痛みを識るもの   作:デスイーター

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二宮隊⑥

 

「犬飼隊員、実質3対1の不利の中、ハウンドを用いて反撃……っ! 南沢隊員の足を削ったぁ!」

「流石と言うべきだね」

 

 王子は薄く笑みを浮かべ、告げる。

 

「あまり知られていないけど、澄晴くんはトリガーセットにハウンドとスコーピオンを装備している。以前聞いてみたところ、色々な事が出来るように、との解答だったけど────」

「────練度が高いな。とてもじゃないが、初めて使ったようには見えない」

 

 蔵内の言う通り、犬飼のハウンドやスコーピオンの取り扱いは初心者のそれではなかった。

 

 それなりの数の経験を経て、自分のものにしている。

 

 そういった空気があった。

 

 犬飼の本職は、銃手である。

 

 それもサポーター重視の、基本にして最も立ち回りが難しいタイプだ。

 

 銃手故に当然接近戦は苦手な筈だし、射手トリガーも普段扱う事はない。

 

 しかしそれでは、あのハウンドとスコーピオンの練度が説明出来ないのだ。

 

 あれはどう見ても、相当な修練を重ねているだろう。

 

誘導弾(ハウンド)の誘導設定の扱いも慣れた様子であったし、スコーピオンでの受け太刀も難なくこなしていたしね。特に射手トリガーは銃手トリガーとは使い心地が違うというのにね」

 

 銃手トリガーは細かいチューニングや応用性が低い分、引き金を引くだけで弾丸を発射出来る取り回しのし易さがある。

 

 射手トリガーは銃手トリガーとは違い、発射に際し射程や弾速、威力などをチューニングした上でキューブを分割し、弾道を決めて発射するプロセスがある。

 

 処理しなければならないタスクが多く、人によっては扱い易さは大分変わって来る。

 

 要は、適性の問題だ。

 

 NO1銃手の里見なども、「俺には射手は無理だね」と言い切っている。

 

 にも関わらず、犬飼はハウンドをしっかり使いこなしていた。

 

 しかもそれを利用して銃撃すると見せかけて南沢の足を削ったのだから、大したものである。

 

「澄晴くんが厳しい状況なのは違いないけど、場合によってはあの場の全員を道連れに出来るかもだ。やっぱり、油断出来る相手じゃないね」

 

 

 

 

「ほー、やるなあ犬飼。片手片足削れてんのに、よくやるもんだ」

 

 試合映像を見ながら、太刀川が呟く。

 

 その周囲の者達も、同じように感心する素振りを見せた。

 

 犬飼の立ち回りは、それだけ巧みであったのだから無理もない。

 

「年季の差、と言うより経験の差、と言うべきだろーな。犬飼にゃあ那須隊や生駒隊と違って、A級隊員として戦った経験がある。レベルのたけー戦いにゃあ慣れてんだ。少し劣勢になったくらいじゃ、崩れないだろーさ」

「ま、そーだろーな。色んな状況に対応出来るようにセットしてたっぽいスコーピオンやハウンドを、あそこまで使いこなすんだ。ありゃ、裏で相当練習重ねてたっぽいぞ」

 

 当真の言葉に、出水も追随する。

 

 確かに、犬飼のスコーピオンやハウンドの扱い方は、一朝一夕で出来るものではない。

 

 彼の本職は、あくまで銃手。

 

 だというのに、専門外である筈のブレードトリガーや射手トリガーをあそこまで巧く扱えているのだ。

 

 恐らく、裏で相当な努力を重ねたに違いない。

 

 犬飼は天才タイプではない。

 

 どちらかといえば、秀才タイプ。

 

 それも、人に努力を悟らせないタイプの秀才だ。

 

 普段の飄々とした態度は、あくまでポーズ。

 

 その裏では、必要な事を習得する為に修練を欠かしてはいない。

 

 スコーピオンやハウンドをセットしているのも、その一環だろう。

 

 二宮隊の副官として、あらゆる状況に対応出来るよう努力する。

 

 それは犬飼にとって当たり前の事で、その当たり前(やるべきこと)をやっているからこそ、犬飼は強いのだ。

 

