「こ、此処で帯島隊員、王子隊長の両名が相打ちの形で
「帯島ちゃん、ええ仕事したのう」
生駒は試合映像を見ながら、しみじみと頷いている。
確かに今回、帯島と王子の動きによって得られた結果は試合を動かすには充分なものであった。
王子の動きにより、那須隊は帯島を仕留めて点にする事が出来ず。
帯島によって王子が落とされた上、那須の足が削られるという明確な痛手を負ったのだから。
「そうですね。王子隊長の点を弓場隊が取った事もそうですが、何より那須隊長の足が削れたのが大きいです」
「そやな。那須さんの一番の武器は足を使った機動戦やさかい、それが出来んくなったのは痛いで」
生駒の言う通り、那須隊としては目の前で戦果を掻っ攫われた以上に、那須の足が、機動力が削られたという点が問題になる。
那須の強みは、バイパーのリアルタイム弾道制御を活かした中距離での制圧力と、容易には捉えられない三次元機動を可能とする機動力だ。
射手としてもかなり高い実力を持つ那須であるが、その真骨頂は突出した機動力。
ボーダー上位の攻撃手でも、彼女の動きに付いて行けるものはそうはいない。
サイドエフェクトを持つ七海に匹敵しかねない回避能力を持つという点で、その凄まじさが分かるだろう。
三次元機動を駆使した射撃戦の展開は、那須の持つ固有の強みだ。
足が削れ、それが出来なくなった事はあまりにも痛い。
それだけ、帯島の得た戦果は大きかったと言える。
「帯島隊員が使用した直前で旋空の軌道を強引に変えるあの技は、熊谷隊員が樫尾隊員を落とした際のものを参考にしたのだと思われます。あの時、帯島隊員はそれを直で見ていましたからね」
「ホンマモンの目の前で使われた技やからなあ。でも、あんだけで真似出来るとか天才の所業やわ」
「元々、帯島隊員は光るセンスを持っています。状況判断能力と対応力は、以前から評価されていました」
そう、帯島は技量こそまだ発展途上ではあるが、弓場と神田の指導を直に受けた事により状況判断能力と咄嗟の対応力はかなり磨かれている。
天性の頭の回転の速さもあり、帯島は集団戦での立ち回りはかなり高度なものを持っていると言って良い。
元より、隊を去る事が決まった神田が後進を育てる為に己の持つ技術や戦術を帯島に叩き込んでいた、という事情もある。
神田の意思と力は、確かに帯島に継承されている。
今回の帯島が挙げた戦果は、それが形になったものだとも言える。
「熊谷隊員と帯島隊員は、共に恵まれた運動センスを持ち日頃の運動も欠かしていないと聞きます。我々の戦闘はトリオン体で行う為生身の能力は軽視されがちですが、現実で鍛えられた肉体の反応や動作は文字通り頭に叩き込まれています。鍛錬は、嘘をつかないという事ですね」
「そやな。俺もリアルで居合い抜きをやってたんで、その技術を使うとるしなあ。生身での運動や武術は、やっといて損はないで」
俺がその証拠や、と言う生駒の姿は確かに説得力を感じるものだった。
トリオン体は、生身では出せないような出力での動きを可能とする。
生身では運動どころかまともに動くのも支障がある那須が、トリオン体では縦横無尽の機動戦をやってのけるのがその典型だ。
だが、かといって現実での運動や鍛錬が無駄になる、といった事にはならない。
トリオン体を動かすのは、あくまで使用者の意識────知識と経験を元にした、使用者自身の判断と反射行動である。
故に、現実で叩き込まれた動きは、トリオン体でも可能となる。
現実で身体の動かし方を学べば、それだけ咄嗟の対応力が増すワケだ。
トリオン体で戦うからといって、生身の鍛錬を軽視するのは間違っている。
これは、そういう話である。
「勿論、生身とトリオン体では動ける
「レイジさんを見ぃや、レイジさんを。あの筋肉で強くないワケがないやろ? 筋肉やぞ」
「ええ、筋肉を鍛える事は無駄にはなりません。無理をしない程度に、鍛えてみる事をお勧めします」
ふんす、と鼻息荒くレイジの筋肉話を始めようとした生駒を、嵐山がそつなく制す。
生駒は
このくらい出来なければ、生駒の解説の相方など務まらない。
生駒とは、一朝一夕の付き合いではないのだ。
友人として、このくらいの操縦は出来る。
