「此処で二宮隊長の合成弾、ホーネットが炸裂……っ! 七海・熊谷両隊員は一時撤退を余儀なくされた……っ!」
桜子の実況が響き渡り、歓声が響く。
隣に座る王子は意味深な笑みを浮かべており、蔵内は目を丸くしていた。
「これは、個人的にも驚きですね。二宮隊長がホーネットを使った事もそうですが、護衛のいない状態で合成弾を使うなんて」
「二宮さんは、合成弾を使う時は大体味方が傍で護衛してたからね。まだ狙撃手も三人残ってるっていうのに、流石の胆力と言うべきか」
王子達の言うように、二宮はランク戦で合成弾を使う場合、必ず隊員に護衛を任せていた。
理由は簡単で、そうしなければリスクが高過ぎるからだ。
確かに二宮はトリオン強者であり、シールドの強度もボーダートップクラスだ。
だが、どんなにトリオンが多くとも、トリオン体それ自体の
どんな低威力の攻撃だろうが、シールドも張らずに直撃すればただでは済まない。
そして、合成弾を使う場合は強制的に
その隙を突かれてしまえば、二宮でさえあっさり落とされる事も充分有り得る。
合成弾は確かに強力だが、その分デメリットも大きい。
特に、狙撃手が三人も生存し尚且つ居場所が割れていない現状ではそのリスクはかなり高いのだ。
那須の場合は気軽に合成弾を使っているように見えるが、彼女の場合はその突出した機動力により常に回避機動を取り相手を攪乱しながら使用している。
つまり、合成中無防備になるという弱点に対する彼女なりの解答を出しているという事だ。
二宮の場合、その解答は「味方に護衛させる」という無難で堅実なものであるのだが、今回はそれを逆手に取って意表を突いた形となる。
「弾丸が見えた時点で、シンドバット達はそれを二宮さんのハウンドだと考えた筈だ。となれば、取れる手は逃げの一手。一度二宮さんの弾幕に捕まれば、固められてお終いだからね」
けど、と王子は続ける。
「その思考を逆手に取り、二宮さんはホーネットを使用した。予想外の合成弾の使用でシンドバットはあの場から大きく動かざるを得なくなり、結果として澄晴くんのマークが外れた」
「十中八九、それが二宮の狙いだろうな。あのホーネットは相手を仕留める為ではなく、犬飼をあの場から離脱させ自身と合流させる為のものだろう」
そう、それこそがあの場面で二宮がリスクを冒してまでホーネットを使用した理由。
全ては、犬飼を七海達から逃がし自分と合流させる為。
確かに犬飼は七海達相手に善戦していたが、あの状況が続けば最後には落とされていた筈だ。
二宮隊としては、犬飼が落ちる展開は可能な限り避けたい所。
だからこそ、二宮は合成弾という手札を切ってまで犬飼をレスキューしたのだ。
何せ、犬飼と合流するだけで二宮隊の勝率が一気に跳ね上がるのだ。
ROUND3の時のように犬飼が付きっ切りで二宮を護衛し、二宮が
一度その陣形が出来上がってしまうと、形勢を覆すのは一気に難しくなる。
それこそ、二宮以上のトリオン量の暴威でも持ってくれば話は別だが、今現在そんな隊員は存在しない。
ボーダートップクラスのトリオン量を持つ二宮の二倍以上のトリオン量を持つ者など、それこそ黒トリガーのブーストでも受けなければまず有り得ないのだから。
「ともかく、ホーネットを撒く為に結構な距離を空けてしまったのは確かだ。シンドバットなら追いつけるかもしれないが、それは二宮さんの射程内に入る事と同義だ」
「だが、放置すれば犬飼と二宮の合流を許してしまう。悩ましい所だな」
追えば、二宮の弾幕が雨あられと襲ってくる。
留まれば、犬飼と二宮が合流し圧倒的な不利に立たされてしまう。
どちらにしろ、リスクが大きい。
今後の劣勢を度外視して放置するか、リスクを覚悟で突撃するか。
二つに一つ。
悩む時間はない。
追うのであれば、すぐにでも動かなければ手遅れになる。
決断の、時だ。
「この選択で、今後の展開がかなり違ってくるだろう。だが、恐らく────」
『────七海は必ず追ってくる。合流まで生き残れ』
「犬飼了解」
二宮からの通信を受け、犬飼はそう即答した。
