痛みを識るもの   作:デスイーター

160 / 487
影浦隊④

 

「お、ユズルの奴日浦ちゃんとやり合うつもりか。こりゃ面白い事になったな」

 

 画面の中で油断なく周囲を警戒するユズルとアパートに向かう茜の姿を見て、当真はにやつきながらそう口にした。

 

 まがりなりにも自分の弟子であるユズルと、そのユズルを一度は下した茜との対戦だ。

 

 当真としては、かなり興味深いマッチアップだろう。

 

「けど、狙撃手同士のタイマンか。こんなの中々ねーんじゃねーの?」

「そーだな。ま、普通ならナシだ。狙撃手は、基本的に位置がバレたら何がなんでも逃げるのがフツーだしな」

 

 狙撃手は、一度撃ったら移動するのが基本。

 

 これは、B級以上の隊員であれば誰もが知っている大前提である。

 

 確かに狙撃手は、相手にすれば厄介極まりないポジションだ。

 

 狙撃手用のトリガーは、銃手のそれと比べても威力が段違いに高い。

 

 しかも銃手では届きようがない遠距離から、不意打ちでその高威力を叩き込んで来るのだ。

 

 相手チームに狙撃手が一人いるだけで、普段以上に慎重な立ち回りを求められるのだ。

 

 ランク戦に置いて、狙撃手を擁する意味はかなり大きい。

 

 何せ狙撃手がいる、というだけでチームにとっては一種のアドバンテージであると言っても過言ではないのだ。

 

 それだけ狙撃手は戦場への影響力が高く、何処であっても重宝されるポジションなのである。

 

 しかし、狙撃手は誰でもなれるようなポジションではなく、更に特有の弱点を抱えている。

 

 優秀な狙撃手になる為には攻撃手や銃手とはまた違った適正が必要となり、その修練の難易度を考えれば他のトリガーの鍛錬に費やす時間は早々ない。

 

 そして、狙撃手用トリガーはライトニングを除いて連射が不可能であり、何より単発でしか弾を撃てないという致命的な弱点がある。

 

 銃手トリガーのように弾幕を張る事が出来ず、また連射が出来ないどころか一度撃てば再装填(リロード)が必要な性質上、近距離では殆ど役に立たないと言っても過言ではない。

 

 更に言えばハウンドのような曲射は出来ず、銃口を視認された時点で回避も容易。

 

 つまり、狙撃手は近付かれた時点で相手を押し返す事がまず出来なくなる。

 

 位置が知られた時点で、狙撃手の有するメリットの大半がなくなると言っても過言ではないのだ。

 

 故に、狙撃手は一度狙撃を行った時点で即座に移動するのが常である。

 

 単純に、そうしなければ狙撃手として死んだも同然だからである。

 

 狙撃手は、その位置が知られていないからこそ抑止力として機能する。

 

 位置が知られた時点で、狙撃手の脅威は失われる。

 

 ライトニングであれば撃ち合いそのものは出来るが、そもそも近距離での撃ち合いになった時点で狙撃手が射手や銃手に敵う筈もない。

 

 遠距離では強力な反面、近距離では著しく戦力が低下するのが狙撃手の弱みなのだから。

 

 故に、アパートから移動せず茜を待ち構えるユズルの行動は、狙撃手のセオリーから外れていると言える。

 

 普通の状況であれば、まず有り得ないと言って良いだろう。

 

「けど、見ての通り他の連中は目の前の相手で手一杯でユズルのトコに行ける奴は誰もいねえ。つまり、今ユズルが相手をしなきゃなんねえのは日浦ちゃんだけってこった」

 

 しかし、それはあくまで普通の状況での話。

 

 今この時においては、また話は違って来る。

 

 現在、ユズルと茜以外のメンバーはその全てが戦闘中。

 

 しかも、ユズルのいるアパートからはかなり離れた場所での戦闘だ。

 

 つまり、ユズルに接近して仕留める事が可能な面々は、軒並み干渉出来ないという事である。

 

 今、ユズルが相手をすれば良いのは茜のみ。

 

 そして、その茜もまた狙撃手である。

 

 まず、狙撃手同士の戦いは、他のポジションとの戦いとは若干異なる。

 

 狙撃手にとって、相手に接近するメリットなどは何もない。

 

 それは、狙撃手にとって当たり前の常識だ。

 

 そもそも狙撃手は近付かれては何も出来ないのだから、わざわざ近付く意味などない。

 

 故に、狙撃手同士の戦闘に置いて重要なのは、如何にして相手の意表を突くか、どれだけ自分を冷静に保てるか、という事だ。

 

