「日浦隊員、絵馬隊員の壁抜き狙撃を間一髪で回避……っ! 狙撃手同士、一進一退の攻防を魅せていますっ!」
「見応えのある戦いだね。これは」
桜子の実況に、王子がそう追随する。
王子は顎に手を当て、興味深そうな目で映像を眺めている。
「基本的に、狙撃手は位置が知られた時点で逃げ隠れするのが普通なのに、狙撃手同士が屋内戦で撃ち合うなんてケースは中々ないからね。色々とフットワークの軽い、ヒューラーとエマールの組み合わせならではだね」
「絵馬は、咄嗟の機転が利く上に動きも悪くない。日浦もオペレーターとの連携で、テレポーターを上手く活用している。狙撃手としてのレベルの高い二人だからこそ、こういった戦いになっているのだろう」
二人の言う通り、この戦いの形式はユズルと茜の組み合わせの影響が大きい。
ユズルは茜や隠岐のように移動用のトリガー自体はセットしていないが、とにかく機転が利き頭の回転が速い。
こういった屋内戦にも、充分対応出来る程に。
一方、茜はテレポーターという独自の強みを地形条件やオペレーターとの連携で十全に活かしている。
その性質上、屋内戦には非常に強い。
無論、正面切って近距離で銃手や攻撃手とやり合えるワケではないが、相手は自分と同じ狙撃手。
同条件であれば、テレポーターという明確なアドバンテージがある分屋内戦は優位に戦えるのだ。
「二宮さんの射撃でボロボロになったアパートっていう地形条件を、上手く活用してるね。ぼくたちと初めて戦った時のように、壁の穴越しの転移なんて芸当もこなしてる」
「それは絵馬隊員も同じですね。壁の穴越しに視認した日浦隊員を、壁抜き狙撃で狙っています。狙撃手同士のゲリラ戦なんてものは初めて見ましたが、確かに王子の言う通り見応えがありますね」
王子隊の二人にとって、茜とユズルの戦いは非常に見応えのあるものであった。
特に、読み合いを得意とする王子にとって、これほど面白い戦いはない。
知らず、王子の顔に笑みが浮かんでいた。
「二人共、一歩も譲らない読み合いだね。相手の動きを先読みして射線を置き、避けられたケースまで想定して立ち回る。狙撃手同士だからこそ生まれた、心理戦の応酬だね」
そう、狙撃手同士の戦いは、その全てが心理戦なのだ。
攻撃手や銃手と違い、狙撃手は真っ向から相手を倒すようなポジションではない。
地形条件を把握し、相手の行動を先読みし、弾丸を当てられる状況を作り出す。
如何にして相手の裏をかくか。
それが、狙撃手同士の戦いである。
ただ地形を把握しただけでも、相手の行動を読んだだけでも意味はない。
重要なのは、全ての条件を考慮した上で相手に弾丸を当てる状況を組み上げる思考力と機転。
そして、咄嗟の判断の速さと正確さだ。
今のところ、二人のそれはほぼ互角。
一進一退の攻防とは、比喩ではないのだ。
「今はまだ、お互いの反応を見極めて相手の行動パターンのシミュレートに修正を加えている段階なんだ。そして、そろそろそれも終わる。此処までの戦闘、その全てが二人にとって予定調和と言って良い」
だから、と王子は笑みを浮かべる。
「そろそろ、決めにかかる筈だよ。多分、逃げ場のない屋上でね」
「…………」
扉を開け、ユズルは屋上へと足を踏み入れた。
視界内に、茜の姿はない。
屋上にあるのは、ユズルの出た扉の上にある給水タンクのみ。
他には、何も存在しない。
「……ふぅん」
ユズルは、その給水タンクの下の隙間の向こうに、風にたなびくバッグワームを見た。
