痛みを識るもの   作:デスイーター

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B級ランク戦/ROUND8
集う想い、高まる闘志


 

 ────11月3日、夜。

 

 ランク戦の会場には、多くの隊員が詰めかけていた。

 

 観覧席はほぼ満員で、全員が期待に満ちた眼差しで試合開始時刻を今か今かと待ち望んでいる。

 

 上部に設置されている特別観覧席にも、また、無数の人影があった。

 

「お前が此処に来るなんて珍しいじゃないか、迅」

「ああ、俺も今回の試合は気になるしね。この試合で視える未来は無数にあるし、どうせなら直で見たかったんだよ」

 

 太刀川に声をかけられた迅は、「単純に七海の応援に来たってのもあるけど」と苦笑する。

 

 そんな迅を見て、太刀川がへー、と感心するかのように目を丸くした。

 

「驚いたな、迅。お前が、そんなに大っぴらに誰かに肩入れするなんてな」

 

 いつもなら、傍観者目線を崩さないじゃないか、と太刀川は言う。

 

 実際、その通りだ。

 

 迅はその類稀なるサイドエフェクトの所為なのか、人の輪に入る事を拒む傾向があった。

 

 より良い未来に進む為の暗躍(努力)は惜しまないが、その功績は基本的に一部の必要と思った相手が察するに留まり、自らそれを吹聴する事はない。

 

 そのスタンスの一環なのか、迅は特定個人に大っぴらに肩入れするのは避けていた。

 

 予知の内容すら、迅がどうしても必要だと判断した時と人以外早々明かす事はない。

 

 しかし今、迅は明確に七海を()()しに来たと口にした。

 

 これは今までの迅には、見られなかった傾向である。

 

「どうやら、七海のお陰でお前も変わったってのはマジなようだな。あいつ、よくお前みたいな堅物をどうこう出来たな?」

「堅物って、そんなつもりはないんだが」

「堅物だろ? 責任やら資格やら、つまんない事を言って誰にも頼ろうとしなかったじゃねえか」

 

 はぁ、と太刀川は溜息を吐く。

 

 迅は自分で思っているよりはいい加減ではないし、むしろ生真面目な部類に入ると太刀川は考えている。

 

 太刀川の頭は色々な意味で残念だが、戦闘とこの友人の事に関してはきちんと考えているつもりだ。

 

 なにせ、太刀川にとって迅はなくてはならない戦友(ライバル)なのだ。

 

 迅の背負う重荷はそれなりに理解しているつもりだが、いつもその重荷を口実にして人と距離を置く迅の悪癖についてはどうにかならないかと前々から思っていた。

 

 しかし人間関係の問題に不得手な太刀川では効果的な手立てなど思いつく筈もなく、ただ心の片隅に留め置くに留まっていた。

 

 その迅が、太刀川でも分かる程明確に他人に入れ込むようになった。

 

 確かに迅は太刀川を師匠として七海に紹介するなどの手回しは行っていたが、彼個人が七海に歩み寄る姿勢を見せた事はなかった。

 

 それが今は、明確に七海の側を応援していると口にした。

 

 その意味は、大きい。

 

「…………まあ、七海に感化されたってのもあるけど、その時の会話をレイジさんと小南に聞かれちゃってね。二人にさんざ説教されちゃったから、俺も心を入れ替えたワケ」

「へー、そりゃ俺も見たかったな。なんで呼んでくんなかったんだよ?」

「いや無理言わないでよ。あれ見られるとか、ホント無理だから」

 

 色々醜態晒しちゃったしねー、と苦笑する迅に、太刀川は「それ気になる。詳しく話せ」と詰め寄る。

 

 珍しく見られた友人のからかいどころにテンションが上がる太刀川の肩に、ぽん、とほっそりとした手が置かれた。

 

「ん……?」

「随分楽しそうだな、太刀川。人を徹夜に付き合わせておいて、それだけの元気があるとはな」

「げっ、風間さん……っ!?」

 

 太刀川は背後を振り向き、そこにいつも通りの無表情で立つ風間を見てびくりと震えた。

 

 何を隠そう、太刀川は先日留年回避の為に課題を終わらせる為に風間に三日三晩殆ど付きっ切りで監視され、渋々課題に取り組んでいた。

 

 トリオン体になって無理やり徹夜を乗り切るという荒業でなんとか課題を終わらせた太刀川だったが、当然ながら換装を解除した瞬間寝不足でぶっ倒れた。

 

 太刀川は半日寝るとけろっと起きていたが、風間はほぼ丸一日眠ったままとなっていた。

 

 日頃のストレスの蓄積量と、心臓にどれだけ毛が生えているかの違いだろう。

 

 三上の看病でなんとか持ち直した風間であったが、太刀川へは言いたい事が山ほどある。

 

「…………まあいい、説教は後にしてやる。折角の七海の大一番だ。此処でうだうだ言って盛り下がるのは避けたい」

「お、なんだかんだ言いつつも風間さんも七海には甘いよなー」

「聞こえているぞ太刀川。後回しにすると言っただけで、お前を見逃すつもりは毛頭ないからな」

 

