「旋空弧月」
弧月一閃。
生駒達人の拡張斬撃が、旋空が放たれる。
射線の先にいるのは、七海玲一。
遮るもののない瓦礫の上で、七海は生駒の一撃を回避する。
回避手段は、跳躍。
七海の胴を狙って放たれた旋空は、七海が上空へ退避した事により空を切る。
「────」
だが、それで終わりではない。
旋空の、二撃目。
上へ跳んだ七海に向け、二発目の旋空が放たれる。
間隙入れぬ、高速の連撃。
ボーダーでも随一の旋空使いである生駒の、第二撃。
「……!」
それを、七海は。
グラスホッパーを踏み、回避した。
足場となるもののないこの場所で、七海が唯一頼れる回避手段。
それこそが、グラスホッパー。
ジャンプ台トリガーを用いた二段跳躍で、二撃目の旋空を回避する。
七海は三撃目が放たれる前に、更にグラスホッパーを展開。
グラスホッパーを用いた加速で、一気に生駒との距離を離した。
距離としては、おおよそ22メートル。
先程のような通常の旋空では、ギリギリ届かない距離。
生駒旋空の射程内ではあるが、生駒旋空は通常の旋空と違い連射が出来ない。
剣速こそ凄まじいが、単発の攻撃であればギリギリで回避は可能だ。
とはいえ、それも絶対ではない。
確かに七海のサイドエフェクトと動体視力の合わせ技であれば回避自体は可能だが、そもそも生駒旋空自体の速度が尋常ではないのだ。
攻撃開始から攻撃終了までが極端に短い生駒旋空と、七海のサイドエフェクトの相性は悪い。
生駒旋空の攻撃を感知してから直撃までの時間が、短過ぎるのだ。
今はまだ七海が攻撃を完全に捨てているからこそなんとか回避出来ているだけで、この障害物のない場所で生駒に肉薄するのは厳しいものがある。
少なくとも、このままでは。
(けど、玲や日浦も頑張っているんだ。俺だけ弱音を吐くワケにはいかないな)
七海は、他の場所で戦っているチームメイトに想いを馳せる。
那須は影浦と辻の二人と、茜はユズルと戦闘を繰り広げている。
どちらも、一筋縄ではいかない相手だ。
確かに厄介さで言えば生駒も負けてはいないが、そもそもこの戦場に厄介ではない駒など一つもない。
B級上位とは、そういうレベルなのだから。
(機会は、必ず来る。俺がやるべきは、仲間を信じて自分の仕事を全うする事────────大丈夫だ。玲は、日浦は、必ず仕事を成し遂げてくれる。俺は、俺の仕事をすればいい)
頑張れなどと、祈るまでもない。
七海は、信じている。
仲間が、やるべき事を成し遂げる事を。
チームを、勝利に導く事を。
故に。
今はただ、仲間を信じて戦うだけだ。
「まだまだ付き合って貰いますよ。生駒さん」
七海は不敵な笑みを浮かべ、生駒を見据え、告げる。
生駒はその返礼とでも言うかのように生駒旋空を放ち、戦闘を続行した。
『茜、止まらないで下さい。止まれば、狙われます』
「わかってますっ!」
茜は小夜子の指示を聞きつつ、アパートの廊下を駆け抜ける。
下の階からはユズルの足音が聞こえており、バッグワームを脱いでいるユズルの位置はレーダーでも確認済みだ。
どうやら、ユズルは徹底的に茜のライトニングの対策を行う腹積もりらしい。
ライトニングは、シールド貫通能力が無い。
皆無、と言っても過言ではない。
極論ただシールドを広げるだけで、ライトニングは防げるのだ。
片手が塞がってしまうというデメリットはあるものの、相手の攻撃手段がライトニングしかないと断定しているのならば、悪い判断ではない。
ユズルはバッグワームを脱いで居場所が晒されるデメリットと片手が塞がるデメリットを天秤に乗せた結果、後者が重いと判断したようだ。
確かに、狙撃手が生き残っている状態でバッグワームを使用するのはリスクがある。
バッグワームはレーダーから姿を隠す便利なトリガーであり、ランク戦では必須レベルの代物だが、反面使用中は常に片手が塞がる上、使用中は微量ながらトリオンを消費し続ける。
特に片手が塞がるデメリットは非常に痛く、攻撃手はそれを嫌ってバッグワームを着ない選択を行う事は多い。
狙撃手、特にイーグレットやアイビスを使う相手の場合、バッグワームを着たままでは
それだけではない。
バッグワームに片手を使ってしまえば、残る片手は攻撃か防御、どちらかしか使えなくなる。
ライトニングの狙撃を防いで撃ち返すつもり満々なユズルからしてみれば、シールドを張りながらの狙撃が出来なくなるバッグワームは、この場に置いては非常に邪魔になる。