茜は、ユズルと違いずっとバッグワームを纏っていた。
レーダー頼りに撃たれる事を嫌ったのか、それとも違う意図があるのか。
ともあれ、バッグワームが見えるという事は、そこに茜がいるという事だ。
ユズルは、無言でアイビスを構えた。
狙うは、給水タンクの裏側────。
「なんてね」
「……っ!」
────────ではない。
確かに、屋上に存在する
即ち、ユズルが出て来た扉の反対側。
給水タンクの設置されている、その向こう側だ。
あの給水タンクの隙間から見えるバッグワームは、ブラフ。
恐らく、給水タンクにバッグワームを括り付けて囮に使ったのだろう。
そうする事でユズルの銃口を給水タンクに向けさせ、その隙を突くハラである筈だ。
ならば、取るべき手段は一つ。
給水タンクを狙う振りをして、隙を突いたつもりの茜を迎撃する。
ユズルの銃口が狙ったのは、建物の影。
その銃口の先には、バッグワームを脱いだ茜がイーグレットを構えていた。
茜の瞳が、驚愕に見開かれる。
まさか、囮を即座に見抜かれるとは思っていなかったのだろう。
ユズルはそんな茜に、容赦なくアイビスの引き金を引いた。
狙撃体勢に入っていた茜では、この一撃は回避出来ない。
アイビス相手では、集中シールド1枚では防ぎ切れない。
ならば、どうするか。
「……っ!」
答えは一つ。
テレポーターの、使用。
茜の姿が、その場から掻き消える。
アイビスの弾丸は、文字通り空を切った。
ユズルの渾身の一射は、転移によって回避された。
「だろうね。けど、
「……!」
くるりと、ユズルが身体を翻す。
そこには、転移を終えイーグレットを構えた茜の姿。
そんな茜に、ユズルはイーグレットの銃口を向ける。
恐らく、ライトニングであれば振り向く暇もなく撃たれていただろう。
だが、茜は恐らく此処でライトニングを使っては来ないだろうと、ユズルは考えていた。
ユズルは、バッグワームを脱いであからさまにライトニングを警戒する姿勢を見せていた。
そんな相手に、転移を用いて隙を突いたとはいえシールド貫通力のないライトニングを使うだろうか?
答えは否。
茜の脳裏には、ライトニングを撃った後にシールドによって防がれる想像が浮かんでいた筈だ。
だから、ライトニングは使わない。
機転が利く相手は、頭の回転が速い。
故に凡庸な手は全て読まれてしまい、思考の裏を突かれて負ける。
だが、そんな相手にも弱点というべきものがある。
それは、
相手の思考を読み、
今の茜が、まさにそれだ。
茜はユズルの行動から、シールドでの防御を警戒し過ぎるあまり使い慣れたライトニングではなく、まだ使いこなすには至っていない
まだ茜はイーグレットをなんとか使えるだけで、その習熟度はライトニングより低いとユズルは見ている。
これまでライトニング一本で戦って来た茜がイーグレットを使うというのは、かなり強烈な初見殺しになる。
実際、その初見殺しによって二宮は落とされたようなものなのだから。
だが奇策は、その内容がバレた時点で効果を下げる。
奇策とは、普通なら取らない手段を用いて相手の隙を突く事を言う。
つまり、
決して、その手段そのものが強力なのではない。
相手の裏をかけるからこそ、奇襲は強い一手に成り得るのだ。
手の内がバレた奇策は、最早奇策でもなんでもない。
ただの、使い難い一手に過ぎない。
茜のイーグレットという手札は、成る程ライトニングと組み合わせる事で相手に理不尽な二択を迫る強力な武器だろう。
だがそれはあくまで、相手に茜の位置がバレていない状態で使ってこそ意味がある二択だ。
