痛みを識るもの   作:デスイーター

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二宮隊④

 

「へー、二宮と1対1か。こりゃあ面白くなってきたな」

 

 上層部の観覧席で、試合映像を見ていた太刀川がにやけながらそう呟く。

 

 映像には、数十メートルの間合いで睨み合う二宮と七海の姿がある。

 

 その光景に、太刀川としてはわくわくが止まらないらしい。

 

「でもよ、二宮さん相手に1対1は厳しくねえか? ROUND3の時だって、逃げっぱなしだっただろーがよ」

 

 観戦席にいた当真は頭の後ろで腕を組みながら、そう告げる。

 

 確かに、ROUND3で七海が二宮相手に逃げ回る事しか出来なかったのは事実である。

 

 幾ら七海が攻撃を察知出来るとはいえ、そもそも()()()()()()状態に追い込まれてしまえば詰みだからだ。

 

 故に七海は、逃げに徹する他道はなかった。

 

 その光景を当時の解説として直に見ている当真は、その印象が強く残っているのだろう。

 

「そうとも限らないわ。あの時の二宮くんは、犬飼くんに守られてていつでも両攻撃(フルアタック)が使える状態だった。けど、今はどうかしら?」

 

 だが、それに待ったをかけたのは加古である。

 

 そんな加古の言葉に、当真は分かっているとばかりに笑みを浮かべた。

 

「ま、確かにそうだわな。この状況で両攻撃するとか、殺して下さい、って言ってるようなモンだろ。何せ、護衛がいない上に狙撃手は三人丸々残ってんだからよ」

「ええ、幾ら二宮くんでも、この状況で迂闊に両攻撃をするような真似はしないでしょうね」

 

 そう、二宮の最大の脅威である両攻撃ハウンドは、護衛がいない場合狙撃手がいない状態かもしくは位置がある程度特定出来ている状態でしか使えない。

 

 正確には使えはするが、リスクが大き過ぎる。

 

 初撃のホーネットはまだ二宮の位置が知られる前であった為に撃てはしたが、既に二宮の位置が割れた以上合成弾は使えない。

 

 つまりROUND3で散々那須隊を苦しめた、両攻撃ハウンドは今は使えないという事だ。

 

「けど、だからって七海単独で二宮さんをやれんのか? 確かに最近の七海は生駒や弓場を撃破しちゃいるが、それだって仲間の援護ありきだったろーがよ」

「結論から言えば、無理だ。少なくとも、七海単独ではな」

 

 当真の疑問に答えたのは、風間だった。

 

 風間は試合映像を見据え、目を細めた。

 

「七海は確かに機動力を軸とした攪乱能力はずば抜けて高いが、それでも単騎で二宮の弾幕を抜けて攻撃を届かせるには無理がある。少なくとも、二宮が万全の状態ではな」

「ああ、幾ら両攻撃出来ないとは言っても、近付けば近付く程弾幕の密度は上がって来る。メテオラも撃墜されるだろうし、ガードが出来なくなる以上マンティスも論外だ。あれはただのスコーピオンよりは伸びるが、それでも旋空なんかの射程と比べりゃ近接攻撃の延長でしかねえよ」

 

 そう、七海が二宮を相手にする場合最大の問題は、その()()()()の違いがある。

 

 二宮は射手として広い射程を持つだけではなく、豊富なトリオンによる弾幕を生成し近付く者を鏖殺出来る。

 

 当然、攻撃手は自分の間合いに入る事すら難しいし、銃手の場合も同一射程の火力なら射手より上、という利点が二宮のトリオン量という暴威で潰される以上まず勝ち目はない。

 

 かといって狙撃は当然警戒されているであろうし、射手も相当な練度でなければ二宮の相手は務まらない。

 

 そして、大抵の攻撃は防いでしまう二宮のシールドの強度の問題もある。

 

 完全に不意を打つくらいの事をしなければ、二宮は隙などまず見せないのだから。

 

「仮に二宮を仕留めるなら、最低でもマスタークラスの到達した奴複数で連携するのがまだ可能性が高い。実現出来るかどうかは別としてな」

「二宮は1対1を挑まれればそれを受ける傾向があるが、それはあいつに勝つ自信があるからだ。横槍の入らない一騎打ちなら、大抵の場合二宮に軍配が上がるだろう」

「悔しいけど、同意見ね。二宮くんをどうにかしたいなら、チームの連携は必須だわ」

 

 太刀川、風間、加古が次々に告げる。

 

 確かに、二宮の牙城を崩すのは並大抵の事ではない。

 

 犬飼に護衛された状態の二宮を相手にするよりはまだマシではあるが、それでもトリオン量の暴力に加え戦術まで用いてくる二宮を相手に勝つ事は、相当に難しい。

 

 少なくとも、一人でやって勝てる相手でない事は確かである。

 

