痛みを識るもの   作:デスイーター

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影浦隊⑥

 

「来やがったな」

 

 影浦は迫り来る光弾────────バイパーを見据え、回避機動に移る。

 

 肌に突き刺さる、無数の敵意。

 

 それが彼に弾道を直に伝達し、その軌道から身体をずらす。

 

 すると、まるで弾が自ら避けたかのように影浦の身体を横切った。

 

 感情受信体質。

 

 影浦のサイドエフェクトにより、彼は相手の攻撃の軌道が文字通り肌で分かる。

 

 故に、生半可な攻撃では彼に触れる事すら出来はしない。

 

 まだ、バイパーの主────────那須の位置は、遠い。

 

 だが、決して届かない程離れてはいない。

 

 向こうで隠れて様子を伺っている辻も、動くタイミングを見計らっている筈だ。

 

 女性が苦手、という噂は聴いているが、影浦としてはどちらでも良い。

 

 噂を鵜呑みにするのもどうかと思う反面、ユズルの師匠であった鳩原のように人を撃つ事に生理的な忌避感を抱く人間もいる事を影浦は知っている。

 

 女を斬れない剣士、というものがいたところで、さほど驚きはしない。

 

 どちらにせよ、邪魔なら叩き切れば良い。

 

 辻は影浦と那須、その双方に注意を向けている事をサイドエフェクトは感じ取っている。

 

 那須に向かう感情の強さまでは不明だが、影浦に向けられる敵意はランク戦の対戦相手としては充分な強さである。

 

 影浦と那須、どちらであろうと隙を見せた方から倒す心づもりであると考えた方が良いだろう。

 

 どちらにせよ、辻も那須も倒すべき相手である事に変わりはないのだから。

 

(それに、ユズルの邪魔をさせるワケにゃあいかねぇからなぁ)

 

 影浦はふと、今まさに因縁の相手である茜と戦っているユズルに意識を向けた。

 

 此処でもし那須を自由にしてしまえば、ユズルの戦いに水を差しに行く事は充分考えられる。

 

 これがランク戦である以上、何処にどう介入しようが咎められる謂れはないが、今回ばかりはユズルに自分の戦いに専念させてやりたい、というのが影浦の本音だった。

 

 ユズルも、影浦(じぶん)も、この試合の最大の目的はこれまで待ち望んでいた対戦組み合わせ(マッチメイク)を実現させる事だ。

 

 自分がやりたい事をやろうとしているのに、ユズルのそれを邪魔するなどあってはならない。

 

 少なくとも、影浦はそんな格好悪い真似をするつもりはなかった。

 

 影浦は、これまで好きに生きて来たつもりだ。

 

 死ぬほど厭わしいこの副作用(ちから)の所為もあって、影浦の生は常にストレスとの戦いだった。

 

 何せ、他人の感情が、心が直に伝わってくるのだ。

 

 そして、その感情が負のベクトルであればある程、影浦の感じるそれは不快なものとなる。

 

 だが、ユズルは、影浦に対して意識して負の感情を出さないように努めていた。

 

 影浦が感じているその感覚が不快なものであると知って以降、ユズルは影浦に対して意識して感情を抑えるようになっていた。

 

 無論そんな事はしなくて良いと伝えた影浦だが、ユズルの不器用な気遣いを感じて暖かな気持ちになったのは確かだった。

 

 自分の容姿があまり他人に良い印象を与えない事は、影浦とて承知している。

 

 だが、四六時中自分に対する怯えや侮りの感情をぶつけられては、堪忍袋の緒も容易く切れようというもの。

 

 そんな経緯もあり、影浦のボーダー内での評判も、あまり良いものではない。

 

 例の根付アッパー事件の事は、それなりに広まっている。

 

 何せ、影浦隊がA級からB級に降格した原因となった事件なのだ。

 

 影浦が目立てば必然、その話題が多くもなる。

 

 そんな中でも、ユズルの影浦に対する態度は変わらなかった。

 

 ユズルはどうやら自分の代わりに根付を殴ってくれた影浦に恩義を感じているようだが、何の事はない。

 

 影浦は単に、根付の物言いが気に食わなかっただけだ。

 

 ユズルの気持ちも考えず、鳩原を悪しように言った事は、影浦から見ても到底看過出来るものでもなかった。

 

 だから、殴った。

 

 ユズルが可哀そうだとか、そういう感情でやったものではない。

 

 少なくとも影浦自身は、そう考えていた。

 

 今もユズルはあの事件は自分の為にやってくれたものだと考えているが、影浦がそれを肯定する事はないだろう。

 

 それを正面から認めるほど、素直な性根ではないのだから。

 

 ともあれ、影浦の中でユズルの立ち位置は結構なウェイトを占めている。

 

 一番弟子の七海は当然気にかけているが、彼とユズルでは矢張り立ち位置が違う。

 