それが見込まれたからこそ、生駒隊の面々────────主に真織から、生駒を託されたのだから。
今頃、真織は安堵の息を吐いている事だろう。
「あと、王子は帯島ちゃんにまんまとやられた形やな。割と素でびっくりしとったようやし」
「確かに、王子隊長は帯島隊員の策に絡め取られた形です。ですが、目的自体は果たしているのでそう悪い結果というワケでもないんです」
まず、と前置きして嵐山は続ける。
「王子隊長の目的は、あの場で帯島隊員を落とす事です。そして恐らく、その後の自分の生存は考慮していなかったと考えられます」
「点さえ取れれば、後は落とされても構わんかった、いう話か。確かに王子ならそのくらいやるやろな」
「出来れば、那須隊に落とされた方が都合は良かった、くらいは考えていたかもしれません」
その方が、まだ芽がありますから、と嵐山は言う。
現在の得点は、那須隊が3Pt、弓場隊が2Pt、王子隊が2Ptである。
そして、試合開始時の所持ポイントは王子隊25Pt、弓場隊が27Pt、那須隊が39Ptである。
那須隊と王子隊のポイントは既に10Pt以上離れている為、那須隊がどれだけ得点しようが今更誤差の範囲でしかない。
しかし、弓場隊と王子隊は2Ptしか点差が離れていない。
つまり、王子隊としてはまだ追いつける範囲にいる弓場隊より、今更数ポイント取られたところで追いつける芽のない那須隊に点を取られた方がまだマシであったのだ。
そういう意味では、帯島の一手は王子隊にとって明確な痛手だったと言える。
「やっぱ、熊谷さんのあの旋空を直接見たかどうかが大きかったんかな。この場合」
「そうでしょうね。樫尾隊員から落ちた状況の説明はあったでしょうが、情報だけの伝聞と実際に見た所感は異なりますから」
二人の言う通り、今回二人の明暗を分けたのは熊谷の旋空の軌道変更という技を直接見たかどうかである。
帯島は目の前で目撃しており、王子は樫尾から情報
その違いは、かなり大きい。
王子は、その身を戦場に置く事で周囲の状況を把握し、適時素早い判断を下す事が出来る。
綿密な分析と観察によって考え抜かれた作戦は型に嵌れば強いが、その分イレギュラーに弱いという弱点を内包している。
今回の場合、帯島が熊谷と同じ芸当が出来ると考えていなかった為、してやられた形となっている。
帯島は、ランク戦において弧月での近接戦を牽制として、射撃トリガーでダメージを与える戦法が多かった。
彼女は小柄で身軽であるが、その分剣に重さを乗せ難い。
故に弧月はあくまで牽制として用いて、射撃トリガーを本命とする戦法が適していたワケだ。
それを知っていたからこそ、王子は帯島の射撃には充分以上に警戒していた事だろう。
シールドもいつでも展開出来るよう準備しており、たとえアステロイドが来ようが防ぎ切る算段でいたに違いない。
だが、旋空にシールドは通用しない。
来るのであれば射撃トリガーであると考えていた王子は、まんまとシールドごと斬り裂かれたワケである。
帯島は射撃トリガーを本命とする、という事前情報を優先し過ぎて、彼女が旋空の軌道変更という技を咄嗟に使って来る可能性を除外していた。
王子の落ち度があるとすれば、そこになるだろう。
「けど、ともあれこれで王子隊は全滅やな。あとは弓場さんが那須隊の三人を相手する事になるけど、実際どうなん?」
「那須隊長が合流すれば明確に弓場隊長が不利ですが、此処に来て帯島隊員が那須隊長の足を削った、という事が活きてきます。正直に言って、合流までには相応の時間がかかるでしょう」
帯島の戦果は、想定以上の結果を齎している。
那須は片足が削れて機動力を失っている上に、現在彼女がいるのは複雑な岩山の密集地の真っただ中。
神田達を安全に狙う為に移動した影響で、七海と合流するにはそれなりの時間がかかる。
特に、足の削れた今の状態では猶更だ。
那須の機動力が削れていなければ彼女が茜を抱えて移動する事も出来ただろうが、この状態ではそれも厳しい。
茜はテレポーターを使えば移動自体は出来るが、そもそもテレポーターは長距離移動には向いていない。
多くの距離を転移すれば距離に応じたインターバルが必要になるし、一度の移動も数十メートルが限界。
