痛みを識るもの   作:デスイーター

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七海玲一⑦

 

「おー、来た来た。時間通りだな七海」

「こちらからお願いした事ですから。お待たせするワケにはいきませんからね」

 

 七海はそう言って、陽気に手を振る出水に笑いかける。

 

 此処は、太刀川隊の作戦室。

 

 太刀川と出水の弟子になって以降七海が頻繁に出入りしていた場所だが、今回来ているのは七海だけではない。

 

「今日はよろしく。出水くん」

「よろしく頼むわね」

 

 そう言って頭を下げるのは、隊服姿の那須と熊谷。

 

 戦闘時であればいざ知らず身体の線が出ている那須隊の隊服を戦場以外で纏っていると余計な視線に晒される為上着を羽織ってはいる。

 

 戦っている時は特に気にはならないが、那須隊の隊服は身体の線がモロに出ている為異性の興味を惹き易い。

 

 故に、戦闘時以外はこうして飾り気のない上着を羽織っている事が多い。

 

 ボーダー隊員は人格者が多いが、それでも男性として反射的に目を向けてしまう事は避けられない。

 

 元々は戦闘体に換装しっぱなしになる事がないよう、あまり外を出歩くには不向きな服として考案された那須隊の隊服だが、ぶっちゃけ男性陣にとっては目に毒なのである。

 

 勿論あからさまに喜ぶ者もいるが、理性的な男性陣────────主に荒船や村上等に指摘され、こうして上着を羽織る事にしているワケである。

 

 七海としてもみだりに彼女達を好奇の視線に晒すつもりはない為、その方針には同意している。

 

 ちなみに熊谷が小夜子にこの隊服をデザインした本当の理由を尋ねた際、それは良い笑顔で「趣味です」と答えたそうな。

 

 小夜子としては、折角整った容姿を持つ少女たちが集まったのだからコスプレみたいな恰好をさせて眼福にしたいという目論見があり、無駄に要領の良い手回しでそれを実現させたワケだ。

 

 彼女は百合というワケではないが、それはそれとして可愛い女の子を見るのが割と好きであると公言している。

 

 特に浮世離れした美貌を持つ那須の隊服姿が一番好きらしく、彼女の許可を得た上で撮影した写真────────男性隊員が喉から手が出る程欲しがりそうなものを、何枚か所持している。

 

 小夜子にとって那須は恋敵であるが、それはそれ、これはこれらしい。

 

 那須としても自分の容姿を手放しで褒めそやして喜んでくれる小夜子に悪い気はしていない為、特に問題なく撮影の許可を下ろしている。

 

 お嬢様学校に通っている為か、そのあたりのノリにはある程度理解があるらしい。

 

 那須が通っている星輪女学院は彼女の他に小南や照屋、嵐山隊の木虎等が通っており、警戒区域からは距離が遠い為近界民の脅威は対岸の火事扱いする者が多い。

 

 その為、ボーダー隊員は一種のヒーロー、タレントのような扱いをされており、那須は色々な意味で有名である為学院では真実高嶺の花だ。

 

 故に可愛いと言われて女子にキャーキャー騒がれる事には慣れており、小夜子くらいのノリでは物怖じする事は無い。

 

 そもそも、特に問題がなければ身内には甘い那須である。

 

 小夜子の希望は可能な範囲で最大限叶えるつもりでいるし、ただ写真を撮られる程度ならどうという事はないと考えている。

 

 勿論、小夜子であれば写真を転売して利益を得ようなどという裏切り行為を働かないであろうという信頼もある。

 

 ともあれ、そんなこんなで那須隊の隊服自体に否があるワケではないが、不特定多数に不躾な視線を向けられるのは那須とて御免被る。

 

 しかしそのあたり那須は少々鈍い為、熊谷の助言を受けてから上着を着る対応策を実施したワケである。

 

 勿論、気軽にあの隊服を見られると考えていた男性隊員達が落胆の声をあげたのは言うまでもない。

 

 無論、七海や熊谷の威圧によって黙殺されるまでがワンセットである。

 

 ちなみに、太刀川隊でそういった視線を向ける輩は精々唯我くらいである。

 

 太刀川や出水はそういった事柄よりも戦う事に脳のリソースの大部分を割いており、那須達の事も良くも悪くも実力面しか見ていない。

 

「そういえば、太刀川さんは……」

「例の如く補修。大学の単位がヤバいらしくて、忍田さんと風間さんの監視付きで課題に取り組んでる」

「いつも通りですね」

 

 …………まあ、そうやって戦闘面にリソースを全振りした結果、日常生活面が壊滅的な(死んだ)のが太刀川という男の残念極まりない部分である。

 

 彼の保護者的立ち位置である忍田本部長も「何で戦闘面での頭の切れを普段でも活かせないのか」と頭を抱えている程だ。

 

 彼が大学の単位を落としそうになって風間や忍田が修羅になるのは、幾度も見た光景である。

 