 七海は曲がりなりにも弟子である為教え導く対象であるが、ユズルはチームメイトであり、守るべき対象でもある。

 

 ユズルが繊細で傷付き易い少年である事は、とうに知っている。

 

 同時に、何もかも抱え込みがちな彼の性根も理解している。

 

 そんな彼が、師匠である鳩原がいなくなってから、何に対しても打ち込めない無気力に近い状態になっていた。

 

 どうにかしてやりたかったが、影浦はお世辞にもカウンセリングに向いているとは言えない。

 

 発破をかけようにも、ユズルの心の疵は深く、迂闊には踏み込めなかった。

 

 ランク戦ではそれまで通りその類稀な技術で部隊に貢献しているが、試合に臨む時のスタンスからはやや投げやりな様子が見受けられた。

 

 手を抜いているワケではないだろうが、試合にのめり込む熱はお世辞にも高いとは言えなかったのである。

 

 それに対して、苛立ちがなかったといえば嘘になる。

 

 ユズルに何も告げずに突然いなくなった鳩原に対して、言いたい事がないというワケでもない。

 

 しかし、忘れてしまえ、とは言えなかった。

 

 普段から、嬉しそうに鳩原の話をしていたユズルに、彼女を忘れろ、なんて言う気にはなれなかったのだ。

 

 だが、あのままの状態が続けてユズルの精神は緩やかに腐ってしまう。

 

 普段であれば怒鳴りつけてでも性根を叩き直してやるところだが、果たしてそれが正解なのかは分からなかった。

 

 そんな時だった。

 

 ユズルが、茜に負けたのは。

 

 あの時は、誰もが驚いた。

 

 東のような、百戦錬磨のベテランに負けたならまだ理解出来る。

 

 だが、今回ユズルが負けた相手はそうではない。

 

 お世辞にも高いとは言えない地位の部隊に所属していた、一人の少女。

 

 日浦茜だったのだ。

 

 茜は、それまでは精々正確な狙撃を行うが技術はまだ拙い部分がある、という評価を受けていた。

 

 ライトニングは軽さもあって問題なく扱えるが、イーグレットは少々怪しく、アイビスに至っては使用に堪えるレベルではなかった。

 

 そんな少女が、七海の加入という要素があったとはいえ上位入りを果たした直後に、ユズルを仕留めるなど誰が思おう。

 

 ユズルは、チームメイトの贔屓目抜きでも天才と呼ぶに相応しい腕前の持ち主だ。

 

 狙撃技術だけではなく、機転も相当に効くのだ。

 

 そのユズルが、やられた。

 

 今期が始まるまで碌な戦果もなかった、一人の少女に。

 

 正直、那須隊が上位まで上がって来れたのは、七海と那須のエースの二枚看板が強力だったからだと思っていた。

 

 だが、それは違う。

 

 茜もまた、那須隊の躍進には一役買っていた。

 

 実際、あの時までに最も多く得点を挙げていたのは彼女なのである。

 

 日々鍛錬を欠かさず、向上心を持って技術の研鑽に努めていた成果が出たというワケだ。

 

 経験のない負け方に更に落ち込んでしまうのではないかと危惧したが、結果だけ言えばそれは杞憂に終わる。

 

 少年(ユズル)に、火が点いた事で。

 

 あの時、緊急脱出用ベッドに転送されたユズルは「負けちゃったな」と言って笑っていた。

 

 しかし、その笑みはそれまでのユズルとは違っていた。

 

 次は負けない。

 

 言外にそう告げていた、力強い闘志を秘めた笑みだった。

 

 それからのユズルは、それまでとは別物だった。

 

 これまでやってきたような場当たり的な単独行動ではなく、チームとして相手を仕留める為に動くようになった。

 

 影浦の強みである遊撃性を損なう事なく、チームの歯車として動き、影浦隊としての全体の練度を引き上げた。

 

 話によれば、どうやらそれまで邪険にし続けていた自称師匠である当真にも積極的に教えを請い、日々鍛錬を欠かしていないらしい。

 

 火が付いた、という表現が最も的確であった。

 

 ユズルのそんな姿を見せられて、影浦達が奮起しない筈もない。

 

 無論、あーだこーだと言って干渉したワケではない。

 

 誠意を伝えるのなら言葉ではなく、行動で。

 

 その意識が染みついている影浦隊の面々は、文字通り言葉ではなく行動で、そして結果で示した。

 

 それが、彼等なりの信頼の返し方であるが故に。

 

 ユズルは今、かねてからの念願であった茜との一騎打ちに臨んでいる。

 

 狙撃手同士の戦いであるが故に影浦のような攻撃手同士の戦闘とはまた勝手が違うのだろうが、ROUND3のリベンジマッチであるという点には変わりはない。

 

