「おいおい、マジかよ」
上層観客席で、当真が呟く。
その視線の先には、たった今緊急脱出した二宮の姿があった。
その場にいた誰もが、目を奪われていた。
あの二宮を。
射手の王を。
遂に。
遂に、那須隊が落とす事に成功したのだから。
「やりやがったな」
「ええ、やりましたね」
太刀川と出水は、その光景を満足気に眺めている。
二人とも、驚いた様子はない。
彼女達ならやり遂げるだろうと、そう確信していたが故に。
「…………やったな。日浦」
そして、奈良坂もまた、
茜がこの日の為にどれだけ努力を積み重ねて来たのかは、他でもない奈良坂が良く知っている。
だからこそ、嬉しかった。
己の弟子が、「強くなりたい」と必死に腕を磨いてきた茜が。
遂に、その努力を結実させたのだから。
これで嬉しくない、師などいるであろうか?
否。
これで喜ばない師など、どうかしている。
故に奈良坂は、飾り気なしの称賛を口にした。
お前はやり遂げたのだと、万感の想いを込めて。
「べ、
一瞬言葉を失った桜子だったが、すぐに我に返りあらん限りの音量で二宮脱落を宣言した。
同様に画面の向こうの光景に目を奪われていた観客が、一斉に大歓声を挙げる。
誰もが。
誰もが、今の攻防に瞠目していた。
B級一位部隊、二宮隊隊長。
二宮匡貴。
難攻不落なる射手の王が、遂に落とされたのだから。
「…………参ったね。まさか、二宮さんを落としてしまうなんて。どうやらぼくの君に対する評価は、まだまだ不足だったようだ。ヒューラー。そして、セレナーデ」
いや、那須隊全員がか、と王子はぼやく。
王子は、二宮がアイビスを防御した後にシールドを広げた時点で、
茜の脅威は、シールドの隙間や意識の陥穽を突く事での不意打ちによる精密射撃にこそある。
故に、シールドを広げてしまえば茜の攻撃は脅威には成り得ない。
そう考えていたからこその、驚愕。
まさか、この日この時の為にイーグレットの鍛錬を積み重ねており、更にその切り札を此処に至るまで隠し通すなど、夢にも思わなかったのだ。
思えば、これまでの試合でライトニングだけを使い続けてきたのは、この最終ROUNDに置けるこの一射を成功させる為の目論見であったのだろう。
それが茜の判断なのか、それとも隊全体の指針だったのかは分からない。
どちらにせよ、してやられたのは確かである。
「見事だな。全ての状況を、あの一射の為に使ったのか。生駒隊の動きも、絵馬の動きも、全てが那須隊の想定通りだったというワケか」
「どうやら、そう考える他ないようですね。個人的にも驚きでした。まさか、他部隊の動きまで完璧に作戦に組み込んでみせるなんて」
レイジと蔵内が、口々に称賛する。
そう、那須隊にとっては、全てが想定通り。
生駒隊が仕掛けて来るのも、ユズルが跳躍中の二宮を狙う事も。
そして、その全てを二宮が凌ぎ切る事も。
全て全て、那須隊の計略の内であったのだ。
自分の隊のみならず、他の部隊の動きまでコントロールし切った那須隊の采配は、見事なものだったと言えるだろう。
「恐らく、七海が時間稼ぎに徹していたのは那須や日浦が配置に付く時間だけでなく、生駒が二宮を狙える位置まで来る為のものだな」
「それは、生駒旋空を撃たせる為ですか?」
「そうだ。生駒旋空がなければ、二宮を空中に追いやる事は不可能だっただろうからな」
まず、とレイジは前置きして話し始めた。
「二宮は、言うまでもなくシールドが固い。那須の
「けど、イコさんの旋空なら話は別だ。生駒旋空は射程も速度も一級品で、尚且つ防御不能という旋空の特性上相手は回避を選択するしかない。そして、横薙ぎに振るわれた旋空を回避するには、上下に移動する他ないんだ」
そう、旋空の威力は、ボーダーのノーマルトリガーの中でも別格だ。
アイビスさえ防ぐ
一度放たれたが最後、回避する以外に凌ぐ手段を持たない致死の攻撃手段。
それこそが、旋空弧月なのだから。
