痛みを識るもの   作:デスイーター

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二宮隊⑪

 

「これは大番狂わせ……っ! 熊谷隊員が置き弾を用いた戦術で犬飼隊員を撃破……っ! 犬飼隊員の反撃で落とされはしましたが、大金星ですっ!」

「お見事」

 

 王子は素直に、混じり気なしの称賛を口にする。

 

 それだけ熊谷が成し遂げた成果は、偉業は、称賛して然るべき代物だったからだ。

 

「よく澄晴くんに仕事をさせずに落としたね。これは大きいよ」

「仕事、ですか」

 

 ああ、と王子は頷く。

 

「あの場面、澄晴くんに一番させちゃいけなかったのは逃げ切られての二宮さんとの合流だけど、次点でさせちゃいけなかった事はなんだと思う?」

「それは……」

「隠れている隊員の位置割り出し、だな」

 

 言葉に詰まる桜子の代わりに、蔵内が答える。

 

 王子はその事は気にせず、こくりと頷いた。

 

「その通り。あの場で澄晴くんは自分を囮にしてナース、次点でヒューラーかな。いずれにせよ、隠れている隊員の位置を割り出したかった筈なんだよ」

 

 そうじゃなきゃ、もっと早くに熊谷さんを仕留めにかかった筈だからね、と王子は続ける。

 

「あの状況に陥った時点で、澄晴くんは自分の脱落は当然のものとして割り切った筈だ。なら、問題は自分の命をどう使うか。これに尽きる」

「それが、那須隊長の炙り出しだったと?」

「そういう事だね」

 

 王子は桜子の言葉を肯定し、笑みを浮かべる。

 

「二宮さんがシンドバット相手に膠着状態に陥っているのは、狙撃手やナースの位置が分からなくて両攻撃が使えないから、っていう理由が大きい。逆に言えば、ナースの位置さえ分かれば両攻撃を使うという選択肢が出て来るんだ」

「その為には、那須の位置は何としてでも割り出しておきたかった。だから熊谷を敢えて泳がせ、那須を炙り出しにかかったんだろう」

 

 そう、水上を倒した時点で犬飼にとって熊谷は、いつでも倒せる駒、でしかなかった。

 

 どの道、削れた足をスコーピオンで補填するしかなかったあの状況の犬飼では、第三者が介入して来た時点で落ちる事は確定。

 

 ならばいつでも落とせる熊谷をさっさと落とすのではなく、餌として用いて隠れている隊員を炙り出す。

 

 それが、犬飼の思惑だった。

 

「けど、待てどもナースが来る気配はなかった。多分澄晴くんは、那須隊は生駒さんに自分の処理を任せたと判断しただろうね」

「生駒隊長に、ですか」

 

 ああ、と王子は桜子の言葉を肯定する。

 

「あの場には熊谷さんだけじゃなく、カイくんもいた。なら、カイくんの観測情報を元に澄晴くんを生駒旋空で狙う事は充分可能だっただろう。流石にそれをされると、澄晴くんとしては困るからね」

「犬飼はどうせなら、那須の方を引きずり出したかった筈だからな」

「ナースには、合成弾があるからね」

 

 王子はそう言い、ピンと人差し指を立てた。

 

「ナースの強みは、その機動力を活かす事で比較的ローリスクで合成弾を使える点だ。特に潜伏状態から放つ初撃の合成弾の脅威は、かなりのものだと言って良い」

「特に変化貫通弾(コブラ)は回避も防御もし難い、厄介な合成弾ですからね。それを使われる可能性が高い以上、位置を割り出したかったのは納得出来る所です」

「そうだな」

 

 レイジもまた、二人の意見を肯定した。

 

「犬飼の強みは、リスクヘッジを疎かにしない事だ。その時その場で何が隊にとって最も利益が大きいかという判断を瞬時に選び取り、実行する。これが出来るのが、犬飼だ」

 

 だが、とレイジは続ける。

 

「今回は、それを逆手に取られた形だ。まさか犬飼も、熊谷に単独で落とされるとは思っていなかっただろうからな」

「だからこそ、今回は驚かされましたね」

「ああ、王子の言うように、大金星と呼ぶべき代物には違いないだろう」

 

 思えば、とレイジはぼそりと付け加える。

 