 その光景を繰り返し目にする度、太刀川への敬意の念は加速度的に薄れていった。

 

 実力は確かで指揮能力も悪くはないのだが、それ以外の評価項目がオールEマイナスとなればそうもなる。

 

 大学をボーダーの推薦で入った事は知っているが、そもそも良くあの頭の出来で高校を無事卒業出来たものだとは思う。

 

 …………案外、居座られても面倒だったと卒業の体で放り出された可能性も無きにしも非ずであるが。

 

「おー、来た来た。そういや日浦ちゃんが見えないけど?」

 

 そう言いながら部屋の奥から出てきたのは、米屋陽介。

 

 三輪隊の攻撃手であり、槍型の弧月を使う技巧派だ。

 

 加えて言えば出水とは同級生であり、成績最悪な戦闘馬鹿(太刀川の同類)でもある。

 

「奈良坂さんから聞いていないんですか? 日浦は奈良坂さんと一緒に別の訓練をやってます。今回は、日浦の狙撃なしでも戦える前提の訓練なので」

「へーえ、それならそれでいいや。俺としちゃ、楽しめるならなんでもいいぜ」

 

 彼は、用もなしに此処にいるワケではない。

 

 今回、七海達が此処に来たのは仮想・二宮隊の訓練をする為だ。

 

 二宮『役』自体は出水がやれるが、そもそも出水の弾幕を避ける訓練であれば七海は過去に充分行っている。

 

 今回は、七海を含めた那須隊が二宮と遭遇してしまった場合に()()()()訓練を行う事が主目的だ。

 

 最終ROUNDの二宮の『攻略法』自体は既に考案してあるが、それには最低限二宮相手に()()()()が出来なければ話にならない。

 

 両攻撃(フルアタック)状態の二宮の弾幕は、一度捕まったらそれで終わりだと言っても過言ではない。

 

 ハウンドで固められて、アステロイドで仕留められる。

 

 一度でも二宮の弾幕の檻に捕まれば、このコンボで終わりだ。

 

 二宮から逃れる為には、彼の射程外まで一目散に逃亡する他ない。

 

 少なくとも、()()()の状態では。

 

 流石の二宮も、狙撃手が残っている場合や仲間が傍にいない場合は迂闊に両攻撃(フルアタック)を使う事はない。

 

 どれだけのトリオン差があろうとトリオン体の強度自体は変わらない以上、一発でも狙撃を喰らえば致命傷になる事は変わらないからだ。

 

 故に、二宮が両攻撃を使うシュチュエーションは既に狙撃手が一人もいなくなった状態か、もしくは仲間に護衛されている時に限られる。

 

 ROUND3では早々に犬飼と合流されてしまった為、常に両攻撃を撃てる状態になってしまった為にあそこまで一方的な展開になったと言っても良い。

 

 故に、二宮隊への対策は、どれだけ()()()()()()()()()()()()()()()にかかっている。

 

 特に、犬飼が生き残っている限り勝ち目は皆無と言っても過言ではない。

 

 犬飼はその技量も然る事ながら、とにかく場を見渡す視界の広さと判断力が図抜けている。

 

 最低限、彼が落ちるか二宮と合流出来ない状態にしない限りは、二宮隊の牙城を崩す事は不可能だと考えた方が良いだろう。

 

 戦闘員のタイプとしてはサポーターの銃手という事で神田と同じであるが、犬飼はより()()()()()()()()()()のが巧い。

 

 対戦相手が取って欲しくない手を、的確に差し込む。

 

 そういった判断力と実行力に優れているのが、犬飼の怖い所である。

 

 伊達に、元A級部隊の銃手というワケではないのだ。

 

 どんな部隊に入れてもオールマイティに活躍する、気配り上手の銃手。

 

 それが、犬飼澄晴である。

 

 もし彼がフリーであれば、どれほど多くの部隊が欲しがったかは分からない。

 

 それだけの有能さを持つ相手を、攻略しなければならないのだ。

 

「そんで俺が呼ばれたワケっすか。でも、本職の銃手じゃないから犬飼先輩ほどの動きは見せられないかもしれないぞ?」

 

 そういうワケで、『犬飼役』として呼んだのがこの烏丸京介である。

 

 丁度今日はバイトの予定がない日であった為、都合を付けて来て貰ったワケである。

 

「構いません。京介さんは周りを見る才能が図抜けてますし、充分に犬飼先輩役を務められる筈です」

「…………そこまで言うなら仕方ない。可能な限りやらせて貰う」

 

 いつも通りの無表情だが、付き合いの長い人間からして見るとやる気が瞳に灯っているのが分かる。

 

 烏丸は小南達旧ボーダー組と比べると七海との親交は薄いが、それでも何度も玉狛支部に出入りする内に仲良くなった相手だ。

 

 こういう訓練の申し出をして即座に受理される程度には、仲が良い。

 

