痛みを識るもの   作:デスイーター

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影浦隊③

 

『七海先輩、那須先輩は影浦先輩と辻先輩の二人と戦闘を開始しました。茜は絵馬くんと戦り合うようです』

「了解した。生駒さんは?」

『もう来ます。どうやら、今回も正面から来るようですね』

 

 小夜子の報告を聞き、七海は先ほど旋空が飛んできた地点────────斬り裂かれた、家屋の向こうを見据える。

 

 横薙ぎに両断された、家屋のがれきの向こう側。

 

 そこに、バッグワームを脱ぎ捨て佇む生駒の姿があった。

 

 既にその手は弧月の柄にかけられており、旋空の発射態勢を整えているのは一目瞭然だった。

 

 生駒は戦闘態勢を整えたまま、じろりと七海を見据えた。

 

「二宮さん獲るとか、けったいな事しおるな自分ら。けど、まだ俺は負けてへんで」

「ええ、今回も勝たせて貰います」

「言うやないか。ま、その方がおもろいけどな」

 

 生駒の声には、明確な闘志が宿っていた。

 

 前回一度下したとはいえ、あれは三人がかりの総力でやっとという紙一重の戦いだった。

 

 無論、あの時とは駒の状態も周囲の戦況もまるで違うが、それでも難敵である事に変わりはない。

 

 策なしで勝てるような、甘い相手ではないだろう。

 

 だが、此処で退くという選択肢は有り得ない。

 

 生駒を自由にしてしまえば、何処に生駒旋空が叩き込まれるか分かったものではないのだ。

 

 故に、此処で生駒を七海が抑える必要がある。

 

 周囲は瓦礫の山と化し、隠れる場所や足場となるものは殆どない。

 

 そんな圧倒的不利な状況下での戦いは、厳しいものになるだろう。

 

 だが、不利だからと言って投げ出すワケにはいかない。

 

 両手にセットしたグラスホッパーの存在もあるし、何より七海には副作用(サイドエフェクト)による攻撃感知がある。

 

 問題はそのサイドエフェクトを以てしても、生駒旋空の前では不安要素が残る事だが、構わない。

 

 生駒旋空の実際の速度は、ROUND6で直に体感している。

 

 経験は、力だ。

 

 百聞は一見に如かず、一見は一闘に及ばず。

 

 実際に戦って得た経験値は、何よりも代え難い武器となる。

 

 無論、生駒とて鍛錬は欠かしていないだろう。

 

 七海がそうであるように、ボーダーの上位の実力者達は向上心を決して捨てない。

 

 今の実力で満足するような輩は、上には上がれないのだから。

 

 だが、鍛錬したからといって劇的に強くなるワケがない。

 

 よく漫画などで修業して格段に強くなるキャラがいるが、現実はそう上手くはいかない。

 

 日々の鍛錬を行うのは当然であり、その過程にショートカットなど存在しない。

 

 鍛錬を前提とした上で、問題に対して具体的な解決手段を模索する。

 

 それが出来て初めて、ボーダーの戦闘員という役職を本当の意味で担う事が出来るのだ。

 

 鍛錬を続けているのは、皆同じ。

 

 自分が強くなった分、相手も強くなっている。

 

 その事を前提とした上で、思考を決して止めずにあらゆる手段を模索する。

 

 それが、ランク戦で鎬を削り合うボーダー隊員のあるべき姿なのだ。

 

 以前より強くなっているのは、どちらも同じ。

 

 故に、迷いはない。

 

 無論、躊躇いもない。

 

 普段言葉を交わし親交を結んでいる相手であろうと、ランク戦で相対した以上は落とすべき相手。

 

 そこに、遠慮容赦が介在する余地は微塵もない。

 

 仲が良いからと言って手加減するような愚者は、正隊員には存在しない。

 

 あの一件から距離が縮まった生駒と七海だが、こうして対峙する以上は互いに全霊で戦うのみ。

 

「…………」

 

 生駒が、剣を握る。

 

「────」

 

 七海が、足に力を込める。

 

旋空弧月

 

 生駒旋空、一閃。

 

 横薙ぎに振るわれたそれを、七海は跳躍し回避する。

 

 それが、合図。

 

 開戦の狼煙を上げた二人が、戦闘を開始した。

 

 

 

 

「各所で戦闘勃発……っ! 辻隊員は影浦隊長と共に那須隊長とエンカウント……っ! 絵馬隊員はアパートに立て籠もって日浦隊員を待ち構え、七海隊員は生駒隊長と戦闘を開始したぁ……っ!」

「一気に動いたね」

 

 実況席で桜子は早口でそこまで言い切ると、お疲れ様とでも言うかのように王子が一言添えた。

 

 何せほぼ同時に三つの戦場で戦闘が開始したのだから、実況を行う側としても大変である。

 

 解説の王子達は極論合いの手を打つだけで良いが、桜子は逐次戦況を実況しなければならない。

 