「熊谷はROUND5からROUND7まで、捨て身の戦法を用いて戦果を挙げていた。それ自体は別にどうこう言うつもりはない。捨て身もまた、ランク戦では立派な戦術の一つだ」

 

 だが、とレイジは続ける。

 

「当然、犬飼は熊谷の捨て身戦法も考慮に入れて動いていた筈だ。捨て身は、そうと知られた時点で強みを失う。もしも熊谷が捨て身で仕掛けていれば、一方的に落とされて終わりだっただろう」

「実際、澄晴くんはベアトリスが捨て身を仕掛けて来るように誘導してましたからね。あの時、きっと澄晴くんはシールドを用いた防御ではなく捨て身の攻撃を選んでくると考えていた筈だからね」

 

 王子が言っているのは、無論犬飼がハウンドとアステロイドの波状攻撃を仕掛けた時の事だ。

 

 あの場面は普通であれば防御を優先する場面だが、熊谷なら捨て身で突っ込んでくると、犬飼はそう考えていた筈である。

 

 でなければ、熊谷が両防御(フルガード)を選んだ時にあそこまで驚いていた筈がないからだ。

 

「澄晴くんはベアトリスを、自分と同じで隊の勝利の為なら躊躇なく捨て身になれる相手だと認識していた筈だからね。そういう意味では、少し先を読み過ぎたとも言える」

「頭を回し過ぎた、という事か」

「そうなるね」

 

 でも、と王子は続ける。

 

「多分ベアトリスは、澄晴くんのその認識こそを利用したんだ。ROUND7までの捨て身の多用が意図的なものかどうかまでは言及しないけど、今回はその経緯を逆手にとって澄晴くんの思考を誘導したワケだね」

「捨て身で来るという思い込みを利用した、というワケだな」

「そうだね」

 

 王子はそう言って肯定するが、少し納得出来ていない部分もあった。

 

 彼の目から見て熊谷は、そこまで知略が回るタイプには見えない。

 

 ならば小夜子の采配か、とも考えたが、小夜子が得意としているのは王子の見たところ自分達の強みを押し付ける戦略であり、相手の思考を読むという点に置いては犬飼には及ばない。

 

 誰かの入れ知恵でもあったかな、と気を回すが、余計な思考だと打ち切った。

 

 この際、過程はどうでも良い。

 

 熊谷が最高の形で犬飼を落とした。

 

 今は、それが全てなのだから。

 

「まあ、お返しとばかりに置き弾を使ってベアトリスを仕留めたあたりは流石だと思ったけどね。澄晴くんらしいよ」

「二宮隊にとって、充分な痛手ではあったしな。熊谷を生き残らせるのは不味いと思ったんだろう」

「それをきちんと実行出来るあたりが、澄晴くんが澄晴くんたる所以だね」

 

 言うは易し、行うは難し。

 

 実戦に置いて、有言実行というのは中々に難しい。

 

 戦場は生き物のようなものであり、常にイレギュラーが起こり得るものだ。

 

 戦況をコントロールする、というのは言う程簡単なものではない。

 

 状況を正確に認識する俯瞰能力とこれから起こり得る事態を推測する観察眼、そしてあらゆる事態に即応する能力が求められる。

 

 その能力が高水準で纏まっているのが犬飼という男であり、その最大の強みでもあった。

 

 予想外の一手で驚きはしても、リカバリーはきっちり行う。

 

 それが、犬飼という男なのだった。

 

「しかしそれでは、この状況は二宮隊にとって不測の事態、と考えてよろしいんでしょうか? 二宮隊は、不利な状況に陥ったと」

「確かに、理想的な展開とは言えない。けれど、致命的、という程でもないんだ」

 

 だって、と王子は告げる。

 

「相手は、あの二宮さんだ。そもそも多少の不利を押し返す力があるからこそ、あの人はB級のトップに君臨し続けていられるのさ。普通にやるだけじゃ、まず落とせないだろうね」

 

 

 

 

『二宮さんすいません。那須さんの居場所は割り出せませんでした』

「そうか」

 

 二宮は脱落した犬飼からの連絡を受け、ただ静かにそう告げた。

 

 犬飼の脱落それ自体に、驚きはない。

 

 他ならぬ犬飼が自分は落ちると考えていたし、二宮も両攻撃を封じられた状態で七海を振り切って犬飼を助けに向かうのは現実的ではないと考えていた。

 

