痛みを識るもの   作:デスイーター

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影浦隊⑤

 

「日浦隊員、絵馬隊員の狙撃を集中シールドで凌ぐ……っ! 日浦隊員はそのままアパートに突入し、屋内戦を行う模様……っ!」

「流石だね、ヒューラー」

 

 王子は試合映像を見ながら、静かに頷く。

 

 今の攻防がどれだけハイレベルなものだったか、それを理解したが故の称賛であった。

 

「あそこでエマールの狙撃がアイビスじゃなく、イーグレットだと見抜いて集中シールドを展開したという機転が素晴らしいね。この試合、エマールはアイビスだけを使っていたっていうのに」

「確かにそうですね。今試合が始まってから、絵馬隊員はアイビスしか使っていませんでした。ですが」

「うん。アイビスなら、集中シールド1枚じゃ防げない。つまりヒューラーは、あの時来るのがイーグレットだと当たりを付けていたのさ」

 

 王子の言う通り、あの時ユズルが使ったトリガーがイーグレットではなくアイビスであれば、集中シールド1枚ではそのまま貫通されて仕留められていただろう。

 

 アイビスに対する解答は、回避するか集中シールドを二枚重ねにするかのどちらかだ。

 

 しかし、茜の解答は明らかに対イーグレットを想定したもの。

 

 つまり、茜はあの時撃ってきたトリガーがイーグレットだという予測を立てていたという事になるのだ。

 

「しかし、何故絵馬隊員はアイビスではなくイーグレットを使ったのでしょう? 絵馬隊員の技量であれば、アイビスでも普通にいけたのでは?」

「それについても推測は出来るけど、今はまだ開帳する段階じゃないね。大人しく試合を見守ろうじゃないか」

 

 まだ見せていない戦術に関して言及し過ぎるのもどうかと思うし、と王子は説明を締め括った。

 

 桜子としては不完全燃焼感があるものの、どうやら蔵内やレイジもそれについて説明するつもりはなさそうである。

 

 まあ後で聞けるだろうと思考を切り替え、桜子は実況に戻った。

 

「さあ、以前は日浦隊員に軍配が上がった狙撃手対決ですが、今回はどうなるのか……っ!? 日浦隊員も絵馬隊員も、どちらも目が離せません……っ!」

 

 

 

 

「…………思った以上にボロボロになってますね、このアパート」

 

 茜はアパートの階段を駆け上がりながら、その内部を見て呟いた。

 

 ユズルが陣取っていたこのアパートは、二宮の射撃を繰り返し受けた事で至る所に穴が空いている。

 

 壁どころか床や天井も穴だらけであり、廃墟と言われても納得しそうな荒れ具合である。

 

 外側から見た時もそれは瞭然であったが、こうして直に見るとその酷さが分かる。

 

 あのまま撃たれ続けていれば、そのまま崩落した可能性も0ではないだろう。

 

『言うまでもないけど、気を付けなさいよ茜。絵馬くんは壁抜き狙撃が出来るって事、忘れないようにね』

「分かってます。油断はしません」

 

 小夜子の忠告に、茜はそう静かに答えた。

 

 ユズルは、アイビスを主武装とする珍しい狙撃手だ。

 

 これまでの茜のようにライトニング一本という偏った運用ほどではないが、ランク戦におけるユズルはアイビスの多用が目に付く。

 

 アイビスは、狙撃銃の中でも扱いの難しいトリガーである。

 

 確かに、威力はある。

 

 集中シールドさえ貫通するその威力は、旋空を除けばノーマルトリガーの中でも最高峰だ。

 

 だが反面、アイビス独自の強みはランク戦では活かし難いのだ。

 

 まず、狙撃銃の中でも最も大型である為、扱いそのものが難しい。

 

 そして、射程と威力であればイーグレットでも充分確保出来るのだ。

 

 弾速も、イーグレットの方が上。

 

 そしてイーグレットも、集中シールドでなければ防げない貫通力を持っている。

 

 つまるところ、アイビスでなければならない場面というものは早々にない。

 

