痛みを識るもの   作:デスイーター

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休息と決意表明と

 

「お疲れ様、皆。ひとまず今日はゆっくり休みましょう」

 

 那須はそう言って、隊員達を労った。

 

 総評が終わり、それを聞き届けた那須隊の面々は様々な面持ちでいた。

 

 試合が無事終わって一息つく者、試合内容を振り返り思案する者、次の対戦相手の事を考える者など、様々だ。

 

 確かに、考える事は多い。

 

 次の相手は、最終ROUNDの対戦相手は、一筋縄ではいかない面々ばかりなのだ。

 

 言うまでもなく最高クラスの実力を持つ二宮隊に、七海の師である影浦が率いる影浦隊。

 

 生駒隊も一度は下した相手とはいえ、決して油断出来るような相手ではない。

 

 特に隊長の生駒は、前回の試合では三人がかりでようやく勝てたような相手だ。

 

 次の試合では、超級のエースがそれぞれの部隊に在籍している。

 

 その実力は、B級でもトップクラス。

 

 個人の実力であれば、A級隊員とも遜色はない。

 

 というよりも、二宮隊と影浦隊は元々A級であり実力的にもA級のままだ。

 

 最終ラウンドにおける、最後の関門に相応しい相手と言えた。

 

 そんな相手と戦うのだから、色々と考えてしまうのも無理はない。

 

 だからこそ、那須は「休め」と声をかけたのだ。

 

 すぐにでも次回の対策を練りに行きそうな七海を、引き留める為に。

 

「そうですね。最終ROUNDは確かに色々ときついかもしれませんが、今は試合が終わったばかりです。下手な考え休むに似たりと言いますからね」

「そうだね。休息は大事だよ」

「私もつかれましたぁ」

 

 そんな那須の意図をすぐさま組んだ小夜子(恋敵)が即座に賛同の声をあげ、フォローが生態と化している熊谷がそれに同調。

 

 例のグラスホッパーロケットで精神的にへとへとになっていた茜は、自然とその声に乗っかった。

 

「…………そうだな。少し休むか」

 

 流石に自分以外の全員が休息に賛成しているのに、無理をして我を通そうとする程七海が空気が読めないワケではない。

 

 他ならぬ那須から言われたという事もあり、七海は頭の中で組み立てていた最終ラウンドの対策スケジュールに一旦鍵をかけて仕舞い込んだ。

 

 対策すべき事は幾らでもあるが、小夜子の協力があれば少しくらいの遅れは取り戻せるだろう。

 

 そうやって自分を後で頼る事が分かっていた為、小夜子は那須の言葉に賛同したという面がある。

 

 口では色々言いつつも、想い人と二人きりになれる展開を逃す程小夜子は無欲ではない。

 

 そして、ランク戦の対策となれば那須とて妨害する事は出来ない。

 

 割と強かな、小夜子らしい立ち回りであった。

 

「しかし、さっきの茜の姿は見ものでしたね。悲鳴をあげながらロケットのようにカッ跳んでいきましたし。七海先輩のメテオラとタイミングを合わせてなければ、あれで気付かれてましたよ?」

「しょうがないじゃないですかぁ。あんな距離をぽーんと打ち出されて、悲鳴あげない方がおかしいですってぇ」

 

 ふぇぇぇん、と泣き言を言う茜。

 

 実際、那須によってグラスホッパーに打ち出された時には「どぅわあああああああ!」なんて悲鳴をあげながら空中をカッ跳んでいた茜である。

 

 那須はグラスホッパーを直線状に展開して段階的に加速させ、凄まじいスピードで茜を発射している。

 

 その時の速度は相当なものであり、高速機動に慣れていない茜が悲鳴をあげたのも無理からぬ事だろう。

 

 地面に激突する前にテレポーターで転移しての着地が成功したのは、運が良かったとしか言いようがない。

 

 長距離の無理やりな移動で素の状態に戻った茜が、七海のメテオラの大爆発を見て思考を戦闘モードに切り替え直す事が出来たからこそ成功した策と言える。

 

 茜はトリガーを握っている時に限り、思考を戦闘用に鋭敏化させ自分の役割に徹する事が出来る。

 

 前期までの茜の成績がパッとしていなかったのは、日常と戦闘中における意識の切り替えが上手くいっていなかったからだ。

 

 常在戦場の心構えが出来れば戦争には有利だが、それは人間性を捨てるのと同義だ。

 

 一度それをしてしまえば、日常に戻ってもストレスを解消する事が出来なくなり、精神的に不衛生である。

 

 一部そういった者達がいない事もないのだが、三輪(典型例)を見ている奈良坂がそんな指導方針を取る筈もない。

 

 茜は三輪や奈良坂と違い、過去の大規模侵攻で何かを喪った、というワケではない。

 

 ならば意図的にその精神を歪ませる事はないだろうと、奈良坂は考えたのだ。

 

 だからこそ、茜の精神を歪ませずに彼女の努力を結実させる為の指導方針を策定した。

 

 必要なのは、意識の切り替え。

 

 戦闘中とそれ以外を区別し、思考を先鋭化させる事で戦闘に最適な精神状態を構築する。

 

