痛みを識るもの   作:デスイーター

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影浦隊②

 

『那須先輩。そっちに辻先輩と影浦先輩が向かっています。明確に、那須先輩狙いですね』

「そう」

 

 那須は小夜子からの通信を受け、思案する。

 

 二宮隊唯一の生き残りである辻は、出来れば那須隊(自分達)で獲っておきたい駒だ。

 

 現在、那須隊の獲得点は2ポイント、影浦隊の獲得点は1ポイント。

 

 ROUND開始時の得点にこれを加算すれば、那須隊が47ポイント、影浦隊が44ポイントとなる。

 

 一見3ポイントリードしていて充分な点差に思えるが、これは簡単にひっくり返り得る点差でもある。

 

 何せ、生存点の2ポイントというのは非常に大きい。

 

 そして、影浦は二宮ほどではないにしろ、ランク戦での生存率はかなり高い。

 

 何せ、ある意味七海の同種の攻撃察知を可能とする副作用(サイドエフェクト)を持っているのだ。

 

 それを十全に使いこなしている影浦は、狙撃も不意打ちも基本的には通用しない。

 

 七海曰く東のように殺気を完全に消した攻撃は察知出来ないらしいが、那須は勿論七海でさえそんな芸当は不可能だ。

 

 その東がいない以上、影浦がこの試合で最後まで生き残る確率は非常に高いと言わざるを得ない。

 

 そうなれば、影浦隊に一点でも取られてしまえば生存点を含め得点が那須隊と並ぶ。

 

 そして、得点が同一の場合、シーズン開始時に順位が上だった方が上の順位となる。

 

 同点は、イコール敗北に他ならない。

 

 故に、此処で影浦を落とす、もしくは痛手を負わせたいというのが本音だが、その難易度はかなり高い。

 

 確かに那須の両攻撃バイパーと持ち前の機動力の合わせ技は強力ではあるが、如何せんこのMAPには高低差が少な過ぎる。

 

 高い建物もなくはないが、それもアパートや病院といった施設が点在する程度で、那須が三次元機動の()()に出来るような高い建造物の密集地帯が存在しないのだ。

 

 グラスホッパーを用いた空中機動を行うという選択肢もあるにはあるが、ユズルが生きている現状でそんな真似をすれば良い的でしかない。

 

 必然的に、この場で那須が得意とする空中機動とバイパーの合わせ技による攪乱は非常にやり難い。

 

 那須の三次元機動も、リアルタイム弾同制御を用いたバイパーも、いずれも複雑で入り組んだ地形でこそ真価を発揮する代物だ。

 

 残念ながら、このMAPは那須にとって非常に戦い難い地形と言わざるを得ないのである。

 

 だからこそ、那須は作戦決行までひたすら隠密に徹していたのだ。

 

 この場では、彼女の戦闘力は著しく減衰しているに等しいが故に。

 

 そんな状態で影浦と戦うのは、那須としては出来れば避けたいところである。

 

(けれど、玲一の所に行くにはあの瓦礫の山を通り抜けなきゃいけないのよね)

 

 だが、かといって七海に合流しようにも、七海のいる場所の近辺は度重なるメテオラの爆発で家屋が吹き飛ばされ、身を隠すものが何もない。

 

 これは二宮が空中で足場を確保出来ないようにする為に行った破壊痕だが、今はそれがネックになっている。

 

 あんな開けた場所に向かうのは、正直言って自殺行為だ。

 

 射線が通りまくるのでユズルの狙撃の脅威度も上がる上に、生駒がすぐ近くにいるのだ。

 

 隠れる場所や足場さえない場所で生駒旋空を回避するのは、那須としても厳しいものがある。

 

 かといって、ユズルを狙おうにも彼がいる場所は七海の周辺に存在する瓦礫地帯の向こう側である。

 

 瓦礫地帯を避けてユズルを追うとなると遠回りになる為、辻や影浦に追いつかれてしまう可能性が高い。

 

