痛みを識るもの   作:デスイーター

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師匠と友人と

 

「そういやぁ、おめェー次は中々厳ちィ相手とばかり戦り合うよな。どうなんだ? そこらへんはよぉ」

 

 お好み焼きを取り分け、各人に配り終えた弓場は七海の隣に座り、開口一番そう告げた。

 

 ちなみに影浦は、既に仕事に戻っている。

 

 今日はどうやら客がかなり多いようで、影浦は忙しなく厨房と客席を行き来していた。

 

 せっせと仕事に励む様子は普段の影浦とはまた違った印象を受け、もしもボーダーでの彼しか知らない者が今の姿を見ればそのギャップに大層驚いた事だろう。

 

 ともあれ、それなりの数のお好み焼きを賞味し皆の腹がある程度膨れたこのタイミング。

 

 弓場としては、ほんの雑談────もしくは可能な範囲でアドバイスするつもりでの、話題転換かもしれない。

 

 特に答えない理由はないので、七海は正直に返答した。

 

「全くない、とは思っていません。詳しくは話せませんが、最大の問題である二宮さんに関しても対策は立てているつもりです」

 

 ほぅ、と弓場は七海の答えを聞いて息を呑む。

 

「そりゃ大きく出たな。あの二宮サンに対して、策があるたぁな。だがそりゃあ、『二宮隊』に対して有効な策なのか?」

「…………それはつまり、犬飼先輩がその策に対応してくるかもしれない、と?」

「それもあるが、二宮サンはただの火力馬鹿じゃねェ。生半可な策は、きっちり対応してくるぞ」

 

 弓場の言う通り、二宮はそのトリオン量にものを言わせた圧倒的な火力が目立つが、戦術家としても東の教導を受けており相応のものを持っている。

 

 二宮隊は、力押し()()出来ない隊ではない。

 

 力押しが最も効率良く相手を倒せるからこそ、力押しを多用しているのだ。

 

 特に、副官的ポジションにいる犬飼の対応力、咄嗟のフォロー力は相当なものだ。

 

 二宮自身も戦術に関して造詣が深く、生半可な策は看破されて終わりだ。

 

 そもそも二宮隊に勝つ為には、彼らが最も得意とする力押しというステージに立ってはいけないのだ。

 

 二宮隊の戦術は、如何に二宮というMAP兵器を相手に正面からぶつけられるか、という点が重視されている。

 

 そも、1対1になった時点で二宮に勝てる相手はまずいない。

 

 目の前の弓場でさえ、よほど好条件が整わない限り勝つ事は難しいだろう。

 

 七海に関してはトリオンはかなり高い部類に入るが、そもそも本職の射手である二宮相手に撃ち合いで勝てる筈もない。

 

 それに、トリオン自体も二宮の方が大きいのだ。

 

 七海得意の回避技術も、そもそも回避する()()がなければ意味を為さない。

 

 二宮の間合いに入って防御をしてしまった瞬間、詰むと言っても過言ではないだろう。

 

 それに、犬飼がいる限り二宮の隙を作る事は難しい。

 

 多少二宮の策に粗があったとしても、犬飼は即座にそれを埋めてしまう。

 

 犬飼は気配りが非常に巧いが、それはつまり周囲の状況把握とどう動けば良いかの判断が早く的確である事を意味している。

 

 彼が脇を固めている限り、二宮を攻略する事は不可能と言っても過言ではない。

 

 事実、彼が早々に二宮と合流したROUND3では二宮隊には手も足も出ず、結果として二宮隊は全員生存。

 

 それまでとは逆に、完封に近い形で勝利を掻っ攫われた。

 

 あの敗北は那須や七海の精神的な隙という要素があった事も大きいが、単純に二宮隊が強かった、という事でもある。

 

 ラウンド3の時点で那須隊は、二宮隊とまともに戦う事すら出来ていなかった。

 

 そんな相手に、勝てるのか。

 

 それは、あの敗北からずっと七海が考えていた事だった。

 

 那須隊はポイント自体は、充分なものを獲得している。

 

 次のROUNDの結果がたとえ奮わなかったとしても、上位残留は硬いだろう。

 

 だが、上位に残留した()()でA級に上がれるとは、七海は楽観していなかった。

 

 最終ラウンドの後に行われる『合同戦闘訓練』は、事実上のA級昇格試験でもある。

 

 その受験資格はROUND8終了時点でB級上位に残留している事だが、その合否を判定するのはあくまでA級部隊の隊長陣だ。

 

 特に、自他共に厳しい事で知られる風間がその合否判定で甘い判断を下す筈がない。

 