 狙撃手は、地形の影響を最も大きく受けるポジションだ。

 

 隠れての狙撃が基本である以上、隠れ場所が多いに越した事はない。

 

 だが、地形が入り組み過ぎていてはそもそも射線が通らず、狙撃手は仕事がやり難くなる。

 

 地形把握とその活用も、狙撃手としては当たり前の技術なのである。

 

 その点、今ユズルが陣取っているアパートは環境としては悪くない。

 

 二宮の射撃で至る所に穴が空いてはいるが、障害物としては充分機能する。

 

 少なくとも、大きな建物がまばらにしかないこの市街地Aでは狙撃手が戦場とするしては上等な部類であると言えた。

 

「他の奴等がちょっかい出せねえ以上、純粋な技術と機転の勝負になる。その点で、ユズルが日浦の嬢ちゃんに負けるとはちと思えねえな。あいつは、天才だからよ」

 

 

 

 

「ヒカリ、一応聞くけど日浦さんはレーダーに映ってる?」

 

 ユズルはオペレーターである光に通信を繋ぎ、駄目元でそう問いかける。

 

 間違いなくバッグワームを使っているだろうが、万が一という事もある。

 

 バッグワームを解除しているなら、転移後の直接狙撃を狙っている可能性があるからだ。

 

 茜の十八番は、ライトニングを用いた高速精密射撃。

 

 バッグワームを解除する手間を厭うて予め脱ぎ捨てている可能性は、相応に有り得る。

 

 故に、この確認は必要なのだ。

 

『あー、駄目だな。やっぱバッグワーム使ってるみてーだ。けど多分、そろそろそのアパートに着く頃だろ。一応移動予測経路表示すっから、見とけよー』

「うん」

 

 案の定の解答に、ユズルはふぅ、と息を吐く。

 

 まずないと思ってはいたが、茜相手ではこういう()()()()()()が肝要である。

 

 茜は、意識の陥穽を突く事が非常に巧みだ。

 

 後から考えれば分かる筈の手段を隠し通し、相手に悟らせない。

 

 正確にその意識の警戒の隙間を潜り抜け、致命の一撃を差し込む。

 

 それが、茜の戦い方。

 

 これまでライトニング一本という特殊な戦闘法で戦い抜いた、茜の真骨頂である。

 

 故に、警戒してし過ぎるという事はない。

 

 狙撃手は、神経を使うポジションだ。

 

 余計な情報の取得は、極力排除するべきである。

 

 狙う相手の動向や、それまでの動きから考えられる行動予測。

 

 居場所がバレていないかの警戒と、周囲の索敵。

 

 それらの情報を最短最速で収集し、的確な判断に繋げる。

 

 だからこそ、余計な情報はノイズでしかない。

 

 狙撃は、時間とタイミングが肝要だ。

 

 必殺の狙撃を敢行する為の隙を見つけ出す眼力と、素早くそれを判断する為の高速思考。

 

 必要な情報を取捨選択し、即座に判断を下せないようではとても狙撃手としてはやってはいけない。

 

 狙撃は基本的に相手から離れて行うものであるから、相手の攻撃動作などを警戒する必要はない。

 

 必要なのは、相手がその狙撃に対応可能な状態にあるか否か。

 

 これに尽きる。

 

 だが、狙撃手同士であればこの前提条件は変わって来る。

 

 自分の狙撃が届くという事は、相手の狙撃もまた届くという事。

 

 故に、相手の攻撃動作もまた警戒する必要が出て来る。

 

 それだけではない。

 

 狙撃手の基本は、隠密。

 

 即ち、双方共に隠れながらの戦闘が基本となるのだ。

 

 狙撃手はバッグワームを常時着ている事が多く、レーダーは基本的に役に立たない。

 

 故に、必要なのはそれまでの経緯を鑑みての行動予測。

 

 要は、相手の動きを読み切る為の洞察力だ。

 

 読み合いこそが、狙撃手の戦い。

 

 その為の材料は、少しでも欲しい。

 

 ユズルは光の示した行動予測経路に目を通し、その中で最も可能性の高そうなルートを検索する。

 

(このアパートは、七階建てのオーソドックスなタイプ。上に上がる為の階段は、左右に二ヵ所。おれのいる所に来る為には、そのどちらかに向かう必要がある)

 

 ユズルは、眼下の地面に目を向ける。

 

 このアパートは、正面に駐車場が存在し建物に入るにはそこを通り抜けなければならない。

 

 駐車場はそう広いワケではないが、アパート前は開けた道路であり、そこに誰かが来ればすぐ分かる。

 