その間も足は止めず、二宮との合流地点まで全速力で疾走している。
七海が追って来ると、確信しているが故に。
この状況、犬飼が二宮と合流する事を、那須隊は何としてでも防ごうとするだろう。
何せ、前回戦ったROUND3では犬飼と二宮の合流を許してしまったが為にあそこまでのワンサイドゲームになってしまったのだから。
前回の二の舞は、何が何でも防ぎたい筈だ。
『俺も適宜援護しながらそちらへ向かう。七海達の姿が見えたら教えろ。だが』
「ええ、出来るだけ自力で捌きます」
『ならいい』
そして、この状況下では実は二宮の援護を全面的に当てにするワケにはいかない。
実のところ、二宮のいる位置は此処から結構離れている。
射程をチューニングして届かせただけで、割と限界ギリギリの距離で撃っていたのだ。
更に、先ほどと違って合成弾や両攻撃は使えない。
先ほどはまだ二宮の位置が把握されなかったから出来た事であり、あのホーネットによって二宮の位置は既に割れている。
位置が割れている以上、両攻撃を使った瞬間を狙撃手が見逃す筈もない。
那須隊の茜、生駒隊の隠岐、影浦隊のユズル。
誰も彼も、高い技量と判断力を備えた狙撃手だ。
茜は戦術方面は拙いが、その場その場の咄嗟の判断力や機転はかなり高い。
戦術に関しては、オペレーターの指揮があれば事足りる。
任された仕事をやり遂げるという狙撃手にとって重要な資質を、茜は持っているのだ。
隠岐は見た目に反して中々にクレバーな視点を持っており、チャンスを逃すような性格でもない。
ユズルの狙撃の腕は言わずもがなであり、ある意味最も警戒しなければならない相手だ。
そんな三人が、二宮の隙を狙わない筈がない。
幾ら二宮でも、無防備な状態で急所を射抜かれれば一発で落ちる。
故に、今の二宮は常に片手を空けなければならない。
二宮の暴威の象徴である両攻撃は、今は使えないのである。
だからこそ、犬飼はある程度自力で七海達の追撃を凌ぎ切らなければならない。
(けど、逆に言えば凌ぐ事さえ出来れば二宮さんと合流出来る。割と離れてはいるけど、俺はともかく二宮さんの足止めなんて出来っこないし、俺が頑張ればギリギリ行ける筈)
腕とかもげるかもしんないけどねー、と犬飼は心の中で呟いた。
確かにきつい状況ではあるが、凌ぎさえすれば二宮と合流して必勝陣形が完成するのだ。
それさえ出来れば、極論犬飼は致命傷さえ追わなければそれで良い。
二宮の傍でシールドを張る役目に徹する事さえ出来れば、後は二宮の両攻撃で鏖殺出来るのだから。
「お、来た……っ! 二宮さん、七海です」
『了解した』
そして案の定、空から無数のトリオンキューブが降り注いできた。
あの大きさからして、まず間違いなく七海のメテオラ。
先ほどと同じように銃撃で撃ち落とそうとして、気付く。
視界の端。
上空を飛ぶように跳躍する七海の元から、一つの影が降下した事に。
「あ、やべ」
降下して来る影の正体に気付き、犬飼は目を見開いた。
その影は、熊谷友子は。
大上段に弧月を振りかぶり、勢いよくそれを振り下ろす。
「……っ!」
それに気付き、犬飼は迫りくるメテオラに向けてハウンドを放ち、同時に熊谷へ銃口を向け引き金を引く。
「────旋空弧月」
────────旋空、一閃。
上空でのメテオラの起爆と同時に振り下ろされた旋空の一撃は、犬飼の右手首と右足を叩き斬った。
熊谷へ向けられた銃撃は、シールドによって防がれた。
シールドこそボロボロになったが、熊谷本人は無傷。
右手に携えていた突撃銃が、手首と共に宙を舞う。
だが。
だが。
あの犬飼が、こんな痛手を受けてただで終わらせる筈もない。
犬飼は宙を舞う突撃銃を、左手で曲芸のようにキャッチ。
そのまま、熊谷に向けて銃弾を叩き込んだ。
「ぐ……っ!」
度重なるアステロイドの連射で、熊谷のシールドは破砕。
貫通した弾丸が、熊谷の右足を蜂の巣にする。
致命傷となる胸部や頭部ではなく、足を狙ったのはそちらの方が急所よりも警戒が薄く、機動力を確実に削れるからである。
一撃で致命傷となるトリオン供給脳とトリオン供給機関は、最も攻撃を警戒しなければならない箇所である。