 恐らく、風間は従来通りB級上位TOP2のみを合否判定に含んで来るだろう。

 

 つまり、風間から合格判定を貰うには最低でもTOP2に食い込まなければならない。

 

 今現在、那須隊の順位は暫定二位。

 

 影浦隊をポイント上は追い越しているが、最終ラウンドの結果次第では幾らでも覆りかねないポイント差でもある。

 

 A級に上がりたければ、最終ROUNDできちんとポイントを獲得する必要がある。

 

 風間一人の判断で全ての合否が決まるワケではないが、それでもA級トップチームの隊長の判断は重く見られる筈だ。

 

 それに、今まではB級二位以内という明確な判断基準があったのだ。

 

 他の隊長陣もその判断基準を参考にする事は、充分に有り得る。

 

 確実にA級に上がりたいのであれば、これまで上位に君臨し続けてきた2チーム────────二宮隊と影浦隊を上回る事は、必須だ。

 

 むしろ、この二部隊を超えるくらいでなければA級は務まらない。

 

 そう考える者は、きっと多い筈だ。

 

 理不尽、と思う者もあるだろう。

 

 だが、A級隊員という看板の意味は軽くはない。

 

 その判断基準が厳しい事は、むしろ当然。

 

 軽い気持ちでなれるものではないのだ。

 

 ボーダーの、A級隊員はというものは。

 

 事実、軽い気持ちで親のコネを使ってA級になった唯我という男は属する太刀川隊では散々な扱いを受けている。

 

 良くも悪くも、チームのマスコットのような扱いらしい。

 

 実力がないままA級になっても、キツイだけ。

 

 それは以前、烏丸が言っていた事であり、七海もそれは同感だ。

 

 立場には、相応の力が求められる。

 

 自分の能力にそぐわない立場に付いても、すぐにボロが出る。

 

 A級隊員は、その隊長陣は、それを良く理解している。

 

 故に、甘い判断は下さない。

 

 A級に上がるには、二宮隊と影浦隊の攻略が必須。

 

 現在、二宮隊は47Pt、那須隊は45Pt、影浦隊は43Ptを保持している。

 

 攻撃力に特化した部隊である影浦隊が低得点で終わるとは、少々考え難い。

 

 所持ポイントが同じである場合、シーズン開始時に順位が高かった方が順位は上になる。

 

 つまり、影浦隊と同点では意味がないのだ。

 

 影浦隊よりも多く、得点を稼ぐ必要がある。

 

 それには、生存点の2Ptは何がなんでも取っておきたいところだ。

 

 その為の最大の壁こそが、二宮隊。

 

 落とされる事が殆どない東ほどではないが二宮もまた、シーズン中の生存率はずば抜けて高い。

 

 東は落とされる事こそないが不利を悟れば撤退したり、時間切れに持ち込んだりするケースが多い。

 

 だが、二宮は単純に強いからこそ、落とされる事が殆どない。

 

 今期も影浦の奇襲で相打ちになった時と東に狙撃で落とされた時以外、彼は全ての試合で最後まで生き残っている。

 

 特にROUND4からの二宮の勢いは留まる所を知らず、東でさえ撤退に追い込まれている。

 

 今期で東隊が繰り返し中位に落ちてしまったのも、上位二部隊の攻勢が激し過ぎたという面が少なからずある。

 

 二宮隊も影浦隊も、ROUND4からの得点能力はいっそ異常と言っても良い。

 

 生存点の殆どを二宮隊が獲得している為一位の座は揺らいでいないが、相手を落として得た得点は影浦隊の方が多かった試合すらある。

 

 那須隊が破竹の勢いで得点を重ねながらも、中々TOP2に食い込めなかった理由もそこにある。

 

 そして今回は、その二部隊を相手に得点を稼ぎ、尚且つ生き残らなければならない。

 

 その難易度は、これまでの試合と比べてもトップクラスと言っても過言ではないだろう。

 

「それでも、負けるつもりはありません。考えた作戦が絶対だと過信するつもりもありませんし、思考を停止するつもりもありません。幸い、勝利に必要なピースは揃っています。前回生駒さんと戦った事で、その確信を得ました」

「ほぅ、そりゃ……」

「おん? 今俺の事呼んだか?」

 

 どういう事だ、と弓場が続けようとした瞬間、何故か後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。

 

 振り向けば、そこには私服を着た生駒の姿。

 

 その近くには、生駒隊の面々が並んでいる。

 

 どうやら来店したばかりらしい彼等の視線が、生駒につられて一斉にこちらに向いていた。

 