 故に犬飼が落ちた事自体は予定調和であるが、那須の位置が分からなかったのは正直痛い。

 

 回避も防御も難しい変化貫通弾(コブラ)を操る那須の位置は、出来れば特定しておきたかったのだ。

 

 狙撃の方は、近くの建物はあらかたメテオラで破壊している為、ライトニングを至近距離で撃たれでもしない限りは着弾までには反応出来るだろう。

 

 そのライトニングも、シールドを広げていればそれで事足りる。

 

 最も警戒しなければならないのは、矢張り那須のコブラである。

 

 以前のように変化炸裂弾(トマホーク)を撃ち込んでくるだけなら、どうとでも対応出来た。

 

 メテオラの性質を持つトマホークは撃墜してやれば誘爆するし、攻撃範囲は広いが威力そのものはそう高いワケではない為通常のメテオラと同じくシールドを広げれば耐え切れる。

 

 しかし、コブラはそうはいかない。

 

 広げたシールドだけでは対応出来ず、かと言って集中シールドでは漏れが大き過ぎる。

 

 両防御(フルガード)で対応するのが手っ取り早くはあるのだが、それをするとそのまま固められる危険がある。

 

 ボーダーの中でもトップクラスのトリオン量を誇る二宮だが、トリオン体の強度自体は他の隊員と変わらない。

 

 どんな攻撃であろうと、急所を射抜かれれば終わりなのだ。

 

 だが、来る()()さえ分かればそれなりにやりようがある。

 

 だからこそ、那須の位置は特定しておきたかったのだが……。

 

(構わん。それならそれで、やりようはある)

 

 二宮は周囲を飛び回る七海を視界に収めながら、手元にトリオンキューブを生成する。

 

 七海は先ほどから一度も休まずに跳躍を繰り返し、時には炸裂弾(メテオラ)をばら撒く事で二宮の攻撃をいなしていた。

 

 一度でも捕まれば終わり、という事を七海は良く理解している。

 

 二宮の誘導弾(ハウンド)は、相手を固めて殺す為の()だ。

 

 その檻に囚われたが最後、後は弾幕の雨によって削り殺されるしかない。

 

 故に七海は、常に動き回りハウンドを振り切る、という方向に舵を切った。

 

 無論、攻撃の意思は全くない。

 

 七海は現在、二宮の相手は時間稼ぎで充分、と考え戦っている。

 

 仕留めるつもりであれば踏み込んで来た所を迎撃すれば良いのだが、それは七海とて理解している。

 

 まともに1対1で戦えば、間違いなく二宮が勝つ。

 

 少なくとも、ノーダメージの二宮相手に七海が単独で落としにかかるのは無謀というものだ。

 

 だからこそ、攻めはしない。

 

 此処に二宮を釘付けにする事こそ、七海の狙いなのだから。

 

「熊谷が犬飼を単独で落としたらしいな。以前はどうしようもないと感じていたが、少しはマシになったらしいな」

「……?」

 

 突然話しかけてきた二宮に対し、七海は足を止めずに疑問符を浮かべる。

 

 会話でこちらの動きを止める事が狙いか、などと考えつつ、二宮の一挙手一投足を注視する。

 

 その様子に、会話に応じる気はないと悟ったのだろう。

 

 フン、と鼻を鳴らした二宮はじろりと七海を見据えた。

 

「答える気はないか。まあ良い。ただ、これだけは言っておく」

 

 そう言いながら、二宮は手元のトリオンキューブを分割する。

 

 来るか、と身構えた七海を見て、二宮は再び鼻を鳴らした。

 

「────────お前は、俺が墜とす」

 

 ────────言葉が、重くのしかかる。

 

 否。

 

 これは、闘志だ。

 

 二宮の、混じり気のない純粋な闘志。

 

 それが重さを伴う重圧のように、七海に降りかかっている。

 

 無論、実際に重くなったワケではない。

 

 B級一位に君臨し続けた男の、闘志の籠もった一言。

 

 それが空気を震わせ、七海の四肢に心の重石を載せる。

 

 だからだろうか。

 

 七海は、二宮の次の一手に、反応出来なかった。

 

「────メテオラ」

「……っ!?」

 

 二宮は、分割したトリオンキューブを────────否、炸裂弾(メテオラ)を、()()()()()()射出。

 

 二宮の周囲を覆うように、無数の爆発が連鎖した。

 

「く……っ!」

 

 爆発が、二宮の姿を覆い隠す。

 

 ご丁寧に、七海はその爆破範囲から外れている為、副作用(サイドエフェクト)を以てしても反応出来なかった。

 

 七海のサイドエフェクトは、自身がそのダメージ発生範囲の内部にいる状態でなければ反応出来ない。

 

 それを分かっているからこそ、七海を爆発に巻き込もうという()を出さず、自分の周囲だけを爆破したのだろう。

 

 自分の姿を、射線から隠す為に。

 

(となれば……っ!)

