「大苦戦じゃないか、くま。流石に犬飼の相手は荷が重かったか?」
「まあ、戦闘経験の質や性格的な相性がありますからね。むしろ、よくやってる方だと思いますよ」
太刀川の言葉に、出水がそう答える。
その反応に、太刀川はおっ、と目を丸くした。
「お前、確かくまの師匠みたいな事してたろ? 弟子を応援してやんねーのか?」
「じゃあ聞きますけど、太刀川さん。七海がもし同じ状況だったら、どうします? 応援しますか?」
「するワケないだろ。観客として楽しむだけだ」
「ま、そういう事ですよ」
出水はそう言い、苦笑した。
「結局、
まあ、と出水は続ける。
「結果が出なかったら俺らの指導力不足と判断して訓練メニューを考え直したりもするかもですが、本番の時に出来る事なんて見守る事だけっすからね。太刀川さん、いつも言ってるでしょ? 気持ちの強さは関係ない、って」
「ああ、事実だからな」
太刀川はそう言い、自分の顎に手を当てた。
「勝負の結果を決めるのは、本人の実力と戦術、あとは運だ。そりゃあ実力が相当近い奴同士なら気迫で勝つ事もあるだろうが、実力差がひっくり返るなんて事はまずない。弱い奴が強い奴に勝てるとしたら、相当良い条件が重ならなきゃまず無理だ」
そうじゃなきゃ、勝てなかったのは気持ちの強さが足りなかったから、なんて事になるだろ? と太刀川は言う。
出水は無言で頷き、太刀川の言葉に同意する。
太刀川はいつも、「気持ちの強さは関係ない」と繰り返し言っている。
多くの者に向けて言っているこの太刀川の持論は、少々誤解され易いものでもある。
別に太刀川は、戦う者の気持ちを軽視しているワケではない。
むしろ逆だ。
戦う者の抱える想いを大事にしているからこそ、彼は言うのだ。
お前が負けたのは、気持ちが弱かったからじゃない、と。
むしろこの持論は、太刀川なりのエールなのだ。
気持ちの強さで負けたんじゃない。
努力の方向性や戦術の選択、それらが少々間違っていただけなのだと。
間違っていたのなら、そこを直せば良い。
それでも足りないのであれば、誰かに相談して指導を受ければ良い。
立ち止まるな。
我武者羅に、けれど考えて進め。
そして、自分を楽しませるような戦いを見せてくれ。
太刀川の真意は、そんな所だ。
私生活では残念を通り越して頭痛を覚える有り様である太刀川であるが、こと戦闘の事となれば真摯なのだ。
どうして戦闘に関しては此処まで真剣になれるのに他は全部駄目なのか、と思うくらい太刀川は戦闘に対しては真摯に向き合っている。
だからこそ出水は、この男に付いていくと、太刀川隊の射手としての務めを全うすると誓っているのだ。
まあ、本人に言ったら調子に乗るだろうから口には出さないのだが。
「で、そこんトコどうなんだ? そんな顔するって事は、なんか仕込んでんだろ?」
「別に大した事はしちゃいないですよ。単に、色々と
出水はそう告げ、最終ROUNDの前に行った那須隊との訓練を想起した。
「犬飼先輩に勝つ方法?」
「うん。あるんだったら、聞いておきたくて」
出水は熊谷の「犬飼先輩に勝つにはどうすればいいかな?」という突然の問いに、ふむ、と思案し彼女を見据えた。
熊谷の目は、真剣そのものだ。
口調こそ穏やかだが、その眼からは鬼気迫る気迫を感じる。
これは相当真剣な問いかけだな、と出水は至極真面目に答える事にした。
「まず、ぶっちゃけるとまともに戦えば犬飼先輩が勝つ。これは良いよな?」
「うん。悔しいけど、事実だからね」
「ま、俺も出来ればまともにはやりあいたくない手合いだしな」
出水はそう言って、苦笑する。
「犬飼先輩は殆どの能力が高いレベルで維持されてる上に、頭もかなり切れる。それに何より、相手の嫌がる事を的確に行うセンスがずば抜けてる。俺もそれなりに出来る奴だとは自負してるけど、犬飼先輩の
「うざさ、か」
ああ、と出水は肯定する。
「この場合のうざさってのは、相手の思考傾向や出来る事を的確に見抜く観察眼と、その場で適切な対応を行う優れた判断力の事だ。犬飼先輩は、このレベルが滅茶苦茶高い。あそこまで嫌がらせが巧い人は、早々いない」
A級時代も散々してやられたからなあ、と出水は言う。
出水から見ても、犬飼の相手のペースを乱す能力は一級品だ。
相手の出来る事や思考傾向を把握し、その時その場で
サポートが得意という事は、相手が何をやって欲しいのか、逆に何をやって欲しくない事が瞬時に把握出来る、という事でもある。
優秀なサポーターは、その能力の活用の仕方次第では悪辣な妨害者と成り得るのだ。
犬飼は、その典型と言える。
「そりゃあ近距離で斬り合えば熊谷さんが勝つだろーけど、犬飼先輩は銃手だ。熊谷さんの間合いには、まず入ってくれないだろうな」
「まあ、そうだよね……」
「意表を突いて突っ込んでくる事もあるかもしれないけど、その場合は何か思惑があっての事に間違いねーからな。誘いに乗って踏み込み過ぎたらアウトだ」
