痛みを識るもの   作:デスイーター

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最終戦、開始

 

「さあ、皆さん。遂にこの時がやって来ました。今、B級ランク戦の最終戦が始まろうとしています」

 

 実況席でマイクを握るのは、武富桜子。

 

 ランク戦実況というシステムを提唱した張本人であり、オペレーター(本業)よりも実況に全てを注ぎ込んでいるんじゃないかという噂の女傑。

 

 その彼女が、緊張と興奮の入り混じった表情で会場を見回した。

 

 ランク戦の会場は、超満員。

 

 観客席には所狭しと隊員達が詰めかけており、普段よりも正隊員の数が多い。

 

 それもB級隊員だけではなく、A級隊員の姿もそれなりの数見られている。

 

 この観客の数と質は、この試合に対する期待の表れだ。

 

 これまでB級上位のトップに君臨し続けてきた二宮隊と、それに追随する順位をキープし続けてきた影浦隊。

 

 生駒旋空という必殺技を持つ生駒率いる生駒隊に、今期凄まじい勢いで駆け上がってきた台風の目である那須隊。

 

 どのチームもこれまでにハイレベルな試合を展開しており、今期は今までとは違うと専らの噂だ。

 

 特に、那須隊の注目度は尋常ではない。

 

 今期入隊した七海を除き女子で構成された元ガールズチームという事でそこそこ名が知れていた隊ではあるが、あくまでそれは女子が集まった華やかな部隊として。

 

 前期までは、彼女達が上位のトップ争いをするまでになるとは誰も思わなかったであろう。

 

 七海というピースがかちりと噛み合った那須隊は、強い。

 

 彼の入隊を契機に、那須隊の面々は変わった。

 

 変化を恐れず新たな戦術を試行し、それを己のものとしてB級上位に相応しい安定感のあるチームへと変貌した。

 

 その那須隊が戦う、最終戦の実況。

 

 これで気合いが入らなければ、嘘というものだ。

 

「実況は私、武富桜子が。そして解説は、昼に激戦を終えたばかりの王子隊の王子隊長と蔵内隊員────」

「よろしく」

「よろしく頼む」

 

 桜子に紹介を受けた王子と蔵内が短く挨拶をして、更に桜子は最後の一人に声をかける。

 

「────玉狛第一の、木崎隊長にお越し頂きました」

「今日はよろしく頼む」

 

 玉狛第一の隊長にして、ボーダー唯一の『完璧万能手(パーフェクトオールラウンダー)』。

 

 木崎レイジ。

 

 その彼が、椅子に座って堂々と腕を組んでいた。

 

 他二人の開設者が割と線の細い王子達である事もあり、レイジの筋肉の威圧感が半端ない事になっている。

 

 そんなレイジと共にいるのが学生服っぽい隊服の王子と蔵内である為、何処か学校の応援団じみた印象を受ける。

 

 レイジが学ランを着れば、パーフェクトだろう。

 

 何がとは言わないが。

 

「さて、昼に弓場隊及び香取隊と激戦を繰り広げた王子隊ですが、そちらの試合は如何だったでしょう?」

「うーん、そうだなあ。弓場隊の強さは勿論だけど、香取隊の成長ぶりにも驚いたね」

 

 王子は桜子から話を向けられると、指をピン、と立てて説明を始める。

 

「今回もMAP選択権を貰えたから、僕達は『市街地C』を選んだんだ」

「『市街地C』というと、高低差のある市街地のMAPで狙撃手有利とされる地形ですよね? 王子隊には狙撃手がいないのに、何故そこを選んだんでしょう?」

「唯一の狙撃手であるトノくんの、動きを制限する為だよ」

 

 まず、と前置きして王子は告げる。

 

「僕達と香取隊、弓場隊の中で狙撃手がいるのは弓場隊だけだ。そしてトノくんは、隠密に優れた狙撃手だ」

「普通なら、隠密に徹した外岡を発見するのは難しい。だが」

「敢えて高低差のハッキリしたステージを選ぶ事で、トノくんの潜伏場所を限定したというワケさ」

 

 言うなれば、逆転の発想だ。

 

 狙撃手は、隊に在籍しているだけで一種のアドバンテージだと言われる程にランク戦では重宝される。

 

 点を取らなくてもただ狙撃手が潜んでいるというだけで、相手に常に狙撃を意識させて動きを鈍らせる事が出来るからだ。

 

 更に高所に陣取ればスコープ越しにMAPを見回して対戦相手の位置なども掴めてしまう為、隠れる事に徹した狙撃手ほど厄介なものはない。

 

 だが、『市街地C』は高低差のハッキリしたMAPであり、上を取れれば狙撃手が有利になる。

 

 しかし逆に言えば、狙撃手を上を()()()()()()()()為、外岡の潜伏場所は大分限定されるのだ。

 

