痛みを識るもの   作:デスイーター

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弓場隊⑤

『二人共、レーダーから消えましたね。バッグワームを使ったようです。王子隊長は多分帯島さんを落とす隙を狙ってると思いますが、帯島さんはもしかすると弓場隊長と合流する狙いかもしれません』

「そう」

 

 小夜子からの通信を受け、那須は眉を吊り上げた。

 

 帯島も王子も、岩山が密集した区域で反応が消失している。

 

 遮蔽物が多く隠れながら進むには適した場所だが、足場となる壁が無数にある以上、機動戦に持ち込めば那須の独壇場となる。

 

 この地形で相手を発見出来れば、一方的に押し込めるだろう。

 

 問題は、()()()()()()()である。

 

『王子先輩は恐らく、那須先輩を狙うつもりはありませんね。茜は狙うかもしれませんが、先輩相手に機動戦で勝とうなんて夢は見てくれないでしょう』

「そうね。前の試合みたいな事は、してくれなさそうだし」

 

 王子は前回の試合では複数人で那須や七海を狙い、その結果としてこちらの術中に嵌ってくれた。

 

 だが、あの時は香取隊の巻き添えを喰らったような状況下にあり、王子が真っ先に落ちていた事もあって適切な判断が出来ていたとは言い難かった。

 

 流石に、今回は同じ手は取ってくれないだろう。

 

 通用しなかった戦術を二度使ってくれる程、王子は甘い男ではない。

 

 今回は徹底して、獲れる駒を狙い撃って来る筈だ。

 

『この試合で王子隊長が点として狙っていたのは、熊谷先輩、茜、神田先輩、帯島さんの四人でしょう。熊谷先輩と神田先輩が既に落ち、茜が那須先輩と行動を共にしている以上、十中八九帯島さんを狙う筈です』

「けど、帯島さんはこっちに近付いているのよね? 彼女の狙いがまだ判然としないわ」

『落とされる前提で茜を狙う可能性はありますね。そうでなければ、弓場さんとの合流を狙うか、です』

 

 王子の動きを考えるにあたって、帯島の行動指針が重要になって来る。

 

 バッグワームを使って隠れた今、彼女が何を狙っているのか。

 

 それによって、那須達の取るべき行動は変わって来る。

 

 茜を狙っているのであれば、此処で待ち構えていればやって来るだろう。

 

 万全の態勢で迎え撃てば、早々負ける事は無い。

 

 帯島は射手トリガーを装備した万能手で出来る事は多いが、点取り屋よりはサポーターに近い。

 

 チームメイトとの連携でこそ活きる駒であり、単騎で暴れられる人材ではない。

 

 那須と茜が連携している現状、正面から迎え撃てばまず負けないだろう。

 

 だが、かといって油断して良い状況というワケでもない。

 

 帯島は恐らく、見つからないようにある程度迂回して進んでいる筈だ。

 

 王子の足ならば、ルート次第では帯島に追い付く事は充分有り得る。

 

 神田に続いて帯島まで王子に点にされる展開は、なるだけ避けたい。

 

 更に言えば、帯島を囮にして茜を狙って来る、という可能性も存在する。

 

 王子は、意識の間隙を突くやり口が巧い。

 

 小夜子の策が上手く行っているように見えるのは、単純に那須隊のチームとしての地力が高いからだ。

 

 基本的に、小夜子の考える策はある意味では隊員の能力に任せたごり押しに近い。

 

 個人技能頼りの戦法、と言い換えてもあながち間違ってはいない。

 

 小夜子の作戦立案能力は割と高いが、王子と比べれば一歩劣る。

 

 全く同じ条件での騙し合いになれば、恐らく王子に軍配が上がるだろう。

 

 それだけ、全ての距離に対応可能なチーム構成で且つエースの二枚看板というのは、強いのだ。

 

 手駒が強ければ、取れる手の数も強さも違って来る。

 

 ならばこちらは、その強みを存分に活かして点を取るだけだ。

 

『那須先輩、茜。私の指示に従って下さい』

 

