『すみません、二宮さん。こっから抜けるの無理そうなんで、落ちる前に仕事しときます』
「…………分かった」
犬飼からの通信を受け、二宮は静かにそれを承諾する。
諦めるな、などという無駄な言葉をかけるつもりはない。
こういう時の状況判断で、犬飼が間違いを冒した事はない。
その犬飼が、脱出は「無理だ」と判断したのだ。
すぐに七海を振り切って二宮が犬飼の元に急行すればなんとかなるかもしれないが、そんな隙を今の七海が見逃すだろうか?
答えは否。
そんな隙を晒せば、あの少年は確実にそこを突いてくる。
仲間を助けようと無理に動き、隙を晒して落とされる。
そのような、ROUND3の時の那須隊が冒したような過ちを起こすワケにはいかなかった。
ならば、今自分がやらなければならない事は何か。
言うまでもない。
勝利を。
目の前の挑戦者を正面から叩き潰し、小癪な策ごと鏖殺する。
それだけだ。
辻が動ければそれなりのやり方もあったが、今辻は影浦隊に捕まっている。
あの二人を相手に離脱するのは、そう簡単な事ではない。
故に、二宮は辻と犬飼を援護し合流する、という選択肢を一先ず放棄した。
力には力で、策には策で応じるのが二宮のスタイルだが、策とは基本的に手足の如く動かせる仲間がいて初めて成立するもの。
こんな序盤に犬飼達が二人共捕まるなど、想定外も良い所だ。
仲間二人が共に身動きが取れない現状、二宮単独で動く他ない。
その為にも、七海をどうにかしなければ話にならない。
「やってくれたな。良い手だ」
だが、と二宮は告げる。
「────あまり、
宣告と共に放たれる、二宮の威圧。
空気が震え、その場を張り詰めた空気が満たす。
「……っ!」
一瞬、気圧される。
しかし七海は歯を食い縛り、二宮を睨み返す。
それを見た二宮は微かな笑みを浮かべ、次の瞬間にはハウンドを生成。
号砲代わりに、七海に弾幕の雨が降り注いだ。
「熊谷隊員と対峙する犬飼隊員の下へ、生駒隊の二人が乱入……っ! 二宮隊長もまた、七海隊員との戦闘を開始した……っ!」
「やるね、ベアトリス。シンドバットもだ」
桜子の実況で盛り上がる会場の喧騒を尻目に、王子はそう言って笑みを浮かべた。
その表情から読み取れるのは、純粋な称賛。
彼は今この時、本気で那須隊の戦術を称賛していた。
見事だ、と。
「ふむ、この状況は那須隊の想定通りという事でしょうか?」
「十中八九、そうだね。この状況を作り出したのは、ベアトリスだ」
誰それ、とは言わない。
桜子はこの実況が始まる前に、蔵内から「王子のニックネームリスト」なるものを渡されている。
そこにはこの試合に参加する隊員に王子が付けた素っ頓狂なあだ名一覧が乗っており、ベアトリスだのシンドバットだのなんでそうなった? と言わんばかりのあだ名を連呼されても桜子が混乱する事はない。
実況に必要ならば、どんな知識でも習得する。
それが、武富桜子という少女なのだから。
「ベアトリスは、敢えて捨て身で攻撃する事で澄晴くんの足を削ると同時に、自分自身に痛打を与えた。これは澄晴くんにダメージを与える為の必要な犠牲であると同時に、あの場に生駒隊を呼び込む為の策でもあった」
まず、と王子は前置きして続ける。
「もしもあの時澄晴くんだけがダメージを負った場合、生駒隊は澄晴くんとベアトリスを食い合わせて弱った所を一網打尽にする、という選択肢があった。そっちの方が、漁夫の利を得易いからね」
「その場合、生駒隊に犬飼の相手を押し付けて自分は逃げるという手も使えるからな。生駒隊としては、それは避けたいだろう」
そう、もしも熊谷が無傷でいた場合、生駒隊は下手に乱入すれば犬飼の相手を押し付けられ、熊谷の離脱を許す恐れがあった。
生駒隊としても、あそこで犬飼を逃がすのは避けたい所だが、熊谷を逃がしてしまうのも上手くない。
ならば、二人が消耗した所を狙った方が良い。
そう考えて、暫く静観に回る恐れがあった。
「だが、実際には犬飼も熊谷も双方共に足を削られている。つまり────」
「────そう。どちらもあの場からは容易に逃げられない。だからこそ、生駒隊はあそこで乱入に踏み切ったんだ」
