「一進一退の攻防の末、日浦隊員のゼロ距離狙撃が炸裂……っ! 狙撃手同士の一騎打ちは、日浦隊員に軍配が上がった……っ!」
「お見事」
桜子の実況音声が響き渡り、会場が一気に盛り上がる。
茜とユズル。
双方共に高い実力を備えた狙撃手であり、特に茜は今季で一気にその成長を見せつけた有望株。
その二人の戦いは、実に見応えのあるものであった。
王子でなくとも、称賛の言葉が出るのは致し方ないと思う程に。
「バッグワームのブラフを見破り、まさかの『スパイダー』で罠を仕掛けた絵馬隊員の立ち回りも見事でしたが、それを打ち破った日浦隊員も凄かったですね」
「そうだね。お互いに機転が利く狙撃手同士ならではの、見応えのある頭脳戦だったよ」
ユズルと茜は、どちらも頭の回転が速い。
そして、狙撃手というポジション同士の対決は、相手の裏をかききった方が勝つ。
その高度な読み合いは、王子の目から見ても満足の行くものであった。
まあ、それはそれとして次に戦う時に参考にしようと色々と考えを巡らせる王子なのであった。
「しかし、絵馬隊員は何故スパイダーを屋内ではなく屋上に設置したのでしょう? スパイダーは、屋内の方が有効に使えるのでは?」
「確かに、スパイダーは障害物の多い屋内の方が有効ではある。けどそれはあくまで、普通のケースだ。この場合は、屋内にスパイダーを設置する旨味は少ないんだよ」
まず、と前置きして王子は説明する。
「スパイダーが屋内で有効な理由は、狭い屋内でワイヤーを張った方が相手の動きを制限出来るからだ。ワイヤーは味方にだけ見え易く出来るから、攻撃手なら相手の動きを鈍らせた隙に仕留める、なんて真似も出来る」
でも、と王子は続ける。
「エマールは、狙撃手だ。そして、ヒューラーにはいざとなればテレポーターがあった。だから、エマールとしては動きを
「だから、屋上に仕掛けたと?」
「そうだね。屋上でワイヤーに引っ掛ける事が出来れば、そのまま落下を狙える。落下中は当然身動きが取れなくなるから、テレポーターの使用直後に罠にかける事が出来れば千載一遇の好機になるって寸法さ」
実際、そうなったしね、と王子は告げる。
王子の言う通り、絵馬としてはワイヤーで動きを制限するだけでは何の意味もない。
アパートの廊下は狭いし、幾らユズルにはワイヤーが見え易くなっているとはいえ、そこかしこにワイヤーを張っては単純に移動の邪魔になる。
それに、一度ワイヤーの存在を勘付かれれば、罠にかける事は出来なくなる。
故にこそ、ユズルは屋上で茜を仕留める為の罠を張る為に、屋内でのスパイダーの使用を控えたのだ。
必殺の好機を、作り出す為に。
「ヒューラーは、テレポーター以外に空中で使える移動手段はない。一度落下させる事が出来れば、アイビスとイーグレットの二段狙撃で防御の上から仕留める事が出来る。エマールはそう踏んで、実行に移したワケだけれど」
「そこに、まさかの日浦隊員のメテオラでしたね」
「ああ、あれには僕も驚いたね。まさかヒューラー自身がメテオラを使うなんて、想定していなかったよ」
そしてそのユズルの思惑を覆す最大の要因となったのが、茜が密かにセットしていた
茜はこれまでの試合で、七海や那須の設置した置きメテオラを狙撃する事で起爆させ、突破口を開いて来た。
故に、七海や那須が通過した可能性のある場所であれば、ユズルは置きメテオラを警戒しただろう。
だが、あのアパートに立ち入ったのはユズルが初めてであり、後にも先にも他に足を踏み入れたのは茜だけだ。
だからこそ、ユズルの想定に置きメテオラの存在はなかった。
七海と那須の現在位置から考えても、このアパートに置きメテオラを設置した可能性はまずないだろうと、そう考えていたが故に。
茜は、そこを突いた。
七海も那須も、立ち寄った筈のない場所。
そんな所に、置きメテオラなどある筈がない。
その心理を、利用したのだ。
自身のトリガーセットに、メテオラを仕込んで置く事によって。
「ヒューラーは恐らく、メテオラを通常の射手トリガーのように扱う事は出来ないだろう」
射手トリガーの扱いは、相応のセンスと修練が必要だからね、と王子は言う。
確かに、ライトニングだけではなくイーグレットの訓練までしていた茜に、射手トリガーの扱いを覚える余裕などある筈もない。
