「おーっと、犬飼隊員に追い詰められた熊谷隊員の下に、七海隊員が到着……っ! 犬飼隊員は一転、2対1の不利を強いられた……っ!」
桜子の実況と共に、会場が沸き上がる。
絶体絶命の熊谷のピンチに駆けつける七海という構図は、傍から見るととてもヒロイックだ。
相手がある意味因縁の相手である犬飼である事もあり、盛り上がる要素としては充分だろう。
「成る程、そういう事か。確かにこれは、
王子はそう言うとちらり、とレイジを見て笑みを浮かべる。
「前回は逃げの一手、防戦一方だったのが、ベアトリスが善戦して粘れるようになった事でシンドバットが来るまでの時間を稼ぐ事が出来た。これはまさしく、成長の成果と言うに相応しいだろう」
「そういう事だ。これは個人戦じゃない、チーム戦だ。極論、1対1で相手に勝つ必要はない。如何にして
「耳が痛いね。確かに、少々先入観が過ぎたようだ。前回も前々回も、それでやられたと言うのにね」
王子はそう言って、思わず苦笑する。
1対1で勝つ必要はなく、必要な点が取れれば良い。
自分一人で勝てなくても、勝てる状況を作り出せば良い。
それは常日頃から、王子自身が言っている事だ。
ROUND7で今の那須隊の地力の高さを散々見せつけられた所為か、「熊谷が犬飼に勝てるかどうか」だけで論じてしまった。
前回の熊谷の大立ち回りを後から試合ログで見た影響もあるかもしれないが、またもや余計な先入観を持っていたらしい。
それだけ那須隊の心理誘導が巧みだとも言えるが、策士を称するからにはこの思い込み癖は直した方が良いだろう。
データを分析するのは重要だが、戦場とは生ものだ。
イレギュラーなど、起きて当たり前。
重要なのは、先入観を持たず、臨機応変に立ち回る事。
それこそが、肝要である。
(僕とした事が、二度も負けて意地になっていたのかもしれない。負けず嫌いではあると自覚しているけど、これ以上
王子はそう自省し、それを確認したレイジも試合映像に目を向け直す。
今やるべきは、解説と実況。
引き受けたからには、最後までやり抜くだけだ。
「でもこれは、もしかすると影浦隊同様那須隊も相手を釣り出す目的でいたのかな? 丁度、二宮隊の二人がそれぞれ釘付けになっているし」
「その可能性は高いだろう。那須隊は、今までも釣りの戦術を幾度か用いている。一見狙い易そうな熊谷を囮にする作戦も、用意していてもおかしくはない」
確かに、これは那須隊どころか影浦隊や生駒隊にとっても都合の良い展開だ。
この試合で一番警戒しなければならないのは、二宮隊の合流。
二宮隊は個人個人がマスタークラスの到達者という実力派揃いで、個々に動いても勿論強いがその真価は合流した後にこそある。
一人が二宮の護衛を担当し、もう一人が露払いをすれば、二宮は何の憂いもなく
そうなってしまえば、試合は二宮が全てを蹂躙し尽す
全部隊が避けなければならない、最悪の展開と言える。
ROUND3も、結局二宮隊の合流を許してしまったが故に彼等に勝利を掻っ攫われてしまったようなものなのだから。
だが、今犬飼と辻はそれぞれ那須隊と影浦隊相手に釘付けにされている。
しかも、2対1という不利を背負って。
片や七海と熊谷、片や影浦と北添。
どちらも、一筋縄で行く相手ではない。
第三者の介入がない限り、犬飼達の不利は否めないだろう。
「では、この展開は二宮隊が劣勢、と見て良いのでしょうか? 矢張りトップチームなだけあって、警戒度も相応に高かったようですね」
「ああ、確かにしてやられた事は事実だ。二宮隊としては、あまり好ましくない展開ではあるだろう」
けど、と王子は告げる。
「────警戒して対策した程度で崩せるような部隊が、B級のトップに君臨し続けていられると思うかい? 二宮隊が怖いのは、此処からだよ」
「────メテオラ」
大きく跳躍した七海の掌に、巨大なトリオンキューブが出現する。
七海はそれを27個に分割し、射出。
地上にいる犬飼に、爆撃の雨が降り注ぐ。
「おっと」
しかし、犬飼はそれを冷静に対処。
