「3人がかりで囲まれていた犬飼隊員、まさかの足スコーピオンで水上隊員を仕留めた……っ! これは分からなくなってきました……っ!」
「流石だね。澄晴くん」
王子はそう言って、素直な称賛を口にする。
事実、犬飼の動きは文句の付けようがなかった。
事実上の3対1でありながら攻撃手二人の機動力を奪い、厄介な射手を足スコーピオンという隠し札を使って仕留めてみせた。
その鮮やかな手並みは、流石のB級一位チームのメンバーと言えるだろう。
「しかし驚きました。七海隊員の専売特許だった足スコーピオンを、まさか犬飼隊員が用いるとは」
「専売特許と言っても、所詮は技術だからね。センスが必要な類いの技術ではあるけど、習得は決して不可能じゃない。澄晴くんは勤勉なタチだし、密かに練習してても驚かないよ」
王子は表面上はそう告げるが、内心では驚愕していた。
七海の用いた足スコーピオンは、見た目ほど簡単な技術ではない。
スコーピオンを足替わりにする、とだけ言えば如何にも簡単そうに思えるが、単なる攻撃手段として用いるスコーピオンと違い、形状や強度をきちんと調節する必要がある。
基本的にスコーピオンは直接攻撃用のトリガーであり、それ以外の運用は想定されていない。
ただ足にスコーピオンを生やしただけでは、地面にブレードが突き刺さって躓くのが関の山だ。
足スコーピオンを正確に運用するには、自重を的確に支える重さと硬度を保ち、尚且つ不用意に地面に刺さって移動を阻害しない形状を構築しなければならない。
七海が以前使用したそれはインラインスケーターのような形状であるが、今回犬飼が使用したものは鳥の爪のような形状であった。
犬飼は敢えて地面に突き刺さる部分を作る事で、壁走りの精度を上げているのだ。
これは本人の資質もあるが、その戦い方の違いでもある。
七海の場合、壁から壁へと飛び移る三次元機動が基本の戦術である。
性質上、七海が壁に接地するのは一瞬だ。
その為壁に突き刺さる部位などあっては邪魔でしかなく、スケート靴のような形状に落ち着いたのだろう。
対して犬飼は、壁から壁へ移る三次元機動よりも、壁を足場とした瞬間的な高速機動をこそ得意とする。
グラスホッパーを持たない犬飼にとって、迂闊な跳躍は隙でしかない。
その為いつでも回避行動に移れるように、基本的に接地している状態で犬飼は戦闘を行う。
壁に刺さる部位を構築したのは、壁面移動時に狙われた際に即座に方向転換を行う為であろう。
犬飼は、無駄な事はしない。
試行錯誤を繰り返した結果得たのが、あの形状の足スコーピオンなのだ。
恐らく、ROUND2で七海が足スコーピオンを披露した時から、習得の為の鍛錬を重ねていたのだろう。
その熱意と実行力には、驚嘆する他ない。
「足を斬られてすぐには使わず此処まで温存していたのは、みずかみんぐを仕留める為だろうね。みずかみんぐが生きてちゃ、足スコーピオンを使っても大した成果は得られないし」
「それは、どういう……?」
「足スコーピオンの弱点は、しっかりあるという事だよ」
そう告げると、王子は指を立てて説明を開始した。
「ハッキリ言ってしまうけれど、足スコーピオンはあくまで
王子の言う通り、以前七海が足スコーピオンを披露したROUND2の解説でも、その
足スコーピオンは、スコーピオンを用いた技術の一つであり、当然使用中は枠を食い潰す。
つまり、足スコーピオンを使っている間は、一つきりしか他のトリガーを使えないのだ。
片枠をスコーピオンに割いている以上、もしももう片方の枠でシールドを使ってしまえば攻撃手段がほぼなくなる。
事実上、この状態では攻撃と回避、どちらかしか行えないのだ。
両防御すら出来ない以上、防御にリソースを割くのは少々まずい。
つまるところ、今の犬飼は、そういう防御面の脆さを抱えているワケだ。
「今の澄晴くんは、防御面に問題を抱えている。幾ら機動力を補填しても、その欠落は無視出来ない。けど────」
王子は酷薄な笑みを浮かべ、告げる。
「────────今の澄晴くんを取り逃がしてしまえば、全ては元の木阿弥だ。此処で澄晴くんを仕留められるかどうか、それに全てがかかっているね」
「ハウンドッ!」
犬飼がスコーピオンで機動力を補填し、水上を仕留めた直後。
熊谷はその光景を見た瞬間、ノータイムでハウンドを発射した。
すぐに攻撃しなければ手遅れになる。
そんな心中の警鐘が、熊谷を行動に移させた。
「おっと」
しかし、犬飼はあくまでも冷静であった。
熊谷がハウンドを撃ち出したと見るや否や、屋根から飛び降りてそれを回避。
ハウンドは家屋に当たり、その壁面を削るに留まる。
「旋空弧月ッ!」
だが、動いたのは熊谷だけではない。
南沢もまた、犬飼に────────正確に言えば、犬飼が飛び降りた路地に向け旋空を撃ち出していた。
旋空が炸裂し、家屋が斬り裂かれる。
しかし、その旋空が犬飼を捉える事はなかった。
犬飼は旋空が直撃する寸前に路地から飛び出し、旋空を回避。
そのまま突撃銃の引き金を引き、熊谷と南沢に向けて弾丸をばら撒いた。
「くっ!」
「うわっ!」
