「太一……っ!?」
「く……っ! やってくれたな……っ!」
太一の
乱戦という
七海に翻弄されるあまり、一瞬でも狙撃手たる日浦茜の事を無意識のうちに軽く
茜は堤を狙撃で『緊急脱出』させた後は、諏訪が防いだ一撃を放って以来、全く撃って来なかった。
最初は単純に乱戦になったが故に介入する暇がなくなったのだと判断していたが、今なら分かる。
茜は、ずっとこの瞬間を狙っていたのだ。
即ち、七海が乱戦の中で鈴鳴第一の狙撃手である太一を釣り出すその瞬間を。
この三つ巴の戦いの中で、狙撃手は『那須隊』の茜と『鈴鳴第一』の太一のみ。
そのうち片方が落ちれば、主戦場の
七海相手に狙撃で仕留める事は難しいものの、それでも牽制や茜への抑えなど出来る事は幾らでもあった。
それを、今の一撃で覆された。
認めなければならない。
日浦茜。
彼女は、優秀な
つい先日マスタークラスに至ったばかりだというが、とんでもない。
確かに、彼女の師匠である奈良坂やNO1狙撃手である当真等と比べれば個人技という点では劣るかもしれないが────。
────
厄介なのは、七海だけではない。
警戒が必要だ。
これまで以上に、強く、鋭く。
村上はそう考え、
「チィッ、こりゃ面倒な事になったぜ……っ!」
一連の流れを見ていた諏訪は、盛大に舌打ちした。
堤を七海の奇襲で落とされた時から、諏訪は状況に翻弄されるばかりで何の戦果も挙げられていない。
村上の乱入で乱戦となった時には隙を突くチャンスだと考えたが、それは大きな誤りだった。
(ったく、何が
ランク戦開始前の、ミーティング。
その時に笹森が引っかかっていた点が、これだったのだ。
七海と同じく
何処から攻撃が来るか分かっているのだから、多人数が入り乱れる乱戦ではその強みを最大限に活かす事が出来る。
それを知っていたからこそ、七海のサイドエフェクトに
だが、後悔してももう遅い。
既に、自分達は七海の術中に嵌まってしまっていた。
(こうなったら、なんとか村上の漁夫の利を狙うしかねえ……っ! 笹森が
村上はどうやら、自分達の隊の狙撃手をスナイプした日浦を狙おうとしているらしい。
目線を狙撃があった方向に向け、少しずつ歩を進めている。
あからさまに
来馬もこちらに視線を向けている事から考えても、『鈴鳴第一』が諏訪との共闘を望んでいる事は間違いない。
そして、諏訪に残された手はそれしかないのも事実だった。
「チッ、やってやるぜ……っ!」
諏訪はその場から駆け出し、七海の側面を狙える位置に移動。
村上達を巻き込まない場所を確保し、ショットガンの引き金を引いた。
「────」
七海はサイドエフェクトでその銃撃を感知し、グラスホッパーにより木上へ向け跳躍。
周囲にメテオラのトリオンキューブを精製し、射出しようとする。
「────旋空弧月」
だが、そこで村上が旋空弧月の拡張斬撃を放つ。
最大限に拡張されたブレードが、周囲の木々を両断しながら振るわれる。
当然ながらそれを察知していた七海は、メテオラを破棄しグラスホッパーを用いてその場から離脱。
今度は別の木の枝に着地し、そのまま三次元機動を行おうとする。
「────旋空弧月」
「……っ!」
しかし、村上は更に旋空弧月を振るう。
無数の木々を両断しながら振るわれた拡張ブレードにより、森の木々が伐採され僅かではあるが見通しが良くなっている。
今のは、七海本人を狙って放たれた斬撃というよりは────木々の数を減らし、七海の三次元機動を封じる目的で振るわれたものだ。
この戦場を七海がコントロール出来ている原因の一つに、無数の木々を足場とした七海の三次元機動がある。
射線が通ってしまうのは痛いものの、三次元機動と狙撃の射線、そのどちらかを封じなければそもそもの勝ち目がなくなる。
ならばどちらを取るかは、自明の理であった。
「おらあ……っ!」
「当たれ……っ!」
足場が減り、機動力が減衰した七海目掛けて諏訪のショットガンと来馬のアサルトライフルの銃口が火を噴いた。
アステロイドの銃撃の雨が、広範囲に渡って降り注ぐ。
「────」
それに対し七海が取った対応は、至極単純。
グラスホッパーをメインとサブでフル起動し、周囲一帯に大量のジャンプ台を展開。
無数に出現したグラスホッパーを足場に、超高速の三次元機動を行った。
「な……っ!?」
「『
『
