「二宮隊長が位置を割り出した絵馬隊員、逃走ではなく再度の狙撃を選択……っ! あくまでも徹底抗戦の構えか……っ!」
「成る程、そう来るか」
王子は映像の中のユズルを見据えながら、したり顔で頷く。
その言葉には少なからず、感心の意図が含まれていた。
「これはどうなんでしょうか、王子隊長。位置が知られた狙撃手は、一刻も早くその場を離脱するべきというのが通説ですが」
「普通はね。けど、この状況だと話は違って来る」
まず、と王子は前置きして話し始めた。
「大前提として、二宮さんから逃げ切るのは容易じゃない。位置が知られていない状態であれば狙撃手の存在は牽制として有効だけど、エマールは既に居場所が割れている」
「居場所が割れた狙撃手は、さして脅威じゃないからな」
そう、狙撃手の最大の利点は、長距離から不意打ちで高威力の一撃を叩き込める点だ。
狙撃手のトリガーは、通常の銃手トリガーと比べて射程が長いのは勿論だが、威力も高めに構成されている。
遠距離攻撃系のノーマルトリガーの中では、合成弾を除けばアイビスの威力は他の追随を許さない。
イーグレットもよほどのトリオン強者でもなければ集中シールドを用いなければ防ぐ事は出来ず、ライトニングは威力と引き換えに突出した弾速がある。
隠れ潜む狙撃手が放った初撃を回避する事は難しく、防ぐ事もまた容易ではない。
だからこそ、狙撃手は存在するだけで相手チームへの牽制に成り得るのだ。
だが、これはあくまで狙撃手の位置が知られていない場合の話である。
弾丸の
確かに狙撃トリガーは威力が高いが、イーグレットは集中シールドを用いれば防げるし、アイビスは威力と引き換えに弾速は三種の狙撃トリガーの中で最も遅い為、回避が間に合ってしまうケースがある。
いずれにせよ、位置が知られた狙撃手はさして怖くはない。
…………そう、
「今回、二宮さんにはシンドバットが張り付いている。そしてシンドバットは、片手しか使っていないとはいえ二宮さん相手に拮抗状態を作り出す事に曲がりなりにも成功しているんだ」
現在、二宮は七海と対峙している状態にある。
七海は一切の攻撃を捨て、回避と攪乱に専念する事で二宮相手の時間稼ぎを成功させている。
彼の奮闘がなければ、二宮隊包囲網は完成し得なかっただろう。
「けど、それにも限度はある。二宮さんの射撃は、数を重ねるごとに精度を増していく。あのままならいずれ限界が来て、シンドバットは落とされていた筈だ」
だが、限界はある。
今の七海の奮闘は、二宮の
二宮は射撃を重ねるごとに地形条件や七海の動きの法則を計算に組み込み、徐々にその精度を上げていく。
そも、二宮は片手だけの射撃であろうとその制圧力はかなりのものがある。
流石に
何しろ、トリオン量が直に強さに直結し易いのが射手というポジションだ。
二宮はその豊富なトリオンによって、高い威力と射程を両立させている上、技術も相当に高い。
例の出水との特訓がなければ、七海はとうに落とされていた筈だ。
出水はあの二宮が師事しただけあって、ボーダーでもトップクラスの射手としての技量を有している。
戦況のコントロール技術もかなり高く、二宮と犬飼を足して2で割ったような男なのだ。
伊達に、A級一位部隊のサポーターを務めてはいない。
その出水との訓練があったからこそ、七海は二宮に喰らいつけている。
あの訓練は、無駄にはならなかったワケだ。
「でも、ここにエマールの狙撃援護があると話は変わってくる。攻撃範囲に特化した
「二つの攻撃を凌ぐには、広げたシールドと集中シールド、その両方が必要になって来ますからね。そのプレッシャーは大きいでしょう」
蔵内の言うように、
そうなると、幾ら二宮といえど迂闊に攻撃に出るワケにはいかなくなる。