熊谷も南沢も、共に足が削れている。
故に回避は叶わず、シールドで防御する他ない。
攻撃こそ最大の防御、とはこういった状況の事を言うのだ。
熊谷と南沢は機動力が死んでいるが、それでも2対1である事に変わりはない。
二人分の攻撃を凌ぎ続けるのは、幾ら犬飼とはいえ限度がある。
ならば、話は簡単。
凌ぐのではなく、攻撃をさせなければ良い。
相手の中距離火力は、ハウンドと旋空。
ハウンドは威力こそ乏しいが動きを制限するのに最適であり、防御不可の威力を持つ旋空と組み合わせる事で有効活用する事が出来る。
つまるところ、弧月使いとハウンドの組み合わせというのは思った以上に相性が良いのだ。
ハウンドで相手を固め、旋空で叩き斬る。
この連携は、シンプルながら強力だ。
射手や銃手の決め弾であるアステロイドと異なり、旋空は点ではなく線の攻撃。
より広範囲を攻撃範囲に収める事が出来る為、ハウンドと上手く組み合わせれば的確に相手を追い込む事が出来る。
しかも今回は、旋空使いが二人いるのだ。
流石の犬飼も、旋空を立て続けに撃ち込まれれば凌ぐのは難しくなる。
だからこそ、守りに入るのではなく攻勢を強める。
そもそも、足スコーピオンで機動力を補っている関係上、今の犬飼の防御は酷く脆い。
一度でも守勢に回れば、そのまま押し切られるだろう。
故に、攻勢を強め相手の攻撃回数自体を減らす。
幸い、相手の機動力はほぼ死んでいる。
攻撃をすれば防御する他ない以上、少なくとも両攻撃は封じる事が出来る。
(もっとも、この二人
犬飼は二人を銃撃で牽制しながら、油断なく周囲を見回している。
攻勢を強めれば、機動力の死んだ二人は防御する他ない。
故に、この二人相手であればどうにかなる。
しかしそれは、この場に
当然ながら、そんな事は有り得ない。
生駒はバッグワームを着て潜伏中だし、ユズルや茜も位置は不明。
何より、試合が始まってから一度も那須の姿を見かけていない。
那須はこの局面に置いて、ある意味狙撃手よりも厄介な駒だ。
狙撃手はその性質上細心の注意を払って狙撃を行う必要があるが、類稀な機動力を備えた那須は居場所が知れた所で即座に逃走を選びそれを高確率で成功させる事が可能だ。
しかも、彼女の操るメイントリガーは
狙撃と違い、何処から飛んで来るか知れたものではない。
更に那須には、合成弾という手札がある。
戦線を混乱させ、あわよくば甚大な被害を齎す事の出来る
扱いは難しいが、一度狙われたら回避も防御も困難である
どちらも、充分以上の脅威である事は間違いない。
特に厄介なのは、コブラだ。
コブラはいわば二宮の必勝戦法であるハウンドとアステロイドの組み合わせによる崩しを単体で行う事が出来る合成弾であり、シールドを広げただけでは防げず、回避も困難であるという性質を持つ。
トマホークと違って相手の位置をきちんと確認しなければ有効には使えないが、一度ターゲットとして照準されれば避ける事も防ぐ事も難しいというクソゲーもかくやという合成弾であるのだ。
有効な対処方法が
今の犬飼は、足を止めた時点で詰みに等しいのだ。
機動力を補っているように見えるが、それもあくまでその場凌ぎに過ぎない。
つまり、那須が介入して来た時点で犬飼は落ちる。
生駒やユズルが介入した場合も、また同様である。
辻に言った「そのうち死ぬ」とは、
それが熊谷達の現行の戦力や地形状況、不確定要素すら鑑みて、犬飼が出した結論であった。
(けどまあ、那須さんを引きずり出せればそれで充分。ついでにこの二人のどちらかでも落とせば、お釣りが来るよね)
だが、裏を返せば第三者の介入がなければ、犬飼が落ちる可能性は低いという事でもある。
水上が生きていれば分からなかったが、先ほどの奇襲で彼を落とせたのは僥倖だった。
あの一瞬の隙を作り出す為に、敢えてギリギリまで足スコーピオンは使わずに温存していたのだ。
あの場に置いて、水上の存在だけが犬飼にとってはネックだった。
水上は本職の射手であり、生駒隊のブレインだけあって頭も切れる。
自分が出し抜かれるなら水上だろうと、犬飼は予測していた。
水上であれば、南沢や熊谷を上手く使って自分を追い込み仕留める事が出来るだろう、と。
故に犬飼は、最初から水上を確実に仕留める為に敢えて不利な状況で戦闘を行っていたのだ。
全ては、あの奇襲で水上を仕留める為に。
そして奇襲は成功し、水上は落ちた。
後はこのまま時間を稼ぎ、那須や生駒を誘い出せればそれで充分。
無論チャンスがあれば熊谷達を仕留めるが、それよりは那須の位置を割り出せた方が得になる。
二宮と合流出来ないのは痛いが、適度に相手の戦力を削り二宮が動き易い盤面を作れれば、それでどうにかなる。
現在二宮が両攻撃を使えないのは、狙撃手や那須の位置が割れていないからだ。
特に、初撃で合成弾を撃ち込んで来るであろう那須の大まかな位置は、二宮としては是非とも知っておきたい情報の筈だ。
ならば、熊谷達を仕留める事よりも那須の居場所を割り出す事を優先する。
それが、犬飼の出した結論であった。
(さあ、来なよ。早くしないと、また熊谷さんがやられちゃうよ?)