合流さえ出来れば明確な有利を取れるのは間違いないが、帯島の与えた痛手がそれを阻んでいる。
場合によっては、合流が間に合わない可能性も充分有り得るだろう。
「弓場隊長も、それは分かっている筈です。そろそろ、動くでしょう。味方が全員落ちた以上、弓場隊長が時間稼ぎに付き合う理由はもうありませんからね」
『帯島が王子を落として、那須さんの足を削った。大戦果だね』
「よォし、良くやった帯島ァ!」
『ッス!』
通信で帯島の戦果を聞き、弓場は
子供が見れば泣き出しそうな迫力であるが、その表情はよく見れば嬉しさが隠し切れていない。
帯島がきっちり仕事をこなせた事が、余程嬉しいのだろう。
その姿は、子煩悩の父親と言っても差し支えないものであった。
「なら、俺も
「……っ!」
ギラリ、と弓場の眼鏡が光る。
その眼鏡の奥に隠された視線は、明確に七海を捉えている。
サイドエフェクトに、頼るまでもない。
明確な闘志と殺気が、七海に降り注いでいた。
漢弓場拓磨、
相手が実力を認めた
「行くぞオラァ!」
「……っ!」
弓場は気合入った声をあげ、地を蹴り駆け出した。
その視線は、真っ直ぐに七海を捉えている。
現在の七海と弓場の距離は、おおよそ25メートル。
少し踏み込めば、弓場の射程22メートルに到達する。
「く……っ!」
七海は咄嗟にグラスホッパーを展開し、逃走準備に入る。
メテオラを使いたい場面だが、弓場相手ではそうもいかない。
射撃トリガーは、最初にキューブの状態で展開しそこから分割・射出という工程を挟まなければならない。
そして、生成されるキューブは常に使用者のトリオンに応じた
つまり、トリオン量の大きい者が敢えて小さいキューブを展開する事は出来ないのだ。
七海のトリオン評価は、10。
これは流石に二宮には及ばないものの攻撃手としては破格の数値であり、当然相応に生成されるトリオンキューブは大きくなる。
メテオラの扱いは出水から叩きこまれている為七海のキューブ分割速度は相応に速いのだが、弓場の早撃ちはその速度を超えて来る。
弓場の射程内で
七海のサイドエフェクトがダメージの発生範囲を感知するのは、ダメージがその範囲に発生した事が確定した瞬間である為、キューブを狙われた場合は弾丸がキューブに着弾するまで彼のサイドエフェクトは発動しない。
その場合、咄嗟にシールドを張る事は出来るだろうが、その隙を狙われて弓場に接近される事は七海としては避けたいのだ。
弓場の有効射程は、22メートル。
これは踏み込み旋空弧月が届かないギリギリの距離であり、故に弓場は攻撃手キラーと呼ばれる。
旋空を持たない七海の射程は無論更に短く、マンティスを使えるにしても有効射程では弓場の方が圧倒的に上だ。
メテオラを使えば射程は逆転するが、メテオラを弓場相手にこの距離で使うのはかなりリスキーだ。
故に、此処は逃げの一手。
グラスホッパーを使えば、弓場は大きく引き離せる。
そのまま那須や茜のいる場所に向かえば、射撃援護で優位に立てる。
そう目論んで、七海はグラスホッパーを踏もうとした。
「────甘ェな、七海ィ」
────だが、その一手は見抜かれていた。
一歩踏み込んだ弓場は、早撃ちでグラスホッパーを銃撃。
踏み込んだ先のジャンプ台を消し飛ばされた七海の足が、一瞬硬直する。
それは、弓場相手に晒すには致命的過ぎる
「ぐ……っ!」
銃撃、一閃。
隙を逃さず放たれた弓場の一撃が、七海の右足を撃ち抜いた。
咄嗟に態勢を立て直した七海が、止む無く地面に着地する。
撃ち抜かれた七海の右足は膝から下が吹き飛ばされており、少なくないトリオンが漏れ出ている。
「逃がさねぇぜ。
弓場はそう告げ、凄絶な笑みを浮かべた。
それを見た七海は、此処から逃げられない事を悟る。
七海は、覚悟を決めた。
今の弓場相手に、生半可な手は通用しない。
そう考えた七海は失った右足をスコーピオンで補填しながら、弓場と向かい合う。
そして、駆ける。
最後の一騎打ちが、始まった。
グラスホッパーが銃撃や射撃で消せるという情報はやっぱりありがたい。
便利トリガーグラスホッパーの攻略法が一つ加わったワケだから、ワートリは良く考えられている。
グラホあると逃走も接近も自由自在だから弱点があるくらいで丁度良いのよね。