「じゃあなんで、七海の奴はわざわざ前に出てきたんだ? 犬飼と合流させたくねーのはわかっけど、それでもリスク高過ぎだろ」

「────いや、そーとも限んないっすよ。少なくとも、あのまま犬飼先輩を二人がかりで追い詰めるのが最善ってワケじゃないですしね」

 

 当真の疑問に答えたのは、出水。

 

 出水は何処か笑みを隠し切れない様子で、試合映像を眺めている。

 

「あのまま二人がかりで犬飼先輩を追い詰めても、凌ぎ切られる公算は結構高いからな。それよりは、犬飼の相手を熊谷さんに任せて七海が二宮さんを足止めした方がずっと良い」

「そうね。結果として、最初の奇襲で犬飼くんの足は削れた。七海くんと熊谷さんの二人が頑張っている限り、二宮くんと犬飼くんの合流は難しくなったわ」

 

 加古の言う通り、上空からの奇襲により犬飼は片腕片足が削れている。

 

 機動力が削がれた以上、犬飼が二宮と合流するのは難しくなった筈である。

 

「けど、熊谷が犬飼の足止め出来んのか? 足が削れたっても、それは熊谷も同じだろ?」

 

 そう、足が削れたからと言って犬飼は易々と落ちるような相手ではない。

 

 更に言えば、犬飼の足を削った代償として熊谷もまた足が削られている。

 

 逃げという選択肢がほぼ無い以上あの場で戦り合うしかないが、中距離戦では矢張り犬飼に分がある。

 

 中距離戦に対応して間もない熊谷と違い、犬飼は中距離戦のエキスパートだ。

 

 本人の資質はサポーターに寄っているが、単騎でも相応の実力を発揮出来るのが犬飼という男の厄介な点である。

 

 あの足では、熊谷が自ら接近戦を挑むのは無貌だ。

 

 中距離戦しか選択肢にない以上、有利なのは犬飼の方なのである。

 

「確かに、くまだけじゃ厳しいだろうな。中距離戦の練度が違い過ぎる」

 

 だが、と太刀川は続けた。

 

「────それはあくまで、くま()()の話だ。犬飼を早く殺したいのは、何も那須隊だけじゃないって事さ」

 

 

 

 

「やってくれたね。けど、これならこれでやりようはあるんだよ」

 

 犬飼は片腕片足を失いながらも不敵な笑みを浮かべ、熊谷に銃口を向ける。

 

 腕は片方残っていれば銃は握れるのでまだ良いが、此処で足が削れたのはかなり痛かった。

 

 犬飼の強みの一つである機動力の高さは、実質封じられた。

 

 だが、逆に言えばそれだけだ。

 

 足を削ってくれたお返しに、熊谷の足も同様に削っておいた。

 

 あの足ならば、接近戦は望めまい。

 

 ならば中距離戦を行うしかないが、中距離での戦闘ならば犬飼に分がある。

 

 旋空にさえ気を付ければ、問題なく処理出来る筈だ。

 

「────なんて、油断すると思った?」

「いっ……!?」

 

 ────────しかし、そこで思考を止めるようであれば三流。

 

 犬飼は熊谷に向けていた銃口を即座に背後に向け、ノータイムでアステロイドを撃ち放った。

 

 背後から犬飼に斬りかかろうとしていた南沢は慌ててグラスホッパーを使用し、シールドで弾丸を防ぎながら回避を選択。

 

 家の屋根の上に、慌ただしく着地した。

 

 そんな南沢を見て、犬飼は不敵な笑みを浮かべる。

 

「最初から、これが狙いだったんでしょ? 七海くんがメテオラを使ったのは、俺を狙う為じゃない。此処に俺がいるって、喧伝する為だよね? 二宮さんがあっちにいて俺が孤立してるなら、他の隊が動かない筈がないからね」

「…………」

 

 熊谷は犬飼の問いかけを、無言の沈黙で肯定した。

 

 最初から熊谷は、犬飼と1対1で戦り合う気はない。

 

 熊谷の目的は、最初から犬飼を乱戦に巻き込む事。

 

 何が何でも、此処から逃がさない事である。

 

「それに、熊谷さん自身も標的として美味しい状態だからね。自分も餌に使うとか、恐れ入ったよ」

 

 更に、この場には足が削れた熊谷もいる。

 

 犬飼と同様、逃げる事が難しい熊谷が。

 

 最初に疑似的な共闘で犬飼を潰し、その後に熊谷を仕留めれば良い。

 

 他の隊にそう思考させる為に、熊谷は敢えて最初から捨て身の攻撃を敢行したのだ。

 

 無論あの奇襲は犬飼の足を削る為の一撃であったが、同時に熊谷自身も負傷し自ら逃げ道を塞ぐ為の一手でもあった。

 

 ただ乱戦に巻き込んだのでは、意味がない。

 

 確実に犬飼を此処から逃がさない為に、この場に誘引する決め手が必要だった。

 

 犬飼だけが負傷していたのであれば、熊谷と潰し合わせた後に漁夫の利を掻っ攫った方が良いと判断するかもしれない。

 