急所さえ守れば行動可能なトリオン体において、そこを重点的に守るのは間違っていない。
しかし、だからこそ犬飼の足狙いを気付けなかった。
正確には、気付くのが一歩遅れた。
今の攻防で両者は、互いに
だが、その思考に捉われていた熊谷と違い、犬飼はいち早く今後の展開を鑑みて足狙いに切り替えた。
被弾を前提としていたのは両者共に同じであるが、思考の切り替えが早かったのは犬飼である。
だからこそ、こうして熊谷にも足を削るという痛打を与える事が出来たワケである。
経験と、機転の差。
それが、顕著に表れた結果と言えた。
「ま、いいか。最低限の目的は果たしたしね」
けれど、それをどう感じるかについては話は別である。
元より、熊谷はある程度の損耗を前提で犬飼に仕掛けたのだ。
致命傷にならなかっただけマシと考えれば、悪くない結果ではある。
最初から、熊谷の目的は犬飼の足止め。
それが叶った以上、予想外のダメージを受けようが構わない。
反省は後として、熊谷は即座に思考を切り替えた。
「やってくれるじゃないの。前回のお返しかな?」
「まあ、意趣返しを考えなかったかと言われれば嘘になるけどね。前回無様を晒しちゃった分、きっちりやるつもりよ」
「成る程、随分逞しくなったね」
逞しいは誉め言葉じゃないでしょ? とぼやく熊谷を見ながら、犬飼は周囲を見回した。
そして、疑問符を浮かべる。
七海が、仕掛けてこない。
メテオラも、グラスホッパーによる三次元機動も、何もない。
てっきり、熊谷がダメージを与えた犬飼相手に追い打ちを仕掛けてくるものとばかり考えていたが、一向に七海が姿を見せる様子はない。
「……っ!? もしかして……っ!」
犬飼は、気付く。
先ほど、熊谷を上空から降下させた後、とうの七海は
あの時、七海はかなりのスピードで空を駆けていた。
一度も、止まる事なく。
迂回して奇襲して来るのかと考えたが、違う。
七海が向かった先、それは────。
「二宮さん、七海がそっち向かいました……っ!」
────────他ならぬ、
「来たか」
家屋の上に立つ二宮は、こちらに近付く人影を既に視認していた。
その人影は、七海はトリオンキューブを生成し、分割して射出。
無数のメテオラが、二宮へと降り注ぐ。
「────ハウンド」
だが、それに対する二宮の解答は単純。
威力は最小限。
しかして数は普段以上。
七海のそれより更に小さく分割した二宮の弾丸が、メテオラへ接近。
次々と着弾し、空中で爆破の嵐が巻き起こる。
轟音が鳴り響き、上空を無数の爆発が席捲する。
無論、それだけでは終わらない。
二宮はすぐさま、次の弾丸を生成。
無数のハウンドが、七海のトリオンを探知し襲い掛かる。
「────」
それに対し、七海はグラスホッパーを連続起動。
ジャンプ台トリガーを踏み込んだ加速により、ハウンドを回避。
そのまま跳躍を繰り返し、家屋の屋根に着地した。
二人の距離は、相応に離れている。
今の二宮に迂闊に近付けば、その弾幕の餌食だ。
しかし、七海にそれを恐れる様子はない。
そんな七海に、二宮が目を細めて声をかけた。
「まさか、お前一人で来るとはな。自殺志願のつもりか?」
「いえ、勿論二宮さんに落ちて貰う為ですよ。貴方に犬飼先輩と合流させるワケには、いきませんから」
なんてことのないように言う七海だが、此処からが本番だ。
勝利条件は、二宮相手に生き残る事。
単純だが、それ故に難しい。
けれど、やらなければ勝ち目はない。
この為に、出水に相手に訓練に勤しんできたのだから。
「今回は落ちて貰いますよ、二宮さん。」
七海はそう言って、二宮相手に啖呵を切った。
言葉にすれば短く、なんということもない台詞。
だが、それに込められた想いは、本物だった。
「そうか」
対する二宮の返答は、単純明快。
何かを納得したように頷き、トリオンキューブを生成する。
「やってみせろ」
そしてそれを分割し、無数のハウンドが七海へと襲い掛かった。
犬飼はクレバーで判断が速く、機転も利く。
隊に一人は欲しくなる逸材ですね。
マジ二宮隊レベルたけーわ