 王子は狙撃手に有利なMAPを敢えて選ぶ事で、外岡の位置特定をし易くしたワケだ。

 

「まあ、その作戦は弓場さん────というかカンダタにはバレバレだったけどね」

 

 僕もその上で作戦を立てたし、と王子は告げる。

 

「開き直って上を取ればそこを獲りに行くつもりだったし、トノくんが位置を特定されるのを嫌って上を取らなければその分追い立て易くなる。どちらに転んでも良い作戦、だったんだけど────」

「────上から狙撃して来る外岡を仕留めに来た俺達を、弓場さんが待ち構えていたんだ」

 

 蔵内はそう言い、簡単に説明する。

 

「俺は奇襲に繋げる為、サラマンダーを使ったんだ。けど、弓場さんは俺のサラマンダーをバイパーで迎撃してしまったんだ」

「爆破の威力を取る為にそこまで細かくは分割しなかったのが、仇となった形だね。これは単純に僕の指示ミスだよ」

 

 狙撃手を炙り出す為にサラマンダーを使用した蔵内であったが、爆破の威力を優先しそこまで多くは分割していなかった為、弓場のバイパーで迎撃されてしまったのだ。

 

 ある程度の反撃は覚悟していたつもりだったが、まさか全弾落とされるとは思っていなかった蔵内である。

 

 隙が出来たのも、無理からぬ事と言えるだろう。

 

「いや俺が────────まあ、この話は後だ。ともかく、弓場さんに迎撃されて奇襲は失敗した。しかも、帯島と神田も近くで待ち構えていたんだ」

「カシオが裏を周って挟撃の形に出来なかったら、あのまま全滅していただろうね。策を仕掛けたつもりが、逆に利用されてしまったんだ」

「成る程。ではその後はどうなったんですか?」

 

 桜子に問われ、王子は顔に手を当て答える。

 

「全員で、バッグワームで隠れたんだ。まともに戦うと分が悪そうだったから、乱戦が起きたら介入して点を掻っ攫う為にね」

「弓場隊と香取隊がぶつかった時に介入してなんとか若村と神田は落とせたんだが、香取隊の仕掛けたワイヤーにはまってしまってな。俺が香取に、王子が弓場さんにやられてしまった」

「残ったカシオは様子を見て撤退を決めて、後は弓場隊と香取隊の戦いになったんだけど、なんとミューラーがトノくんを倒しちゃってね。香取ちゃんはオビ=ニャンを倒して、弓場さんに落とされた。それが試合の顛末かな」

 

 最終ポイントは、弓場隊に生存点が入り弓場隊が5点、香取隊が3点、王子隊が2点。

 

 勝者は弓場隊となったが、香取隊が三点をもぎ取ったのは大きかった。

 

「実際に相対すると、ワイヤーがあそこまで厄介だとは思わなかったね。ワイヤー機動を得たカトリーヌの動きは、別物だったよ」

「次戦う時があれば、とにかくワイヤー地帯を作られる前に落とすか、ワイヤーをメテオラで吹き飛ばしたいところだな」

「成る程成る程、ありがとうございました。そちらもまた、激戦だったようですね。直接見れなかった事が悔やまれます」

 

 桜子はそう言って王子達の話を締め括り、コホン、と咳ばらいをした。

 

「では王子隊長は、この試合をどう見ますか? ぶっちゃけ、何処が勝つでしょう?」

「普通に考えれば、二宮隊だろうね。二宮さんは色々と規格外だし、隊としての完成度も図抜けている。普通に考えれば、よほど良い条件でもない限りは二宮さんを落とせる筈がない」

 

 二宮は、生きるMAP兵器に等しい存在だ。

 

 ただトリオンの暴威を振りまくだけで相手は叩き潰され、反撃すら許さない。

 

 圧倒的なトリオンにかまけた絶え間ない射撃の雨は、大抵の相手を鏖殺して余りある。

 

 しかも犬飼と辻が脇を固める所為で、隙らしい隙も皆無。

 

 普通に考えて、成す術がない。

 

「しかし、二宮とて完全無欠というワケではない。逆に圧倒的な脅威だからこそ、明確な対策が取られている筈だ」

 

 それに反論したのは、誰あろうレイジである。

 

 レイジは表情を変えぬまま、淡々と呟く。

 

「二宮の暴威を、那須隊は身を以て知った筈だ。ならば、その対策を用意していないとは考え難い」

「ふむ、レイジさんはシンドバット達に明確な二宮さんメタがあると考えているんですね。それは、身内だから?」

「ノーコメントとさせて貰おう」

 

 だが、とレイジは続ける。

 

「此処数日、隊員複数名の協力を経て何らかの訓練を行っていた事は確かだ。対策パターンは幾つか考える事が出来るが、今言うのは野暮だろう」

「成る程、確かにね」

 

 王子はレイジの返答に満足し、にこりと笑いかけた。

 