シールドを張る────────のではなく、銃撃でメテオラを迎撃するという形で。
27個に分割され狙い難くはなっているが、それでも元の大きさが元の大きさだ。
犬飼程の銃手が、早々撃ち漏らしなどする筈もない。
結果、27個のメテオラは全て撃墜され、その爆破が地上に届く事はなかった。
「ハウンドッ!」
だが、此処にいるのは七海だけではない。
熊谷もまた、ハウンドを生成し射出する。
「甘いよ、誘導設定」
「……っ!」
弾道からそのハウンドの誘導の強弱を見切った犬飼は、集中シールドでそれを防御。
誘導設定を強めていた熊谷のハウンドは、全てシールドに吸い込まれるようにして受け止められる。
そして犬飼は、あろう事かそのまま熊谷へ接近。
至近距離で、犬飼の銃撃が炸裂する。
「く……っ!」
まさか接近して来るとは思わなかった熊谷だが、すぐに気付く。
この距離では、七海がメテオラを撃ち込めない。
七海の高トリオンのメテオラでは、今犬飼を狙えば熊谷を巻き込んでしまう。
犬飼はそれを狙って、敢えて攻撃手相手に接近するという大胆な手を取った。
言葉にしてみれば合理的な、しかし銃手が攻撃手に接近するという不合理。
しかし、それをやってのけるからこそB級一位部隊の銃手なのである。
改めて目の前の少年の厄介さを噛み締めた熊谷は、即座にシールドを展開。
シールドで銃撃を受け止め、そのまま弧月一閃。
犬飼の、首を狙う。
「危ないな、もう」
だが、犬飼はそれをしゃがみ込む事で回避。
そして、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべる。
「────ハウンドは、こう使うんだよ」
「……っ!」
そして、しゃがみ込んだ犬飼の背後には無数のトリオンキューブが浮遊している。
その正体に気付いた熊谷はシールドを張り直すが、一歩遅い。
犬飼のハウンドが、その牙を突き立てる。
「おっと」
「────」
────────しかし、その牙が熊谷に突き立てられる事はなかった。
熊谷の前に降り立つ、一つの影。
上空から降下した七海が、シールドでそれを防御したからだ。
確かに、接近戦を行えば七海によるハウンドの援護射撃は使えなくなる。
けれど、
銃手が本職の犬飼にとっては、得手とする距離とは言えない。
奇策は、相手の意表を突くからこそ意味がある。
相手に知られた奇策など、ただの愚策と変わらない。
犬飼はその飄々とした見た目や言動とは裏腹に、戦いに置いては堅実を旨とする男である。
その男が、明確なリターンもない賭けになど乗る筈もない。
「ま、いっか。割ときついけど、取り敢えず時間は稼がせて貰うよ」
犬飼はニヤリと笑みを浮かべ、突撃銃を構え直す。
窮地の筈の状況を楽しむかのようなその言動は、常と変わらず。
しかし明確な戦意に満ちた、凄みを醸し出していた。
「おらぁ!」
影浦は咆哮と共に、腕を一閃。
その腕から延びるスコーピオンが────────マンティスが、獲物を斬り裂かんと鞭のように踊り狂う。
「────」
辻はその不規則な起動の斬撃を、弧月で叩き斬る事によって破却。
そのまま旋空を撃ち出し、影浦の銅を狙う。
「ハッ、見え見えだっつのっ!」
しかし、攻撃が来る事を
そのまま家屋の壁に向けてマンティスを撃ち込み、ワイヤー機動の要領でそれを引き寄せ跳躍。
辻の背後を取り、再びマンティスを振るう。
そして、この場にいるのは影浦だけではない。
北添もまた、突撃銃の引き金を引く。
影浦が辻の背後に回った為彼を誤射してしまいそうな位置取りではあるが、影浦に限って誤射の心配はない。
その
故に、七海同様乱戦に飛び込んでも流れ弾で落ちる可能性は非常に低い。
前門の銃撃、後門の斬撃。
その両方を凌がなければ、辻は此処で落ちる。
だが。
だが。
果たして、この程度で落ちるような相手がB級トップ部隊でやっていけるのか。
答えは否。
確かに、二宮や犬飼と比べれば辻は目立たないだろう。
自己主張も少ない為、その実力の程は実際に戦うまで分からない事が多い。
