痛みを識るもの   作:デスイーター

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それぞれのキモチ

 

「おし。取り敢えず形にゃなったか。っても、基本的に七海以外は当たらねー方がいい事は変わりねーけどな」

 

 訓練を終え、米屋と京介と並んだ出水はそう言って七海達を労った。

 

 日付は既に、11月2日。

 

 ランク戦最終ROUNDは、明日11月3日となる。

 

 既に時刻は19:00を過ぎており、これ以上は明日に差し支える可能性がある。

 

 事実上、これで訓練は終了と見て良いだろう。

 

「はい、俺もそのつもりでいますから。あくまでこれは、保険のようなものです」

「そっか。ならいいけどさ。で? 手応えとしちゃどうだ? 七海」

 

 出水の問いに、七海はそうですね、と前置きして告げる。

 

「きっと、ご期待には添えるかと」

「ほー、大きく出たな。ま、楽しみにしてるぜ」

「はい、勝ってきます」

 

 そう言うと、七海はぺこりと出水達に頭を下げる。

 

「今回は急な訓練に付き合って頂き、ありがとうございました。出水さんも、米屋さんと京介さんも」

「いーって事よ。俺も充分楽しめたしな」

 

 そうですね、と京介も米屋に続いて告げる。

 

「七海さんから頼ってくれる事は少ないんで、嬉しかったです。今後も都合が合えば付き合いますよ」

「助かります。迅さん達にもよろしくお伝え下さい」

「迅さんは最近忙しそうで、あんまし帰ってきてくれないっすけどね。でも、分かりました。会えたらそう伝えておきます」

 

 あの人はきっと、言葉にした方が嬉しいでしょうから、と京介は呟く。

 

 確かに、未来が視える迅にとって誰かが自分の感謝の念を伝える事は既に識っている事となる。

 

 だが、予知で視たものと実際に体験するものは別物だ。

 

 どれだけリアリティのある予知の映像だろうと、それはあくまで未来を()()()()だけだ。

 

 直接言葉を交わす温かみは、そこには存在しない。

 

 だから、迅相手にはきちんと言葉にして直接伝える、といった工程がこの上なく重要なのだ。

 

 今京介が言った通り、最近迅は以前より更に忙しなく駆け回っている。

 

 恐らく、起こる事が予知された大規模侵攻に備え、逐次情報収集(未来視)や根回しに奔走しているのだろう。

 

 以前から、変わらない。

 

 このボーダーという組織は、この世界の平和は、迅の尽力によって守られていると言っても過言ではない。

 

 彼の予知がなければ、どれだけ被害が広がるかは最早想像の外だ。

 

 迅の予知があるからこそ、未知のトリガーを使ってくる近界民相手でも、事前に策を講じる事が出来る。

 

 ずっと前から、迅はこの世界の防衛の要なのだ。

 

 その彼が背負う重荷は、想像の埒外だろう。

 

 だから、他の者に出来るのはその重荷を下ろす事ではなく、彼を支え、きちんと労ってやる事だ。

 

 迅の未来視(重荷)は、彼にしか背負えない代物だ。

 

 だが、その荷物を支える手伝いならする事が出来る。

 

 今の迅は、差し伸べられた手をきちんと取ってくれる。

 

 飄々とした態度で敢えて孤高を貫いていた、これまでの迅はもういない。

 

 彼は、変わった。

 

 勿論、良い方向にだ。

 

 迅は断じて、都合の良い神様なんかじゃない。

 

 普通に笑って、普通に泣く。

 

 一人の、人間だ。

 

 迅には、多大な恩がある。

 

 七海が今こうして此処にいる事さえ、彼のお陰と言っても過言ではない。

 

 あの時、迅がボーダーに誘ってくれなければ。

 

 明確な指針を、示してくれなければ。

 

 七海は今でもきっと、顔を上げてはいなかった。

 

 そんな迅に対する最も手っ取り早い恩返しは、強くなる事だ。

 

 自分が、ではない。

 

 ボーダーの、仲間達が、である。

 

 自分たちが強くなればなる程、迅が抱える負担は減ってくる。

 

 それに、A級隊員になればこれまでよりもやれる事が増えてくる。

 

 A級隊員というのは、一種のブランドだ。

 

 実際、強さだけならばB級隊員の中でもA級に匹敵する猛者はいる。

 

 だが、(ブランド)というものは非常時にこそ役に立つ。

 

 B級のままでは出来なかった、ある程度の独自裁量も認められて来る筈だ。

 

 相応に責任も付いて回るが、それについては覚悟の上だ。

 

 A級となり、迅の支えとなる。

 

 それが、七海なりの一種の恩返しの形だった。

 

 その為にも、この試合で勝たなければならない。

 

 A級昇格試験の本番は合同戦闘訓練だが、此処でB級の上位2チームを蹴散らせないようであれば先は見えている。

 

 無論、地力では完全に二宮隊と影浦隊(あちら)が上だろう。

 

 あの二部隊は、元々A級だ。

 

 実力が一切落ちないままB級に罰則によって降格されたのだから、事実上のA級部隊と言っても差し支えない。

 