大まかな位置が割れている時点で、その強みは失われていると言っても過言ではない。
事実、使い慣れていないイーグレットを用いた事で、茜はユズルに迎撃の時間を与えてしまった。
今撃ったところで、ユズルに凌がれて終わりだろう。
茜は、狙撃を断念して後退する。
そう。
後退、
「え……っ!?」
茜の足が、何かに引っかかった。
バランスを崩し、茜の身体が倒れていく。
その刹那、茜は自分の足にかかった障害物の正体を見た。
「ワイヤー……ッ!? まさか……っ!」
「そう。『スパイダー』だよ」
ワイヤートリガー、『スパイダー』。
ROUND6で香取隊が用いた、ワイヤーを張り巡らせる特殊なトリガー。
それが、茜の足を取った罠の正体であった。
驚いている暇は、ない。
ユズルは容赦なく、イーグレットの引き金を引いた。
「……!」
茜は間一髪で集中シールドの展開に成功し、イーグレットの弾丸を止める。
だが、体勢を立て直す事は、出来なかった。
屋上の淵に立っていた茜は、そのまま下へと落下する。
ユズルは即座に屋上の淵まで駆け寄ると、茜に向かってアイビスを構えた。
「
ユズルの脳裏に、今はもういない狙撃の師匠の顔が想起される。
教わっていながら、使う機会に恵まれずセットしていなかったユズルの隠し玉。
自分に何も告げずにいなくなった、
けれど。
彼女になら。
茜相手ならば、使う事に躊躇いなどない。
彼女は、日浦茜は。
自分の
強く、乗り越え甲斐のある好敵手だ。
「これでもう、逃がさない」
故に、此処で決める。
そう決意して、アイビスの引き金に指をかけた。
トリオン体は地面に叩き付けられた程度では砕けはしないが、空中では身動きは取れない。
頼みの綱のテレポーターも、既に使ってしまっている。
大した距離は移動していないものの、もう一度使うまではあと数秒はかかる筈だ。
そして、アイビスの一撃は集中シールド二枚重ねでなければ防げない。
仮に一度目を防げたとしても、茜が地面に落ちる前にはイーグレットの
このアパートは、七階建て。
屋上の高さも、相応のものだ。
これで、詰み。
そう考えて、ユズルは引き金に力を込めた。
この一射は回避を許さぬ、致命の一撃。
防ごうが防ぐまいが、結果は何も変わらない。
ただ、倒れる時間が早まるか、遅くなるか。
それだけである。
ユズルは、勝利を確信した。
勝った。
以前自分に劇的な敗北を叩き付けた相手を、下せた。
それは、一瞬の気の緩み。
隙とも言えない、刹那の歓喜。
だからこそ、気付けなかった。
茜が右手に構えたライトニングで、
ライトニングが、放たれる。
それは、ユズルを狙った一射ではない。
その弾丸の行き先は、ユズルの真下。
七階のベランダに放り込まれた、小さなトリオンキューブ。
そのキューブの名は、
茜がこの試合に持ち込んだ、もう一つの隠し玉。
そのキューブに、
ライトニングが、着弾する。
「な……っ!?」
突然の、爆発。
その爆発は、七海のそれより規模は小さい。
だが。
だが。
屋上から身を乗り出して狙撃体勢を取っていたユズルにとって、バランスを崩すに充分な衝撃であった。
バランスを崩したユズルは、当然の如く屋上から落下する。
突然の事態に、ユズルは混乱する。
全て、上手く行っていた筈であった。
あと一歩。
あと一歩で、茜を確実に仕留められた。
だというのに、メテオラという予想外の一手で覆された。
否。
それは本当に、予想外だっただろうか?
