置が知られていない時に一発限定で行うか、チームメイトに護衛を任せて行うのが一般的です」
「二宮さんも、犬飼か辻が一緒にいる時しか基本的に使わんしなあ」
合成弾は強力だが、反面合成には時間がかかり、使用中は
両攻撃の状態になるという事はシールドを張る事が出来ず、相手に肉薄されても迎撃出来ない無防備を晒す事を意味している。
故に、射手が合成弾を使う場合、護衛を配置するのが一般的だ。
今回茜が行ったのは、何も特別な事ではない。
ただ、合成弾を使用中の射手を護衛しただけ。
言葉にしてみれば、それだけの話なのである。
「那須隊長は、これまで合成弾を使う際はその高い機動力で居場所を常に移動しながら障害物を盾にする形で使用してきました。機動力に特化した、那須隊長ならではの使い方と言えます」
「そやな。一人の状態でも合成弾を使い易いのが、那須さんの強みやで」
「そう、それが大方の隊員の認識でしたでしょう。事実、これまで那須さんは護衛を配置せずに合成弾を使う場面が多く見られました」
嵐山の言う通り、那須が合成弾をお披露目したROUND2以降、彼女は仲間が傍にいない状態でも合成弾を使う場面が多々見られた。
勿論狙撃なんかは警戒した上でやっていただろうが、那須は合成弾を一人の時でも使う、という認識が隊員の間で蔓延していたのは間違いない。
機動力と隠密能力、空間把握能力を活かした那須ならではの立ち回りの結果である。
「ですが今回、那須隊長はその認識を逆手に取りました。敢えて合成弾を使う場面を見せる事で自身を囮にして狙撃手を釣り出し、それを日浦隊員が護衛しカウンタースナイプで仕留めた。自分自身への認識を利用した、彼女なりの初見殺しと言えるでしょうね」
今回、那須と茜はその認識を利用した。
那須は一人でも合成弾を使う、という認識を利用し、敢えて合成弾を使用する事で外岡を釣り出す事に成功した。
外岡は、まさか狙撃が防がれるとは思ってもいなかっただろう。
彼は、隠密に特化した狙撃手である。
隠れている最中に居場所が暴かれた事は、これまで殆どない。
事実、那須隊は彼の正確な位置を補足していたワケではない。
だが、今回の『渓谷地帯』のMAPは狙撃に適した場所が非常に少ない。
正確な位置を知らずとも、狙撃手がいそうな位置を絞り込む事は充分に可能であった筈だ。
茜がこれまでひたすら隠密に徹していたのは、そうした場所に当たりをつける為でもあった。
七海や那須が派手に戦っている裏で茜は地形把握に専念し、外岡を釣り出す為に最適な場所を導き出し、そこへ那須を呼び込んで作戦を決行した。
与えられた仕事を正確にやり遂げる、狙撃手の模範とも言える姿だろう。
「ホンマ、那須隊はえっぐいわ。7試合もしといてまだ初見殺しの引き出しがあるとか、どうなってるん?」
「彼等四人は各々の能力が噛み合っている上に、使える手札も多いですからね。それに全員が射程持ちなので、戦術の幅が広いという事もあります。特殊な戦術を使う隊員も多いですしね」
嵐山の言う通り、那須隊の四人はそれぞれの分野で突出した力を持つ。
七海はサイドエフェクトと高い機動力を用いた回避主体の戦術と、メテオラ殺法という得意戦法が。
那須は七海に匹敵する機動力と、バイパーのリアルタイム弾道制御という稀少技能が。
熊谷は中距離での射撃戦と、近接での粘り強さと格闘能力が。
茜は高い隠密技能に加え、正確に仕事をこなす精密射撃の能力とテレポーターが。
それぞれの強みとして、存在する。
そして、その能力をパズルのように組み合わせた結果こそ、那須隊が毎回のように使って来る新たな
無数の引き出しを組み合わせる事により、戦術を発展させ常に相手の意表を突き続ける。
それが那須隊の戦闘スタイルであり、彼女達が上位までやって来れた理由でもある。
以前二宮が漏らした通り、B級中位のチームでは今の彼女達の相手は荷が重いだろう。
だが、B級上位チームはそんな彼女達でも食われかねない実力者揃いである。
だからこそ、
必勝パターンだけに頼るという思考停止の末路は、良く自覚しているのだから。
解説がひと段落したと判断した結束は、二人に確認を取り実況を再開する。
「現在の獲得ポイントは、3:1:1で那須隊有利。隊員が削られた弓場隊と残り一人になった王子隊はどう戦うか、此処からが正念場です」
『帯島っ、合成弾が来るぞ……っ!』
『多分
「はいっ!」
通信で藤丸と神田から警告を受けた帯島は、上空に出現した無数の光弾を見てすぐさま弧月をオフにする。
そして、その場にしゃがみ込んで限界まで姿勢を低く取る。
丸くなってただでさえ小柄な身体の面積を更に小さくした帯島は、
雨あられと降り注いだ光弾を、1枚目のシールドを砕きながらもなんとか二枚目のシールドと引き換えに防ぎ切った。
『もう囮になる必要はない。身を隠すんだ』
「了解ですっ!」
帯島は丸まった姿勢のまま、手を地面に置く形で────────陸上競技のクラウチングスタートのような体勢から地を蹴り、疾駆。
帯島の小さな身体が、カタパルトのように一気に荒野を駆け抜ける。
野生動物のようなしなやかな体躯が、最適な形で躍動。
その小柄な身体と足のバネを存分に活かした走法で、瞬く間に岩場の影に潜り込む。