しかし、熊谷もまた足が削れているのならば話は別だ。
足が削れている二人は、生駒隊からすれば格好の標的。
むしろ、あそこで乱入しなければ最悪二人が相打ちになり、ポイントを二宮隊と那須隊に持って行かれる恐れもあった。
それこそが、熊谷の狙い。
自分を
それが、那須隊が今回用いた策の全貌であった。
「熊谷は、那須隊の中では最も狙い易い駒だ。技量というよりも、その性質的にな」
二人が説明に補足しようと、レイジが語り出す。
王子達は口を閉じ、清聴の構えを取った。
「那須と七海はその機動力から捉えるのが難しく、下手に深追いすれば攪乱され仕留められる。日浦も隠密能力が相当高いし、ここぞという時まで潜伏に徹するからそもそも見つける事が容易じゃない」
だが、とレイジは続ける。
「熊谷だけは、そういった
そう、熊谷は他の那須隊の面々と違い、
レイジの言う通り、那須隊の他の三人はそれぞれの理由で狙う事が躊躇われる要素を持つ。
七海はサイドエフェクトによって狙撃や奇襲が通じず、機動力も高い為下手に挑めばメテオラ殺法に封殺される。
那須はその尋常ではない機動力と自由自在な弾道のバイパーを操る為、一度目を付けられると抜け出すのは容易ではない。
茜は狙撃手としてかなり隠密に長けている上、ここぞという大一番以外では基本的に出て来ない。
そういった理由で、那須隊の他の面々は迂闊に手を出せば痛い目を見る可能性が非常に高いのだ。
しかし、熊谷はそうではない。
ハウンドを習得し中距離戦に対応出来るようになったが、あくまでそれは
中距離戦の練度自体は、射手や銃手には及ばない。
先ほどの犬飼がそうであったように、一定以上の技量があれば中距離戦で押し返す事は左程難しくはない。
それに何より、熊谷には那須や七海のような桁外れの機動力は備わっていない。
故に、隙を突いて逃げられる、という事が那須達と違って起こり難いのだ。
だからこそ、ROUND7では王子も熊谷を第一目標に定めたのだから。
「だが今回、熊谷はそこを逆手に取った。自分が狙われ易い駒である事を自覚した上で、それを利用して生駒隊を誘導して見せた。自分の弱みを強みに変えた、良い策だと言えるだろう」
「そうだね。相変わらず、自分を囮にする戦法が巧いな。ベアトリスは」
思えば、ROUND7の時もそうだった。
熊谷は自ら姿を晒す事で王子隊の動きを誘導し、試合の主導権を那須隊に傾けてみせた。
弱みも、使い方次第で強みに代わる。
弱さは、役立たずとイコールではない。
熊谷の動きは、まさにそれを体現していた。
「しかしこうなると、犬飼隊員が落ちるのも時間の問題でしょうか?」
「そうだね。ベアトリスだけならともかく、みずかみんぐ達まで来たからね。あの足じゃ、逃げるのは難しいだろう」
けど、と王子は告げる。
「────ただでやられる程、澄晴くんは甘くない。彼を策に嵌めたのは見事だけど、油断すると手痛いしっぺ返しを貰うかもね」
「アステー、ロイドッ!」
水上がトリオンキューブを生成し、犬飼に放つ。
それと同時に、南沢が側面から斬りかかる。
アステロイドは、威力特化の弾丸。
集中シールドでなければ、基本的には防げない。
「────ハウンドだね」
しかしそれは、その弾丸が本当にアステロイドであった場合の話。
犬飼はシールドを集中するのではなく広げ、曲射軌道に変わった弾丸────────ハウンドを、防御する。
同時に、斬りかかってきた南沢にアステロイドで銃撃。
「うわっとっ!」
南沢は咄嗟にグラスホッパーを展開してそれを踏み、弾丸を回避。
姿勢を低くして、再度犬飼に斬りかかる。
同時に、熊谷は旋空の起動準備に入る。
あわよくば、犬飼を南沢ごと斬り捨てる算段だ。
「そらあかんよ、熊谷さん」
「……っ!」
その魂胆を、水上が見抜けない筈もない。
「アステロイド」
故に水上は、今度は本当のアステロイドをばら撒いた。
弾を散らし、犬飼と熊谷、その両方が射程に入る形で。
熊谷は仕方なく、旋空の起動を中断。
集中シールドで、水上のアステロイドを防御する。