 大抵の場合、イーグレットがあれば事足りるのだ。

 

 射程や弾速を削ってまでわざわざアイビスを使うメリットは、そこまで多くはないのだから。

 

 だが逆に言えば、アイビス独自のメリットも明確に存在する。

 

 その一つが、壁抜き狙撃。

 

 これは、アイビスでしか成し得ない代物である。

 

 ユズルの得意とするこの壁抜き狙撃は、文字通り壁越しに相手に弾を当てる高等技術である。

 

 アイビスに限らず、狙撃トリガーの弾丸は障害物を貫通すればその分威力が減衰する。

 

 ライトニングはそもそも壁に穴を穿つ程の威力は出ず、イーグレットは貫通自体は出来るがシールドを射抜く程の突破力は残らない。

 

 壁を破壊して尚、シールドを貫く破壊力を保てるのはアイビスだけなのだ。

 

 そしてそのアイビスを用いた壁抜き狙撃には、相応の利点がある。

 

 相手の意表を突けるのは勿論だが、強引に射線を確保する事が出来るというのもポイントだ。

 

 一見射線が通っていないような場所でも、壁抜き狙撃を用いれば力づくで射線を通す事が出来る。

 

 そのメリットは、正直計り知れない。

 

 勿論、そう簡単に出来る技術ではない。

 

 壁越しの相手の位置を捉えるにはオペレーターとの連携が必須であるし、位置が分かっていても目視出来ない相手を撃ち抜くのは至難の業だ。

 

 東やユズルが平然と行っている為感覚が麻痺しがちではあるが、早々出来る技術ではない。

 

 むしろ、出来る方がおかしい技術と言っても過言ではない。

 

 そして、それを成し遂げてしまうのが東であり、ユズルである。

 

 彼等の前では、一見射線が通っていない場所でも安心は出来ない。

 

 いつ何時、壁越しに狙撃されるか分かったものではないからである。

 

 そういう意味では、屋内戦はユズルのステージだ。

 

 相手の狙撃手の射線を封じた上で、自分は一方的に射線を無視した狙撃が出来る。

 

 故に、現状はいつユズルの壁抜き狙撃が来ても不思議ではない状態にある。

 

「志岐先輩、絵馬くんの大まかな居場所は分かりますか?」

『さっき一瞬だけどバッグワームを脱いだし、弾道計測であの時いた位置は掴めてます。だからきっと、この範囲内にいる筈です。けど、レーダーじゃ高低差までは分からないから過度に信用しないようにね』

 

 小夜子はそう言って、茜にユズルがいるであろう範囲の全体図を送る。

 

 その移動範囲予測図は、大体アパートの5階から7階の右半分の範囲が含まれていた。

 

 現在茜が駆け上がっているのは、アパートの左側の階段である。

 

 階は、今は3階に上がったところだ。

 

 小夜子の予測では、ユズルのいる階層は5F以上。

 

 まだ直接接敵するワケではないが、油断は出来ない。

 

 何故なら、距離的に言えば既にユズルの射程内だからである。

 

 だからこそ、茜はバッグワームを脱いでいない。

 

 レーダーでは高低差は分からないが、大まかな居場所は分かる。

 

 そして、高低差が分からずともその居場所さえ分かれば問題はない。

 

 何故なら────。

 

『茜……っ! 真上です……っ!』

「……っ!」

 

 ────────大まかな場所さえ分かれば、その真上から壁抜きで狙撃すれば良いのだから。

 

 天井を、否────階段を貫く弾丸が、茜に襲い掛かる。

 

 茜は、咄嗟に三階の廊下に飛び込みそれを回避。

 

 彼女を狙った弾丸は、そのまま階段を貫き地面に着弾。

 

 間一髪、茜には傷一つ付いていない。

 

『まだです……っ! 次が来ますよ……っ!』

「!」

 

 そこで、気付く。

 

 何故、バッグワームを脱いでいないにも関わらず、茜の居場所が分かったのか。

 

