「まず、二宮さんを落とすにあたって極論どの隊の得点になっても構いません。何よりも、戦場から消えて貰う事を優先します」
最終ROUNDの組み合わせが決まった翌日、小夜子は開口一番そう言った。
その宣言に対する那須隊の反応は、様々だ。
ただ納得する者。
得心して頷く者。
訝し気に首を捻る者。
目を細めて何かを考えている者。
その誰もが、小夜子の次なる言葉を聞き逃さないよう傾聴していた。
「言うまでもありませんが、次の試合における最大の脅威は二宮隊です。なので、全部隊が二宮隊に狙いを定めるよう試合の流れを誘導します」
「そこで、俺が二宮さんを抑えに回るワケか」
はい、と小夜子は首肯する。
「実際に二宮さんを七海先輩単独で抑えられれば、必然的に他の駒が浮きます。その隙に熊谷先輩は、他の部隊────────そうですね、生駒隊あたりと共同で犬飼先輩を追い詰めて貰います」
「あたしが、犬飼先輩を、か」
熊谷の脳裏に過るのは、ROUND3での出来事。
あの時、熊谷は犬飼の術中に嵌まり序盤で敗退を余儀なくされた。
だからどうだというワケではないが、それでもあの時の雪辱を晴らせるチャンスである。
「いいわ、やってやろうじゃない。リベンジ、ってのも悪くないわ」
「ええ、お任せします。それから那須先輩は────」
「くまちゃんの援護よね?」
「違います」
いきなり発言を否定された事でしょぼんとなる那須だが、そんな彼女を小夜子はジト目で見据えた。
「那須先輩は、二宮さんを固めるという大事な役割があるんですから、それ以外の戦場に干渉してる暇なんかありません。作戦決行までは、絶対に見つからないようにして下さい。いいですね?」
「分かってるわ。言ってみただけよ」
「ならいいです」
ジト目での念押しが効いたのか、那須は後ろ髪を引かれながらも小夜子の方針を受け入れた。
確かにあのROUND3での敗戦を経て那須はそれまでのような仲間に対する極端な過保護ぶりはなりを潜めているが、全くなくなったワケではない。
こうして念押しをしておかないと、いつ暴発するか知れたものではない。
それが、小夜子が抱いている今の那須への正直な感想だった。
「心配せずとも、状況を整えれば生駒隊は必ず熊谷先輩の動きに同調する筈です。どの部隊にとっても、二宮さんが最大の障害である事に変わりはないんですから」
「でも、他の部隊には二宮さんを放置して他で点を取る、という道筋もあるわ。そう上手くいくかしら?」
「だからこそ、七海先輩の
小夜子はそう告げ、七海を見据えた。
「七海先輩には、目に見える形で二宮さんを抑えて貰います。そうすれば、他の部隊はこう思うでしょう。
「そうやって、他の部隊の動きを誘導するワケだな」
ええ、と小夜子は七海の言葉を肯定する。
「二宮さんを七海先輩単独で抑える事に成功すれば、犬飼先輩を浮かせて狙い易くする事が出来ます。二宮さんが犬飼先輩と合流するのは他の部隊としても何が何でも避けたい筈ですから、恐らく乗って来るでしょう」
「確かに、生駒隊ならそういうチャンスは逃さない筈だ。小夜子の推測は正しいだろう」
ぴくり、と那須が小夜子を名前呼びした事に反応する那須であったが、今はその時ではないと判断しぐっと堪えた。
以前までであれば分からなかったが、今の那須はTPOを弁えている。
それはそれとして、後で追及するのは変わりないのだが。
「犬飼先輩に関しても、理想は熊谷先輩が仕留めるケースですが、とにかく落ちて貰う事が最優先です。繰り返しますが、二宮隊は全員誰の得点になっても構わない、くらいの感覚で行きましょう」
「なるべく危険な橋は渡るな、って事?」
「優先事項を見失わないで下さい、って事ですね。結果が伴えば、過程は問いません」
そう、と熊谷は静かに呟く。
熊谷としても、因縁のある犬飼は自分の手で仕留めておきたいが、我を通してチームが負けては話にならない。
とはいえ、チャンスがあれば仕留めに行こうと考えているのも、事実ではあったのだが。
「二宮さんを落とすにあたっては、複数の条件が重なる必要があります。那須先輩の
ですから、と小夜子は続ける。
「その条件としては那須先輩や茜が一度も発見されずに所定の位置に付く事は勿論ですが、生駒さんの動きも重要になります」
「生駒旋空を利用する、という事だな?」
そうです、と小夜子は頷く。
「あの旋空は、二宮隊長を仕留めるにあたって必要不可欠です。旋空で致命傷を与えられればそれで良し。そうでなくとも、避ける為のジャンプを強要すればその後の回避行動が取れなくなります」
そして小夜子は笑みを浮かべ、告げる。