大量に分割したグラスホッパーを一定範囲内に展開する事で、地形に左右されない三次元機動を展開する。
緑川の代名詞とも言えるそれを、七海は高精度で再現している。
諏訪と来間の銃撃は空を切り、高速で移動する七海の位置を二人は把握出来ていない。
『諏訪さん後ろ……っ!』
通信越しに、緊急脱出してオペレーターの小佐野と一緒にいる堤の声が響く。
ぎょっとして後ろを振り向くと、そこにはスコーピオンを振り上げた七海の姿。
既に回避出来るような距離ではなく、諏訪はシールドの範囲を狭めてスコーピオンの前に展開する。
「く……っ!」
鈍い音が鳴り、七海のスコーピオンが諏訪のシールドに受け止められる。
範囲を狭めて張ったお陰で、シールドは罅割れたものの諏訪にまでは攻撃は通っていない。
諏訪はそのままショットガンを構え、反撃に繋げようとして────。
「────三点」
「……がっ……っ!?」
────シールドを迂回するように放たれた、無数の『
「『バイパー』、だと……っ!? まさか……っ!」
諏訪は、そこで初めて気付く。
これまでの戦闘では七海と茜に散々掻き回され、その二人の対策に追われていた。
しかし、思い出して欲しい。
彼等の属する隊の名は、その隊長は────果たして、
「那須か……っ!」
────卓越した『
那須玲。
その彼女が、切り倒された木の幹の上に足を乗せ、こちらを睥睨していた。
『戦闘体活動限界。『
そして、諏訪のトリオン体が崩壊し、『緊急脱出』の光が立ち上る。
七海と、那須。
『那須隊』が誇る二人のエースが、遂に戦場で合流を果たした。
「此処で那須隊長が『バイパー』で奇襲ぅ……っ! 鈴鳴第一と共闘の構えを見せた諏訪隊長、此処で『緊急脱出』です……っ! 得点は、那須隊のみが三点先取で大幅リード……っ! この勢いはもう止められないかぁ……っ!?」
奇襲で諏訪を落とすという劇的な登場を果たした那須の姿に会場が沸き上がり、桜子もノリノリで実況音声を響かせる。
試合は、既に『那須隊』の独壇場。
あまりにも鮮やかな展開に、皆度肝を抜かれていた。
「諏訪も『鈴鳴第一』も、七海と日浦に意識を集中させ過ぎましたね。二人の連携の厄介さを印象付けて、あの場で最も警戒しなければならない那須の合流を悟らせなかった。完璧に、『那須隊』の作戦が嵌まっていますね」
「つまり、七海隊員の暴れっぷりと日浦隊員のアシストの巧みさに目を向けさせて、那須隊長の事を意識の外に追いやらせたという事ですか」
桜子の言葉を、東は頷いて肯定する。
「はい、七海が使った『
「成る程、見事な『
桜子に話を向けられ、緑川はうーん、と困ったような顔をした。
「どう見るっていうか…………そもそも、七海先輩に『乱反射』教えたの俺だしね」
「え……? そうなんですかっ!?」
「うん。とは言っても、七海先輩に頼まれて目の前で乱反射を繰り返し見せただけだけどね」
俺、教えるの苦手だから、と緑川は苦笑する。
「いつだったかなあ…………七海先輩が突然俺の所に来て、乱反射を見せて欲しいって言うから個人戦に付き合って貰えるなら、って事で引き受けたんだ。個人戦の中なら、遠慮なく乱反射を使えるし」
緑川は当時の状況を思い出すように、遠い目をしながら語った。
「前半は七海先輩が乱反射を試そうとして動きが乱れたから四本は取れたけど、そのあたりで乱反射を大体覚えちゃったみたいでね。最終的には4:6で負けちゃったんだ。他にも色んな人から指導を受けてるらしいし、ホント七海先輩って勤勉だよね」
「そのような事が…………だから緑川くんは、七海隊員が乱反射を使った時も驚かなかったんですね」
桜子の言う通り、緑川は自分の十八番である乱反射を七海が使用したところを見ても、おお、と感嘆する声はあげていたが、使った事そのものに関しては驚いてはいなかった。
あれはそもそも七海に『乱反射』を教えたのが緑川当人であった為、七海が乱反射を使える事を予め知っていたが故の反応だったのだろう。
「そうだね。それはそうとして…………東さん、この状況って……」
「…………ああ、一番組ませてはいけない二人が揃ってしまった事になるな」
「へ……? それはどういう……」
事ですか?と聞く桜子に対し、東は苦笑しながら答えた。
「すぐに、分かりますよ。あの二人が揃う事が、どういう事なのかはね」
「────メテオラ」
「く……っ!」
「……っ!」