 二宮の射撃でボロボロになった、天井。

 

 その先に、光るものがある。

 

 茜は即座にその光の正体を察し、その場から飛び退いた。

 

 そして次の瞬間、天井の穴を通り抜けた弾丸が飛来。

 

 茜のいた場所を、射抜いた。

 

 

 

 

「失敗したか」

 

 床にアイビスを置き、右手にイーグレットを構えたユズルは、狙撃の失敗を悟りぼそりと呟く。

 

 その視線は、床に空いた穴の先へと向けられていた。

 

 そう、これがユズルが茜の場所を察知したカラクリ。

 

 何の事はない。

 

 ただユズルは、この穴から、茜を直接視認しただけだったのだ。

 

 この穴は、二宮の射撃で空いたものだ。

 

 二宮はユズルを抑え込む為に、アパートの全域にハウンドを撃ち込んでいた。

 

 故に、このアパートは至る所に風穴が空いている。

 

 ユズルはその穴を茜が来る前に拡張し、覗き穴にしたワケである。

 

 後は茜の姿が穴から見えた瞬間、狙撃を敢行するのみ。

 

 運動能力の低い茜であれば、シールドを用いるかテレポーターを使用して回避すると踏んでいたのだが、まさか身のこなしだけで回避されるとは考えていなかった。

 

 テレポーターを使わせる目論見は、またしても失敗に終わったワケである。

 

(日浦さんは回避にテレポーターを使う、っていう先入観はもう捨てなくちゃ駄目だな。おれと同じで、日浦さんも日々鍛錬は欠かしていないんだ。回避技術が上達していたとしても、何の不思議もない)

 

 ユズルは自らに言い聞かせるように、心の中でそう呟く。

 

 先入観。

 

 それこそが、茜が数々の相手を仕留める為に用いた()である。

 

 相手の常識や、それまでの立ち回りで見せた()()()()()()

 

 それらを利用する事で、彼女は常に相手の裏をかいてきた。

 

 先入観を抱いているようでは、彼女には勝てない。

 

 ただ試合を分析しただけでは、その立ち回りを利用した先入観を植え付けられ、その隙を突かれる。

 

 彼女の手札や、戦術思考。

 

 それらを包括的に考慮した上で、次の彼女の立ち回りを予測する必要があった。

 

(待て、今何か引っかかったな。試合の分析……? これは、既視感か……? この状況、何処かで……っ!?)

 

 そこで、気付く。

 

 壁の穴越しに、相手を視認したユズル。

 

 これと似た状況が、過去のログにもあった。

 

 あれは、ROUND4の那須隊の戦闘記録。

 

 その中で、茜は────。

 

「────」

「く……っ!」

 

 ────────壁の穴越しにテレポーターを発動し、転移を敢行していたのだ。

 

 咄嗟に張ったシールドに、弾丸が着弾する。

 

 ユズルが振り向いた先に、彼女はいた。

 

 ライトニングを構えてこちらに狙いを定めた、日浦茜の姿が。

 

 ユズルが視認出来たという事は、茜もまたユズルを視認出来る距離にいたという事に他ならない。

 

 既に彼女は三階まで来ていた為、ユズルのいる5階は既にテレポーターの射程内となっていた。

 

 天井がそう高くないこのアパートでの数階差くらいであれば、テレポーターは容易に飛び越える。

 

 テレポーターは、行き先が視認出来ていればその間の障害物は無視出来る。

 

 ROUND4の時と同じく、彼女は壁の穴越しに移動先を視認し、此処に転移して狙撃を実行したのだ。

 

 ライトニングを用いたのは、ユズルがその事に気付く前に狙撃を成功させたかったからだろう。

 

 事実、ほんの数秒反応が遅れていれば、ユズルは彼女に射抜かれていた筈だ。

 

 だが、ライトニングを使ったからこそ、ユズルは広げたシールドでの防御に成功出来た。

 

 この場面なら、弾速重視でライトニングを使う筈。

 

 そのユズルの判断が、功を奏した形である。

 