精々キューブを出すくらいが関の山だと、そう考えて差し支えないだろう。
「けど、ただキューブを展開し、それを置くだけなら話は別だ。狙いを付ける必要も、各種設定をチューニングする必要もない。ただ
「そして日浦は、キューブさえ出せればそれで良かった。後は、ライトニングで起爆させればいいんだからな」
王子達の言う通り、ただキューブを出すだけならば特別な鍛練は必要ない。
文字通りただそこに
そして、キューブを展開出来れば後は狙撃で起爆すれば良い。
置きメテオラの狙撃自体は、これまでも散々やっている。
これを仕損じる事など、ある筈もなかった。
「ヒューラーのメテオラによって屋上から落下した時点で、エマールの命運は既に尽きていたと言って良い」
なにせ、と王子は続ける。
「エマールはヒューラーと違って移動系のトリガーを持っていないし、何よりテレポーターの再使用の時間を稼がれてしまったからね。もう少しスパイダーの扱いに習熟していれば、ワイヤーを足場に体勢を立て直す事が出来たかもしれないけど」
「恐らく、絵馬はスパイダーを完全に罠としてのみ扱う心づもりだっただろうからな。ワイヤーを足場にする訓練は、していなかった筈だ」
この試合でユズルは、屋上で茜を罠にかける為だけにワイヤーを使用した。
狙撃手であるユズルがワイヤーを使った三次元機動を行うメリットはないし、そもそもその適正も高くはない。
あの様子では実戦で使ったのは今回が初めての筈であるし、足場としてワイヤーを使う訓練まで手が回らなかったとしても不思議ではない。
「そもそも、あの状態でワイヤーを展開して足場にするのはまず無理だ。ビルとビルの間ならまだしも、周囲に高い建物が他に存在しない場所だとワイヤーを設置する為の基点が足りない」
前提として、とレイジは続ける。
「スパイダーを設置するには、左右にワイヤーを埋め込む為の
「ほぼ、と言うと?」
「壁にワイヤーを埋め込んで、即座にそれを掴んで命綱にするという方法があるにはある。まあ、どちらにせよ大きな隙を晒す事になる事は変わらないがな」
そう、レイジの言う通り、基本的にスパイダーは
故に、今回のように左右の片方にしか壁がない場合は、ワイヤーを設置する事は出来ない。
フックの要領で命綱にするにしても、成功難易度以前にどちらにせよ空中で静止してしまう事に変わりはない。
あの状態でそれを実行したとしても、結果は変わらなかった可能性は高いのだ。
「成る程。そういう駆け引きがあったワケですね。では、最後のアイビスのゼロ距離狙撃についてはどう思いますか?」
「あれには俺も驚いた。日浦は最後まで、アイビスだけは使わないと思っていたからな」
そう、茜は元々、ライトニング特化型という狙撃手としては異例の戦闘スタイルの持ち主であった。
その彼女がイーグレットを用いて二宮を仕留めた時、その認識は塗り替わった。
茜はただ、それしか手がないからライトニングを使い続けたワケではない。
日浦茜といえばライトニング、という意識を植え付ける目的も、あったというワケだ。
それを何処まで茜本人が自覚しているかはさておき、師匠の奈良坂には当然そういった意図があった筈だ。
無論、『二宮落とし』の作戦を組み上げた小夜子も同様である。
茜は認識の誘導、先入観の植え付けを駆使してイーグレットという鬼札を導入した。
それは同時に、
転移直後の狙撃でイーグレットを使う際に手間取っていた事から、ユズルは茜はライトニング以外の習熟度はそう高くないと判断した筈だ。
だからこそ、アイビスを持ち込んで来る事は有り得ないと、思った筈だ。
それが、茜の仕掛けた最後の罠。
それが、アイビス。
威力特化の狙撃銃による、ゼロ距離狙撃。
茜は最後まで隠していたその札を切り、見事ユズルを仕留めたワケだ。
「思えば、イーグレットを使った時点で想定はしておくべきだったのかもしれないな。足りない習熟度を補える方法があるなら、狙撃銃の種類は増やして損はない」
もっとも、とレイジは続ける。
「同じ方法は、二度は使えないだろうがな。あれは、初見だからこそ通用した戦術だ。一度あれを見せた後では、まず通じないだろう」
そう、普通に考えて、あの転移からのゼロ距離狙撃はリスクが高過ぎる。