だからこそ、バッグワームを脱ぐ選択を行ったのだろう。
互いの位置が大方バレている段階で、バッグワームをする意味は限りなく薄い。
それに、今いるのはアパートの上階。
レーダーには高低差までは映らない以上、バッグワームを脱いでいても細かい位置を見失う可能性は有り得る。
そこまで考えて、ユズルはバッグワームを破棄したワケだ。
一方茜は、常にシールドを構えている相手には、迂闊にライトニングは使えない。
相手がバッグワームを着たままであれば牽制の為に撃つという選択肢もあったが、この状態で撃っても容易に凌がれるだけで足止めにすらなりはしない。
狙撃手は射手や銃手と違い、攻撃は片手があれば事足りる。
それ以外に選択肢がない、と言うべきか。
一番最悪のパターンは、シールドで攻撃を防がれた直後にカウンター狙撃を喰らう事だ。
イーグレットならまだいいが、アイビスの場合集中シールドを用いたところで1枚では貫通される。
ユズルがその場面で、狙撃銃の選択を誤るとは思えない。
そして────。
『茜、来ますっ!』
「……っ!」
小夜子の怒声と共に、茜は咄嗟にその場所から飛び退いた。
次の瞬間、床を突き破った弾丸が茜のいた場所を通過する。
アイビスによる、壁抜き狙撃。
正確には、天井抜きか。
ユズルが下の階から、それを仕掛けて来たのである。
壁抜き狙撃は、見た目ほど便利なものではない。
相手が見えない状態で狙撃するのだから精度は落ちるし、壁を貫通する以上その分だけ威力も下がる。
だが、今の状況では話は変わる。
このアパートは二宮のハウンドで壁や床がボロボロになっており、至る所に穴が空いている。
穴が空いているという事は、天井越しに相手の姿が見えるということ。
つまり、壁抜き狙撃の難点である
天井の穴越しに見えた相手に向かって、壁を抜けば良いだけの話なのだから。
茜が階段を使ってすぐに最上階まで上がらず、廊下に出た理由も此処にある。
階段では、先ほどのように壁抜きで狙撃された場合、逃げ場が殆どない。
アイビスとイーグレットの二連撃でも叩き込まれれば、テレポーターを使用せざるを得ない状態に陥ってしまうだろう。
傍目から見ると便利なテレポーターではあるが、隊員の中でも使用者はそう多くはない。
その理由として挙げられるのが、テレポーターを使う上での制限である。
テレポーターは一度使えば次回使用までに使用距離に応じたタイムラグが発生し、移動先は視界の先数十メートルに限定される。
つまり、何処を見ているかさえ分かれば、移動先を推測して攻撃を叩き込む事が可能であるのだ。
それを最も得意とするのが、狙撃手である。
狙撃手は常に相手の動きを計算に入れて動く癖が付いている為、相手の行動予測はむしろ必須技能に入る。
故に、視線さえ見逃さなければ転移先の捕捉は容易い。
連続転移が出来ない事も相俟って、狙撃手の前での迂闊なテレポーター使用は死に直結するのだ。
ユズルが今回、アイビスとイーグレットを左右に分けてセットして来ているのはその為だ。
あのトリガーセットは、明確に茜を意識した構成の筈だ。
先程ユズルが見せた、アイビスとイーグレットによるツイン狙撃。
あれは間違いなく、対茜の為に用意して来た戦法であろう。
ツイン狙撃は、嵐山隊の狙撃手である佐鳥が得意とする特殊な狙撃術の事だ。
その内容は、一言で言えば狙撃銃による
それだけ、と思うかもしれないが、これは誰でも真似出来る事ではない。
何せ、狙撃銃を二丁扱うという事は、片方はスコープを視ずに扱う必要が出て来るという事なのだから。
スコープを使用しないという事は、狙いを付けられない事と同義である。
そんな状態で標的に当てるなど、普通の狙撃手ではまず無理だ。
そもそも、狙撃銃は両腕を使って撃つものである。
それを片手で一丁ずつ装備するとなると、狙撃の精度は格段に落ちる。
見当違いな所に当たるか、下手をすると誤射すら有り得る。
軽く見られがちな佐鳥であるが、その狙撃の腕は間違いなく
彼だからこそ可能とした技術、と見るべき面もある。
そして何よりも、
居場所の割れた狙撃手の脅威度は、格段に下がる。
そんなリスクを冒してまで行うほどのメリットを、ツイン狙撃は見出されなかった。
だが、それも時と場合によりけりである。
この状況下であれば、ツイン狙撃はかなり有効な手段と成り得る。
バッグワームはそもそも相手に大まかな位置がバレている以上無用の長物であるし、何よりテレポーター持ちの茜を相手にする為には二段攻撃の方法はあった方が良い。