戦闘再開の合図となったのは、七海のメテオラだった。
無数の爆発が村上達の周囲で連鎖し、彼等の行動を縛る。
「────行って」
そこに、三次元軌道を描きながら飛来する那須の『
「く……っ!」
二人はシールドを固定モードで使用し、全方位から襲い来るバイパーを防御。
なんとか攻撃を凌いだ後、来馬は反撃の為アサルトライフルを放つ。
「────」
だが、那須はすぐさま木々を足場にした三次元機動を展開。
木々の間を縦横無尽に跳び回りながら、再びバイパーを射出する。
「────メテオラ」
走って『バイパー』から逃れようとする二人の進行方向に、七海のメテオラが降り注ぐ。
逃走をによる回避を諦めた二人は、その場で固定シールドを展開。
全方位から襲い来る那須のバイパーを、なんとか受け止めようとするが……。
「────」
「く……っ!」
そこに、弾丸の隙間を縫うような軌道で七海がスコーピオンを振り被り追撃。
バイパーの集中砲火で脆くなっていたシールドを割り砕き、村上のレイガストによってスコーピオンが止められる。
「────」
「……っ!」
しかし、彼等の猛攻は止まらない。
その場に七海がいるにも関わらず、那須は躊躇なくバイパーを発射。
美しい軌道を描く変幻自在の弾丸が、再び彼等に迫り来る。
「くぅ……っ!」
来馬と村上は、再び固定シールドを展開。
全方位から襲い来るバイパーを、再び防ごうとする。
「な……っ!?」
「うわあ……っ!?」
だが、全方位から降り注ぐと思われたバイパーは、直前で軌道を変更。
シールドの一点に向けて全ての弾丸が収束し、那須の弾丸は範囲を広げる為に強度が下がっていたシールドを貫通。
二人の身体に降り注ぎ、少なくないダメージを与えた。
「く……っ!」
その隙に追撃を加えようとした七海に向け、村上は弧月を振るう。
しかし即座にスコーピオンを破棄した七海は、グラスホッパーで上空へ跳躍。
那須と共に、再び三次元軌道を展開した。
「こ、これは凄い……っ!? 那須隊長、七海隊員の両名が縦横無尽に三次元機動を展開しながら『鈴鳴第一』を翻弄……っ! 『鈴鳴第一』、防戦一方でまともな反撃が出来ていない……っ!」
七海と那須、二人の鮮やかな戦術を目のあたりにして、桜子は瞠目しながらもノリノリで実況を飛ばす。
会場の盛り上がりは最高潮に達しており、歓声が痛いくらいである。
「見ての通り、七海と那須はどちらも機動力に特化しています。そして知っての通り那須はバイパーのリアルタイム弾道制御という強力な武器が、七海には類稀なる
「あの二人が組むと、こうなっちゃうんだよね。一度双葉と組んでやり合ってみた事があるんだけど、全然歯が立たなかったんだ。少なくとも、飛び道具もなしだと戦いにすらならないよ」
だって、と緑川は付け加えた。
「二人揃ってあのレベルで動ける上に、どう飛んでくるか分からないバイパーと動きを制限する為のメテオラが次々やって来て、前に出ようとしても七海先輩に止められちゃう。ハッキリ言って、あの二人が組んだら殆ど敵なしだよ」
「敵なしは言い過ぎかもしれませんが、厄介な布陣である事も確かです。狙撃手がいれば少なくとも那須の動きはある程度制限出来ますが、今回はそれもない」
恐らく、と東は付け加える。
「太一を狙ったのは、那須の動きの自由度を上げる為でしょう。狙撃がなければ、上に跳んでも狙い打たれる可能性はなくなりますからね」
「つまり、此処までの展開は全て『那須隊』の計算づくだったと」
「そういう事です。相当しっかり作戦を練って来ていますね、彼女達は」
惜しみない称賛の言葉を口にする東に、桜子はただ感心している。
この試合、最初から今に至るまで全てが『那須隊』の掌の上で進んでいる。
試合展開を完璧に、コントロールし切っている。
その手管を、東は素直に称賛していた。
桜子は意識を切り替え、画面に目を向ける。
そこには、機動力を武器に村上達を翻弄する『那須隊』の姿。
その鮮やかな手並みを視界に収めながら、再びマイクを握り締めた。
「さあ、このまま『那須隊』の独壇場で終わるのか……っ!? 試合も既に、大詰めとなって参りました……っ!」
「…………これは、決まりだな」
会場の上層、特別観戦席。
そこから一つの画面を見ていた風間は、口元に笑みを浮かべながら呟く。
「あいつ等の、作戦勝ちだ」
風間はそう告げ、じっと画面を見据えていた。