 更に言えば、それだけの時間をかけてしまえばユズルはさっさと雲隠れしてしまう事だろう。

 

 だが、狙撃手の位置が割れているというメリットは出来れば最大限に活かしたい。

 

 折角見つけた狙撃手をみすみす逃がすのは、那須としても避けたい所である。

 

(危険を承知であそこを突っ切る……? いえ、駄目ね。レーダーの位置から考えて、あそこはもう生駒旋空の射程内。みすみす飛び込むのは、自殺と同じだわ)

 

 あまり、考えている時間はない。

 

 判断の遅れは即ち戦況の悪化に繋がり、そのまま敗北に直結しかねない。

 

 折角、二宮打倒という大目標を達成出来たのだ。

 

 此処までやって負けるなど、那須としても受け入れ難い。

 

 茜が、あれだけの活躍を見せたのだ。

 

 隊長である自分も、きちんと隊に貢献しなければならない。

 

 それが自分の隊長としての、否────────皆と想いを共有する者としての、責務である。

 

 今此処で、自分がやるべき事は何か。

 

 小夜子に作戦を丸投げするのは簡単だが、此処に来てそれは有り得ない。

 

 適材適所、という言葉もあるが、必要な仕事を割り振るのと全てを丸投げにするのは全く違う。

 

 それに、小夜子と自分では、見えているものに違いがあるのだ。

 

 小夜子は確かに優秀な作戦立案能力を持っているが、それでも戦場の空気を直に知っているワケではない。

 

 戦場に立っているからこそ見えるものも、それなりにあるのだ。

 

 そうでなければ、ROUND4で早期に王子を戦場から排除し、指揮の即応力を落とす、なんて真似も出来なかった筈なのだから。

 

 故に、那須は思考を止めない。

 

 各隊員の位置や、これまでの行動。

 

 各々の部隊の方針と、その動きから分かる作戦方針。

 

 そして、実際に戦場を見て感じた、所感。

 

 それらを複合し、那須は現状を正確にシミュレートする。

 

 作戦立案能力こそ小夜子に及ばない那須だが、その空間認識能力の高さは本物だ。

 

 そもそも、リアルタイム弾道制御なんて真似は、戦場を立体的に俯瞰して見る視野の広さがなければ成立し得ない技術だ。

 

 それを軽々とこなす那須が、状況把握能力が低い筈がない。

 

 そも、彼女は曲がりなりにも隊長だ。

 

 七海が入隊出来ていなかった時期の那須隊を一人で切り盛りしていた手腕は、決して伊達ではない。

 

 感情に押し流される傾向があったとはいえ、部隊の隊長として求められる役割を彼女はきちんとこなしていた。

 

 そんな彼女が、土壇場の決断で二の足を踏む筈もない。

 

 那須は顔を上げ、小夜子に向かって語り掛けた。

 

「小夜ちゃん、あの二人を迎撃しつつこの場所まで誘導するわ。ナビゲート、頼める?」

『勿論です。絵馬くんは茜に追わせますが、構いませんか?』

「問題ないわ。むしろ、そっちを優先してくれて構わないわ」

 

 ユズルは、一筋縄で行く相手ではない。

 

 前回は茜に落とされ、今回も上手く利用出来たものの、その狙撃技術と機転の鋭さは本物だ。

 

 甘く見れば、一瞬で食い破られるだろう。

 

 そんな相手を追う茜には、小夜子のナビゲートが必要不可欠だ。

 

 自分に割くリソースも、そっちに割り振った方が良いのではないか、と考えた那須だったが、小夜子がそれに否を唱えた。

 

『大丈夫です。どっちのオペレートも、十全にこなしてみせます。あまり、甘く見ないで下さい』

「分かったわ。任せる」

『ええ、大船に乗ったつもりでいて下さい。やり遂げてみせますよ』

 

 小夜子の力強い返事を聞き、那須は顔を上げる。

 

 見据えるは、こちらに近付いてくる辻と影浦(ふたり)の姿。

 