「お、あんさん等も来てたんか。おおきに」

「あーっ、那須隊と弓場隊だっ。こんばんは~」

「どうもおおきに」

 

 生駒の挙動でこちらに気付いた生駒隊の面々が、口々に挨拶をして来る。

 

 那須はそれに会釈で返し、七海も同様に会釈する。

 

「こんばんは。生駒さんも来ていたんですね」

「今来たばっかやけどな。そんでどや? 折角やから一緒に食わへんか? こんな機会中々ないさかいな」

「俺は構わねェよ。七海達さえよけりゃあな」

 

 弓場はそう言っておめェーはどうだ、と七海に聞いてくる。

 

 七海は那須とアイコンタクトを交わして彼女の了承を確認すると、こくりと頷いた。

 

「俺も特に拒否する理由はありません。大丈夫です」

「じゃあ問題ねぇな。おし、おめェーらそっち座れ。生駒以外は俺が持つ」

「ゴチになります」

 

 弓場の奢り宣言に生駒隊の面々は沸き立ち、うきうき笑顔で席に座る。

 

 そんな中、一人だけ自腹を切れと言われた生駒はしょぼんとうなだれる。

 

「そんなー、弓場ちゃんなんで俺だけ」

「おめェーは俺と同年(タメ)だろうが。後輩にゃあ奢るのも吝かじゃねェが、おめェーに奢る必要はねぇ」

 

 そう言って、弓場は生駒の主張を切って捨てる。

 

 どうやら、後輩かそうでないかは弓場にとって明確な線引きの対象らしい。

 

 これ以上の交渉は無駄だと悟った生駒は、しょんぼりしながら席に着く。

 

 そんな姿を見ていた弓場はチッ、と舌打ちしながらポン、と生駒の肩を叩いた。

 

「…………今回だけだからな」

「よっしゃっ! 弓場ちゃんこれやから大好きやでっ!」

「ぬかせ」

 

 弓場の奢り宣言に生駒はあからさまに感涙し、隊員達に「良かったですね」と口々に声をかけられている。

 

 そんな様子を見ながら弓場は頭をかきながら席に座り直し、溜め息を吐く。

 

 弓場は口では厳しい事を言いつつも、案外身内には甘い。

 

 彼にとっての身内は弓場隊の面々は勿論、生駒等の同い年の面々も含まれる。

 

 仲の良い面々と親しい者達に関しても寛容な姿勢を見せる事で知られており、なんだかんだ面倒見が良いのだ。

 

 だからこそ帯島はあそこまで弓場に懐いているのだし、彼の周りに自然と人が集まるのも弓場の人柄故と言える。

 

 初対面のインパクトは厳ついが、付き合ってみればその面倒見の良さが自然と滲み出て来る為、彼を慕う者は多い。

 

 弓場隊の面々は、そんな弓場の人柄に惹かれて集まった者達だ。

 

 隊を抜けた王子達も、弓場を慕う心は変わっていない。

 

 面倒見の鬼、とまで言わないが、それに近い性質を持っているのは確かだった。

 

「生駒ァ、どうやらきっちり解説をやり切ったみてぇだな。やればできるたぁ思ってたが、心配は要らなかったみてぇだな」

「俺はやる時はやる男やからなっ!」

「やる時はじゃなくていつもやれ。おめェーは」

 

 ひどいなあ弓場ちゃん、と生駒は言うが、その口元には笑みが浮かんでおり、それは弓場も同様である。

 

 同い年で付き合いも相応に長いだけに、この二人の関係は気安いのだ。

 

 七海と村上の関係と、似たようなものだろう。

 

 この二人は同い年なだけに、距離感も近い。

 

 遠慮のない関係、と言い換えても良い。

 

 一見厳しい事を言っていても、その根底には互いへの理解がある。

 

 きっとこのやり取りも、彼等の中ではじゃれ合いに近いものなのだろう。

 

 その関係は少し羨ましくもあり、微笑ましくもあった。

 

 七海と村上の関係に近い、とは言ったが村上は七海の一つ上の年齢だ。

 

 荒船や影浦も同様であり、親しいとは言っても七海の側からはある程度年上への敬意と遠慮がある。

 

 同い年の出水も師匠と弟子という意識が強く、本当の意味で気安いとは言い難い。

 

 太刀川は年上ながら私生活は駄目過ぎる為年上としての敬意は抱き難いが、それでもその実力には敬意を表している。

 

 菊地原は逆に年下である為、少し勝手が違う。

 

 思えば、七海には同年代で親しい友達というものが少ない。

 

 米屋は個人戦をちょくちょくやり合う事があるが、そこまで親しい間柄ではない。

 