 正直な話、二宮対策となるとまず「出会わないようにする」か「徹底的に逃げ回る」くらいしか思いつかないのだが、どうやらレイジはそれ以外に何らかの心当たりがあるらしい。

 

 しかし彼の言う通り、此処でその内容を言っては興ざめも良いところなので、自粛したというワケだ。

 

「ふむふむ、当然の事ながら二宮隊と那須隊の動向には要注目、という事ですね。影浦隊と生駒隊はどうでしょう?」

「影浦隊はいつも通り、と言いたい所だけれど────────最近の影浦隊は、これまでに輪をかけて厄介になったと言って良い」

「ただ暴れるだけだったのが、ある程度戦術的な行動も視野に入れて動いていますからね。やられる方としてはたまったものではないでしょう」

 

 影浦隊もまた、ROUND3で那須隊が勝てなかった部隊であるが、二宮隊とは異なり茜がユズルを落とす事で一矢報いる事が出来ていた。

 

 それ以降、影浦隊の動きは明確に変わってきている。

 

 影浦の強みである攻撃力を殺さない範囲で、戦術的行動を取るようになってきたのだ。

 

 北添が開幕適当メテオラをして彼を狙いに来た隊員を影浦が返り討ちにしたり、狙撃手の位置を炙り出して影浦がそれを落としに行く、なんて戦術も見られた。

 

 影浦の強みである自由な動きを阻害せず、そしてチームにきちんと貢献出来る戦術。

 

 今の影浦隊は、それを取り入れている。

 

 しかも毎回使ってくるワケではなく、場合によっては今までのように好きに暴れたりもしている為、予測がし難く対策が難しい。

 

 妙な肩肘を張らず、無理なく影浦を活かすその戦術の恩恵もあってか、二宮隊に負けないペースで得点を重ね続けた。

 

 ただでさえ凶悪だった影浦隊の攻撃力は、更に磨きをかけられていると言って良いだろう。

 

「生駒隊は、まあいつも通りじゃないかな」

「だな」

「えーと、その……」

「ああ、ごめんごめん。いつも通りというか、臨機応変と言うべきだね」

 

 数秒でざっくばらんな解説をした王子は、その内容に怪訝な顔を向ける桜子を見て素直に謝罪した。

 

 幾らなんでも、色々と端折り過ぎであった。

 

「言うまでもなく、生駒隊は部隊全員が満遍なく能力が高い。エースの生駒さんは勿論、みずかみんぐやおっきーも中々侮れない相手だ」

「南沢も、近接戦闘能力は結構高いしな。マスタークラス寸前まで行ったらしいし、油断は出来ないぞ」

 

 二人の言う通り、生駒隊はとにかく()()が高い。

 

 生駒隊で最も有名なのは隊長の生駒が放つ『生駒旋空』であるが。隊員も粒揃いが揃っている。

 

 水上はエースの生駒に代わって指揮を執り、的確な采配でチームを勝利に導くバランサーだ。

 

 隠岐は居場所特定を辞さない強気な狙撃と冷静な判断力が武器であり、グラスホッパーを使う変わり種の狙撃手として大いに活躍している。

 

 色々と迂闊な所があるにせよ、南沢もまた近接の攻撃力は結構高い。

 

 大抵の攻撃手相手なら、それなりに圧倒出来るだろう。

 

 抜けている所が目立つだけで、実力自体は相当に高いのだから。

 

「さて、そろそろだな」

「ええ、そろそろですね」

 

 桜子とレイジが、口々にそう告げる。

 

 それは、ゴングを鳴らす合図。

 

 この最終戦を始めるにあたっての、最後の確認。

 

「始まるね」

「ああ」

 

 王子と蔵内も、そう言ってごくりと息を呑む。

 

 泣いても笑っても、これが最後。

 

 今期のランク戦を締め括る、ラストゲーム。

 

 …………今まで、たくさんの戦いがあった。

 

 落とし、落とされ。

 

 勝ち、そして負け。

 

 数々の戦いを経て、遂に此処まで辿り着いた。

 

 感慨もあるだろう。

 

 感傷もあるかもしれない。

 

 だが。

 

 だが。

 

 既に、この地は戦場。

 

 夢が叶うかどうかは、全てその実力次第。

 

 この戦いに、敢闘賞はない。

 

 あるのはただ、純然たる力と結果のみ。

 

 故に、全霊を尽くす。

 

 後悔のない、一つの結果を残す為に。

 

「さあ、B級ランク戦第八────最終ROUNDッ! 全部隊、転送開始ですっ!」

 

 桜子が高らかに開始の合図を告げ、機器を操作する。

 

 四つの部隊全ての隊員が今、戦場へと送り込まれた。





 色々悩みましたが、解説はこのキャラ達でやります。

 頭の中で色々噛み合ったのでね。

 焦らしにじらした最終ROUND、開始です。

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