 小夜子は画面の向こうでニヤリ、と笑みを浮かべる。

 

『あの二人を、誘い出しますよ』

 

 

 

 

「これは……っ!」

 

 バッグワームを着て岩山の中を進む帯島は、レーダーを見て目を見開いた。

 

 先程まで一ヵ所に留まっていた那須の反応が、徐々に移動し始めたのだ。

 

 そして、その方角には────────七海と弓場が戦っている、もう一つの戦場がある。

 

 帯島は放置して、七海との合流を狙う。

 

 一見そんな動きに見えるが、それならばバッグワームを着て移動すれば良い筈だ。

 

 それに、那須は本気になればすぐにでも七海の下へ辿り着ける。

 

 なのにそれをせず、バッグワームを着ずにレーダーに映ったまま、七海の下へ向かう意味。

 

 そんなもの、一つしかない。

 

『釣りだね。しかもあからさまな。意図を隠すつもりもないようだね』

「…………ですよね」

 

 那須を囮とした、釣り出し。

 

 間違いなく、これだろう。

 

『参ったな。これは流石に放置するワケにはいかなくなった』

『そうっすね。流石に弓場さんでも、那須さんと組んだ七海相手じゃ厳しいと思います』

『まだ日浦も生き残ってるしなあ』

 

 通信で口々に告げる弓場隊の面々の言う通り、那須と七海が組んだ時の脅威度は単独のそれの比ではない。

 

 幾ら弓場でも、正面から当たるには厳しい相手だ。

 

 弓場は今に至るまで七海相手に拮抗した戦いを続けているが、事此処に至るまで膠着状態が続いているのは、七海が時間稼ぎに徹して弓場の距離に近付いていないからだ。

 

 攻めっ気が欠片もない七海相手に、弓場も攻めあぐねているというのが現在の状況なのである。

 

 一騎打ちに乗ってこの立ち回りをしているあたり、七海も相当にタチが悪い。

 

 だが、弓場はそんな程度で文句を言うような小さい漢ではない。

 

 元より、これはチーム戦。

 

 勝つ為に最善を尽くすのは当然であり、自分の流儀を押し付けるなど間違っている。

 

 だからこそ、弓場は焦らず七海の時間稼ぎに付き合っているのだ。

 

 時間を稼げば味方と合流出来るという目算あっての事だが、此処に来て雲行きが怪しくなってきた。

 

 神田と外岡は既に脱落し、帯島が合流するには那須の存在が障害となる。

 

 そして那須隊は熊谷が落ちただけで那須も茜も健在であり、放っておけばこの二人が七海の援護に入る。

 

 そうなれば、間違いなく天秤は七海の側に傾く。

 

 それだけ、精密射撃を行う茜と自在に弾丸を操る那須の支援能力は凶悪なのだ。

 

 本来射手と狙撃手の頭を抑えるべき味方の狙撃手である外岡は、既に落とされてしまっている。

 

 那須と茜は何の気兼ねもなく、悠々と長距離の射撃援護に徹する事が出来るというワケだ。

 

 そうなってしまえば、流石に弓場とて厳しくなる。

 

 追うべきか、それとも弓場との合流を優先すべきか。

 

 帯島は、選択を迫られていた。

 

『帯島ァ』

「はいっ!?」

『おめェーは、どうしたいんだ?』

 

 そんな時、不意に弓場から通信が入る。

 

 七海との戦闘で余裕もない中、わざわざ声をかけてきた意味。

 

 その心意気を解しない程、帯島の弓場への理解は浅くはなかった。

 

「一人、落として来るっす! 後はよろしくお願いしますっ!」

『────あぁ、任せろ。やって来い、帯島ァ』

 

 帯島は弓場の激励を受け、前を向く。

 

 そして姿勢を低くして、全速力で駆け出した。

 

 

 

 

「成る程、そう来るか」

 

 同刻、那須の動きをレーダーで見た王子は口元を緩ませる。

 

 そして、薄い笑みを浮かべた。

 