 だからこそ、ユズルは最上階のベランダに陣取って茜が来るのを待ち構えているのだ。

 

(日浦さんには、テレポーターがある。多分、おれの狙撃をテレポーターで躱して乗り込んで来ようとする筈。初撃は、まず回避されると思った方が良いだろうな)

 

 茜の最も特徴的な武器は、テレポーターによる転移である。

 

 彼女はこのトリガーを駆使して、これまでも様々な形で相手の意表を突き、仕留めて来た。

 

 転移を用いた回避からの不意打ちや、単純なショートカットとして用いての狙撃。

 

 いずれも、彼女の高い技術力が為せる技だ。

 

 テレポーターというトリガーの特殊性も、その一助となっている。

 

(けど、テレポーターは万能じゃない。連続使用は出来ないし、転移距離に応じて次に使えるまでのタイムラグが生まれる。そして、転移は視線を向けた先にしか出来ない)

 

 転移という特殊な効力を持つテレポーターではあるが、言うほど万能というワケでもない。

 

 一度転移を使用すれば、その距離に応じたクールタイムが必要になる。

 

 これは距離が遠ければ遠い程長くなり、最大射程の数十メートルの転移を実行すれば次に使用可能になるまでかなりの時間がかかる。

 

 そして、転移は視線を向けた先にしか実行出来ない。

 

 つまり、相手の動向をしっかりと見ていれば、転移先を割り出してその場所を狙う事も可能なのだ。

 

 茜はハンチング帽を被っている為上からは目元は見えないかもしれないが、顔の向きを見れば大体の行き先はわかる。

 

 それさえ見逃さなければ、転移先を狙う事は充分に可能だ。

 

(そろそろ、来る頃だな)

 

 ユズルは手元のイーグレットを握り締めながら、茜の到来を待ち伏せる。

 

 茜がイーグレットを持ち込んでいる事は、先ほどの二宮を落とした時に把握している。

 

 ただでさえ高速精密射撃によりシールドを広げての防御を強要されるというのに、此処に来て集中シールドでしか防げないイーグレットという武器の追加はかなりの脅威と言って良い。

 

 何せ、二宮が行っていたハウンドでシールドを広げさせ、アステロイドで仕留めるという基本戦法とやっている事は同じなのだ。

 

 威力は低いが驚異的な弾速を誇るライトニングでシールドを広げる事を強要した上で、シールド貫通力の高いイーグレットで仕留める。

 

 茜はこれを、トリガーセットを見せつける事で実行している。

 

 二宮は茜がイーグレットをセットしている事を見抜けずに落とされたが、その初見殺し以外にも彼女のイーグレット装備は()()()としても機能する。

 

 それを持っているだけで、相手に理不尽な二択を迫る。

 

 そういう心理的な効果が、茜のイーグレットには存在する。

 

 これまでの試合で散々その高速精密射撃の脅威を知らしめているからこそ、イーグレットという切り札が最大限に機能している。

 

 今の茜は、相手にするには厄介極まりない。

 

 何せ、これまでの茜の対策としては安牌だったシールドを広げての対処だけでは通用しないのだ。

 

 これまでの茜はシールドをすり抜ける形で狙撃を決めていたが、今の彼女はそのシールドを貫く事も出来る。

 

 完全に対策するには両防御(フルガード)で守りを固めるしかないが、それをすれば両腕が塞がり他の行動が出来なくなってしまう。

 

 ユズルや東とは別のベクトルで、厄介な狙撃手であると言えるだろう。

 

(けど、イーグレットじゃ壁抜き狙撃は出来ない。発射地点さえ分かれば、シールドを張るのも間に合う筈だ)

 

 だが、そのあたりはこちらの立ち回り次第でどうとでもなる。

 

 イーグレットは確かに威力の高い狙撃銃だが、その火力はアイビスと比べれば劣る。

 

 狙撃銃は、障害物を貫通した場合相応の威力減衰が起こる。

 

 アイビスは壁抜きをして尚シールドを貫通する程の威力を誇るが、イーグレットは壁抜き自体は出来るが、それをすればシールド貫通する威力までは残せない。

 

 障害物を盾にすれば、イーグレットは防げるというワケだ。

 

 ライトニングに至っては、そもそも壁抜きを出来るような威力はない。

 

 広げたシールドでさえ防げるのだから、その威力の程はお察しである。

 

 故に、茜が地上からの狙撃を狙って来ようと、ユズルは充分に対抗する用意がある。

 

 狙撃後の再装填のタイムラグも、とある手段で解決済みだ。

 

 来るなら来い。

 

 その想いで、ユズルは茜を待ち侘びていた。

 

(来た……っ!)