上段に振るわれたそれならばまだ横に逃げる余地があるが、横薙ぎに振るわれた場合はジャンプして躱す以外の選択肢はまず有り得ない。
二宮が見せた足場を崩す事での下への回避などという手段は、早々使えるものではないのだ。
更に、生駒旋空の射程は40メートル。
横へ跳んでの回避などまず不可能である為、これを躱すにはジャンプでの回避をするしかない。
そしてそれこそが、那須隊の狙っていた状況であった。
「グラスホッパーやテレポーターをセットしていない以上、跳躍した時点でシールドでの防御以外の選択肢は封じられる。絵馬の狙撃を身のこなしだけで躱した二宮は大したものだが、あれは何度も使える手じゃあない」
「足場がない以上、取れる挙動には限界があるからね。幾ら二宮さんといえど、空中で出来る事は大分限られていたワケだ」
「そうだ。だからこそ、二宮は日浦の射撃に対し、シールドを広げるという対処を取ったんだ」
レイジはそう告げ、続ける。
「あの場には、七海がいた。流石に自分で突っ込んで来るような真似はしないと踏んでいただろうが、スコーピオンを投擲するくらいであれば普通にやる可能性があった」
そう、あの時二宮の最も近くにいたのは七海である。
メテオラを防がれて以降の攻防には手出ししなかったものの、その気になればスコーピオンを投げるくらいの事は出来たのだ。
「だからこそ二宮は、シールドに空いた穴を集中シールドで塞ぐのではなく、シールド内部に広げたシールドを展開するという方法を取ったんだ。いざという時、集中シールドで七海のスコーピオン投擲を防ぐ為にな」
スコーピオンの投擲は、流石に広げたシールドでは防げない。
故に、二宮は片手を空けてそれに備えていた。
外側のシールドを解除しつつ、その内側に新たなシールドを張る事で。
「ライトニングの弾速と日浦の高速精密射撃の事を考えれば、外側にシールドを張っている余裕はない。だから二宮は、シールドの内側にシールドを再展開する事にしたワケだ」
「ヒューラーは、少しでも通り抜けられる穴があれば的確にそこを突いて来るからね。前回は
でも、と王子は告げる。
「今回は、それを逆手に取られたワケだ。これまで隠し通してきたイーグレットという
それに、と王子は続ける。
「エマールの狙撃を身のこなしで強引に躱しただけじゃなく、シールドの内部にシールドを再展開して身動きが殆ど取れなくなっていたから、実質回避の選択肢が潰されていたのも大きいね。そうでなければ、あれすら躱されていた可能性があったんだし」
そう、王子の言う通り、あの一撃が通ったのは直前にユズルの狙撃があったというポイントが非常に大きい。
二宮はユズルの狙撃を難なく躱しているように見えたが、そもそも空中で出来る事はごく限られている。
数瞬のうちに何度も身体を捻るような動作は、流石の二宮といえど困難だ。
そしてシールドの範囲を自ら狭めてしまった以上、取れる動きは更に限定されていた。
アイビスでシールドに穴が空かなければ、シールドの再展開など行う筈もない。
ユズルの一射は、決して無駄ではなかったのである。
「シンドバットが不用意に近付かず、メテオラでの援護に終始したのは無理に踏み込んで迎撃される可能性を潰す為だったんだろうね。残っているのが二宮さんだけならまだしも、カゲさんやイコさんも残ってるし、此処で彼を使い潰すワケにはいかなかったんだろう」
「そうですね。確かに二宮隊長撃破は快挙ですが、まだ試合が終わったワケではありません」
そう、二人の言う通り、試合はまだ終わっていない。
二宮を倒しても、まだ倒すべき相手は残っているのだ。
「残っているのは、二宮隊の辻隊員、生駒隊の生駒隊長、影浦隊の影浦隊長と絵馬隊員、そして那須隊の那須隊長と日浦隊員、七海隊員ですね」
「そして、得点は二宮隊が3ポイント、那須隊が2ポイント、影浦隊が1ポイント、生駒隊が1ポイントか。これは、この先の展開次第で幾らでもひっくり返りそうだね」