一瞬遅れて着弾するバイパーを、帯島は岩場を背にする事で挟撃を防ぎ、再び
そして光弾が収まった直後、バッグワームを起動して岩場の奥へ駆け出した。
「オビ=ニャンはバッグワームを使ったようだね。彼女も、隠れて奇襲を狙うつもりかな」
王子はバッグワームを着て岩場の影に隠れながら、一人呟いた。
神田を仕留めた後、王子はすぐさまその場から離れ身を隠す事を選択した。
あのまま荒野の真ん中に留まっていれば、良い的になっていただけであった事は明白だ。
神田を落とした以上、もうあの場所に用はない。
王子が身を隠さない理由は、存在しなかった。
『帯島さんが向かった先は割と岩場が多くて隠れる場所も多いわ。けど』
「足場が多いという事は、ナースのホームグラウンドでもある、か」
羽矢からの通信に、王子は思わず眉を潜めた。
確かに、帯島が潜伏先に選んだ地形は岩山が多く、隠れる場所には事欠かない。
だがそれは、那須の機動力が十全に活かされる場所である事も意味している。
もしも見つかってしまえば、那須得意の機動戦に持ち込まれかねない。
そうなれば、勝機はない。
帯島は身軽で小柄な為にまだマシであるが、如何せん経験値が足りているとは言い難い。
王子も機動力には自信があるが、流石に三次元機動で那須に勝てると思う程愚かではない。
あの場に飛び込むのは、ハイリスクである事は間違いないだろう。
(だけど、このまま手をこまねいていればオビ=ニャンも那須隊の点にされかねない。狙える駒がもう殆ど残っていない以上、それは下策だな)
かといって、傍観は有り得ない。
このまま放置すれば、帯島は那須隊に落とされる可能性が高い。
もしかすると那須を放置して弓場との合流を目指すかもしれないが、それはそれで問題だ。
先程は弓場を援護する形で戦闘に介入した王子だが、二度目を許す程弓場も七海も甘くはない。
姿を見せた瞬間に、狙い撃ちされるのがオチだろう。
付き合いが長い分弓場は王子のやりそうな事には見当がついているだろうし、二度目の疑似的な共闘は受け入れないだろう。
七海も漁夫の利を狙う王子を放置する理由はなく、そうなれば弓場と七海の二人に敵対する事になる。
流石に、二部隊のエースに挟まれて勝てると思う程、王子は自惚れてはいなかった。
ならば、どうするか。
傍観は有り得ないが、迂闊に動けば的になる。
既に狙撃手がいない以上、那須が合成弾の使用を躊躇う理由はない。
(さっき、トノくんが落とされている。彼が那須さんに見つかった、という可能性は低い。なら、那須さんを護衛していたヒューラーに落とされたと見るべきだろう)
外岡は、隠密に特化した狙撃手である。
その彼がやられた以上、那須に発見されて落とされたという可能性はまず切って良い。
ならば、那須が自信を囮にして外岡を釣り出し、そこを茜が仕留めたという可能性の方がしっくり来る。
つまり、今那須は茜と行動を共にしている。
狙撃手は既に茜だけの状態であり、場合によっては合成弾使用中の護衛も可能。
これまで以上に合成弾を積極的に使用してきても、なんら不思議ではない。
(トマホークはなんとかなる。問題は、コブラの方だ)
自在な軌道を描くミサイル、と考えれば中々に厄介だが、それでもきちんとシールドを広げれば防ぎ切れる。
来る事さえ分かっていれば、防ぐ事自体は難しくはない。
問題は、
こちらは遠隔操作出来る
雑に爆撃しても強いトマホークと違って相手にこちらの位置を知られていなければ怖くはないが、もしも位置を特定されてしまえば防ぎ難い必殺の弾丸と化す。
バイパーのような複雑な軌道を描く弾丸を防御するには、シールドを広げるしかない。
だが、シールドは広げた分だけ強度が落ちるという欠点がある。
広げたシールドでは、到底アステロイドの貫通力を持ったコブラを防ぎ切る事は不可能だ。
先程帯島は自身の小柄な身体を利用してシールドの面積を最小限まで減らす事でなんとか凌げていたが、あれは帯島の体躯だからこそ出来た事であって長身の王子ではあんな真似は出来ない。
固定シールドであれば第一射は防げるかもしれないが、一ヵ所に留まってしまえば那須の射撃包囲網に絡め取られてしまう。
そうして固められてしまえば、落とされるのは時間の問題だ。
つまり、今の王子は那須に見つかった時点で終わりと言っても過言ではない。
だが、点にしたい帯島と茜を落とす為には那須に近付く必要がある。
王子の頭に、幾つもの
この状況で、最善の行動は何か。
リスクは。
メリットは。
それらを鑑みて、何がベストな選択肢か。
選ばなければならない。
既に、試合も終盤。
此処で選択を間違えれば、即座に終わる。
チームメイトは、既に全員脱落した。
そしてまだ、王子隊は一点しか取れてはいない。
此処で点を取れるか否かが、今後を決める分水嶺。
「…………よし。行こう」
無数の選択肢という枝葉の中から、王子の頭脳が一つの解答を導き出す。
王子は決意を胸に秘め、荒野の中を駆け出した。
一つの、選択を抱いて。
オビ=ニャンは陸上部っぽいと思うの。
褐色だし健康的だし、何より似合う。
それはそれとしてオビ=ニャンと名付ける王子のセンスよ。