「そこを、まずは絵馬くんに狙って貰いましょう。利用出来るものは、なんでも利用しませんとね」
絵馬の銃口が、火を噴いた。
狙うは、B級一位部隊隊長。
射手の王、二宮匡貴。
二宮は今、空中にいる。
そして、那須のバイパーを防御する為にシールドを広げている状態だ。
アイビスは、ノーマルトリガーの中でも随一の威力を持つ。
幾らトリオンが多くシールドが強固な二宮とはいえ、集中シールド二枚重ねでもしなければアイビスの狙撃は防げない。
アイビスは本来、硬い装甲を持つトリオン兵を仕留める為のパワー偏重型の狙撃銃だ。
ランク戦で使用するには火力過多な部分があり、狙撃手の中でも使用者はそう多くはない。
それには狙撃手の中でも最多の使用数を誇るイーグレットの汎用性が高過ぎる、という要因もある。
イーグレットはトリオンに応じて射程が伸びるタイプの狙撃銃だが、その真骨頂はなんと言ってもその汎用性にある。
弾速もそれなりにあり、威力も集中シールドを用いなければ防げない程には高い。
その上遠方から相手を仕留める狙撃手にとって最も重要な射程にも特化しているのだから、これで人気が出ない筈がない。
狙撃手の中でもセットしている狙撃銃がイーグレットのみ、という者はかなり多い。
NO1狙撃手である当真も、そのタイプだ。
実際、狙撃手に求められる仕事の殆どをこなせるイーグレットの利便性はずば抜けて高い。
対して、アイビスはその取り回しのし難さから狙撃手の中でも割と敬遠される傾向にある。
だが、アイビス独自の利点はしっかりと存在する。
狙撃トリガーは、通常の銃手トリガーと比べて威力も射程もずば抜けて高い。
その中でも、アイビスの威力は最高峰の代物だ。
安易な防御を許さない攻撃、という点では旋空と似た側面があるが、それを遠距離から放てる、という利点は唯一無二だ。
今、二宮はバイパーの対処の為にシールドを広げている為、両防御は不可能。
空中にいる為、回避は困難。
やれる。
落とせる。
あの、二宮を。
B級一位に。
これまで崩せなかった、射手の王に。
届く。
届かせる。
「届け……っ!」
知らず、言葉が漏れる。
それは、祈りにも似ていた。
願いを成就せんとする、少年の
「一つ、勘違いしてるね」
二宮隊、作戦室。
戦場から脱落し、普段着に戻った犬飼がオペレーターの氷見の隣で意味深な笑みを浮かべていた。
「確かに、二宮さんはそこまで機動力が高いワケじゃない。けど────」
犬飼は口元を歪め、呟く。
「────それは、動けない事とイコールじゃない。普段回避をしないのは、単にする必要がなかっただけなんだしね」
「────」
身体を、反らす。
二宮がした事は、それだけだった。
それだけ。
たったそれだけの動作で、二宮は防げない筈のアイビスの弾丸を回避してみせた。
シールドを突き破り、二宮を穿つ筈だった弾丸は、虚しく空を切る。
それに一瞬遅れて飛来したバイパーも、広げたシールドを破る事は叶わず霧散する。
全て、全て承知の上だった。
那須の射撃が、囮である事も。
生駒旋空が、自分を動かす為のものである事も。
跳躍中に、ユズルが狙って来るであろう事も。
二宮はその全てを見抜き、冷静に対処して見せた。
これが、B級一位。
降格の憂き目に遭っても尚衰えぬ、射手の王の実力。
徹底した対策も。
それに伴う想いも。
その全てを上回り、力を以て駆逐する。
それが、二宮匡貴。
天高く聳える峰のような、高い城の男。
その牙城、崩す事能わず。
今の光景を見ていた誰もが、そう理解した。
『今です、茜』
「────」
────否。
誰もが、ではない。
彼女は、彼女達は、まだ諦めてはいない。
元より、ユズルの狙撃が失敗に終わる事は織り込み済み。
確かに、普通であればあそこで終わっていただろう。
されど、小夜子は徹底して二宮の戦力評価を高く見積もっていた。
その算出の結果、此処までやっても落とせないだろうと、彼女の計算は告げていた。
故にこその、最後の一手。
返答はない。
否、その時間さえ惜しい。
茜は、小夜子の指示が聞こえた瞬間引き金を引いていた。
決して失敗出来ない、
その一射が今、放たれた。
「────」
────────だが、それすらも二宮は予測していた。
確かに今、二宮のシールドはアイビスによって罅割れ穴が空いている。
弾丸が通るには、充分な大きさの穴が。
茜の技巧であれば、この穴を通して二宮を射抜く事も可能だろう。
ことライトニングを繰る技巧において、彼女は既に
だが、二宮は知っている。
茜は、ライトニングしか