そんな状況はあんましないだろうけど、と出水は告げる。
犬飼は確かにブレードトリガーであるスコーピオンを装備してはいるが、その立ち回りは堅実な銃手そのものだ。
奇襲目的で接近して来る事はあるだろうが、基本は中距離での立ち回りに終始するハズである。
その裏をかいて何か仕掛けてくる可能性もあるが、そこまでは状況次第としか言いようがない。
その時何が最適な判断か、なんてのは状況次第なのだから。
「犬飼先輩はとにかく、状況判断と対応の速さが群を抜いて高い。それに熊谷さんより、
それに、と出水は続ける。
「多分、生半可な策はすぐに看破されるだろーな。これまでの戦いで使った戦術パターンは、大体把握されてる筈だしな」
ログはきちんと見ているだろうし、と出水は告げる。
犬飼は、相手を格下と考えて侮る、などという事はしない。
むしろ窮鼠猫を噛む可能性を排除する為に、相手のデータは徹底的に調べ上げる。
獅子白兎、という言葉があるが犬飼はまさにそれだ。
どんな相手だろうと、決して手は抜かない。
番狂わせ、というものが状況次第で幾らでも起こる事を、犬飼は良く知っている。
だからこそ、油断はしない。
むしろこれまで戦った経験が殆どない相手だからこそ、準備は綿密に行う。
それが、犬飼澄晴という男のスタンス。
強者故の驕りや慢心が一切ない、ある意味では格下殺しさえ言える人間。
「それに、犬飼先輩はいざとなれば躊躇なく自分を捨て駒に出来る。自分が死んでも目的が果たせるならそれで良い、って考えるタイプだからな。場合によっては、自分から落とし易い状況に持っていく事すら有り得る」
そして、犬飼は自分の生存に必ずしも拘らない。
自分が落とされても尚メリットのある状況となれば、彼は躊躇なく捨て駒になる。
そのあたりの決断力も、犬飼の厄介な点である。
「たとえば、潜伏してる相手を炙り出す為にわざと捨て駒になる可能性もあるかもだな。特に那須隊は隊員を潜伏させて奇襲を狙う事が多いし、有り得ない話じゃない」
出水の言うように、今の那須隊の基本戦略は隊員を潜伏させ、逐次投入する事による攪乱と奇襲だ。
奇襲する予定の駒が犬飼の犠牲を以て炙り出されれば、後が続かない可能性が出て来る。
位置が割れていない、というのは大きなメリットだ。
犬飼はそのメリットを捨てさせる為なら、自分が捨て駒になる事も躊躇しない。
彼は、そういう男だ。
「そういう状況になったら、落とせたとしても実質負けだな。そこらへん、犬飼先輩は躊躇しないぞ」
「…………仕事をさせずに落とす事が必要って事ね」
「そういう事だな」
とはいえ、これは言う程簡単な話でもない。
以前のように熊谷が窮地になった際に後先考えずに助けに行く那須の悪癖はなくなっているが、それでも熊谷だけで犬飼を落とせないと判断された場合、小夜子が那須の投入にゴーサインを出す可能性は充分有り得る。
那須の位置が知られるのは痛手だが、何よりも犬飼と二宮の合流を防ぐ事こそが最優先事項。
その為なら、多少のリスクは仕方ないと割り切る可能性は高い。
つまり、それをさせない為には、矢張り熊谷が独力で犬飼を倒すしかないのだ。
「けど、そんな簡単な話じゃねーぞ。たとえば、これまでの試合で熊谷さんが何度か使った捨て身戦法は、まず通用しないと思った方が良い」
「それは何故?」
「捨て身は、そうと知られた段階で強みを失うからだよ」
出水は指をピンと立て、説明する。
「捨て身戦法の利点は、相手の意表を突ける事だ。
そう、捨て身の利点とは、防御を度外視したが故の攻撃力────────ではない。
まさかそんな真似をする筈がない、という相手の意識の空白を突ける事こそ、捨て身戦法の最大のメリットなのだ。
「熊谷さんは、これまでの試合で何度も捨て身戦法を使ってる。当然犬飼先輩はそれを知ってるだろーし、下手に捨て身で行ってもきっちり防がれてただやられるだけだろーな」
「成る程…………流石に何度も、捨て身戦法をやり過ぎたか。でも、そのくらいやんないとあたしは────」
「いやいや、何言ってんの。逆だよ逆。それをやったお陰で、勝ちの芽が出てきたんだから」
え、と熊谷は出水の予想外の発言にキョトンとした顔を見せる。
そんな熊谷に、出水は苦笑しつつ説明した。
「熊谷さんはここ最近の試合で、繰り返し捨て身戦法を使ってる。犬飼先輩は当然今回も捨て身戦法は警戒しているだろうし、ここぞという時は捨て身を躊躇しないと考えているだろーな。そう、
つまり、と出水は続ける。
「────────発想を変えればいい。犬飼先輩の意表を突くんじゃなくて、やろうとしている事とは別の可能性が最も高いと思わせる。それが出来れば、きっと勝てるさ」
(来ないな、那須さん。もしかして、生駒さんに俺を獲らせる気かな?)