そもそも、ライトニングによるメテオラの起爆という手は、茜がこれまで何度も用いて来た戦術だった。
だが、それはあくまで七海や那須の設置したメテオラの起爆である。
彼女自身がメテオラを使うなどという想定は、出来ていなかった。
いや、そう誘導されたのだ。
この一手。
状況を覆す、最後の一手を隠し通す為に。
「く……っ! でも……っ!」
けれど、まだ負けたワケではない。
空中で身動きが取れないのは、茜も同じ。
イーグレットで狙撃して来ようと、集中シールドで防げば良いだけ。
ライトニングであっても、発射地点が横に動かないのであればシールドで防ぐ事などワケはない。
幸か不幸か、ユズルはアイビスの発射前に屋上から落下した。
まだ、アイビスは放たれていない。
茜も、落下は止められない。
状況は、変わらない。
このままアイビスを放ってシールドを貫き、イーグレットで仕留めれば良い。
「これで……っ!」
そう考えて、ユズルは落下しながらアイビスを構え、落ち行く茜に向かって引き金を引いた。
放たれる、アイビスの弾丸。
今度こそ終わりだと、ユズルは思った。
焦る心を無理やり落ちつけながら、ユズルはそう考えた。
思えば、動転していたのだろう。
ユズルは一つ、忘れている。
先程とは、明確に違うものがある事を。
それは、時間。
ユズルはメテオラの爆発により屋上から落下し、狙撃体勢に移るまで数秒を要している。
時間経過。
その要素が、ユズルの頭からは抜け落ちていた。
そして、その
茜にとって、何よりも欲して止まなかったものだったのだ。
「え……っ!?」
ユズルは、眼を疑った。
茜の姿が、消える。
あの消え方は、間違いない。
テレポーター。
転移トリガーによる、瞬間移動。
そう、茜が稼ぎたかったのは、テレポーターを再使用出来るまでの
メテオラの爆発は、その為の仕込み。
テレポーターを使う事が出来るようにする為の、時間稼ぎを兼ねた一手。
ユズルは、それに気付けなかった。
故に。
「────この距離なら、外さない」
自分の懐に。
ユズルの身体に密着する形で転移した茜を、察知出来なかった。
胸に突き付けられる、狙撃銃の銃口。
咄嗟にシールドを張ったが、意味はない。
茜の狙撃銃の、
「が……っ!?」
放たれる、致死の一撃。
集中シールドすら貫き、アイビスの弾丸はユズルの胸を貫いた。
アイビスの、ゼロ距離狙撃。
それが、ユズルのトリオン供給機関を、跡形もなく消し飛ばした。
確かに、茜はアイビスの扱いは習熟していない。
イーグレットのように、なんとか扱えるというレベルにも達していない。
だが。
だが。
密着して放つ、ゼロ距離狙撃なら話は別だ。
腕も何も、関係がない。
ただ引き金を引くだけで当たるのだから、技量を無視して使用出来る。
これが、茜の渾身の一手。
ユズルを仕留める為に選んだ、最後の最後の隠し玉。
相手の対策をしていたのは、ユズルだけではなかったのだ。
ユズルが、茜を仕留める為にスパイダーを持ち込んで来たように。
茜も、ユズルを仕留める為にアイビスを隠していた。
狙撃手同士の読み合いは、ゲリラ戦の勝敗は。
茜に、軍配が上がった。
『警告。トリオン供給機関破損』
機械音声が、ユズルの致命傷を告げる。
ああ、負けたんだなと、ユズルは遅れて理解した。
目の前にある茜の顔に浮かんだ笑みを見て、ユズルは肩の力が抜けるのを感じた。
負けた。
今度は、あの時のような予想外の不意打ちではない。
対策を尽くし、全霊を懸けた一騎打ちの果て。
その結果として、負けたのだ。
至近にある、茜の顔を見る。
まるで抱き着くような体勢で自分の胸を吹っ飛ばしてくれた彼女は、晴れやかな晴天のような笑みを浮かべていた。
「次は、負けない」
「うん。私も、負けないよ」
二人の少年少女は、敗者と勝者は、そう言って笑い合った。
それは、お互いに納得づくの戦いに結果が出た故の笑みであり。
自分を上回られた/相手を上回った事を認めた、笑みでもあった。
『戦闘体活動限界。
機械音声と共に、ユズルの身体が光となって消え失せる。
その光景を見上げながら、茜は地面に落下して行った。
この試合の茜ちゃんのトリガーセットはこちらになります。
メイントリガー イーグレット アイビス シールド ライトニング
サブトリガー バッグワーム テレポーター シールド メテオラ
要するに、原作ROUND3での茜ちゃんとほぼ一緒です。
狙ったワケではありませんが、結果的にこうなりました。