同様に犬飼も集中シールドでアステロイドを防御するが、南沢の攻撃は止まらない。
シールドでは、ブレードを受けきる事は不可能。
それは、隊員の間では最早常識となった、ボーダートリガーの仕様である。
ブレードトリガーと射手トリガーでは、威力に注ぎ込んでいるトリオンの量が違う。
射手トリガーは射程を保証する為のカバーや推進剤などにトリオンを使っている為、必然的に威力に用いられるトリオンは少なくなる。
けれどブレードトリガーは、そのトリオンの殆どを威力と強度に振り分けてある。
故に、アステロイドさえ防ぎ得るシールドも、ブレードの一撃は防げない。
体重が乗ったブレードトリガーの斬撃は、基本的に同じブレードでしか受けられない。
銃手や射手が、攻撃手に近付かれてはならないという理由がこれだ。
攻撃手に接近を許せば、如何に熟達した射手や銃手であれそのまま押し切られる。
だからこそ、銃手や射手は
「おっと」
「うえっ!?」
────────だがそれは、
南沢の斬撃が、犬飼の腕から延びたブレードに受け止められる。
そのブレードの名は、スコーピオン。
スピードアタッカーが多用する、出現自在の刃である。
ブレードでしか受けられないなら、ブレードで受ければ良い。
単純明快な犬飼の解答が、そこにあった。
スコーピオンの刀身は、その軽さや応用性の代償に弧月と比べれば脆い。
だが、ブレードを受ける機能に置いては、シールドよりも適役なのは間違いない。
現に、犬飼の展開したスコーピオンは弧月を受けた事で罅割れているが、きちんと受け太刀としての役割を果たしている。
「隙だらけだよ」
「まず……っ!?」
そして、予想外の攻撃失敗に動揺する南沢は、犬飼の恰好の的だった。
左手に握った突撃銃の銃口を、南沢に向ける。
南沢はグラスホッパーを展開して逃げようとするが、一歩遅い。
犬飼が突撃銃の引き金を引く方が、早い。
「させんで」
だが、それを黙って見ている水上ではない。
遠隔シールドを展開し、南沢の前面を守る。
アステロイドだろうが、これならば防ぎ切れる。
だが。
「かかったね」
「ぐっ……!?」
「な……っ!?」
────────それは、突撃銃からアステロイドが放たれた場合の話である。
犬飼の持つ突撃銃からは、弾丸は撃ち出されなかった。
代わりに放たれたのは、犬飼が自分の身体の影に密かに展開していたハウンド。
地を滑るような挙動で放たれた
そう、銃撃すると見せかけたのは、
犬飼はあの時、
銃手トリガーは自由に出し入れする事が出来ない代わりに、弧月と同じように銃本体を出したままオフの状態にする事が出来る。
犬飼はその仕様を利用し、銃撃すると見せかけてハウンドでの奇襲を狙ったのだ。
それも致命傷を狙うのではなく、あくまで足を削る目的で。
犬飼の目的は、この場で少しでも多く相手の戦力を削る事。
その為には、相手の戦力を少しずつ削ぎ落す事こそが肝要である。
南沢のようなスピードアタッカーにとって、足を削られるのは致命打に近い。
重さのある弧月を使う関係上、四肢の欠損はダイレクトに戦力低下に響いてくる。
間一髪でグラスホッパーを踏み込む事に成功し、南沢は上に逃げて致命傷だけは避けている。
しかし、その左足は穴だらけで最早使い物にならない。
なんとか屋根の上に着地した南沢だが、これでもう先ほどのような機敏な動きは望めないだろう。
「ホンマ、厄介やな。流石B級一位、いうことか」
「ま、確かに形勢は不利だけど、ただでやられてあげるつもりはないよ。マスタークラスである以前に、俺は二宮隊の銃手だから」
そう言って、ニィ、と犬飼は不敵な笑みを浮かべた。
「かかっておいで。分かってると思うけど────────俺の命は、安くはないよ」
それは、称賛にして宣戦布告。
自分を追い込んだ者に対する敬意と、
その二つが込められた、この上なく好戦的な挑発であった。
犬飼は折角スコピとハウンドがあるんで、活用させてみました。
原作では少ししか出なかったけど、トリガーセットにあるなら使わなきゃ損だよね。
ワートリのトリガーセットを見るとこういう想像が色々膨らむのである。