しかし、守りに入ってもジリ貧になるのは事実。
絵馬が抗戦を選んだ事で、二宮に心理的なプレッシャーを与える事が出来たというワケである。
「そもそも、二宮さんはエマールに逃げて欲しかった筈だからね。そうすれば今度は二宮さんが追う側となって、ナースへの牽制にもなる」
「ふむ、というと……?」
「鍵は、二宮さんがさっきやったフェイク両攻撃さ。あれはエマールを釣り出すだけじゃなく、ナースに見せる狙いもあったんだ」
つまりだね、と王子は説明を行った。
「二宮さんは両攻撃をすると見せかけて両防御を行う事で、エマールを釣り出した。あれをナースが見ていたとしたら、どうだろう? 仮に再び二宮さんが両攻撃を使おうとしても、攻撃を躊躇すると思わないかい?」
「あ……っ!」
桜子は王子の説明に、ハッとなって頷く。
そう、ユズルを釣り出す時に見せたあのフェイクの
あのフェイク両攻撃に釣られてしまったユズルの姿は、同じく隠れて二宮を狙う者に同様の感情を抱かせただろう。
即ち、
普通であれば、両攻撃に移ろうとしている射手は狙撃手等の不意打ちを狙う者達にとっては格好の的である。
だが、二宮はその心理を逆手に取りユズル相手の釣り出しを成功させた。
そのインパクトは、不意打ちを狙う者達にとってはかなり大きい。
何せ、二宮が両攻撃という隙を見せたとしても、その隙が本当の隙なのかそれとも罠なのか、判断がつかないからだ。
特に射手である那須は、トリオン量の関係もあって彼女の攻撃可能な射程は即ち二宮の射程内である事も意味している。
二宮は、那須の倍のトリオンを有している。
射程や威力に割りふれるトリオンの絶対量に差がある以上、純粋な射手としては那須は正面からでは二宮にはまず勝てない。
機動力に長ける那須でも、あの二宮の弾幕から逃れ続けるのは無理がある。
七海が回避し続けていられたのは、グラスホッパーの両装備に加え、サイドエフェクトがあったからだ。
回避する隙間もない二宮の両攻撃ハウンドと違い、片手のハウンドであれば辛うじて回避する
ハウンドは、発射した時点でその軌道が決定される。
つまり、サイドエフェクトでダメージ発生範囲を感知出来る七海にとっては、回避する為の
しかし、那須にはそれがない。
加えて、七海と違い装備しているグラスホッパーも一つきりだ。
そうなると、度々七海が二宮からの攻撃を逃れる際に使用しているグラスホッパーの二重展開による多段加速による離脱が使えないのだ。
以上の点から、那須は二宮に発見された時点で不利を強いられるのだ。
だからこそ、先ほどのフェイク両攻撃が那須に対する大きな牽制に成り得る、というワケである。
「けれど、今の状況はどうだろう? エマールが継続的に狙撃を敢行しているから、二宮さんは本当に両防御を使うしかない」
「二宮隊長を守りに入らせる事が出来ている、という事ですね」
そうだね、と王子は桜子の言葉を肯定する。
「こうなると、逆にナースが攻撃を躊躇する理由がなくなる。防御に入って身動きが取れない相手なら、
その最大の利点は、真っすぐ飛ぶしかないアステロイドを多角的に、しかも独自の軌道で撃ち込める、という点である。
通常のバイパーであればシールドを全方位に広げればそれで凌げるが、アステロイド並みの貫通力を持ったコブラではそうはいかない。
それを、両防御を強要され身動きが出来ない相手に使えばどうなるか。
そんなものは、自明の理である。
「このままであれば、二宮さんは落とされるだろう。那須隊も影浦隊も、見事に作戦が功を成して二宮さんを追い込む事に成功している」
けれど、と王子は目を細めた。
「────────それはあくまで、
(よし、行ける。このまま、二宮さんを追い込める……っ!)