 その負担はかなり大きい筈だが、桜子は割とけろっとしている。

 

 もしかすると、興奮が疲労を上回っているのかもしれない。

 

 これまで、この最終ROUNDは熱い展開の連続だった。

 

 二宮隊の孤立からの犬飼無双や、それを打ち倒した熊谷。

 

 綿密な作戦の元に実行された、『二宮落とし』。

 

 更に今起きている、三方面の戦場での戦いである。

 

 戦闘の内容もかなり高度なものであり、こんな戦いを実況出来るなんて実況者冥利に尽きる、とでも思っているのかもしれない。

 

 いや、目のキラキラ具合からして間違いなくそうだろう。

 

 海老名隊オペレーター、武富桜子。

 

 本業より実況の方がよほど生き生きしている、という前評判はどうやら偽りではなかったらしい。

 

 この分なら、心配する必要はなさそうだ。

 

 何せ、既に桜子は完全に実況モードにのめり込んで(トランス)しているのだから。

 

「しかし、二宮隊で唯一生き残った辻隊員ですが、矢張りこの動きは影浦隊長と那須隊長を食い合わせる狙いでしょうか?」

「間違いなくそうだろうね。今、二宮隊は三点取ってリードしている。まだ辻ちゃんが生き残ってるから追加点も狙えると言えば狙えるけど、それには今の戦場での位置関係がネックになるんだ」

「今辻が狙うべき相手は狙撃手の二人だろうが、二人がいる場所まで辿り着くには那須だけでなく七海や生駒がいる場所を通り抜ける必要がある。とても現実的とは言えないな」

 

 そう、今生き残っている中で辻が狙うとすれば狙撃手の茜とユズルだが、二人を仕留めに行くには那須、七海、そして生駒を潜り抜ける必要がある。

 

 流石にその三人が素通しさせてくれるとは思えないので、無理に通ろうとすれば背中を狙われ終わりだろう。

 

「だからこそ、辻ちゃんはカゲさんをあそこまで引っ張っていったワケだ。あわよくば、カゲさんにナースを獲って貰う為にね」

「点差を考えても、その解釈で間違いない筈だ。辻としては、那須は出来れば影浦隊に獲って貰いたいだろうしな」

 

 レイジの言うように、現状追加点が難しい以上、辻が出来る事と言えば那須隊に介入してポイントの調整を図る事くらいだ。

 

 現在二宮隊は試合中の得点を合わせて50Ptを所持しており、それに続く形で那須隊の47Pt、影浦隊の44Ptと続く。

 

 辻の理想としては、那須隊にこれ以上の点を与える事なく試合を運びたいが、その為の解答の一つが影浦に那須を撃破させる事だ。

 

 そのケースの場合は影浦隊の得点が合計45ポイントとなり、生存点を含めれば那須隊を上回る可能性が出て来る。

 

 そういう可能性を垣間見せる事が出来れば、那須隊に焦りを生む事が出来る。

 

 今辻が出来る仕事としては、それで充分だろう。

 

 元より、今の辻は状況的にも詰みに近い。

 

 仲間は全員脱落し、生き残っているのは厄介な駒ばかり。

 

 生駒旋空という唯一無二の技を持ち、クレバーな思考を有する戦上手、生駒達人。

 

 若き天才狙撃手としてその名を馳せている、絵馬ユズル。

 

 戦闘に適したサイドエフェクトを持ち、身のこなしの軽さと鋭い攻撃力を併せ持つ影浦雅人。

 

 高い機動力と変幻自在なバイパーを駆使する射手、那須玲。

 

 高速精密射撃とテレポーター、そして新たにイーグレットという武器を引っ提げて来た転移系狙撃手日浦茜。

 

 影浦と同様戦闘適応力の高いサイドエフェクトを持ち、圧倒的な機動力と攪乱能力を持つ七海玲一。

 

 その誰もが、B級上位に相応しい力と機転を備えた実力者達だ。

 

 幾らマスタークラスの攻撃手であり名サポーターである辻とはいえ、出来る事には限度というものがある。

 

 此処で必要なのは、無理に点を取りに行く事ではない。

 

 逆だ。

 

 自分が出来る事を冷静に判断し、戦況をコントロールする立ち回りだ。

 

 犬飼には及ばないが、辻もまたそういった機転はかなり利く方である。

 

 彼の本職は、部隊のサポーター。

 

 己のすべき事を、見失いはしない筈である。

 

「それから、イコさんはシンドバットとタイマンか。これは、シンドバットが時間稼ぎに徹しそうだね」

「ふむ、七海隊員一人では生駒隊長の相手は厳しいと?」

「厳しいね」

 

 王子はそう断言し、説明を行う。

 

「シンドバットの本領は、回避と攪乱。攻撃能力も低いワケじゃないけど、流石にイコさん相手じゃ分が悪い」

 

 それに、と王子は告げる。

 