「想定通りだよ、セレナーデ。僕の読みは、間違っていなかったようだ」

 

 さて、と王子は呟く。

 

「狩りに行こうか。彼女をね」

 

 

 

 

「此処でいいわね」

 

 那須は岩山の上に着地し、抱えていた茜を下ろした。

 

 茜ははふぅ、と漏らしながら岩場の上に降り立ち、狙撃体勢を取った。

 

 那須のような機動力を持ち合わせていない茜と行動を共にする為、那須は小脇に茜を抱えて岩山の中を移動していた。

 

 隙だらけに見える行動だが、狙撃手がいない今その隙を突かれる可能性は低い。

 

 茜だけテレポーターで移動させるという手もあったが、テレポーターは一度使用すると転移した距離に応じて次の使用までの時間遅延(タイム・ラグ)が発生してしまう。

 

 いざという時に使えなくなると茜としては致命傷になるので、安全な方法を選択したというワケだ。

 

 那須に抱えられて普段はやらないような機動で空中を跳び回る事になり、新鮮な体験に茜は割とご満悦だ。

 

 しかしライトニングを握ると即座に狙撃手としての顔に変わり、冷徹に周囲を観察している。

 

 この切り替えの早さは、間違いなく彼女の武器だ。

 

 茜は戦闘中、自身を一つの武器だと考えて運用している。

 

 それは(茜目線で)凄い人達ばかりの那須隊で彼女がやっていく為に鍛え上げた心得であり、これまでの戦いで茜が仕事をこなし続けられた要因でもある。

 

 これまで茜は、最初から落ちる前提で動いた時しか落ちていない。

 

 それは茜の高い隠密能力の証左であり、逆説的にいざとなれば捨て身で狙撃を実行出来るという狙撃手としてこれ以上ない適性の顕れでもあった。

 

 窮極的に、狙撃手は最後まで生き残る必要はない。

 

 要は、落ちるまでにどれだけの仕事をこなせたか。

 

 それによって狙撃手の価値が決まると言っても、過言ではない。

 

 冬島隊という特殊例はあるものの、大抵の狙撃手は自身の生存よりもポイントの奪取や隊の援護を優先する。

 

 そういう意味では、茜は既に狙撃手として必要な心構えをきちんと持っていると言えた。

 

「那須先輩、来ました」

「そのようね」

 

 故に、変化の兆候は見逃さない。

 

 眼下から迫る光弾の群れを、茜は那須と共に視認していた。

 

 曲射軌道を描いている為、弾種は間違いなくハウンド。

 

 茜はバッグワームを脱いでシールドを展開し、迫り来るハウンドをガードする。

 

 そして、ハウンドの発射元へ向けてライトニングを撃ち放つ。

 

 だが、帯島は壁を蹴り、その狙撃を回避する。

 

 しかしこの一発は、当てる為の狙撃ではない。

 

 これは、あくまで牽制。

 

「バイパー+メテオラ────トマホーク」

 

 那須が合成弾を準備する為の、時間稼ぎ。

 

 合成弾を作成し終えた那須は、容赦なくその弾丸の群れを解き放った。

 

 雨あられと降り注ぐ、無慈悲な爆撃。

 

 無数の弾丸が岩山や地面に着弾し、連鎖的に爆発を引き起こす。

 

 爆発の連鎖で、一瞬砂嵐が吹き飛ばされる。

 

 そしてその刹那の晴れた視界の先に、岩山を駆け上がる帯島の姿が見えた。

 

「そこね」

「……っ!」

 

 那須は跳躍しつつ、変化弾(バイパー)を発射。

 

 蛇のようにうねる弾丸が、四方八方から岩山を駆ける帯島へと襲い掛かる。

 

「くっ!」

 

 帯島はそのバイパーを、広げたシールドでガード。

 

 全てのバイパーをシールドで受け切り、そのまま岩山を駆け上がる。

 

「────」

 

 だが、それを許す那須ではない。

 

 再び弾丸を展開し、帯島へ向かって撃ち放つ。

 

 今回使用した弾種は、アステロイド。

 