 後で忍田本部長と二人でこってり絞ってやる、という風間の無慈悲な宣告に、太刀川はひー、と悲鳴をあげるが部屋の入口には凄まじい形相で彼を睨む菊地原と困惑気味の歌川の姿があり、どうやら逃がすつもりは欠片もないらしい。

 

 菊地原は敬愛する風間が寝込む原因となった太刀川にかなりの悪感情を向けており、それを隠そうともしていない。

 

 太刀川の面倒を風間が見ている事自体は既に慣れたものだが、流石に一日中寝込んだとなると話は別らしい。

 

 風間の事となると菊地原はただでさえ低い沸点が異様に低くなるので、無理もない。

 

 まあ、須らく太刀川の自業自得なのであるが。

 

「しかし、太刀川じゃないがお前も変わったな、迅。前より、他人を頼るようになった」

 

 良い傾向だ、と風間は口にする。

 

 迅としては色々と自覚した後である為反論出来ず、笑って誤魔化した。

 

 そんな迅に意味深な視線を向けた風間であったが、それ以上追及する気はないのか軽く笑って会話を切った。

 

 これ以上此処で何を問い詰めても蛇足にしかならず、特に意味はないと判断したのだろう。

 

 菊地原も迅に何か言いたげな視線を向けていたが、風間がそう言うなら、と迅から視線を外した。

 

 そして、その視線は会場の方へ向かう。

 

 未だ試合は開始前である為試合映像は中継されていないが、会場の盛り上がりは見れば分かる。

 

 今回の試合は、この最終戦の後行われる合同戦闘訓練のA級昇格試験枠を争うものでもある。

 

 最低限B級上位に残れば良いが、それだけでA級に上がれるなどと考えている者はいないだろう。

 

 例年通り、B級二位以上を狙っている筈だ。

 

 暫定四位の生駒隊は獲得ポイント的に二位以上は無理があるが、上位3チームは違う。

 

 二宮隊、影浦隊、那須隊の三部隊は、その全てがこの試合次第でどう転んでもおかしくないポイント差である。

 

「…………此処まで来たんだから、ヘマはしないでよね、ホント。大事なトコでミスったら、全部台無しなんだし」

 

 ぼそりと、菊地原は彼なりのエールを七海に送る。

 

 ちなみにその言葉は隣にいた歌川にはばっちり聞かれており、歌川は微笑まし気な表情でそんな菊地原を見守っていた。

 

 

 

 

「予定通り、俺は二宮さんを釣り出しに動く。皆は、他の二宮隊────特に犬飼先輩を狙ってくれ」

 

 那須隊、作戦室。

 

 七海が改めて説明した作戦方針を聞き、那須達はこくりと頷いた。

 

「もしもくまちゃんや私が二宮さんに見つかっちゃったら、最優先で撤退、でいいのよね?」

「ああ、まだMAPも分からないが、出水さんとの訓練内容を鑑みれば俺が一番やり易いし、玲には犬飼先輩を、熊谷さんには辻先輩を相手にして欲しいんだ。適材適所、ってやつだな」

 

 ただし、と七海は付け加える。

 

「仕留める事よりも、二宮さんとの合流を阻む事を優先してくれ。特に犬飼先輩に合流されたら、ほぼ勝ち目がないと言っても良い。一人でも合流された時点で、二宮さんの両攻撃(フルアタック)が解禁されてしまうからな」

「ですね。前回の試合の二の舞になりかねません」

 

 あの時は、それ以前に勝負になってませんでしたが、と小夜子は補足する。

 

 ROUND3では当時の那須隊の弱点を東に突かれたのが最大の敗因ではあるが、同時に犬飼が二宮に早期に合流してしまったのがあまりにも痛過ぎた。

 

 護衛となる仲間がいた所為で二宮は遠慮なく両攻撃を継続出来てしまい、七海達は戦いのステージに登る事すら出来ない有様となってしまった。

 

 それを避ける為には、なんとかして合流を阻むが、分断するしかない。

 

 今回の試合の肝は、そこにあると言っても過言ではなかった。

 

「けど、これはあくまで基本方針だ。転送位置次第で色々と変わってくるし、場合によってはすぐにサブプランに切り替えるからそのつもりでいて欲しい」

 

 そうですね、と小夜子は口を開く。

 

「今回、指揮は私に一任して下さい。思考リソースをフルに戦闘に使わないと、色々と厳しそうですからね」

「ええ、任せるわ。指揮も、小夜ちゃんの方が巧いしね」

「任されました。やり切ってみせます」

 

 ふんす、と気合いを入れる小夜子を、那須隊の面々が微笑まし気に見守っている。

 

 緊張が適度に解れた為、小夜子は結果的にファインプレーをしたと言える。

 

 ふぅ、と息を吐き、小夜子は顔を上げた。

 