「何より、今シンドバットがいる場所の地形が問題だ。彼の周辺は、シンドバットと二宮さんがメテオラで徹底的に吹き飛ばした所為で殆ど障害物が消し飛んでいる。つまり、三次元機動を行う為の()()がないんだ」

 

 そう、今七海の周辺は、度重なるメテオラの爆発で障害物が根こそぎ破壊されている。

 

 文字通り爆撃を受け続けて破壊し尽くされた市街地は、破壊された家屋の残骸が積み重なっており、建物など一つたりとも見当たらない。

 

 これでは、三次元機動を行う為の足場の確保すらままならない。

 

 グラスホッパーを用いる手はあるが、それでも固定された足場があるとないのとでは大違いだ。

 

 兎にも角にも、普通の場所よりやり難いのは間違いないだろう。

 

「これは二宮さんに空中での足場を与えない為にやった事だろうけど、この環境ではシンドバットの行動はかなり制限される。そんな状況でイコさんを単騎撃破するのは、中々骨が折れると思うよ」

「無理だ、とは言わないんだな」

「…………そうだね。そう言いたいところだけど、何故だろうね。彼ならば、と思ってしまう自分がいるのは事実だ」

 

 蔵内の発言に、王子は神妙な顔で呟くそうにそう告げた。

 

 王子の知識は、知見は、七海の生駒単騎撃破は無理だと言っている。

 

 だが、これまで王子はその知見に基いた思考を、悉く那須隊によって覆されてきた。

 

 だから、こう思うのだ。

 

 既知の知識では無理と思えても、彼らならば或いは未知の方法で道を切り開けるのかもしれない。

 

 自分らしくない思考だとは苦笑しながらも、そんな考えを捨てられない王子であった。

 

「あとは、ヒューラーとエマールか。どうやらエマールは、あのアパートでヒューラーを迎え撃つつもりらしいね」

 

 王子がそう言って視線を向けるのは、ユズルが狙撃場所として確保していたが為に二宮の射撃でボロボロになった一棟のアパートの映像。

 

 ユズルは現在、このアパートの上階に陣取っている。

 

 そして別の画面では、このアパートに向かって走る茜の姿があった。

 

「ヒューラーもエマールも、お互いの大体の位置は掴んでいる。そして現在、二人に仕掛ける相手は他にいない。此処からどうなるか、見ものだね」

 

 

 

 

「志岐先輩、絵馬くんはアパートから出てませんか?」

 

 茜は移動しつつ、通信で小夜子に問いかける。

 

 狙撃銃は、今は出してはいない。

 

 バッグワームを着て移動しているのだから、狙撃トリガーを出せば両腕が塞がってしまう。

 

 狙撃位置に付いてもいないのに狙撃銃を出す意味は、基本的にないのだから当たり前ではあるが。

 

『バッグワームを使っているので中にいるかまでは断言は出来ませんが、時間的にもアパート近辺にいるのは間違いないかと。茜はどう思ってますか?』

「多分、中で待ってるかなって」

 

 茜は小夜子の問いかけに、そう即答した。

 

 ふむ、と小夜子は画面の向こうで目を細めた。

 

 狙撃手の事を一番理解しているのは、同じ狙撃手だ。

 

 その狙撃手である茜がこう断言するからには、相応の理由があるのだろう。

 

 幾つか理由の候補は考えられるが、今さら迷っている時間はない。

 

 アパートの中にいるものと考えて、立ち回りを決めるべきだ。

 

『それで、このままアパートに向かうんですよね?』

「うん。多分絵馬くんはバッグワームは脱がないと思うから、志岐先輩は他の人達が近くに来ないかどうかの方を教えて欲しい。それから、あのアパートの構造も」

『了解です。大まかな構造を元に、茜の観測情報を元に逐次組み直します』

 

 小夜子はそう告げるや否や、すぐさま茜の下にアパートの予測構造図を転送する。

 

 外観から予測できる構造が、かなり詳細に表示されていた。

 

 相変わらずの手腕に舌を巻く茜だったが、今は余計な事に思考を割いている暇はない。

 

 早々起こり得ない、狙撃手同士の1対1。

 

 相手は自分より年少ながらもその天賦の才で名を馳せる、絵馬ユズル。

 

 ROUND3では仕留めてみせた相手だが、あの時とは状況も互いの認識も違う今回はそう簡単には行かないだろう。

 

 前回は、ユズルの油断を突いて一本取った形なのだ。

 

 今のユズルに、油断などあろう筈もない。

 

 その才覚を十全に用いて、茜を仕留めに来る筈だ。

 

(負けない。今度も勝ってみせるよ。絵馬くん)

 

 心の中で宣戦布告し、茜はアパートに向かって射線を避けて地を駆ける。

 

 二人の中学生狙撃手が、今再びぶつかろうとしていた。





 ユズルくん14歳、茜ちゃん15歳。実は茜ちゃんの方が年上なのだ。

 あんまし年上感ないけど。
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