正確に言えば、B級上位で使用に耐えるレベルの技巧を持っているのはライトニングだけなのだ。
その証拠に、他の狙撃銃を用いれば点が取れたであろう場面であっても、彼女はライトニングを用いていた。
ライトニングの弾速を利用した茜の技巧は、確かに脅威である。
だが、タネが割れればその脅威度は低下する。
これまでのランク戦で、茜は手の内を見せ過ぎた。
ライトニングをメインとする茜の戦い方は、確かに最初のうちは初見殺しとして機能しただろう。
戦いを重ねるごとに対策されても、それを加味した上で立ち回り、自分の仕事をこなすその姿は見事と言う他ない。
けれど、そのライトニングしか扱えないという点は、ある決定的な弱点を内包している。
それは、威力不足。
本来狙撃銃の優位性を確保している大きな要因である火力が、ライトニングには存在しない。
ライトニングは、あくまで弾速重視のトリガー。
威力も、射程も、
故に、対処方法は単純明快。
シールドを、広げれば良い。
二宮は、アイビスによって割られたシールドの内側に、広げたシールドを展開する。
これで、詰み。
威力の低いライトニングでは、広げたシールドすら貫通する事は叶わない。
最後の一射は、無常なる盾に阻まれ地に落ちる。
地に足が付いてしまえば、もう二宮を崩す事は出来ない。
防御と、回避。
その双方が自由に出来るようになった二宮に、隙などない。
同じ手は、二度も通用しないだろう。
最早、これまで。
今度こそはと、誰もがそう思った。
「────ええ、対応するでしょうね」
────されど、小夜子はそれを見て、不敵な笑みを浮かべていた。
「分かっていました。二宮さんなら、此処までやると。此処までやっても、届かないと」
最後の攻撃は、失敗した。
その筈。
その筈なのだ。
だというのに、小夜子の顔には、変わらぬ笑みが浮かんでいる。
「想定していました。私の当初の想定を、二宮さんが上回る事を」
ですが、と小夜子は続ける。
「だからこそ、茜の成長が鍵でした。そして、茜は私の
くすり、と笑みを浮かべる。
それは、諦観の笑みではない。
勝利を確信した者が浮かべる、心からの笑みだった。
そして小夜子は、告げる。
「そうだ。日浦は、諦めなかった。文句一つ言わず、ただひたすらに訓練を続けてきた」
観客席の奈良坂が、呟く。
その視線は、画面の中の茜に向けられている。
そして、奈良坂は告げる。
「「「勝った」」」
小夜子が、奈良坂が、そして茜が。
奇しくも同時に、勝利宣言を口にした。
「な……?」
────────最初、二宮は何が起きたか理解出来なかった。
二宮のシールドに阻まれ、霧散する筈だった弾丸。
それは広げたシールドを貫通し、二宮の胸を貫いた。
これは、この威力は。
「イーグレット、だと……?」
弾速、威力から考えても、間違いない。
イーグレット。
それが今回、茜が用いた狙撃銃の正体だった。
(ライトニング以外の、習熟度の低さを逆手に……っ!)
茜は今期の試合、その全てでライトニングだけを用いて戦って来た。
それは茜が最も戦いやすい戦闘スタイルであると同時に、イーグレットやアイビスの習熟度が足りないが故の苦肉の策でもあった。
だが、だからこそ茜は鍛錬を怠らなかった。
ライトニングの精度を高める訓練と同時に、イーグレットについても師である奈良坂の元で鍛錬を積み重ねていたのだ。
『トリオン供給機関破損』
機械音声が、二宮の致命傷を告げる。
全身が罅割れ、トリオンの粒子が漏れていく。
「俺の負けか」
二宮は、自身の敗北を、認めた。
全て、想定通りであった筈だ。
手抜かりなどないと、そう考えていた。
だが、違った。
彼の想定の更に上を、成長という要素を以て行かれてしまった。
これはもう、負けを認める以外にないだろう。
二宮は、引き際が分からない程愚かではないのだから。
ふと、顔を上げる。
その視線の先には、未だに油断なくこちらを見据える七海の姿があった。
「…………フン」
気の利いた、言葉などない。
だが、それで充分。
射手の王を、二宮を倒せた。
その事実を、他ならぬ二宮が認めている。
それ以上の称賛など、あろう筈もなかったのだから。
『戦闘体活動限界。
機械音声と共に、二宮の身体が光の柱となって消え失せる。
B級一位部隊『二宮隊』隊長、二宮匡貴。
高過ぎる牙城が、たった今音を立てて崩れ去った。
ようやくVS二宮終了。
色々総動員しての戦闘でした。
原作指折りの実力者の戦闘は「此処までやれば落ちるだろう」ってトコに持っていくのが大変。
東さん並みに苦労したけど遣り甲斐もありました。