 

 そのユズルの視界に、茜の姿が飛び込んでくる。

 

 あの特徴的なハンチング帽と小柄な体躯は、間違いない。

 

 日浦茜。

 

 以前ユズルに辛酸を嘗めさせた、那須隊の狙撃手である。

 

 茜は道路を渡り、駐車場に足を踏み入れた。

 

 目元は伺えないが、その顔の動きからしてユズルの存在には気付いているようだ。

 

「────」

 

 ユズルは、迷う事なくイーグレットを構え、引き金を引いた。

 

 発射された弾丸が、少女の頭部を狙う。

 

 普通であれば致死の一撃であるが、茜にはテレポーターがある。

 

 この一撃は、恐らく凌がれるだろう。

 

 だが、それで構わない。

 

 本命は、この後の第二撃。

 

 茜が転移を実行した瞬間、()()()()()()()で仕留める。

 

 そう、ユズルは今回、イーグレットとアイビスをメインとサブに分けてトリガーセットしている。

 

 故に、イーグレットで狙撃した後にノータイムでアイビスを叩き込む事が可能なのだ。

 

 それは、嵐山隊の佐鳥が得意とする特異技法、ツイン狙撃とほぼ同じ。

 

 当真は散々酷評していた佐鳥のツイン狙撃だが、ユズルはその戦法に対して一定の理解を示していた。

 

 確かに実行するにはバッグワームを脱がなければならない都合上、位置を知られてしまうという決定的な弱点を内包しているが、要は使い方次第である。

 

 その第二撃さえ通せば良いのなら、攻撃手段としてはこの上なく有効だ。

 

 何せ、高威力の狙撃が二連続で襲って来るのだ。

 

 そのメリットは、確かに大きい。

 

 狙撃手にとって必殺である筈の一撃目を凌がれる事が前提であるという点を除けば、理に叶った戦術である。

 

 ユズルはいつでもアイビスを放てるよう、狙撃と同時にバッグワームを脱ぐ。

 

 後は茜の転移を待って、そこにアイビスを撃ち込めば良い。

 

 そう考えて、ユズルは茜の行動を待った。

 

 何処に転移しても、すぐさま二撃目を放てるように。

 

「え……っ!?」

 

 ────────だが、その目論見は潰える事になる。

 

 茜が、()()()()()()()()()()ユズルの狙撃を防御した事で。

 

 それ自体は、なんらおかしな事ではない。

 

 イーグレットは確かに威力が高いが、ピンポイントで集中シールドを用いれば防げるのだから。

 

 問題は。

 

 これまでアイビスを繰り返し使用して来たユズルの狙撃を、アイビスではなくイーグレットと()()して集中シールドでの防御を敢行した事だ。

 

 この試合、ユズルはアイビスのみを用いて狙撃を行って来た。

 

 それは無論二宮の硬いシールドを貫く為でもあったが、同時にアイビスを自分の持ち札として強調する為でもあった。

 

 アイビスは、集中シールドを張ったところで防げない。

 

 これを防ぐには、集中シールドを両防御で使う必要があるのだ。

 

 故に、茜は自分の狙撃を防ぐにあたり、シールドでの防御ではなくテレポーターでの回避を選ぶ筈。

 

 ユズルは、そう考えていたのだ。

 

 だが、茜はそのユズルの目論見を見破った。

 

 第一射をアイビスではなくイーグレットであるとあたりをつけ、迷う事なくシールドでの防御を選択した。

 

 ユズルはアイビスでの第二撃を実行するか逡巡したが、取りやめた。

 

 恐らく、茜は予測している。

 

 ユズルが、狙撃銃をメインとサブに分けてセットしている事に。

 

 だが、それはあくまで予測だ。

 

 テレポーターでの回避を強要出来なかった以上、二撃目でアイビスを使っても転移で回避されて終わりだ。

 

 予測を確信に変えるような行動は、極力避けたいところである。

 

 どちらにせよ、最初の攻防はユズルの負けだ。

 

 読み合いの第一手は、茜に上をいかれたのだから。

 

「いいよ。それならそれで、やりようはある。今度こそ、仕留めてみせるさ」

 

 ユズルは我知らず笑みを浮かべ、アパートの中に突入する茜の姿を見届けながら、身を翻し自身も中へと移動する。

 

 狙撃手同士の変則戦闘(ゲリラ戦)の幕が今、上がったのだ。





 ツイン狙撃は強力。だけど普通はやらない。

 やれないのではなく、やらない。

 けどまあ、メリットがないワケではないのである。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。