 窓越しにそれを視認した那須は、手元にキューブを展開。

 

 迎撃準備を、整えた。

 

 

 

 

「追いついたぜ、オラァ!」

 

 逃げる辻の背に、影浦のマンティスが牙を剥く。

 

 一度は逃走に成功した辻だったが、影浦は持ち前の見の軽さを活かして追い縋り、遂に辻の背が見える位置にまで到達した。

 

 何せ、狙撃を警戒し入り組んだ路地を進まなければならなかった辻に対し、影浦はそんな事は関係ないとばかりに屋根を伝って追って来たのだ。

 

 現在、狙撃手はユズルの他に茜が生き残っている。

 

 ユズルの脅威は言うに及ばずだが、二宮から得た情報によれば茜はイーグレットまで持ち込んで来ているのだという。

 

 つまり、ライトニング相手には通用したシールドを広げるという対処方法が、今の茜には通用しない。

 

 かといって、集中シールドを張ればライトニングの高速精密射撃をシールドの脇から撃ち込まれ、それで終わりだ。

 

 茜のイーグレット実装は、ただ手札が増えたというだけではない。

 

 持ち前のライトニングによる精密射撃能力と組み合わせる事によって、相手の防御の難易度を限りなく引き上げる事に成功しているのだ。

 

 シールドを広げれば、イーグレットで撃ち抜かれる。

 

 集中シールドを用いれば、ライトニングで隙を突かれる。

 

 故に、今の茜の狙撃を防御するには両防御以外は不安が残る。

 

 不自由な二択を押し付けられるという点で、茜は厄介極まりない狙撃手と化しているのだ。

 

 切り札は、隠しておくだけが使い道ではない。

 

 時にはそれを見せつける事で、相手の行動を制限する事も出来る。

 

 イーグレットの習得という茜の成長は、確実に彼女の脅威度を跳ね上げた。

 

 最早、単純な対策が通じる相手ではなくなっている。

 

 天才肌のユズルに加え、そんな成長を遂げた茜までもが控えているのだ。

 

 大まかな位置は知れているとはいえ、迂闊に屋根の上に出ればたちまち狙撃の的となって終わりだろう。

 

 だが、攻撃察知が可能なサイドエフェクトを持つ影浦にとって、そんな事は関係ない。

 

 どんな攻撃だろうが、影浦にとっては()()()()()攻撃だ。

 

 イーグレットだろうとライトニングだろうと、はたまたアイビスだろうとそれは変わらない。

 

 影浦はサイドエフェクトを用いて、最小限の動きで狙撃を回避する事が可能なのだ。

 

 故に、辻には不可能だった屋根を伝ってのショートカットを躊躇いなく実行し、こうして追いついてきたワケである。

 

「……っ!」

 

 辻は、弧月を用いて自身に迫る影浦の刃を叩き切る。

 

 マンティスは、その射程と独特の軌道以外はスコーピオンと変わらない。

 

 つまり、ブレードとしては脆いのだ。

 

 当然、横合いからの弧月の斬撃に耐えきれる筈もなく、両断される。

 

「ハッ、まだまだぁ!」

 

 だが、影浦の攻撃は終わらない。

 

 マンティスは、スコーピオンの派生技。

 

 つまり、スコーピオン同様に、一度破壊された程度であれば大した痛手ではない。

 

 影浦はすぐさま、左手にマンティスを再生成。

 

 鞭のような動きで、辻の首を狙う。

 

「く……っ!」

 

 辻は弧月を用いて、その斬撃をガードする。

 

 変幻自在の軌道を描くマンティス相手に、紙一重の回避は愚策だ。

 

 間一髪で避けた程度では、そのまま刃に追い縋られ斬られる可能性が高い。

 

 故に、影浦のマンティス相手には斬撃自体をガードするか、大振りの回避を行う他ない。

 

 相打ち覚悟で懐に飛び込むというのもありだが、接近戦の身軽さでは影浦の方に分がある。

 

