「あちゃー、やっちまったか。でもあれはしゃーねーよな」
上層観戦席にて、当真が額を抑えて派手な反応を見せる。
その視線は、二宮に居場所を暴かれたユズルの映像を見据えていた。
「あれは二宮さんがうめーな。両攻撃をすると見せかけて、狙撃手を釣った。単純だけど、効果的な手だぜ」
「狙撃手としちゃ、あんな姿見せられちゃ撃ちたくもならーな。ユズルの気持ちも分かるぜー、俺」
ありゃ撃ちたくなるもんなー、と当真はぼやく。
狙撃手である当真からして見ても、あの時の二宮は絶好の獲物に見えたのだ。
引き金が軽くなっても仕方ないと、当真は言う。
こればかりは、狙撃手でなければ分からない感覚なのかもしれない。
もっとも、当真の
「だが、結果として絵馬は狙撃に失敗し、二宮に居場所を暴かれた。それは事実だ」
「そりゃ、結果論じゃねーか? なら風間さんは、何が正解だったって言うんだ?」
「お前の言う結果論で語るなら、静観だな。少なくとも、絵馬はあそこで二宮に手を出すべきじゃなかった」
風間は太刀川に対し、ぴしゃりとそう告げる。
その言葉には、風間なりの見解が含まれていた。
「二宮は、考えなしに無防備になるような馬鹿じゃない。その二宮が明確な隙を見せたのなら、罠の可能性を疑って然るべきだ。二宮の戦術レベルを考慮するなら、あれが釣りだと推測する事は不可能じゃなかった筈だ」
つまり、と風間は続ける。
「絵馬は、二宮の戦術レベルの分析が足りなかった。もしくは、理想的に近い展開に気を緩めたか。そのどちらかだろう」
遠慮容赦なく、風間はそう締め括った。
言葉は厳しいが、風間は事実しか言わない。
おためごかしや、その場凌ぎの慰めを風間は嫌う。
厳しい言い方をしても、改善点があるなら積極的に指摘するべき。
それが、風間の基本思考だ。
故に厳しい人、というのが風間が受ける一般的な評価であるが、その厳しさは面倒見の良さに直結する。
風間は何も、絵馬が嫌いなワケではない。
逆だ。
ユズルほどの才能を燻ぶらせる事を、風間は良しとしない。
今この場でここまで厳しい物言いをするのは、偏にユズルの師匠である当真を通じて彼のレベルアップを図りたいからだ。
当真は太刀川と同じ低学力組だが、戦闘に関しては機転が効く。
感覚派を謳ってはいるが、彼の言う感覚とは狙撃手としての状況把握とその場その場の適切な判断能力を含めたフィーリングだ。
要は、狙撃手としての
その為、案外師匠としての適性は高い。
狙撃手として必要な理論を自分なりに噛み砕いて用いているので、同じタイプのユズルの師匠としては割と的確ではあるのだ。
だが、タイプが近過ぎるが故に当真とユズルはお世辞にも仲が良いとは言えない。
常日頃から「おれの師匠は鳩原先輩だけ」と言って頑なな態度を取るユズルにも原因があるのだが、当真は当真で一貫してフレンドリーに構い倒している為に、その影響は確かにユズルに及んでいる。
ROUND3で茜に落とされて以降、火が付いたユズルが自ら教えを乞うようになった為その影響力は以前よりも強い。
故に、ユズルを育てたいなら当真を通すのが手っ取り早いのだ。
「まあ、ユズルはホラ、二宮さんとは色々あるしよ」
「それがどうした。感情で失態を演じるようなら、ROUND3の時の那須や七海と変わらない。それはあの時解説をしていたお前も分かっているだろう」
「ま、そりゃそうだ」
当真はあっさりと、風間の意見に同意した。
確かにユズルは当真にとって可愛い弟子だが、この場合どちらに理があるかは明らかだ。
ユズルが狙撃を敢行してしまった理由の中には、師匠の鳩原を巡る二宮への複雑な想いが少なからず絡んでいるだろうとは、当真は考えていた。
ハッキリ言ってしまえば、ユズルはかなり感情的な人間だ。
理屈よりも、感情を優先する。
そこは二宮と同じだが、ユズルは二宮と違い自分の感情を理性で制御しきれていない部分がある。
有り体に言えば、青臭いのだ、ユズルは。
思春期の男子中学生としてはむしろ年相応と言えるが、それでもやってしまった事に変わりはない。
「高い技術も、それを適切に運用出来なければ宝の持ち腐れだ。お前も師匠を名乗るなら、務めを果たせ」