「ポイントの内約は、こうですね」
桜子が機器を操作し、画面にそれぞれの得点が表示される。
二宮隊:3Pt(水上・熊谷・南沢)
那須隊:2Pt(犬飼・二宮)
影浦隊:1Pt(隠岐)
生駒隊:1Pt(北添)
「現状では、二宮隊が3Ptでトップ。二宮隊長は落ちましたが、辻隊員の動き次第では追加点も充分有り得ますね」
「影浦隊もカゲさんとエマールが残ってるし、生駒隊長は一人だけどそれでも何人落とすか分からない怖さがある。那須隊は言わずもがなだし、これはまだまだどんでん返しがありそうだ」
そう、二宮隊は最大戦力である二宮を失ったものの、辻がまだ残っている。
現在影浦とタイマンを張っている以上追加点は難しそうだが、それでも絶対ではない。
影浦隊は最大戦力である影浦と、狙撃手であるユズルが残っている。
ユズルの位置がバレているのが非常に痛いが、それでもやってやれない事はないだろう。
生駒隊もまた、最大の脅威である生駒が生存している。
家越し旋空は不意打ちとして最高峰の威力を誇り、早々侮れるものではない。
本人の白兵戦能力も極めて高く、クレバーな思考も出来る。
那須隊の勝利には、まだまだ壁を乗り越える必要があるのだ。
「さあ、二宮隊長が落ちて波乱の最終ROUND……っ! これからどう転ぶか、最早予測の外……っ! 盛り上がって参りました……っ!」
「二宮さんが、やられた……っ!?」
「へっ、余所見してんじゃねぇ……っ!」
二宮の脱落で一瞬動揺を見せた辻を、影浦のマンティスが襲い掛かる。
鞭のようにしなる刃が、横合いから辻の首に狙いを定めた。
「く……っ!」
間一髪、辻は弧月を逆手持ちにしてその斬撃をガード。
そのままバックステップで距離を取り、影浦と対峙した。
「どうやら、二宮は七海達がやったようだなあ。残るはテメーだけだぜ、辻」
「…………そのようですね。となれば、悠長にはしていられない。獲れる点を、取りに行かせて貰います」
「……!」
辻が腰だめに弧月を構え、旋空の発射態勢を取る。
マンティスで仕留めるには、少々距離が離れ過ぎている。
故に影浦は回避行動に移ろうとして、気付く。
(こりゃあ……っ!)
敵意は自分に向いていた為反応が遅れたが、間違いない。
辻は、自分を狙っていない。
ならば、辻の攻撃対象は何処か。
「────旋空弧月」
考えるまでもない。
周りの、家屋。
丁度傍に立っていた、テレビ塔である。
「うお……っ!?」
テレビ塔が両断され、巨大質量が落下する。
生き埋めにされてはたまらないと、影浦は即座に退避した。
瓦礫が地面に叩きつけられ、轟音と共に砕け散る。
影浦はそれを間一髪で避けながら、周囲を見回す。
そして、気付く。
既に、辻の姿が何処にもない事に。
「あの野郎……っ!」
そう、最初から、これが狙い。
辻は、影浦とこれ以上戦う意思は毛頭なかった。
彼の狙いは、最初から隙を突いてこの場から逃走する事だったのだ。
「上手く逃げられたか。でも、余計な事をしている時間はないな」
逃走に成功した辻は、一直線に目的地に向け駆けながら呟く。
正直、二宮が落ちた事は驚きだが、同時に納得もある。
これまでの試合ログを見て、那須隊の成長には驚かされた。
故に、思う。
彼女達であれば、やり遂げるだろうと。
女性が苦手な辻なので直視出来なかった部分も多いが、そこはそれ。
認めなければならないだろう。
那須隊は、成長した。
自分達に、その刃を届かせる程に。
「なら、俺も遊んではいられない。二宮隊の一員として、やれる事はやってやろう」
辻は瓦礫の向こうから聞こえる影浦の足音を耳にしながら、辻は駆ける。
目指すは、この先にある住宅街。
那須隊射手、那須玲の潜む場所であった。
ちなみに現在のポイントはこうなります。
ROUND開始時 現状のポイント
二宮隊:47Pt→50Pt
那須隊:45Pt→47Pt
影浦隊:43Pt→44Pt
いやあ、ポイント管理は強敵でしたね。