「後は、生駒隊がどのMAPを選んでくるか、影浦隊がどう動くか、ですね。生駒隊はあまりMAP選択権を得た事がないので、市街地系のMAPを選ぶだろうという推測しかありませんが……」

 

 

 

 

「MAPは『市街地A』でいくで。地力で真っ向勝負や」

 

 生駒隊、作戦室。

 

 普段緩い空気で駄弁っているその部屋の中で、水上は神妙な顔でそう口にした。

 

「王子隊が割と選ぶ事が多いMAPっすよね。特徴のない、典型的な市街地っすね」

「そや。とにかく、七海や那須さんに迂闊に足場を与えたらあかん事は前回でよう分かったからの。高いビルの少な目なこのMAPがええやろ」

 

 ええな? と水上は生駒に確認し、生駒はそれを聞いて頷き────。

 

「そんでええわ。ところで、こないだ迅に誘われて七海と一緒に玉狛行った時の話って、ワイもうしてたかわからん?」

「聞いてないっす!」

「ほな、話したるわ。あれはな────」

 

 ────────関係ない話を、し始めた。

 

 元より、真面目な話題を継続するなどこの生駒隊の面々では土台無理な話。

 

 何せ、隊長の生駒が率先して脱線させるのだ。

 

 既に水上も諦めの境地に達しており、隊室には「ちゃんとせえ阿呆!」と一人声をあげる真織の声が周囲の喧騒に押し流されていった。

 

 

 

 

「遂に来たな。楽しみだぜ」

 

 影浦隊の隊室で、影浦が好戦的な笑みを浮かべる。

 

 既に全員が換装を終えており、意気軒高な様子が直に伝わってくる。

 

「おっし、腕が鳴るぜ。やって貰いてー事は遠慮なく言うんだぞ。アタシが全部、世話したげっからな」

「頼もしいねー、光ちゃん」

「おう、何せ今度こそ七海と真っ向から戦り合うんだろ? ユズルもリベンジに燃えてっし、これで気合い入らなきゃ嘘だろー?」

 

 光は上機嫌で笑いながら、そう言ってがしがしと北添の肩を叩く。

 

 北添も光の好きにさせており、そんな二人を見て影浦は溜息を吐いた。

 

 光のテンションが、いつもより数段上がっている。

 

 何故そうなっているかはなんとなく分かるものの、これはこれで鬱陶しいな、と影浦は密かに思っていた。

 

「ユズルもなー。壁抜きでもなんでもやりたい事あったら言えよー? アタシがきちっとオペレートしたげっから」

「うん。お願いするよ。俺も、やれる事は全部やるつもりだからさ」

 

 ユズルは静かに、だが闘志に満ちた声でそう告げた。

 

 そんな彼を見て、北添はにこりと微笑む。

 

「ゾエさんも頑張るよ~。悔いの残らない試合にしようねー」

「違うよ」

 

 ユズルはそう言って、好戦的な笑みを浮かべ────。

 

「勝つんだ。那須隊だけじゃない。二宮隊にも、生駒隊にもね」

 

 ────堂々と、そう言い放った。

 

 そのユズルの宣言を聞き、影浦はニヤリと笑う。

 

「カカ、分かってんじゃねえか。七海も二宮も、当然生駒も。全員、ぶっ潰してやろうぜ」

「うん。やろう」

「おーおー、派手にぶっ殺して来いっ!」

「皆気合い入ってるなあ……」

 

 影浦隊はそう言って皆で笑い合い、必勝を誓う。

 

 全員、負けるつもりなど微塵もない。

 

 この大舞台で、必ず勝つ。

 

 影浦隊はその意思の下、ベストコンディションで試合に臨む。

 

 

 

 

「時間だ」

 

 そして、それはこちらも同じ。

 

 二宮隊の隊室で、その場に揃ったチームの面々を前に二宮は告げる。

 

「行くぞ」

「ええ」

「はい」

 

 長々とした確認は要らない。

 

 気合いを改めて入れる必要も、意思を統一する手間もない。

 

 ただ、隊長の意思の下に普段通りに勝利を掴む。

 

 それが、二宮隊。

 

 B級最高位に位置する、トップチーム。

 

 二宮自身の思惑はどうあれ、隊としてやる事に変わりはない。

 

 常勝。

 

 それこそが、二宮隊なのだから。

 

 ────────役者は揃った。

 

 意思も、決意も固まっている。

 

 敢闘賞など、誰も望んではいない。

 

 勝利を。

 

 ただそれだけを求め、四つの部隊が戦場へ向かう。

 

 最終戦が、始まろうとしていた。





 最終ROUNDだ!

 最終戦なんでちょいと気合い入れて各々の描写を。

 丁度本誌も最終ROUNDが最高の結末で終わったので、それに負けない盛り上がりを見せられるよう頑張ります。

 オッサムみたいな自分の弱さを利用する真似はうちでは出来ないので、うちはうちなりのやり方で挑ませます。

 こうご期待。

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