 努力だけで全てが解決するワケではないが、努力を重ねなければそもそも何も出来ない。

 

 日々の積み重ねは、地道な作業ではあるが確かにその身に恩恵を齎しているのだ。

 

 犬飼は割と要領が良く、努力を苦にしないタイプの人間だった。

 

 向上心が強く、自己のモチベーションのコントロールにも気を配れる。

 

 だからこそ、二宮隊のバランサーとしてその名を轟かせているのだから。

 

「しかしこりゃあ、上手く行けばあそこから離脱出来んじゃねえのか犬飼。もしそうなりゃ、大分変わって来るだろーが」

「いや、それはない」

 

 当真の言葉を、風間が制す。

 

 風間は鋭い視線で試合映像を見据え、口を開く。

 

「確かに、犬飼の練度やその立ち回りは相当なものだ。あのままただで落ちる事はないだろうが────」

 

 だが、と風間は告げる。

 

「────B級上位は、そう甘い連中ではない。たとえ元A級隊員だろうが、あの状況からの離脱を許す筈がない。だからこそ、犬飼もああして覚悟を決めているんだからな」

 

 

 

 

『てなワケで辻ちゃん。俺そのうち死ぬから、そっちはそっちで頑張って。可能な限り、引っ掻き回してから退場するからさ』

「了解しました」

 

 犬飼からの通信を受け、辻は短くそう答えた。

 

 余計な説明、余分な言葉は必要ない。

 

 ただそれだけのやり取りで、辻は全てを了解した。

 

 犬飼の判断能力は、辻も全面的に信頼を置いている。

 

 その犬飼が、「自分は落ちる」と断言したのだ。

 

 この試合、もう犬飼の援護は望めない。

 

 その前提で、動く。

 

 そう覚悟を決めた辻は、対峙する影浦と北添を静かな闘志を以て睨みつけた。

 

「ほー、良い眼じゃねえか。嫌いじゃねえぜ、そういうのはよぉっ!」

「……っ!」

 

 影浦はそんな辻の眼を見ると好戦的な笑みを浮かべ、マンティスで辻に斬りかかった。

 

 旋空未使用の弧月とマンティスでは、マンティスの射程の方が長い。

 

 弧月の攻撃範囲の外から、狩人の鎌が振るわれる。

 

 空気を裂き、首を断つ不吉の一撃。

 

 辻は、それを。

 

「────」

 

 弧月、一閃。

 

 バギン、という音と共に影浦が伸ばしたマンティスが、弧月の一撃によって砕かれた。

 

 それを見て、影浦はニィ、と唇を吊り上げ、笑う。

 

 影浦はその瞬間、一歩横へ跳んだ。

 

 その身体の向こうには、突撃銃を構えた北添の姿。

 

 そう、この場にいるのは影浦と辻だけではない。

 

 影浦隊の銃手、北添もまた此処にいる。

 

 北添の指は既に引き金にかかっており、影浦が飛び退くと同時に突撃銃が火を噴いた。

 

「……っ!」

 

 辻は影浦と同じように横に飛び、間一髪で弾丸を回避。

 

 今の影浦の動きの意図に気付かなければ、まともに喰らっていただろう。

 影浦にはサイドエフェクト、『感情受信体質』がある。

 

 これは自分に刺さる感情を肌感覚で理解出来るという代物であり、七海と同様攻撃察知に使える代物だ。

 

 違うのは、その察知の()()()()()

 

 七海は攻撃による被弾範囲が確定した瞬間、つまり攻撃開始の瞬間に感知される。

 

 対して影浦のサイドエフェクトは、攻撃意思を持った瞬間、つまり攻撃の直前に感知される。

 

 要は、攻撃感知のタイミングは影浦の方が一歩速いのだ。

 

 その分無差別攻撃や偶発的要素によるダメージ発生は感知出来ず、東のように殺気を消して攻撃すれば感知の網を掻い潜る事が出来るものの、そのタイミングの違いは大きい。

 

 今のは恐らく、北添の攻撃意思を影浦が感知し、自身が被弾しないように飛び退いたのだろう。

 