ユズルはアイビスの引き金を引きながら、内心でガッツポーズを決めていた。
先程から二宮はユズルの狙撃と七海のメテオラの波状攻撃を凌ぐ為、
ユズルを追う事も、七海を追い込む事も出来ていない。
これを続ければ、いける。
あの二宮を、落とせる。
そんな確信が、ユズルの中にはあった。
B級上位のトップ2の部隊員として、二宮とは腐るほど戦っている。
しかし、二宮を落とすのはそう簡単な話ではない。
そもそもの地力がずば抜けて高い上に、あのトリオン量だ。
しかも力押しだけではなく戦術まできちんと用いて来るのだから、手に負えない。
危機回避能力も尋常ではなく、追い込んだのに切り抜けられた回数も一度や二度ではなかった。
影浦と共同で仕留めた事こそあったが、それもほぼ相打ちのような形であった。
だからこそ、今は千載一遇の好機なのだ。
二宮を落とす上での最大の障害であった犬飼は落ち、辻もまた影浦が釘付けにしている。
そして何より、現在二宮は七海によって抑え込まれている。
これ以上の好機は、まず有り得ない。
確かに、先ほどは有利な状況による気の逸りと個人的な感情に流される形で、まんまと居場所を晒す結果となってしまった。
あの一射は、ユズルからしてみても悔やみ切れない一射である。
狙撃手は、居場所が割れていない時の初撃こそが肝要。
居場所が割れた時点で狙撃手の強みの大半が失われるに等しいのだから、可能であれば初撃で仕留めておくべきだった。
だが、今の状況は悪くない。
先程のユズルの英断が、思った以上の効果を発揮している。
ユズルとしては、落ちる前に嫌がらせが出来ればそれで良いくらいの感覚であったのだが、これが予想外に効いたものだから気分が良くない筈がない。
自分の一手が、二宮を追い詰めている。
あの、
感情の波が、うねる。
元々、ユズルは二宮が好きではなかった。
敬愛する師匠を顎で使い、傍若無人な態度を崩さない。
…………まあ、実際のところは自分の師匠が入れ込んでいる二宮が気に食わなかったというそれだけの話でもあるのだが。
鳩原は、ユズルと話をする時事あるごとに二宮の話題を口にした。
お世辞にも、コミュニケーションが得意とは言えなかった鳩原である。
総合二位として有名な射手であり、自分の隊の隊長の話をする事で少しでも話題を提供しようとしたのかもしれない。
ただユズルは、それが鳩原が二宮の事ばかり気にかけているように見えて面白くはなかったのだが。
だからこそ、その悪感情は鳩原の失踪によって確定的となった。
鳩原は、いきなり姿を消した。
弟子であるユズルに、何も言わずに。
そして、その原因について上層部は固く口を閉ざしていた。
影浦と共に直談判に行った事もあったのだが、上層部は「鳩原未来は隊務規定違反で除隊となった」の一点張りで、何も情報を教えようとはしなかった。
しかも、その場にいた根付が鳩原の事を悪く言ったものだから、ユズルはついカッとなって手が出そうになってしまった。
結局は、そんなユズルの感情を察した影浦が代わりに根付を殴り飛ばし、影浦隊降格の原因を作る結果に終わってしまった。
自分の所為で影浦に泥を被せてしまった責任を感じたユズルであったが、影浦は「俺がムカついたから殴っただけだ」とユズルに告げ、北添や光はそれで全てを察して彼を咎めようとはしなかった。
……………………自分の所為で、部隊が降格になったというのに。
その時だ。
その時に、ユズルは本当の意味で影浦に、影浦隊について行こうと決意したのだ。
こんな自分の為に泥すら被ってしまえる、優しい先輩達。
常にフォローを欠かさず、相談すれば親身になって聞いてくれる北添も。
姉貴風を吹かせながら、何かと世話を焼いてくる光も。
何も言わず、黙って全てを背負ってくれた影浦も。
みんな、みんな大好きだった。
だからこそ、勝つ。
自分が、影浦隊を再びA級へと返り咲かせる。
今はまだ降格ペナルティの影響で無理かもしれないが、それは手を抜く理由にはならない。
結果を出し続ければ、きっといつかは届く。
今季で遂にB級二位の地位から落ちたものの、この最終ROUNDの結果次第で幾らでも挽回出来る。
いつもは追われる側であったが、今の自分達は追う側だ。
故に、本来であれば那須隊にはなるべく得点をさせたくはないのだが、二宮の排除という一点であればどの部隊に得点が入ろうが構わない。
自分が仕留められれば理想だが、そうでなくとも二宮さえいなくなれば生存力の高い影浦が生き残り生存点を稼ぐ可能性は高まって来る。
点を取られても、それ以上の点を稼げば問題はない。
試合開始時点の那須隊との点差は、2点。
そして、現在の影浦隊の得点は1点、那須隊もまた1点。
二宮の点を取られても、充分巻き返しは可能だ。
故に自分は、七海の援護に徹して二宮を獲らせる。
立場としては対戦相手ではあるが、今この場に置いては疑似的な共闘関係が成立している。
どさくさ紛れに七海を狙おう、などという思考は一切ない。
そもそも、サイドエフェクトで狙撃を感知出来る七海相手にそんな無駄な事はしない。
自分はただ、二宮を狙い続けて動きを封じれば良い。
そう考えて、ユズルは再びアイビスの引き金を引いた。
「ふん」
二宮は、前方から迫る弾丸の存在を認識していた。
七海のメテオラを広げたシールドで防御した二宮は、遠方から迫り来る弾丸を見て、吐き捨てた。
「いつまでも、同じ手が通用すると思うな」
そして二宮は、半歩横へスライドするように移動。
ユズルの狙撃を躱しつつ、ハウンドを生成し狙撃手に向かって射出した。
如何なる想いを抱えていようと、それだけで勝てないのがワートリ。
たまに例外もあるけど、割とシビアな世界なのよね。