犬飼は路地を忙しなく移動しながら銃撃を敢行し、思案する。
熊谷を大分追い詰めたが、依然として那須が介入する気配はない。
事此処に至り、犬飼は那須が────────というよりも那須隊が、犬飼を生駒に落とさせる方針なのではないかと疑い始めた。
無論自分の隊の得点にはしたい筈だが、それよりも那須の潜伏を優先したと考えれば辻褄が合う。
極論、犬飼が落ちれば方法はなんでもいい、と考えても不思議ではないのだ。
(なら、時間稼ぎに付き合う必要はないな。手早く終わらせよう)
現状を鑑みてその可能性が最も高いと結論付けた犬飼は、方針を適度に追い詰めての炙り出しから熊谷を落とす方向へとシフトする。
南沢もまだ生き残っているが、最大の持ち味である機動力の死んだ南沢はさして脅威にはならない。
旋空による攻撃さえ注意していれば、後はどうとでもなる筈だ。
事実、先ほどまでは散発的に撃ってきた旋空も今は鳴りを潜めている。
闇雲に撃っても犬飼は仕留められない、と判断し静観を選んだ可能性もある。
実際は線の攻撃である旋空は撃たれると鬱陶しいし、壁となる障害物が薙ぎ払われる為犬飼にとってはあまり使って欲しくはない攻撃なのだが、熊谷と犬飼を食い合わせる為に敢えて使用を控えた可能性もある。
生駒隊のブレインである水上は、そのくらいの判断は普通にこなせる。
それが良い判断かどうかはさておき、結果として今の南沢の脅威度は低いと考えて良いだろう。
(敢えて正面から向かえば、熊谷さんはきっと捨て身で俺を仕留めようとして来るだろうね。なら、捨て身を誘発してそこをきっちり仕留めれば良い)
犬飼はこれまでの熊谷の行動やROUND7までのログの内容を鑑みて、そう結論した。
熊谷はROUND5からROUND7まで、捨て身の戦法を用いて戦果をもぎ取っている。
格上や不利な状況下でもきっちり戦果を持ち帰ったその手腕は大したものだが、それは単に熊谷の捨て身戦法への警戒が足りなかっただけに過ぎない。
来ると分かっている捨て身は、ただの無謀な突撃に過ぎない。
きっちり攻撃を防げば、後は無防備なその身体に攻撃を叩き込んでやればそれで終わりだ。
(さあ、やろうか)
犬飼はタイミングを見計らい、銃口を上に向け弾種切り替えのスイッチを押す。
そして、上空へ向けて銃口からハウンドが飛び出し、山なりに熊谷へと向かっていった。
「……っ!」
此処は、特に複雑なワケでもない住宅街の一角。
当然上へ射出したハウンドは熊谷からも丸見えであり、このままでは奇襲にもなりはしない。
だがそれは、撃ったのが
犬飼は即座に路地の角を曲がり、熊谷の前へ姿を見せた。
そして既に弾種を切り替えた突撃銃から、
これを防ぐには集中シールドを用いる他なく、上空へ撃ち放ったハウンドを防ぐ為にはシールドを広げるしかない。
つまり
「旋空────」
(来た……っ!)