声に出さない挑発を、その行動を以て主張する。
那須が来れば、それで良し。
来ないのであれば、このまま二人を仕留めるだけ。
これは、そういう盤面だと犬飼は考えている。
犬飼は銃撃を続けながら、ジリジリと距離を取る。
恐らく、このまま此処を離脱し二宮との合流を図る算段だろうと熊谷は予想した。
「させないっ!」
それを許せば、此処までの奮闘が無に帰する。
それだけは、看過出来ない。
そう判断した────────否、させられた熊谷は、即座に行動に移る。
熊谷はシールドを張りながら、再度ハウンドを展開。
犬飼へ向け、ハウンドを射出する。
「────片手、使ったね?」
「……っ!」
だが、それこそが犬飼の罠。
犬飼は熊谷が射出したハウンドの目の前にシールドを展開し、これを弾く。
ハウンドは、誘導性能の強弱でその軌道を決定する性質を持つ。
誘導性能を弱くすれば弾を散らす事が出来、逆に誘導性能を強くすれば弾を集中出来る。
その性質があるからこそ、バイパーと見紛うような曲射軌道が行えるのだ。
しかし、その発射点をシールドで抑えられてしまえば弾が散る前に防がれるのは通りである。
ハウンドは、あくまでその応用性の高さが武器。
規格外のトリオンでも持っていない限り、威力には欠ける。
吸い込まれるようにシールドに直撃したハウンドは、その全てがその場で受け止められた。
その隙を、逃す犬飼ではない。
犬飼はそのまま家屋の壁を駆け、一気に熊谷へと肉薄する。
「舐めないで……っ!」
しかし、幾ら犬飼といえど相手は受け太刀の達人である熊谷。
水上にやったような、スコーピオンによる奇襲は通用しない。
そう判断した熊谷は、弧月を用いて犬飼を迎撃しようと刃を振るう。
「────それは、こっちの台詞だね。俺が素直に、攻撃手相手に接近戦すると思った?」
「……っ!?」
だが、そんな事は犬飼とて百も承知。
接近戦を仕掛けようとしたのは、ブラフ。
犬飼は熊谷へ肉薄する寸前、その進路を反転。
熊谷の側面へと跳躍し、彼女目掛けて銃撃を撃ち込んだ。
「く……っ!」
咄嗟にシールドで防御した熊谷であったが、犬飼は瞬時に照準を変更し、シールドの外側から熊谷の左腕を撃ち抜いた。
無論、深追いする事はなく犬飼は即座に転身。
地を駆け壁を走り、熊谷と距離を取った。
一瞬後に、犬飼がいた場所を旋空が薙ぎ払う。
「くっそー」
南沢の放った旋空をやり過ごし、攻撃が不発に終わって悔し気な顔を見せる彼を視界に収めた。
本来であれば南沢の機動力を頼みとした攻勢は銃手にとって厄介な代物だが、その最大の持ち味である機動力が死んでいる以上そこまで大きな脅威には成り得ない。
今のように、旋空さえ躱してしまえばどうとでもなる。
流石に、グラスホッパーだけを頼りに接近戦を仕掛けて来る程無謀ではないだろう。
熊谷も、手の内や思考傾向は把握出来ている。
既に、形勢は逆転した。
後は、予定調和だ。
熊谷達を、犬飼が仕留めるか。
犬飼を仕留める代わりに、那須が姿を晒すか。
その、どちらかだろうと犬飼はほくそ笑む。
「さあ、その程度じゃ俺は倒せないよ。それとも、前回の焼き直しがお好みかい?」
熊谷へ向け、犬飼は挑発をかける。
それはとても、追い込まれた獲物の見せる顔ではない。
追い込まれたと見せかけて標的を狙う、狩人の眼であった。
色々とシミュレーションした結果、四面楚歌の不利対面でも無双じみた活躍をする犬飼。
マジこいつ有能過ぎる。原作でも結局これといった失態はしてないし、能力高くて頭も切れて万能とか、マジでえぐいよなあ。