 三輪は言わずもがなであり、奈良坂は茜の師匠と那須の従兄弟という意識が強く、七海個人とはそこまで親しいワケではない。

 

 七海と親しい面々は揃って年上であり、気安い関係か、と言われると疑問が残る。

 

 少なくとも、目の前の弓場と生駒のような関係性ではない。

 

 それが少し、ほんの少し羨ましかった。

 

「あー、なにしょんぼりしてんだてめぇは。飯が不味くなるだろコラ」

「カゲさん……」

 

 ────七海のそんな感情(おもい)に、影浦が気付かない筈がない。

 

 影浦はすぐさま七海の所にやってきて、がしり、と七海の肩に腕を回した。

 

「おめぇはいっつも遠慮し過ぎなんだよ。前にも言ったけどな、歳の差なんて一つしかねぇだろうが。んな事よりおめぇがどうしたいかだろーが」

「俺が、どうしたいか……」

 

 言葉に詰まる七海を見て、ったく、と影浦は舌打ちする。

 

「おめぇが俺等と遠慮なく付き合いたいなら、そーすりゃいいじゃねぇか。俺も鋼も荒船も、んな小せぇ事を気にするようなタマじゃねぇよ。それともなにか? おめぇの中じゃ俺等はそんな小せぇ奴等って事かよオイ」

「…………いえ、そんな事はないです。でも……」

「うだうだ言うんじゃねぇ。俺がいいっつってんだ。その通りにしやがれコラ」

 

 バシン、と影浦が七海の背中を叩く。

 

 強い力で叩かれた為少し揺らいだ七海の肩を、影浦が再びがっしりと掴む。

 

「あのな、おめぇの感情筒抜けだってわかってっか? 俺のこのクソサイドエフェクトがおめぇの寂しい、っつう感情をいちいち教えてくんだよ。このままじゃうざってぇから、さっさと言う通りにしやがれ」

「カゲさん……」

「カゲの言う通りだぜ、七海ィ」

 

 不意に、そのやり取りを見ていた弓場が口を挟む。

 

 弓場は腕を組んだまま、七海をジロリと見据えた。

 

「年上を尊重するっつうおめェーの心意気自体は立派なモンだ。けどな、相手が良いっつってんのにそれを尊重しねぇのはそれはそれでどうかと思うぜ」

「弓場さん……」

「師匠で、友人(ダチ)。それでいいじゃねぇか。むしろ何の問題もねぇだろ」

 

 弓場はそう告げるとどかりと座り、言いたいことを言われた影浦は頭をかきながら口を開く。

 

「いいからてめぇはやりたいようにやりゃあいいんだ。文句言う奴がいたら俺がぶっ飛ば────は、駄目だな。俺が話つけに行ってやっから、気にすんな」

 

 ぶっ飛ばす、と言おうとした時点で弓場の眼鏡がギラリと輝いた為、影浦は慌てて訂正を入れる。

 

 弓場が怖いワケではないが、以前上層部の根付を殴って降格を喰らった後、弓場から「事情は分かったがそれはそれとして暴力は駄目だ」と説教を喰らっていた為、筋として弓場の顔を立てたのだ。

 

 影浦は確かに粗暴な面が目立ちはするものの、筋は通す人間だ。

 

 その姿を見て立ち上がりかけた弓場が座り直した事を確認すると、影浦は再度口を開く。

 

「礼儀どうこうより、おめぇに変な我慢をされる方がうざってぇんだよ。弟子なら弟子らしく師匠の言う事に従っとけコラ」

「…………はい。ではお言葉に甘えますね、カゲさん」

「それでいーんだよそれで」

 

 七海の返答を聞き、影浦は照れ臭そうに微笑んだ。

 

 それを見て、七海は思う。

 

 自分は、恵まれていると。

 

 こんなにも自分の事を理解してくれる師匠がいるのに、勝手に寂しさを感じていたなんて馬鹿みたいだ。

 

 彼の言う通り、自分は少し遠慮をし過ぎていたのかもしれない。

 

 これからは、少しやりたいようにやってみようか。

 

 そんな事を考えながら、七海は別の店員(母親)に首根っこを引っ掴まれて厨房の中に連れ戻されていく影浦を見送るのであった。





 生駒さん回と思いきやカゲさんコミュ。

 なんだかんだこの二人って面倒見良いんですよね。カゲさんは口下手だけどユズルの事きっちり考えてるし、弓場さんは言わずもがなだし。

 イコさん、思った以上に日常回では使い易いな。

 一回本格登場してからちょくちょく顔出てるしなあ。

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