 ギリギリまで影浦の身体で北添の姿を隠し、銃撃の察知を遅らせる。

 

 そういう意図もあった筈だ。

 

 北添は結構な大柄だが、影浦も割と長身の部類に入る。

 

 目の前で長身の影浦が襲い掛かって来ていれば、自然と視線はそちらへ向く。

 

 別に、北添の身体が隠しきれていなくても問題はない。

 

 要は、少しでも意識の隙を作れればいいのだ。

 

 気付かなければ、逃げるのを遅らせて銃撃で固められる。

 

 もし気付いたのなら、そちらに意識を割かせて影浦の攻撃で仕留めれば良い。

 

 今のは、そういう連携だった。

 

 だからこそ、辻は影浦のサイドエフェクトを考慮した上で彼の動きの意図を察知し、回避行動を選んだ。

 

 だが、北添の攻撃はまだ終わっていない。

 

 その銃口が、辻が跳んだ先へ向けられる。

 

 響く銃声。

 

 重銃手(ヘビーガンナー)の銃撃が、再び火を噴いた。

 

「────」

 

 その銃撃に対し、辻が取った行動は再度の回避────ではない。

 

 シールドを張り、前傾姿勢で被弾面積を低くしての突貫。

 

 狙うは、北添の首。

 

 北添は攻防共に高い能力を持つ銃手だが、足が遅いという弱みがある。

 

 影浦や辻と違い、跳んで逃げるという方法が使えない。

 

 トリオンは割と高い方だが、至近距離からの旋空を叩き込めばシールドは割れる。

 

 このまま攻撃を受け続ければ辻のシールドも割れるだろうが、要は割れる前に北添の下へ到達出来ればそれで良い。

 

 疾駆する辻の身体が、北添へと肉薄する。

 

「させねぇよ」

「……っ!」

 

 だが、それを影浦が許す筈もない。

 

 素早い身のこなしによって一瞬で距離を詰めてきた影浦は、そのままマンティスを一閃。

 

 察知のタイミングが遅れた辻は撤退を余儀なくされ、横に跳んでそれを避ける。

 

 その間に北添と辻の間に影浦が立ち塞がり、辻から北添を庇う陣形を取った。

 

 こうなると、迂闊には近寄れない。

 

 影浦のマンティスの射程は、通常の弧月よりも長い。

 

 旋空を使えば話は別だろうが、機動力の高い影浦を前に迂闊に重さ(ウェイト)を加算する拡張斬撃など使えばその隙を突かれるだろう。

 

 影浦は、とにかく身のこなしが軽い。

 

 七海や那須のように縦横無尽に空中を飛び回るようなタイプではないが、とにかくその動きが()()()のだ。

 

 反射神経が図抜けて高い、と言っても良い。

 

 特に近接戦闘での立ち回りは、ボーダー内でもトップクラスのレベルにある。

 

 影浦が開発した固有技、マンティスはその性質上使用中の防御が出来ない。

 

 スコーピオンを二つ同時に起動する事で連結している性質上、両攻撃の状態となり両腕の枠が埋まってしまうからだ。

 

 にも関わらず影浦が容易にこれを使えるのは、攻撃を感知出来るサイドエフェクトとその身のこなしがあるからだ。

 

 いわば、那須と同じだ。

 

 那須は機動力を以て相手を攪乱する事で、両攻撃バイパーの運用に置けるリスクを低下させている。

 

 それと同じで、影浦も副作用(サイドエフェクト)による攻撃感知と素早い身のこなしによる回避機動で、マンティス使用における隙を潰している。

 

 伊達に、元A級部隊の隊長をやっているワケではない。

 

 ポイントこそ隊務規定違反で削られている為攻撃手ランキング上位には名を連ねてこそいないが、影浦の戦闘能力は攻撃手の中でも群を抜いて高い。

 

 故に、此処は迂闊に動けない。

 

 踏み込んだ瞬間、影浦の迎撃に遭う可能性が高いからだ。

 

 更に北添の援護射撃がいつ飛んでくるか分からない為、足を止めるのもまた愚策。

 