狙撃の精度についても、ユズルは元々高い技量を備えている。
ポリシー上当真がツイン狙撃を教えるとは思えないので、ユズルが独学で学んだか、佐鳥に頭を下げた可能性もある。
どちらにせよ、ユズルは実戦で使うには十分なレベルでツイン狙撃を会得していた。
「とにかく、今のうちに動かないと。
「…………駄目だな、今撃っても。多分、外れる」
ユズルは敢えて追撃はせず、アイビスの再装填を行いながら動き出した。
今の一撃をテレポーターで回避してくれれば御の字であったが、流石にそう簡単にはやらせてくれないらしい。
バッグワームを着ていない為、今のユズルの位置はレーダーには丸見えだ。
もしかすると、ユズルの位置から狙撃のタイミングを推測したオペレーターが、茜に警告したのかもしれない。
どちらにせよ、今二撃目を撃ったところで普通に躱されるだけだ。
此処でテレポーターを使わせる事が出来たとしても、ユズルには追撃の方法がない。
ライトニングは別として、アイビスとイーグレットは一度撃てば再装填を終えるまで使用出来なくなる。
その為、テレポーターを使わせる事に成功したとしても、撃てる弾がないのでは意味がないのだ。
狙撃手の弱点の一つに、この追撃の難しさがある。
一度撃てば再装填というクールタイムを挟まなければならない関係上、狙撃手は近距離線には全く向いていない。
だからこそ、東は狙撃手を指導する際「近付かれた時点で終わりだ」と口を酸っぱくして告げているのだ。
そして、その弱点を克服する方法としてユズルが会得したのが、ツイン狙撃である。
ツイン狙撃は、茜の相手をするにも絶好の条件が揃っていた。
茜という狙撃手を語る上で精密射撃と並ぶ最大の特徴は、テレポーターを使った転移狙撃。
たとえ射線に捉えたとしても、茜はそれが初撃であればほぼ確実に躱して来る。
それが、テレポーターの強み。
視線の先さえ隠す事が出来れば、一度目の狙撃ではまず仕留められない。
そんな彼女を仕留める為の、ツイン狙撃である。
ユズルは、この選択が間違っているとは思っていない。
観客席で見ている当真は渋い顔をしているだろうが、ユズルにとっては知った事ではない。
確かに当真には色々と世話になったが、彼のポリシーにまで同調したつもりはない。
使えるものは使う。
それだけだ。
ユズルは茜を侮るつもりも、軽く見るつもりも一切なかった。
自分以上の強敵だと考え、万全を尽くして戦いに臨む。
そうあるべき相手だと、それに相応しい相手であると、ユズルは認めている
彼女に勝つ為に必要なら、なんだってやろう。
そう考えたからこそ、ユズルは佐鳥に頭を下げてツイン狙撃の教えを乞うた。
佐鳥は、喜んで教えてくれた。
元より、ツイン狙撃の力をアピールしたい佐鳥にとっては、絶好の機会であったのだろう。
ユズルの注目度は、かなり高い。
毎度のように壁抜き狙撃等の高い技量を惜しげもなく披露するユズルは、冗談抜きで画面映えするのだ。
そのユズルがツイン狙撃を積極的に使えば、この上ない宣伝になる。
ツイン狙撃を教えてくれた時も、その条件として「ランク戦で活躍して」としか言わなかった。
正確には、言う必要がなかったのである。
言うまでもなく、ユズルは得た技術を死蔵する気はない。
技術は、使ってこそ意味がある。
故にユズルがツイン狙撃を披露したのはその約束の為ではなく、必要に応じてというだけの話だ。
それでも仕留められなかったのはユズルとしては未熟と言う他ないが、これまでのやり取りで確信した。
この勝負、ユズルに分があると。
転移直後の狙撃は確かに脅威だが、来るのがライトニング一本だと分かっていればどうとでもなる。
それに見たところ、茜が新たに持ち込んで来た狙撃銃はイーグレットのみで、アイビスはセットしていないように見える。
イーグレットであれば集中シールドを使えば防御出来るし、そもそも回避すればいいだけの話だ。
何より、このアパートの構造は先に来ていたユズルの方が詳しい。
準備は、既に終わっている。
後は、仕留めに行くのみ。
そう意気込んで、アイビスを片手に廊下を駆けだした。
向かうは、最上階のその先。
屋上。
そこが決戦の舞台になると、ユズルの勘が告げていた。
VSユズル継続中。
中々進まないけど、それはそれ。
狙撃手同士だと結構読み合いが中心だから、自然と長くなるのよね。