 だが、付け入る隙が全く無い、とは七海は考えていない。

 

 二宮隊に関しては()()()()の良さもあり、どうにかする為の作戦は考案出来た。

 

 影浦隊に関しては、七海の意地の見せどころだろう。

 

 七海(弟子)が、影浦(師匠)を超えられるか。

 

 これは、そういう戦いである。

 

 今度こそ、全霊を懸けて影浦に勝つ。

 

 影浦を、超える。

 

 その意気込みで、七海は最終ROUNDに臨むつもりだ。

 

 無論、生駒隊の事も忘れてはいない。

 

 一度下した相手とはいえ、生駒が脅威である事に変わりはない。

 

 だが、前回の戦いで生駒旋空の速度を隊員全員が直に見る事が出来たのは大きな収穫だ。

 

 前回は生駒一人に那須隊の殆どがやられてしまう辛勝とも言うべき状況であったが、隊全員が生駒旋空を体感出来た事で取れる手はまた変わってくる。

 

 少なくとも、ROUND6よりは良い条件下で戦える筈だ。

 

 七海は三人を前に、顔を上げて笑みを浮かべる。

 

「勝ってきます。必ず。その為に、此処まで準備を重ねたんですから」

 

 

 

 

「生駒。遂に明日が最終ROUNDだな。どうだ? 調子は」

「おう、ばっちりやで」

 

 生駒がボーダー本部の廊下を歩いていると、後ろから爽やかな声がかけられた。

 

 誰あろう、広報部隊『嵐山隊』の隊長である嵐山だ。

 

 嵐山はいつも通り爽やかな笑みを浮かべながら、気さくに生駒に手を振っていた。

 

「それ言う為に待ってたんか自分? 忙しいんとちゃうんか?」

 

 そうだな、と嵐山は苦笑する。

 

「忙しいが、雑談が出来ない程じゃない。それに、待っていたワケじゃなくて此処に来たのは偶然だ。友達に声をかけるのに、理由なんか要らないだろう?」

「相変わらず、自然にそういう台詞が出てくるんやなあ。ナチュラルボーンヒーローか自分?」

「別にヒーローなんてつもりはないさ。それを言うなら、街の平和の為に戦う皆がヒーローであるべきだろう?」

 

 臆面どころか欠片の躊躇すらなくそう言い切った嵐山の瞳は、何処かキラキラと輝いて見えた。

 

 これが生まれついてのヒーローというものか、と生駒は感心しつつ内心でちょっと引いていた。

 

 嵐山とは歳が同じである事もあって仲の良い友人関係を続けているが、こういう青臭い台詞を平然と言い放って尚且つサマになってしまう光景を繰り返し見ているとどうにも距離を掴み難い所があった。

 

 それでも、嵐山は生駒の友人である事に変わりはない。

 

 少し変わった奴だからといって、態度を変える気は欠片もない。

 

 なんだかんだ、情に厚いのが生駒という男なのだから。

 

「けど、ななみんの応援せんでええの? 自分、ああいう子好きやろ?」

「ああ! ああやってひたむきに努力する人は、好感が持てるなっ! けど、生駒も俺の大事な友達だ! どっちかなんて比べられないから、俺はどっちも応援するぞっ!」

「自分のそういうトコ、俺も好きやで」

「ああ、ありがとう!」

 

 嵐山は生駒の言葉にノータイムでそう答え、イケメンポイントが更に上昇した。

 

 これ以上上げてどないするん?と思わないでもない生駒であったが、特に問題はないと考えてスルーした。

 

 細かい理屈を考える必要はない。

 

 感じろ。

 

 ただそれだけである。

 

「ま、俺も負ける気はあらへんで。やるからにはキッチリ、全力で叩き斬ったるわ」

「ああ、それでこそ生駒だ!」

「なあ自分、そろそろ褒められ過ぎて落ち着かんくなってきたんやけど」

「大丈夫だ! 生駒は凄い奴だからな!」

 

 話聞いとるー? と生駒がぼやくが、嵐山は尚も爽やかな笑みで褒め殺しを継続していたのであった。

 

 

 

 

「また那須隊と当たりますね。二宮さん。あちらさん、何処まで食い下がって来るでしょうね?」

「愚問だな」

 

 二宮隊、作戦室。

 

 そこでソファーに座る犬飼が、二宮と向かい合っていた。

 

 二宮は犬飼の問いに対し、軽く鼻を鳴らした。

 

「お前は、どう思っているんだ?」

「そうっすねー。仮に、ROUND3の時のまんまなら敵じゃない、って答えてた所ですけど────────今は、中々面白い事になりそうですね」

「だろうな。そういう事だ」

 

 そう言って、二宮は椅子に深く腰掛けた。

 

 その視線が、犬飼ではなく部屋の隅に置かれた段ボールに向けられた事を、犬飼は見逃さなかった。

 

(あれは……)

 

 あの段ボールの中身は、()()()に消えた元二宮隊の隊員、鳩原未来の私物だ。

 

 犬飼や辻といった面々は自分たちなりに彼女の喪失に折り合いを付けているが、唯一二宮だけは未だに彼女の事を諦めてはいない事を犬飼は知っている。

 