 

 次に起こる事を予想し、七海は身構える。

 

 そして案の定、()()は起こった。

 

 爆心地の中央から上空に向かって放たれる、無数の光弾。

 

 それも、一つや二つではない。

 

 まさしく豪雨のような、凄まじい数の光弾が空へと撃ち出された。

 

「両攻撃か……っ!」

 

 あの数からして、片手撃ちでは有り得ない。

 

 間違いなく、両攻撃(フルアタック)

 

 先ほどまでとは、弾幕の密度も、範囲も違う。

 

 これこそが、二宮の狙い。

 

 爆破で視界を潰す事で射線を途切れさせ、その隙に両攻撃を敢行する。

 

 その一手により、先ほどから出す事自体を防いでいた両攻撃が解禁されてしまった。

 

「間に合うか……っ!」

 

 七海は通常の回避機動では避けきれないと即断し、グラスホッパーを展開。

 

 それを踏み込む事で、二宮のハウンドからの逃げ切りを狙う。

 

「く……っ!」

 

 高いトリオンを持つ二宮の射程は、相当に長い。

 

 しかも、量が量である為家屋に隠れた程度では貫通される。

 

 二宮の両攻撃ハウンドから逃げ切るには、それこそガン逃げで射程外へ出るか、複数の建物を経由して凌ぎ切るくらいしか手段はない。

 

 何せ、一度でも弾幕の檻に捕まれば終わりなのだ。

 

 余計な事など、している暇はないのだ。

 

「……っ!」

 

 七海は近くの家屋の部屋の中に飛び込み、そのまま硝子を破って外へ出る。

 

 その七海を追跡するハウンドの群れは七海が飛び込んだ家屋を穴だらけにして、尚も七海に追い縋る。

 

 当然数は減っているが、絶対量が多過ぎる。

 

 同じように家屋を通り抜ける事で数を減らしてはいるが、それもいつまでもは続かない。

 

 追撃が来れば、それで終わりだ。

 

「────ハウンド」

 

 二宮は追撃の為、手元にトリオンキューブを展開。

 

 再度、両攻撃の態勢を取った。

 

 

 

 

「ガードを、捨てたか」

 

 その状況を、見張っている者がいた。

 

 彼は、ユズルは、その手にイーグレットを構えて告げる。

 

「迂闊だったね」

 

 そして、その一言と共に引き金を引いた。

 

 

 

 

 銃弾が、二宮の元に飛来する。

 

 二宮が両攻撃を行う隙を付いた、必殺の一撃。

 

 これが、ユズルの狙い。

 

 相手が両攻撃を使用したタイミングに合わせ、狙撃で射抜く。

 

 シンプルイズベスト。

 

 余計な思惑の入り込みようがない、単純な作戦。

 

 だが。

 

 だが。

 

「────迂闊だな」

 

 ────────だからこそ、罠の可能性を警戒しなければならなかった。

 

 二宮はいつの間にかトリオンキューブを解除しており、強固なシールドが全面に展開されている。

 

 イーグレットの弾丸はシールドによって弾かれ、消え去った。

 

「そこにいたか、絵馬」

 

 二宮は狙撃地点を割り出し、その眼を彼方へ向ける。

 

 影浦隊の狙撃手、ユズルが炙り出された瞬間であった。





 王子のこの試合におけるあだ名一覧

 『那須隊』

 那須→ナース
 七海→シンドバット
 熊谷→ベアトリス
 茜→ヒューラー
 小夜子→セレナーデ

 ナース、ベアトリス、ヒューラーはティガーズさんからアイディアを頂いたものです。シンドバットはカンさんから。セレナーデだけ自前です。

 王子のあだ名センスは独特だから結構迷ったけど、こんな名前がすぐ出て来るって凄い。
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