「了解了解。ちとやってみらーな」
当真は敢えて軽くそう口にするが、別に真剣に聞いていないというワケではない。
むしろ、真剣に聞いていたからこそだ。
当真は口であーだこーだ言うよりも、まずは行動あるのみだと思っている。
少なくとも、ROUND3での茜の活躍を見て以降は強くそう考えていた。
あの時、茜は当真の想定を超えて見事にユズルを落としてのけた。
しかも、そこからの逃げ切りまで完遂している。
あれには、正直度肝を抜かれた。
当真なりに意識している奈良坂の弟子という事もあり、それなりに気にかけていた狙撃手ではあった。
しかしまさか、あんな芸当が出来るとは夢にも思わなかったのだ。
あれ以来、当真はそれまで以上にユズルの指導に熱を入れるようになった。
ユズルもまた、あの敗北には感じ入るものがあったのだろう。
色々言いつつも、当真の指導を受け入れていた。
狙撃技術に関してはユズルは天性のものを持っており、当真が指導したのはそれを活かす戦術と戦闘経験の伝達だ。
ユズルは天才、と言っても過言ではない狙撃手だが、戦術的な経験の少なさもあり詰めが甘い部分がある。
それを補う為に、当真なりに自分の経験を踏まえた動き方を教えていた。
先程の隠岐を仕留めたカウンタースナイプも、その一つだ。
狙撃手にとって最大の敵は、狙撃手である。
攻撃手や銃手相手には射程の優位を持つ狙撃手だが、唯一同じ狙撃手に対しては、その優位は通用しない。
自分の攻撃が届く、という事は相手の狙撃も届く、という事なのだから。
故にあの時、ユズルは辻を狙わず、隠岐が撃つのを待った。
あの状況なら、生駒旋空
生駒旋空は確かに強力だが、それだけ相手も警戒している。
それに、ROUND6の那須の時とは違い、影浦も辻も生駒旋空は散々試合で見て来ている。
単発の生駒旋空だけでは、余程工夫しない限り致命打にはならないだろう。
だからこそ、
辻を狙ってくれればベストではあったが、結果として隠岐は釣り出せたのだから問題はない。
同じ射程を持つ隠岐を落とせた事で、ユズルは大分動き易くなったのだから。
恐らく奈良坂であればチームへの貢献を優先し辻を狙っただろうが、隊の気質の違いもあり一概にどちらが正解とは言えない。
チームの一員としての動きを最優先する奈良坂と違い、当真もユズルも隊のポイントゲッターとしての意識が強い。
サポーターとしてではなく、フィニッシャーとしての狙撃。
それが、当真とユズルの狙撃に対するスタンスだ。
「当たらない弾なんか撃てるかよ」と豪語する当真ほど極端ではないにしろ、ユズルにとっての狙撃は
そもそもの当真が同じ方針である以上、ここは変えようがない。
故に当真は相手を効率良く仕留める方法を伝授していたワケなのだが、その中には両攻撃を行った相手を狙う方法、なんてものもあった。
ある意味、ユズルは当真の教えを忠実に履行して失敗してしまったワケでもある。
それについては、思う所がない事もない当真であった。
「しかし、こりゃユズル死んだかね。二宮さんに狙われたら、早々生きてられねーだろーし」
「何を言っている。まだそうと決まったワケではないだろう」
「あん?」
どういうこった、と眉を顰める当真に対し、風間はあくまで淡々と、告げる。
「確かに二宮がフリーの状態で接敵したのなら時間の問題だっただろうが、今二宮の傍には七海がいる。それを利用しない程、絵馬は鈍くはないだろう」
「…………不味いな。位置を知られた」
ユズルは狙撃場所であるアパートの一室からスコープ越しに二宮に弾丸が防がれた事を確認し、己の失態を悟った。
あの二宮を落とすチャンス、という考えで引き金が軽くなった可能性は、否定出来ない。
ユズルは、チームメイトでありながら彼の師匠である鳩原を見捨てた(ように見える)二宮に対し、隔意を抱いている。
ハッキリ言ってしまうなら、嫌いだった。
隠岐を落とした後、すぐさま二宮を狙える位置に向かったのも、戦術的な利もあるが、そうした意識故の事でもある。
一矢報いてやりたい。
目にもの見せてやりたい。
そんな想いが、ユズルの引き金を後押ししたのだ。