「この距離なら……っ!」

 

 余計な思考に割く、時間はない。

 

 ユズルはすぐさまイーグレットを消し、ライトニングを生成。

 

 通路の先の茜に向け、弾丸を撃ち放った。

 

「……!」

 

 茜はそれを広げたシールドで防御し、横に突進。

 

 体当たりで部屋のドアを突き破り、その中へと転がり込んだ。

 

「く……っ! ライトニングの性質は、熟知してるよねそりゃ」

 

 ライトニングに、壁越しに相手を貫くような威力はない。

 

 そもそも、壁を破壊する事すら難しい。

 

 障害物が盾となった時点で、ライトニングは撃ったところで意味を為さない。

 

 そのあたりの性質を、ライトニングを愛用する茜が知らない筈もない。

 

 ライトニングでの追撃は、断念せざるを得ない。

 

「けど、それならこっちで狙うだけだ」

 

 だが、ユズルにはアイビスがある。

 

 アイビスならば、壁を破壊してその先にいる茜を狙う事が可能だ。

 

 仮に当たらずとも、穴が空けば直接茜を狙う事が出来る。

 

 ユズルはそう考え、アイビスの銃口を茜が飛び込んだ部屋に向け────。

 

(────待て。その程度の事を、日浦さんが気付かない筈がないだろ)

 

 ────────引き金を引こうとした指を、止めた。

 

(こっちにアイビスがある事は、百も承知の筈。あの日浦さんが、壁抜き狙撃を警戒してない筈がない。わざわざ部屋に入ったのは、オレの壁抜きを誘発させる為か……?)

 

 ユズルの壁抜き狙撃を、既に茜は目にしている。

 

 これまでの試合でもそれなりに用いていた戦法である為、ログを見られた時点で警戒もされている筈だ。

 

 その彼女が、部屋に入った程度で安心する?

 

 否。

 

 断じて有り得ない。

 

 茜は、自分に土を付けたあの狙撃手は、そんな甘い相手ではない。

 

 故に、これは明らかな誘い。

 

 ユズルに壁抜き狙撃を行わせ、隙を作る為の一手。

 

(なら、何処から来る……? ベランダ越しに他の部屋に移動して、こっちの意表を突くつもり……? いや、オレがいるのは廊下の端。部屋を移動したくらいじゃ、奇襲の効果は薄い)

 

 現在、ユズルがいるのはアパート右側の階段前。

 

 そして、茜が飛び込んだ部屋は左側の階段の手前の部屋である。

 

 部屋を移動したところで、ユズルの背後を取れるワケではない。

 

 ならば、何処か。

 

 同じ部屋にいるという線は、まず有り得ない。

 

 ベランダ越しの移動も、可能性は低い。

 

 つまり、それ以外。

 

 横移動をしていないのであれば、茜は────。

 

「上か……っ!」

 

 ────────テレポーターを用いて、上階へと転移したのだ。

 

 ユズルがそれに気付いた、直後、

 

 天井の穴から、ユズルに向けて数発の弾丸が放たれた。

 

 ユズルはそれを、広げたシールドで防御。

 

 数発の閃光は、シールドに着弾し霧散した。

 

 同時に、階上から駆け出す足音が響く。

 

 今の狙撃失敗を見て、即座に転進したのだろう。

 

 相変わらず、判断が早い。

 

 矢張り、一筋縄では行きそうにない。

 

「だけど、負ける気はないよ。今度こそ、オレが勝つんだから」

 

 ユズルは再びバッグワームを纏い、移動を開始した。

 

 二人の狙撃手の戦いは、続く。

 

 既に、他の戦場は眼中にない。

 

 此処で、狙撃手として決着を着ける。

 

 それが、ユズルが選んだ道。

 

 茜との直接対決を選んだ、少年の意地だった。





 ユズルくんは生来女子を絡むスキル持ち。

 今作では茜ちゃんと絡んでるけど、どっちも矢印は立ってないのだ。

 あくまで狙撃手として意識してるだけだからねえ。
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