 迂闊に仕掛ければ、刈られるのは辻の方だろう。

 

 だが。

 

「何笑ってやがる、てめぇ……っ!」

 

 辻は、笑っていた。

 

 ほんの微かな、笑みとも取れない動きだが、その感情を受け取ってしまう影浦には彼がどんな心境かは丸見えだった。

 

 影浦には、分かる。

 

 辻のそれは、勝負を諦めた者の笑みではない。

 

 自分の策が嵌まったと、確信した者の笑みだった。

 

「────悪いけど、相手は俺だけじゃない」

「……っ!」

 

 辻の言葉の、直後。

 

 影浦のサイドエフェクトが、警鐘を鳴らした。

 

 それは無論、辻による攻撃ではない。

 

 四方八方より出現した、無数の光弾。

 

 その変幻自在の軌道はまさしく、バイパーに他ならない。

 

 一足先に離脱した辻と同様、影浦はサイドエフェクトで弾幕の隙間を縫うように動き、近くの家屋に飛び込む。

 

 そして家屋の壁を盾にして、影浦はバイパーの射撃を凌ぎ切った。

 

「那須か」

 

 影浦が、呟く。

 

 この試合でバイパーを使う者は、ただ一人。

 

 那須玲。

 

 姿は見えないが、今の攻撃は間違いなく彼女によるもの。

 

 辻と影浦の戦場に、那須が介入した瞬間であった。

 

 

 

 

「…………やられたな」

 

 ユズルは拠点にしていたアパートを降りるのではなく、上階を目指して駆け上がりながら呟く。

 

 二宮打破において、ユズルは完璧に那須隊によって利用されていた。

 

 彼の狙撃が失敗に終わる事は、彼女達にとっては織り込み済み。

 

 本命である茜の狙撃を通す為の、ただ二宮から回避の余地を奪う為に成された一射。

 

 それが、ユズルの行った狙撃であったのだ。

 

 悔しい、と思った。

 

 今度こそ、茜に目にものを見せると息巻いていたのに、このザマだ。

 

 認めよう。

 

 日浦茜は、優秀な狙撃手だ。

 

 少なくとも、ユズルの見て来た狙撃手の中でも最上位に位置するのは間違いない。

 

 前期までは特段成績も伸びず、大して興味を惹かれなかった相手であるが、今は違う。

 

 茜は、成長した。

 

 それこそ、ユズルに敗北感を味遭わせる程に。

 

「けど、まだ終わりじゃない。やれる事はある」

 

 だが、だからと言って此処で諦めて良いワケがない。

 

 正直ユズルは遠征になど興味はないが、ただ単純に負けたくなかった。

 

 あの、驚異的な戦果を挙げてのけた少女に。

 

 勝ちたい。

 

 その想いが、ユズルの身体を動かした。

 

「カゲさん。好きにやっていい?」

『ああ、好きにしな』

 

 ただ、それだけ。

 

 影浦は何も詳しい事は聞かず、ユズルの願いを受け入れた。

 

 ただの確認ではあったが、その言葉に秘められた影浦なりの応援(エール)は、確かにユズルに届いていた。

 

 アイビスを背負い、ユズルは戦場と定めたアパートの内部を駆ける。

 

 その眼には、爛々と輝く闘志が漲っていた。

 

「さあ、やろうか。日浦さん。どっちが上か、勝負だよ」

 

 ユズルは、少女を待ち構える。

 

 レーダーからは消えているが、来る筈だ。

 

 七海がこちらに構う暇がない以上、茜以外に彼を追える者はいない。

 

 感覚派狙撃手にして天賦の才を持つ少年、絵馬ユズル。

 

 精密射撃の名手にしてその才能を開花させた少女、日浦茜。

 

 二人が行うのは、正々堂々とした立ち合いではない。

 

 互いの裏をかき、相手を陥れる奇襲戦闘。

 

 ────────ゲリラ戦である。





 というわけで乱戦と狙撃手対決開始。

 まだまだ盛り上げていくよー。
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