しかし、辻は仮にもB級トップチーム二宮隊唯一の前衛。
この程度の苦境は、跳ね除けて然るべき。
コンマ数秒の、逡巡の後。
辻は、意を決して迎撃を放つ。
「────────旋空弧月」
旋空、一閃。
その一撃により、影浦のマンティスは両断され破砕。
北添の突撃銃も、その銃身が真っ二つに斬り裂かれる。
銃撃は、銃身が壊れた事で不発。
斬撃も、刃が破断された事で停止。
旋空一つで、辻は二人がかりの同時攻撃を凌ぎ切った。
「あらら」
「チッ」
北添は突撃銃を再構成し、影浦はマンティスを再展開しながら辻と対峙する。
こちらもまた、すぐには決着が付く様子は見られなかった。
「こ、これはっ! 犬飼・辻両隊員、2対1の苦境を機転によって凌ぎ切る……っ! B級トップチームの高い実力を見せつけた……っ!」
「ま、彼等ならこれくらいはやるだろうね」
王子はそう言って、笑みを深めた。
会場内は犬飼や辻の予想以上の戦いぶりを見て、大盛況である。
王子の隣に座る蔵内も、目を丸くして映像に見入っていた。
「犬飼もそうですが、辻も相当ですね。銃手の援護付きの影浦と戦っているにも関わらず、一歩も退く様子がない。流石、マスタークラス攻撃手といったところでしょうか」
「それだけ、二宮隊の地力が高いって事さ。二宮隊は、全員がマスタークラス。この事実は、想像しているよりずっと重い。実力者を含む2対1とはいえ、簡単に倒せる相手でない事は確かだ」
そう、何も二宮隊は二宮だけのチームではない。
隊全員がマスタークラスという事は、個々人の練度もまたトップクラスという事。
二宮と合流している時はサポートに徹する二人ではあるが、マスタークラスの隊員なのだから単騎でも強いのは当たり前だ。
しかも機転の利き具合も図抜けており、その場その場での対応がとても巧い。
地形や自分の手札を最大限に活用し、2対1の劣勢でも互角に立ち回っている。
これが、トップチームの力。
戦術だけではなく、個々人でも高い戦闘力を併せ持つハイレベルチーム。
それが、二宮隊。
B級トップに君臨し続ける、王者のチームだ。
「それに、時間は充分稼げた。レイジさんの言う通り、ランク戦は自分で相手を倒す必要はない────」
王子はそう告げ、意味深な笑みを浮かべる。
「────倒せる状況を作れば、それで勝ちだ」
「……っ! 熊谷っ!」
「わっ!?」
────────
横抱きにした熊谷を抱きかかえながら、上空へと退避する。
そして、その直後に空から無数の光弾が降り注ぐ。
「あれは……っ!」
「ハウンドか。なら……っ!」
それをハウンドだと判断した七海は、グラスホッパーを連続展開。
ジグザグな軌道で空中を駆け、ハウンドの追跡を振り切らんとする。
「な……っ!? 違う、あれは……っ!」
「合成弾……っ!?」
だが、通常ならば振り切れる筈のそれは、尚も二人を追い縋る。
その光景は、まるで群れを成して獲物に襲い掛かる蜂のようであった。
そう、これは
正確には、ただのハウンドではない。
ハウンドを二つ掛け合わせる事で生まれる、合成弾の一種。
────────
それが、今七海達を追い立てる弾丸の名。
「く……っ!」
七海は咄嗟に近くの家の窓を突き破り、その中へ転がり込む。
ホーネットはその大部分が家屋に着弾し、その外壁を粉砕する。
そのまま家の中を駆け抜け反対側の窓を突き破った七海は、熊谷と共にその先の路地へ着地する。
なんとか弾の追跡を振り切った二人であったが、その顔色は優れない。
あの弾数、あの威力の合成弾を扱う者など、一人しかいない。
二宮匡貴。
難攻不落の、二宮隊の不動のエースにして射手の王。
今のホーネットが、その存在を雄弁に語っている。
即ちそれは、この場が彼の射程内に収まっている事を意味していた。
二宮隊、全員がマスタークラスって改めて考えると凄まじい。
個々人の技量や判断能力が総じて高く、二宮に至ってはMAP兵器同然。
B級上位、レベル高過ぎ。
いやまあ、二宮隊は元々A級なんだけどね。ランク詐欺此処に極まれり。