今回通用したのは、相手が茜と同じ狙撃手であったからだ。
狙撃手は基本的に、懐に入り込まれれば対抗手段はない。
精々がシールドを張るか、狙撃銃で殴打するか。
出来る事など、それくらいである。
狙撃銃は、普通の銃と比べると矢張り銃身が長い。
その長い銃身は、近距離での撃ち合いではハッキリ言って邪魔だ。
最初から銃口を突き付けるつもりで準備していたならばともかく、咄嗟に肉薄して来た相手を撃つなどという芸当はまず出来ない。
ユズルが茜の転移狙撃を想定に織り込んでいたならばともかく、あの時の彼は若干冷静さを失っていた。
そんな状態で、突如懐に転移した茜の迎撃など出来る筈もない。
結果として、茜の作戦は見事に嵌まり、ユズルは敗北を喫した。
使えるものを全て使い切り盤面を整えた、茜の完全勝利である。
「ただ、その作戦の為にヒューラーはセット数限界までトリガーを詰め込んだ。トリガーは、ただセットしているだけでトリオンを消費するからね。元々トリオンが多い方じゃないヒューラーには、かなりの負担になった筈だ」
だが、その勝利は何の代償もなしに、とはいかなかった。
茜のトリオン評価値は、『5』。
致命的に低いという程ではないが、高いとは決して言えない数値である。
その茜が、トリガーをフルセットで詰め込んでいた。
当然、相応の負担が彼女を苛んでいる筈である。
トリガーは合計8個までセット出来るが、セット数を増やせばそれだけかかる負担は大きくなる。
トリオンがそこまで多くない者は、トリガーセットを5、6個程度で抑えておくのが普通である。
トリガーは、ただ増やせば強くなれるというものではない。
必要のないものは即座に抜くべきであるし、何の目的もなしにトリガーを増やすべきではない。
その分の負担は、決して無視出来るものではないのだから。
「特に、メテオラは消費が大きいからね。トリガーフルセットの上燃費が良いとは言えないメテオラまで使ったんだから、ガス欠になるのはむしろ当然。ヒューラーは多分、撃ててあと1,2発くらいが限度じゃないかな」
「だろうな」
そして、その負担は確実に茜を消耗させている。
思えば、茜はこの試合で無駄弾は一切撃たなかった。
本来は牽制用であるライトニングも、必要最低限の使用に収まっている。
あれは隙を晒さない為でもあるが、消耗を抑える意図もあったというワケだ。
「成る程、勝ちはしたものの日浦隊員は戦闘不能までそう遠くないというワケですか」
「まあ、逆に言えばあと1、2発は撃てるワケだからね。此処から何かを仕掛ける可能性も、決してゼロじゃない。まだまだ、何かを見せてくれるかもしれないよ」
そう告げる王子の顔は、期待故かにこやかに笑っていた。
普通に考えればこのまま自発的な緊急脱出も有りとすべき場面ではあるが、まだ何かをやるつもりである可能性はゼロではない。
それを期待して、王子は目を輝かせているというワケだ。
「さあ、日浦隊員はまだ何かを魅せてくれるのか、楽しみな展開となってきました。他の戦場でも、戦闘は継続中ッ! 最終戦も、佳境に入って参りましたっ!」
「うー、トリオン体でもちょっと痛かった気がします」
『我慢して下さい。着地の衝撃でバラバラにならなかった時点で御の字です』
地面に座り込んでいた茜は、小夜子と通信を行いながら埃を払い立ち上がった。
そして、ふと前方に視線を向ける。
その視線の先には、周囲が瓦礫だけになっている七海と生駒の戦闘区域が見える。
その更に向こう側には、那須のものと思しき光弾の群れが確認出来た。
「…………志岐先輩、MAPと他の人達の大まかな位置をお願いします。最後の仕事、やって来ますね」
『ええ、任せなさい。最後までコキ使ってあげますからね、茜』
「望むところです」
茜は小夜子の言葉を笑って肯定しながら、バッグワームを纏い駆け出した。
まだ、やる事が残っている。
そう判断した少女狙撃手は、再び戦場へと向かって行った。
ほぼ解説に一話使ってしまった。まーこういう事もあらーな。
茜はトリオンが少ないのにフルセットなんてしたんで、トリオン既にカツカツに近いです。
トリオン5なんですよね彼女。少なすぎるワケではないけど、多くはない。
まあ、平均的なトリオンなんでしょうな。