だが結果は失敗し、ユズルはまんまと釣り出された。
二宮の、思惑通りに。
(どうする? 逃げるか? けど、ただ逃げただけじゃ追いつかれる。この市街地Aは、姿を晦ますには不向き過ぎる)
ユズルは思考する。
複雑なMAPであれば地形を利用して二宮を撒く事も出来たが、今戦っているMAPは良くも悪くもベーシックな市街地A。
地形を利用した逃げ方は、かなり難しい。
それに、相手は二宮だ。
多少の障害物は、物理的に吹き飛ばして終わりだろう。
それに、逃げたところで生き残っているチームメイトはもう影浦だけだ。
影浦は単騎で充分運用可能な駒であるし、何よりサイドエフェクトもあって生存能力がかなり高い。
逃げて時間稼ぎをする意味は、さほど感じられなかった。
しかし、何もせずに座して落とされるのを待つのもごめんだった。
逃走は困難。
時間稼ぎの意義も薄い。
ならば答えは、一つしかなかった。
「────メテオラ」
最初に動いたのは、七海だった。
七海は二宮がユズルの位置を特定した事を知ると、即座にメテオラを生成。
二宮へ向け、ノータイムで射出した。
分割数、27。
27のキューブに分かたれたメテオラが、二宮に向かって降り注ぐ。
「────」
対し、二宮は同じくメテオラで応戦。
二宮特有の菱形のキューブを構築し、七海のメテオラを迎撃した。
空中で、
こうなってしまえば、分割数に意味はない。
範囲内にいた全てのメテオラキューブが起爆し、連鎖的に爆発が起こる。
閃光。
爆音。
それが、周囲を席捲した。
七海のトリオンは10、二宮は14。
どちらも、ボーダー内という括りであればトップクラスの数値である。
当然、そんなトリオンの持ち主の生み出したメテオラの爆発は大きい。
連鎖爆発により、視界が白一色に染め上げられる。
爆破の起点は七海とも二宮とも離れていたが、豊富なトリオンに後押しされた二人のメテオラの爆発は容易にその範囲を拡大する。
七海は、跳躍して回避。
敢えて近付くメリットもない以上、当然の選択である。
七海の真骨頂は、サイドエフェクトを活かした回避能力と機動力を用いた攪乱能力。
足を止めればその強みが失われる為、当然の帰結である。
対して、二宮は防御一択。
七海と違い、二宮の機動力そのものは平均の域を出ない。
鈍いワケではないが、速いというワケでもない。
当然、メテオラの爆発から咄嗟に逃げ切るだけの機動力は持ち合わせてはいない。
故に、二宮が取った選択は単純明快。
シールドを広げ、爆破を防ぎ切る。
これだけである。
シールドの強度は、持ち主のトリオン量に比例して上昇する。
二宮ほどのトリオンになれば、相当な強度を誇る。
迷いなく防御を選択した理由も、まさにそれだ。
一度シールドを展開すれば、容易く貫けはしない。
その自負があるからこその、即断。
「──────────悪いけど、付き合って貰うよ」
しかし、そんな事は彼もまた承知の上。
けれど、否。
だからこそ彼は、引き金に指をかける。
彼は、ユズルは、スコープに二宮を捉えアイビスの引き金を引いた。
「……っ!」
二宮はそれを察知し、即座に集中シールドを展開。
遠方からの狙撃を、アイビスの一撃を防ぎ切った。
狙撃銃の中でも最大の威力を持つアイビスだが、その弾速は三種類の狙撃銃の中でも最も遅く、そして今回に限って言えば発射地点が見抜かれている。
狙撃は、何処から来るか分からないからこそ必殺の脅威足り得るのだ。
発射地点が見抜かれた狙撃で落とされるほど、二宮は鈍くはない。
だが、それで充分。
少なくとも、
逃げても、追いつかれる。
時間稼ぎは、無意味。
ならば狙うは、二宮と対峙している七海の援護。
二宮といえど、アイビスの狙撃ともなれば意識を向けざるを得ない。
故にユズルは、逃走ではなく抗戦を選んだ。
これが、最善の選択だと信じて。
してやられたのは確かでも、ただでは起きはしない。
そんなユズルの矜持が見せた、一射だった。
今日は寝落ちせずに更新出来たぞー。
最近寝落ちが多過ぎて困る。
絶え間ない更新が私の持ち味なのでね。これからもなるべくペースは落とさずいこう。