案の定、熊谷はシールドも張らずに旋空の発射態勢を取った。
恐らく、防御を捨てて旋空とハウンドの二段構えの攻撃で犬飼を仕留めるハラだろう。
だが、そうはならない。
熊谷の足が削れて移動がままならない以上、旋空もハウンドも発射地点は動かない。
発射地点さえ分かれば、躱すのも防ぐのも造作もない。
それで、詰みだ。
熊谷の攻撃は犬飼には届かず、防御を捨てた熊谷の身体は蜂の巣になって脱落する。
それが、予定調和。
犬飼が思い描いた、未来予測。
熊谷の戦術レベルは、先ほどの接近で不用意に攻撃して来た時点で底が知れた。
あそこで攻撃を選んでしまう程度の戦術レベルであれば、この予測を覆す事など出来はしない。
犬飼は、そう結論付けた。
(終わりだよ。熊谷さん)
そして犬飼は何処か冷ややかな視線で、熊谷を見据え────。
「いや、違うね」
────────そんな犬飼の思考を
そして、笑みと共に、告げる。
「それは、
「な……っ!?」
その光景に、犬飼の眼が見開かれる。
この試合が始まってからおおよそ初めて見せた、犬飼の驚愕。
その、視線の先には────。
「
────────
旋空は、フェイク。
集中シールドと広げたシールドの二重の防御を行った熊谷は、犬飼の二重の銃撃を見事に防ぎ切った。
予想外の光景を見た事による、刹那の思考の空白。
その陥穽をこそ、熊谷は待ち望んでいた。
「旋空弧月ッ!」
今度こそ放たれた、旋空一閃。
犬飼は間一髪で思考の空白から立ち直り、跳躍してそれを躱す。
そして今度こそ熊谷を仕留める為、突撃銃の引き金に手をかけた。
射撃トリガーには、キューブを生成しそれを分割、射出するという発射までのタイムラグがある。
今ならば、熊谷がハウンドを発射するよりも犬飼が引き金を引く方が早い。
今の両防御には驚かされたが、これで結果は変わらない。
熊谷は落ち、犬飼は生き残る。
そう、結論した。
「が……っ!?」
────────故に、その一撃は正真正銘犬飼の意識の外だった。
犬飼の直下、家屋の影から放たれた無数の弾丸────────
それが、攻撃が来る筈がないと考えていた犬飼の背に直撃し、致命の一撃となった。
「置き弾か……っ!」
その発射スピードは、今しがた生成したものでは断じてない。
弾丸を予め生成しておき、一旦コントロールを手放して待機。
然るべきタイミングで再度コントロールを戻し、発射する射手の技術の一つ。
置き弾による、奇襲であった。
(此処まで計算してたのか……っ! さっきの接近の時、不用意に迎撃したのは俺に戦術レベルを誤認させる為か……っ!)
犬飼は熊谷の思惑を理解し、内心溜め息を吐いた。
先ほどの迂闊な迎撃を見た時、犬飼は熊谷の戦術レベルを相応に低く見積もった。
有り体に言えば、失望していたのだ。
この程度の判断も出来ない、戦術レベルが低い相手であると。
だが、それこそが熊谷の狙い。
犬飼に自分を侮らせる為の、その為だけの一手。
全ては、今のこの状況に繋げる為。
その為に仕組まれた、熊谷の罠だったのだ。
「ナイスキル」
犬飼は混じり気なしの称賛を込めて、晴れやかな顔でそう告げる。
そんな犬飼の賛辞に面食らったのか、熊谷は困ったような笑みを浮かべた。
「どうも。前回の借りは返せたわね」
「そうだね。してやられたよ」
『警告。トリオン漏出過多』
機械音声が、犬飼の致命傷を告げる。
ハウンドによる損傷によって犬飼のトリオン体は罅割れ、崩れ始めている。
あと数秒で戦闘体は崩壊し、犬飼は脱落する。
「────────けど残念。俺、割と負けず嫌いなんだ」
「ぐ……っ!?」
────────その刹那、無数の弾丸が熊谷の身体を撃ち抜いた。
その弾丸の名は、ハウンド。
犬飼が旋空を回避する直前、地面スレスレに仕込んでいた置き弾である。
万が一銃撃が防がれた時の為に、犬飼は置き弾を設置していたのだ。
最低限、熊谷は確実に仕留められるように。
『トリオン供給機関破損』
機械音声が、熊谷の致命傷を告げる。
それを耳にして、熊谷ははぁ、と溜め息を吐いた。
「全く、勝ち逃げはさせちゃくれないか。本当、食えないわね」
「誉め言葉として受け取っておくよ。次は、負けないからね」
『『戦闘体活動限界。
奇しくも、同時。
二つの光の柱が立ち上り、熊谷と犬飼は共に戦場から離脱した。
やっとこさ犬飼脱落。でも仕事はしていくよ。
最近ちょくちょく更新のない日があるけど、ペースは基本的に維持するからご心配なく。
ちょっと諸事情で更新出来ない日がぶつ切りであるだけなのです。