 だが、熊谷も同様に負傷している状態であればどうか。

 

 生駒隊は、熊谷の捨て身の戦法を過去に目にしている。

 

 いざとなれば犬飼を道連れにするかもしれない、くらいのイメージは持っている筈だ。

 

 故に、そこを突いた。

 

 犬飼も熊谷も足が削れ、逃げられない状況となれば、それだけ熊谷が捨て身戦法を敢行する確率が上がる。

 

 二人に相打ちになられてポイントを取られるより、最初はより厄介な犬飼を囲んで潰し、その後で熊谷を落とせば良いと考える筈だ。

 

 いわば、熊谷は自分自身も()()()()()()として見せる事でこの場に生駒隊を誘引して見せたのである。

 

「いるんでしょ? 南沢くんだけに任せるとは、ちょっと思えないしね」

「…………バレてたんならしゃーないわな」

 

 犬飼の呼び掛けと共に、家屋の屋根の上に水上が姿を現した。

 

 その手にはトリオンキューブが生成されており、既に発射準備を整えている。

 

「確かに南沢くんは強いけど、攻撃にのめり込み過ぎる悪癖がある。こんな重要な局面を、彼一人に任せるとは思えなかったからね」

「全部お見通し、っちゅー事か。そんなんやからカゲさんに嫌われるんやでー」

「ふふ、誉め言葉として受け取っておくよ。それでどうする? 君達、那須隊の思い通りに動かされちゃってるけど」

 

 犬飼はそう言って、目を細めた。

 

 わざわざ言葉に出して()()()()()をしたのは、それを生駒隊に聞かせる為。

 

 七海達に主導権を奪われる危険を提示して、あわよくばこの場から撤退させられないかという試みである。

 

「そんなん、どうするかなんて決まってるやん? 単に利害が一致しただけやし、俺らとしてはあんた等二人分の得点を取れればそれでいいんやからな」

 

 しかし、水上は揺らがない。

 

 たとえこの展開が誘導されたものだとしても、負傷した犬飼と熊谷いう魅力的に過ぎる標的が目の前にいるのだ。

 

 誘導に乗るリスクよりも、此処で点を取るメリットの方が大きい。

 

 水上は、そう判断した。

 

「ま、そうだろうね。俺でも同じ判断を下したよ」

 

 その選択を、犬飼は素直に称賛した。

 

 確かに那須隊の思惑に乗るのは怖いが、犬飼が二宮と合流してしまえばそれで実質ゲームセットの可能性がある。

 

 二宮の両攻撃や合成弾が解禁されてしまった場合、止められる者などは早々いない。

 

 ならば、その危険を一刻も早く排除しようというのが当然の思考だ。

 

 元々揺さぶりが通じるとは思っていなかったので、犬飼に気落ちはない。

 

 しかし、その眼光の鋭さはより輝きを増したように思える。

 

 覚悟を、決めたのだろう。

 

 此処で落ちる覚悟と、自分の仕事をやり遂げる覚悟を。

 

 何せ、今の犬飼は足が削れている。

 

 熊谷だけならば逃げ切れる可能性があったが、グラスホッパーをセットしている南沢と中距離戦に対応した射手である水上がやって来た以上、逃げの選択肢は潰れたも同然だ。

 

 更に言えば、狙撃手三人の位置が未だ一切割れていない。

 

 つまり犬飼は、この場で三人を相手にしつつ、狙撃も警戒しなければならない。

 

 中々のハードモードだが、やり遂げる以外に道はないのも確かである。

 

「してやられた、と言うべきだろうね。けど、素直にポイントになってあげる程、俺は優しくないんだ」

 

 恐らく、どう足掻いてもこの場で落ちるだろう、と犬飼は確信している。

 

 だが、ただ大人しくやられてやるつもりはない。

 

 やるからには、徹底的に。

 

 相打ちだろうがなんだろうが、この場の面々に痛打を与える。

 

 まんまと自分を罠にかけた那須隊への称賛として、全力でこの場をかき回す。

 

 滅多にない感覚に、犬飼の頬が薄っすらと紅潮する。

 

「さあ、付き合って貰うよ。出来れば、最後までね」

「んな悠長な事はせえへんよ。確実に、獲っちゃるからな」

 

 その言葉が、開戦の合図。

 

 犬飼と水上は同時にアステロイドを生成し、弾丸を射出。

 

 それと同時に熊谷はハウンドを掲げ、南沢はいつでも動けるように腰を低くする。

 

「────」

「────」

 

 そして、斉射。

 

 それを合図として、三つ巴の乱戦が開始された。





 今日はくまちゃんの誕生日。ツイッターやってると公式からそういうお知らせ流れてくるのよね。

 犬飼の頭の良さをアピールする為にこういう展開と相成りました。

 実際、トップクラスに機転が利くタイプだしね犬飼は。

 伊達に元A級ではない。
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