 この切り替えには、段階がある。

 

 第一に、戦闘体への換装。

 

 生身から戦闘用の身体へ切り替わる事で、ある程度の緊張感を持った状態へ意識的に切り替える。

 

 そして第二に、トリガーの使用。

 

 バッグワームを纏った時に、自己を殺し隠密に徹する為の精神状態を構築する。

 

 そして己の愛銃を握る事を最後の引き金として、冷徹に仕事をやり遂げる為の精神状態へ切り替わる。

 

 幸い茜には自己暗示にかかり易い性質があった為、この意識切り替えの習得は奈良坂の想定よりも容易に行えた。

 

 この技術を習得出来たからこそ、今の茜の活躍がある。

 

 なので、今回の試合で素に戻った時は普通に危なかったのだ。

 

 普段やっていない事を急にやったものだから、緊張の糸が切れるようにして一瞬素に戻ってしまったワケである。

 

 目的地への到達までに再度の切り替えに成功出来たのは、僥倖と言える。

 

「那須先輩達はよく、いつもあんな風にぴょんぴょん跳べますよねえ。怖くないんですか?」

「怖いと思った事はないわね。それよりも、全力で身体を動かせる爽快感の方が遥かに上だもの。私にとってはね」

 

 那須は何処か、感慨深げにそう告げる。

 

 病弱な那須にとって、自由に動き回れる上に他の追随を許さない機動力で駆け回れるトリオン体は、夢のような存在なのだ。

 

 今の那須にとって、七海以外で何が重要かと問われれば恐らく「トリオン体での運動」と答えるだろう。

 

「自由に跳び回って相手を蜂の巣にする感覚は、たまらないわ。嗚呼、私生きてるんだ、って実感出来るもの」

「そ、そうですか……」

 

 いつもと変わらない顔で告げられた那須の割と猟奇的とも思える発言に、茜は若干引きながらも相槌を打った。

 

 那須としては当たり前の感想を言っただけなので、茜の反応に訝し気な視線を向ける。

 

 美人が笑顔で怖い事を言うと、結構ガチで恐ろしい。

 

 自分の笑顔の威力はある程度自覚している那須であったが、意識的に殺気を宿していない時のそれには無頓着だ。

 

 別段威圧するつもりも怖がらせるつもりもないのに茜が冷や汗をかいていた事に、首を傾げる那須であった。

 

 二人のやり取りを見ていた熊谷は双方の気持ちを理解出来てしまったので頭を抱え、小夜子はにこにこと笑いながら傍観者に徹している。

 

 七海には那須の発言に惚れた弱み(フィルター)がかかっている為、茜が何故怯えているのか理解出来ていない。

 

 那須が天然ぶりを見せ、七海はそれを見守り、茜がリアクションをして、熊谷が頭を抱え、小夜子が裏でそれを楽しむ。

 

 それが、那須隊のいつもの光景(通常運転)であった。

 

「あれ? 弓場さんからだ」

 

 そんな折、七海の携帯に弓場からのメッセージが入る。

 

 何だろうと思い中身を確認して、七海はふむ、と頷いた。

 

「弓場さんから、カゲさん家で夕飯食べようって誘いが来てるんだけど。どうする?」

 

 

 

 

「おし、今日は俺が奢るからよ。どんどん食え」

「はい、ご馳走になります」

「よし」

 

 お好み焼き屋、『かげうら』。

 

 その一角で、凄み(ドス)の効いた目つきのままお好み焼きを淡々とひっくり返す漢の姿があった。

 

 戦闘体のツーブロックリーゼントではなく髪を下ろした状態の弓場は鋭い目つきを覗けば真面目な学生にしか見えず、オフの時の弓場を初めて目にした茜達はそのギャップに驚いていた。

 

 戦闘体も生身もどちらも長身(タッパ)のある頼り甲斐のある男性である事に変わりはないが、髪を下ろした弓場は独特の男の色気がある。

 

 此処に来る最中、街行く女性がちらちらと弓場の姿を見ていた事は決して気の所為ではないだろう。

 

 帯島と並ぶと歳の離れた兄妹のように見えて、弓場の保護者オーラが半端ない。

 

 最初は自分がお好み焼きを作ろうとしていた帯島だったが、試合で活躍した彼女を労いたい弓場が「帯島ァ」と一喝すると素直に着席し、弓場の振舞うお好み焼きを笑顔で賞味していた。

 

 ちなみに神田は笑顔でその光景を見守っており、藤丸はお好み焼きの焼き加減や味付けについて弓場と積極的に意見を交わし(カチ合って)いる。

 

 外岡はその横で黙々とお好み焼きを食べ続けているが、話を振られれば流暢に返す為に仲間外れ感は微塵もない。

 

 伊達に、本部住まいとして泊まり組の話し相手になっているワケではないのだ。

 

 一人の時間を好む一匹狼気質だが、それはそれとしてコミュ力自体は高い外岡であった。

 

「今日はお招き頂きありがとうございます。玲一だけじゃなく、私達も誘って下さいましたし」

 

 那須は弓場に対し、そう言って一礼する。

 