 北添の銃撃はブレードよりは当然威力は低いが、無視出来るレベルでもない。

 

 銃撃によって動きを固められれば、容赦なくその隙を影浦に狩られるだろう。

 

 故にこその、一瞬の膠着。

 

 刹那にも満たない、停滞。

 

 

 

 

『イコさん。OKっす』

 

 その機会(タイミング)を、待っていた者がいた。

 

 その男は、生駒は、仲間からの通信を受け、己が秘奥を解き放つ。

 

「────旋空弧月

 

 

 

 

「……っ!?」

 

 それに真っ先に気付いたのは、影浦だった。

 

 影浦は目を見開いて北添に駆け寄り、その身体を叩きつけるようにして地面に引き倒す。

 

「わっ……!?」

「……っ!」

 

 突然の行動に北添はそのまま地面へ激突し、影浦も同様に身を屈める。

 

 その行動の意図に気付いた辻もまた、その場から跳躍。

 

 影浦の行動に端を発した、一瞬の回避機動。

 

 家屋を斬り裂き、旋空の一撃が飛来したのはその直後だった。

 

 障害物など関係ないとばかりに全てを斬り裂く拡張斬撃が、影浦達のいた場所を薙ぎ払う。

 

 この場に攻撃を感知出来る影浦がいなければ、全員がその刃に斬り裂かれ手いただろう。

 

 故に、この場に彼がいた事こそが生駒の不幸だった。

 

「ぐ……っ!?」

「な……っ!?」

 

 ────────否。その程度は想定内。

 

 引き倒された北添の身体に、彼方より飛来した弾丸が直撃する。

 

 この場に影浦がいて、生駒旋空を察知される事など承知の上。

 

 そも、影浦達の位置を正確に生駒へと伝達したのは誰なのか。

 

 そんなもの、一つしかない。

 

 生駒隊狙撃手、隠岐孝二。

 

 それが、北添を穿つ弾丸を放った者の名であった。

 

『戦闘体活動限界、緊急脱出(ベイルアウト)

 

 機械音声が、北添の脱落を告げる。

 

 北添の身体は一筋の光となり、戦場から離脱した。

 

 

 

 

「よし、仕留めたで」

 

 その光景を、マンションの屋上でスコープ越しに眺める影があった。

 

 無論、北添を仕留めた張本人、隠岐である。

 

 最初から、生駒旋空は囮。

 

 隠岐による狙撃を成功させる為の、見せ札。

 

 作戦通り、隠岐の狙撃により北添は仕留められた。

 

「そんじゃ、とんずらしましょか」

 

 しかし、今ので隠岐の位置は割れた。

 

 見た限り周囲の建物の屋上に狙撃手の影はないが、このまま此処に居続けるのは上手くない。

 

 更に、未だ那須の位置が不明のままなのだ。

 

 幾らグラスホッパーを持つ隠岐とはいえ、那須に追われたら流石に詰む。

 

 最低限の仕事はしたものの、此処で那須に来られるのは上手くない。

 

 そう考え、隠岐はその場から動く事を決めてグラスホッパーを展開した。

 

 無論、バッグワームを着たままで。

 

 

 

 

「そこか」

 

 しかし、その隙を見逃さない者がいた。

 

 家屋の中、窓越しに外を伺う小柄な影が、標的を睨む。

 

 そしてその少年は、ユズルは、アイビスの引き金を引いた。

 

 

 

 

「えっ……?」

 

 ────────そしてその弾丸は、屋上の床を突き破り隠岐の胸を貫いた。

 

 高所ではなく、低所から放たれたアイビスの一撃。

 

 まさか下から狙撃される、などとは思っておらず、バッグワームとグラスホッパーの同時展開でシールドを張れなかった隠岐に、その一撃を防ぐ術はなかった。

 

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 それが、致命。

 

 機械音声が彼の離脱を告げ、隠岐は光の柱となって戦場から消え去った。





 ユズルといえば壁抜き狙撃のイメージがある。

 今回の場合は天井抜きだが。

 アイビスの威力あってのものだろうけどね。
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