 バイパーを防いだ時のように、広げたシールドでは防ぎ切れない。

 

 しかし、余計な回避機動を取れば追撃で追い落とすのみ。

 

 那須相手に受けに回った段階で、相手の取れる選択肢は限られてくる。

 

 一度固めてしまえば、後はどうとでも料理出来る。

 

「……っ!」

 

 故に、立ち止まるなど愚の骨頂。

 

 帯島は両防御(フルガード)で二枚重ねのシールドを展開し、アステロイドを防御した。

 

「ハウンドッ!」

 

 帯島は全ての弾丸を防ぎ切るとシールドを解除し、ハウンドを撃ち放つ。

 

 無数の光弾が放たれ、茜と那須はシールドでそれを防御する。

 

 そしてその隙に、帯島は弧月を抜き構えた。

 

 元より、ハウンドは牽制が狙い。

 

 本命は、旋空を用いた一撃。

 

 反撃で落とされるかもしれないが、元より帯島に生き残るつもりなど毛頭ない。

 

 落とされたとしても、目的を果たせれば良い。

 

 その覚悟で、彼女はこの場に臨んでいた。

 

「旋空────」

 

 全てを振り絞るつもりで、帯島は旋空を起動する。

 

 狙うは、日浦茜。

 

 那須隊の狙撃手を、この一閃で撃ち落とす。

 

「────隙を見せたね」

「が……っ!」

 

 ────そんな彼女の背を、無数の弾丸が打ち据えた。

 

 その先にいるのは、バッグワームを纏う少年。

 

 王子隊隊長、王子一彰であった。

 

 最初から、王子はこの時を待っていたのだ。

 

 帯島が、捨て身で那須達に挑むその時を。

 

 捨て身である最中は、防御へ向ける意識は薄れる。

 

 最低限目的を果たすまで生き残れば良いという割り切りが、背後への警戒を怠らせた。

 

 それこそが、王子の狙い。

 

 隙を見せたターゲットを、背中から刈り取る。

 

 その為に、彼はこの場に姿を見せたのだから。

 

「────弧月ッ!」

「……っ!?」

 

 ────だが、帯島はただではやられなかった。

 

 致命傷など構うものかと、彼女は旋空弧月を振り抜いた。

 

 体重を乗せ、途中で強引に軌道を変えた旋空が、反応が遅れた那須の右足を斬り落とす。

 

 そしてそのまま、背後の王子の胴を帯島の旋空が斬り裂いた。

 

「…………まさか君にやられるとはね、オビ=ニャン。流石にこれは、想定してなかったよ」

 

 王子はやれやれとかぶりを振り、帯島はそんな彼を見て溜め息を吐く。

 

 帯島が本当に狙っていたのは、自分を追って来た王子だった。

 

 隙を見せたのも、そう意図したもの。

 

 敢えて隙を晒して王子を誘い出し、そして仕留める為の策。

 

 王子が残っていては、何処までも漁夫の利を狙われる危険が捨てきれない。

 

 故に、此処で確実に獲る。

 

 それが、彼女が考案し神田が手を加えた策の全容。

 

 帯島は、弓場隊は、王子に読み勝ったのだ。

 

 ついでとばかりに那須の足を削るという大戦果を挙げる事が出来た為、帯島は役目を充分以上に果たしたと言える。

 

 自分の仕事を終えた帯島は、満足気な笑みを浮かべていた。

 

「これで、()()()()()()()っすね。後は任せました、弓場さん」

 

 ピシリ、と帯島の戦闘体に亀裂が走り、それが全身へ広がっていく。

 

 同様に王子の戦闘体も罅割れていき、やがて限界へ到達する。

 

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 二人の姿が、光に包まれ、消える。

 

 帯島と王子の両名は、共に笑いながら戦場から離脱した。




 帯島ちゃん機転は悪くないと思うので、こういう形に。

 色々と点数調整で悩んだけど、なんだかんだ頑張ってくれたようでなにより。

 ROUND7もこれで佳境。

 あとは彼の活躍を描くだけですね。

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