 普段バイト三昧で会える事こそ少ないが、それでも七海の大切な友人の一人である事に変わりはないのだから。

 

 ちなみに、米屋は『辻役』として呼んである。

 

 サポータータイプの辻と最前線でポイントゲッターをする米屋では明確にタイプが違うが、マスタークラスの辻並みの技量となると彼の他には村上、生駒、太刀川くらいしか七海が交渉できる相手はいない。

 

 しかし生駒は次の試合で当たる対戦相手であるし、村上も最終ROUNDの調整で忙しい筈である為手を借りるワケにはいかない。

 

 太刀川が課題漬け(自業自得)で死んでいる以上、他に攻撃手の心当たりとなると米屋くらいしかいなかったのだ。

 

 七海自身はそこまで仲が良いワケではないが、他ならぬ出水が気を利かせて引っ張って来てくれたのだ。

 

 米屋も七海や那須と戦える機会となれば断る理由もない為、目を爛々と輝かせてやって来た次第である。

 

 流石は、三度の飯よりランク戦が大好きな槍馬鹿。

 

 骨の髄まで、太刀川の同類(戦闘民族)である。

 

 それに、あながち間違った配役というワケでもない。

 

 米屋は普段の言動から脳筋のお調子者に見えるが、その実戦いにおいては自分の役目に徹する事が出来る狡猾な面を持っている。

 

 技巧派の名は伊達ではなく、メインの点取り屋から隊のサポーターまで一通りこなせる、かなりの戦上手である。

 

 指揮官向きではないものの、戦いにおいての汎用性はかなり高い。

 

 言うなれば、攻撃手版の犬飼と言っても過言ではない程だ。

 

 勿論射程の有無はある為犬飼と全く同じ動きは出来ないが、状況に応じた臨機応変な動きを的確に出来るのは間違いない。

 

 とうの出水は根っからのサポータータイプである為、実質自己判断が的確な駒が三人も揃っている事になる。

 

 この三人の相手は、生半可な事では務まらない筈だ。

 

「さて、時間もないし早速やっちまうか。言われた通りトリガーセットは二宮さんのそれと同じにして来たし、トリオンも同じにしてある。米屋と京介は、まあそのまんまでいいか」

「いえ、一応犬飼先輩と同じトリガーセットにしてきました。スコーピオンやハウンドを扱った経験はあんましないんで、付け焼刃っすけど」

「気が回るねえ。ま、そっちの方がいいか」

 

 やるからには徹底的に、という声が聞こえてきそうな京介の準備万端ぶりに、出水は舌を巻く。

 

 まあ、あの七海に頼られたのだ。

 

 気持ちは分かる。

 

 七海は口では「いつも頼ってます」と言う割に、いざ困った時には声をあげない困った性質を持っていた。

 

 あの敗戦の後のあれこれで大分改善されて来たのは知っているが、それでも彼が那須隊の面々を連れて来て「訓練に付き合って欲しい」などと言うのは初めてである。

 

 前々から「もっと頼れ」と言っても聞かなかった事を考えれば、随分な進歩と言える。

 

 なんだかんだ、弟子には甘い性格の出水である。

 

 そんな弟子の成長が嬉しくて仕方ないらしい事は、にやけた表情からも察する事が出来る。

 

「じゃ、始めるか。MAPは一応市街地Aで、設定は俺と七海以外はランダム転送でいいよな?」

「はい、問題ありません」

 

 尚、その心情は傍で見ていた米屋には筒抜けであり、これまでの付き合いからからかわれる事を察した出水はそそくさと模擬戦の準備に移る。

 

 米屋は後でからかえば良いか、と開き直って訓練室に向かい、京介と出水がそれに続く。

 

「行くか」

「ええ」

「うん」

 

 そうして、七海達もそれに続いて訓練室へ足を踏み入れた。

 

 

 

 

 目の前に、市街地が広がっている。

 

 そして、七海が経つ道路の先には太刀川隊の象徴である黒コート────ではなく、フォーマルなスーツのような服を纏った出水がいた。

 

「少しでも雰囲気出るかと思って、柚子さんに頼んで隊服弄って貰ったぜ。これも結構イカすだろ?」

「ええ、似合ってますよ」

「淡白だなあ。ま、てなワケで────」

 

 ギラリ、と出水が眼光鋭く七海を睨みつけ、両手にトリオンキューブを出現させる。

 

「────折角だから、派手にやらせて貰うぜ。七海」

 

 そして、普段の出水より更に大きなトリオンキューブが無数に分裂。

 

 数多の弾丸となって、七海へと降り注いだ。





 にのまるならぬにのみず、もしくはでみや? まあ、元が黒コートなんで割と似合いそうだなーという出来心ですはい。

 ちなみに、前回の後始末は那須さんと一晩添い寝の刑で許して貰いました。

 七海が無痛症で性欲死んでるからこその荒業だね!

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