 なんだかんだで、前から七海が世話になっている相手の一人だ。

 

 今回は奢りでご馳走になっているのだし、この程度は当然の礼儀である。

 

「気にすんな。俺が労いてェのは七海だけじゃねぇし、七海(ダチ)の仲間なら誘わねぇワケにゃあ行かねぇだろう」

 

 ま、素直に楽しめや、と弓場は告げる。

 

 本来であれば高い飯屋に連れて行きたい所だった弓場であるが、彼は七海の性質を────────無痛症故に味覚が死んでいる事を、知っている。

 

 日常用のトリオン体でどうにか薄くは味が分かるが、普通の店屋物では七海は殆ど味を感じ取る事が出来ない。

 

 故に、七海を労うには彼の事情に精通し七海専用メニューまで用意しているこの場所でなければならなかったのだ。

 

 七海が味をしっかり感じる事の出来る料理を提供出来るのは、此処以外ではレイジだけだ。

 

 那須も色々と工夫してはいるのだが、残念ながら料理と言う一点では家庭的な筋肉(レイジ)には及ばない。

 

 戦闘面だけではなく、生活面も隙が無い完璧万能手(パーフェクトオールラウンダー)であった。

 

「豚玉お待ちぃ! おう、よく食ってんじゃねぇか七海」

 

 お好み焼きの追加を持って、影浦が七海達の席へとやって来た。

 

 エプロンをしている為か普段の威圧感はなりを潜めており、傍目から見ると完全に手伝いの学生だった。

 

 無論、そんな生暖かい視線(かんじょう)に影浦が気付かない筈もなく、しっかりと青筋を立てながらも店員根性を発揮していたのは流石と言えるが。

 

「カゲさん。ええ、頂かせて貰っています」

「どんどん食え。出来れば高いの頼んでくれよ」

 

 カカッ、と影浦は笑う。

 

 なんだかんだ、暫く七海が此処に来ていなかったので内心寂しがっていた影浦である。

 

 表面上はいつも通りに見えるが、その実結構上機嫌な影浦であった。

 

 影浦は七海の為に専用メニューを作成してしまう程には七海の事が大好きであるが、表向きはそれを認めようとはしない。

 

 傍から見ると奈良坂や出水(弟子馬鹿連中)とどっこいどっこいなのだが、本人にその自覚はない。

 

 まあ、基本的にボーダーの師匠陣は弟子に甘いのが通例なので、何も彼に限った話ではないのだが。

 

「しっかし、七海おめぇ弓場さんを正面からぶっ殺すたぁ中々やるじゃねぇか。強くなったな、お前」

 

 ニヤリと、影浦は挑発的に笑う。

 

 今回の弓場との戦いの顛末は、当然影浦も知っている。

 

 なんだかんだ、七海の試合映像は全てチェックしている影浦である。

 

 弟子の成果を褒めるのは、最早反射的な行動でもあった。

 

「おう、そいつは俺が太鼓判を押してやる。次はお前の番かもしんねぇぞ、影浦ァ」

「ハッ、上等じゃねぇか。それでこそ、遊び甲斐があるってモンだ」

 

 ジロリ、と影浦は好戦的な笑みを七海に向ける。

 

 そこに、悪感情はない。

 

 ただ、成長した弟子の力を確かめたい。

 

 そんな想いが、影浦の中で渦巻いていた。

 

 そして、それは七海も同じ。

 

 ただ背中を追っていた影浦(師匠)の背に、手が届く所まで来ている。

 

 それは七海にとって何よりの朗報であり、彼の戦意を燃え上がらせるには充分であった。

 

「今度こそ遊ぼうや、七海。楽しみにしてっぞ」

「はい。今度こそ、失望なんてさせません。必ず、カゲさんを超えてみせます」

「カカッ、言うようになったじゃねぇか七海。いいぜ、かかって来いよ。全力で、叩き潰してやらぁ」

 

 バチバチと、互いの戦意が交差する。

 

 それは、師匠と弟子(彼らなり)の宣戦布告。

 

 遂に正面から相見える事になる二人の、意思確認。

 

 無様は、もう晒さない。

 

 情けない姿も、見せはしない。

 

 全力で、勝つ(超える)

 

 その想いが、確かに影浦に届いていた。

 

「てめーら、飯食ってっトコで睨み合ってんじゃねえっ! さっさと次寄越せ次ぃ!」

「ぐっ!」

「うわっ!」

 

 …………テーブルの前で視線を交錯していた二人が、その結果として藤丸にヘッドロックをかけられる事になったのだが、それはまた、別のお話。

 

 ヘッドロックをかけられた結果、藤丸の巨大な胸に埋もれた七海を見て自分の胸をふにふにと触る那須の姿があったとか、なかったとか。





 茜のグラスホッパーロケットのシーンは描写するかどうか迷ったけど、テンポ悪くなりそうだったんで削ったというオチ。

 どぅわあああああって叫ぶ茜の姿が容易に想像できる。

 ヘッドロックは小南ぱいせんもよくかけるけど、胸部装甲が違うから最早凶器。

 色んな意味で。

 Iカップってなんだよ、Iカップって。

 ちなみに私は貧乳党です。

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