 だからだろう。

 

 以前、二宮が「本気で遠征部隊を目指す」と言ったのは。

 

 きっと、鳩原を探したいんだろうな、と犬飼は考えている。

 

 これまで決して埋めようとしなかった二宮隊の四人目として、七海を誘ったのもきっとそれが原因だ。

 

 だが、その件は断られたと聞いている。

 

 理由は、那須隊を抜けるつもりがない事と、七海自身遠征に耐えられる身体ではないから、との事だった。

 

 つまり、那須隊はA級に上がっても遠征部隊は目指さない。

 

 その事自体はどうでも良いが、それはそれとして素直にA級への門を開けてやるのも癪だ。

 

 それはきっと、二宮も同じだろう。

 

 二宮は恐らく、最終ROUNDでは試験官のつもりで七海の事を見定める心胆だろう。

 

 ならば、自分が手を抜く理由もない。

 

 全力で相手の隙を突き(いやがらせをして)、思いっきり攪乱してやろう。

 

 その上で自分たちを超えるのであれば、認める他ないだろう。

 

「勝ちましょうね。今回も」

「無論だ」

 

 二宮はそう言って、頷く。

 

 多くは語らない。

 

 語るべき事は、既に告げた。

 

 故に後は、本番に臨むだけである。

 

 

 

 

「良い調子だったじゃねえか。こりゃ、最終ラウンドもばっちりだな」

「肩組まないでよ、もう」

 

 馴れ馴れしく肩を組んでくる当真に辟易しながら、ユズルはため息を吐いた。

 

 だがそんなユズルに、上機嫌な当真はニヤニヤしながら話しかけた。

 

「でも、意外だったぜー? あんだけ俺を師匠として認めたがらなかったお前が、鍛えて下さい、なんて言ってきたのは」

「言っとくけど、師匠として認めた覚えはないからね? そこは忘れないでよ」

 

 そう言ってぷい、とそっぽを向くユズルに対し、当真はむむ、と言葉に詰まる。

 

「いーじゃねえかそんくらい。練習にも、結構付き合ってやったんだからよー」

「…………そこは、素直に感謝してる…………ありがと

「おっ、今なんか言ったか?」

「言ってない」

 

 ユズルは更に構おうとする当真の腕の中からするりと抜けると、そのまま駆け足で外へ出ようとする。

 

「あっ」

「わっ」

 

 だが、外に直後に誰かとぶつかりそうになって慌てて足を止める。

 

 向こうもいきなり飛び出してきたユズルに驚いているようで、目を丸くしていた。

 

「ごめ……っ!? あれ? 日浦さん」

「あ、ユズルくんだー。こんばんは」

「こ、こんばんは」

 

 ぶつかりそうになった少女、茜はにこやかに挨拶してきて、ユズルは少々戸惑いながらも挨拶を返す。

 

 ユズルの不注意でぶつかりそうになったにも関わらず、それを責める言葉は彼女からは出てくる様子がない。

 

 いつも通りの満面の笑みで、ユズルを見つめていた。

 

「あっ、次のROUNDではよろしくねっ! 今度も、負けないよっ!」

「…………ああ、俺も負けない。前回はしてやられたけど、今度は俺が勝つ」

「私も、負けないからっ! お互い頑張ろうねっ!」

 

 茜はがしりとユズルの手を握り、ぶんぶんと振り回すように握手を交わして来た。

 

 困惑するユズルはされるがままになっており、茜が満足するまで腕を振り回されるのであった。

 

 ひとしきりやると満足したのか、茜は「じゃあねー」と言いながら小走りで廊下を駆けていった。

 

「おっ、終わったみてーだな」

「カゲさん」

 

 それと入れ替わりに、通路の先から影浦が現れた。

 

 影浦はユズルに近付くと、ぽんぽんとその肩を叩く。

 

「景気づけだ。ウチ来い。上手いモン食わせてやっからよ」

「うん。分かった」

「おし行くぞ」

 

 ユズルの答えを聞くなり、影浦はそう言ってスタスタと歩き始めた。

 

 足の長さがまるで違う為ユズルが影浦に追いつくのは難しいように思えるが、そのあたりは影浦が配慮しているらしくきちんとユズルが付いてこれる速度を維持している。

 

 ユズルは思い切って影浦の横に並び、抱えていた言葉を口にする。

 

「カゲさん」

「ん?」

「勝とうね」

「たりめーだバカ」

 

 影浦はそう言って、ニィ、と好戦的な笑みを浮かべた。

 

 ユズルの表情もまた、それに近いものとなっている。

 

 最終戦に燃えているのは、何もユズルだけではない。

 

 影浦もまた、七海と雌雄を決する舞台に高揚感が抑えられないらしい。

 

 生駒の闘志が。

 

 二宮の決意が。

 

 影浦の矜持が。

 

 ぶつかりあう。

 

 B級ランク戦、ROUND8

 

 様々な願い、想いを内包し。

 

 最終ROUNDが、始まろうとしていた。





 次回、遂に最終ROUNDが開幕します。

 原作に恥じない熱さを提供できるよう頑張りますので、よろしくお願いします。

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