 ROUND3では那須隊は隊としては大敗を喫したが、唯一茜だけは自分の仕事を────────即ち点を取り、そのまま離脱するという真似をやってみせた。

 

 あの状況から那須隊が得点を獲得するとは思っていなかった影浦も、これには驚いた。

 

 影浦は、ユズルの実力を高く評価していた。

 

 狙撃技術も然ることながら、その機転の利かせ方も抜群に上手い。

 

 贔屓目に見ても、ユズル以上の狙撃手など早々いない。

 

 B級という括りで見るならば、ユズルを上回る狙撃手は東くらいだろうと考えていた。

 

 そのユズルが、やられた。

 

 日浦茜という、それまでパッとしなかった狙撃手に。

 

 あの時の影浦は七海の事ばかりに気を向けていたが、それでも尚()()()()()()()()()()にはそれなりの興味を抱いていた。

 

 影浦にとって、狙撃手は東という例外を除き脅威足り得ない。

 

 サイドエフェクトによって狙撃を感知出来る影浦にとって、狙撃はいつ何処から来るか分からない攻撃ではなく、単発の直線攻撃に過ぎない。

 

 狙撃の持つメリットの殆どを封殺出来る影浦にとって、殺気を消して攻撃が可能である東(ちょっとおかしい相手)以外の狙撃手は、注意を向ける相手としては力不足であった。

 

 だが、当たり前の事ではあるが、狙撃が効かないのは影浦だけであり、他の隊員はそうではない。

 

 影浦にとって脅威ではないからと言って、隊にとって脅威でないとは言えないのだ。

 

 特に、狙撃手としての腕を信頼しているユズルが好敵手と定めたからには、その脅威度は察して知るべしである。

 

 現状、茜の位置は把握している。

 

 ユズルが戦闘中なのだから、此処を切り抜ければ影浦が直接狩りに行く事も出来るだろう。

 

 狙撃が効かない影浦は、狙撃手にとっての死神のようなものだ。

 

 彼らが頼みにする狙撃は牽制にすらならず、影浦の歩みを止める事は出来ない。

 

 この場から離れられるかという問題はさておいて、影浦が行けば問題なく茜は落とせる筈だ。

 

 だが、それはユズルの望む展開ではない。

 

 ユズルはあくまで、一人の狙撃手として茜に勝つ事を望んでいる。

 

 ならば、そこに自分が手を出すのは違うだろう、と影浦は考えている。

 

 隊としての勝利も大事だが、ぶっちゃければユズルの気持ちの方が影浦にとっては重要である。

 

 ユズルがやりたい事をやる為なら、隊としての選択は別段不正解でも構わない。

 

 最初に仕掛けた辻の釣り出しも、結局のところ二宮隊を抑えてユズルや自分が存分に目当ての相手と戦う舞台を整える為だ。

 

 既に、最大の障害であった二宮は落ちている。

 

 影浦が狙っている七海はどうやら生駒と戦闘中のようだが、簡単に負ける事はないだろうと彼は考えていた。

 

 それは理屈ではなく勘のようなものだったが、影浦のこういった直感は割と当たるのだ。

 

 そも、成長して此処までやって来た七海が、あの生駒相手だろうと簡単にやられるような事はないだろうという信頼もある。

 

 ならば今やるべき事は、此処で那須と辻の二人を片付けて、盤面をすっきりさせる事だ。

 

 那須も辻も、七海と戦り合う時には邪魔になる。

 

 辻はどうやら自分に那須を獲って貰いたいという思惑があるようだが、知った事か。

 

 自分は、自分のやりたいようにやる。

 

 それが影浦のポリシーであり、未来永劫変わる事のないスタンスである。

 

 その「やりたいように」という言葉の中に「ユズルの為に」「七海の為に」なんて言葉が入ってはいるが、それも含めて自分のやりたい事だと影浦は考えている。

 

 気遣いも、余計なお節介も、自分の欲望である事に変わりはないのだから。

 

「ヒカリ」

『あん?』

「手ぇ抜くなよ。ユズルにゃあ存分にやらせろ」

『おうっ! 当たり前じゃねぇか! 全部あたしに任せとけっ!』

 

 まったくお前らはあたしがいないと何もできねえなー、と上機嫌で呟く光の声を聴き、影浦はこれなら心配ないだろう、と遠くに見える光弾の発射地点────────那須がいるであろう場所を、見据える。

 

「ユズルが気合い入れてんだ。とっとと片付けて、余計な事をさせねーようにしねーとな」

 

 影浦は獰猛に笑い、躊躇なく物陰から飛び出して駆け出した。

 

 同時に、彼の動向を伺っていた辻もまた、動き出す。

 

 こちらの戦場でも、事態が動こうとしていた。





 寝落ちを連続でキメちゃったデスイーターです。面目ない。三日も更新を空けちゃうとは不覚。勿論更新は続けていくのでどうぞお楽しみに
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