痛みを識るもの   作:デスイーター

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影浦隊⑪

 

『ユズルがやられたー……っ! カゲ、絶対点取り返せよなっ!』

「ったりめーだろ」

 

 オペレーターの悔し気な声を聴き、影浦は改めて遠目に見える那須の姿を見据えた。

 

 ユズルが負けたのは、まあ良い。

 

 あれは彼自身が望んだ戦いであるし、真剣勝負の末に負けたのならばそれも一つの結果だろう。

 

 ランク戦は戦闘訓練であると同時に、互いの研鑽の結果をぶつけ合う競い合いの場でもある。

 

 影浦にとっては、日頃のストレスを戦闘行為で発散する場所でもあるのだが。

 

 戦いは好きだ。

 

 普段から影浦を苛む忌々しいサイドエフェクトも、この時ばかりは悪くないと思えるのだから。

 

 戦闘は、互いの敵意のぶつけ合いだ。

 

 敵意、殺気。

 

 時折感じる粘着質な敵意や隔意のそれよりも、戦闘中のそれは非常に分かり易く、影浦の戦闘欲求を刺激してくれる。

 

 普段彼が感じている「怖そう」「近寄りたくない」等の影浦の本質を知らない者達からのやっかみは、正直言って不快だ。

 

 直接言う度胸もない癖に、その感情だけが影浦の肌に突き刺さる。

 

 その感覚は、影浦にしか分からない。

 

 分からないからこそ、影浦の評判は悪くなるばかり。

 

 あまりにも酷い時やあからさまであった時は、直々に思い知らせてやった事もある。

 

 それが悪評を広める結果になったとしても、影浦としては知った事ではなかった。

 

 ボーダーのB級以上のまともな隊員であれば影浦のサイドエフェクトの事を知っている為、ある程度の理解は示してくれる。

 

 だが、C級隊員はそうではない。

 

 彼のサイドエフェクトの事情など知る由もないC級隊員にとって影浦は、「すぐに手が出る野蛮な男」であり、「暴力事件を起こして降格を喰らった馬鹿」という認識なのである。

 

 いつまでもB級に上がれないような、向上心のないタイプのC級隊員は総じて精神が幼い。

 

 大人の思考を持つ者が大半を占めるB級隊員と違い、彼らは良くも悪くも「学生気分」が抜けていないのだ。

 

 そんな面々だからこそ、影浦に遠慮のない感情を浴びせて来る。

 

 それを受けた影浦がどう感じるのか、知りもせずに。

 

 そういう連中から受ける感情は粘着質で、熱した泥をかけられているかのような不快感を煽ってくる。

 

 けれど、戦闘中に感じる敵意や殺意は違う。

 

 ぴりぴりと肌を刺すそれは、「お前を殺す」と直接叫ばれているかのような臨場感がある。

 

 喉元にナイフを突き付けられるような、そんな感覚。

 

 確かに、不快なものではある。

 

 だが、戦闘中に限れば、その感覚は悪くない。

 

 自分が戦場にいるという事を自覚させてくれるし、何より相手が本気で殺しに来ている事が文字通り直に伝わって来るのだ。

 

 戦闘を盛り上げるスパイスとして、この感覚は中々に得難いものである。

 

 だから影浦は戦闘が、そしてランク戦が好きだし、チームでの戦いも口には出さないが悪くないと思っている。

 

 北添はこんな自分に色々小言を言いながらもなんだかんだで付き合ってくれる悪友であるし、光はお節介焼き過ぎるのが玉に瑕だがそれでも隊の一員としてなくてはならない人材である。

 

 そしてユズルは、良くも悪くも癖の強い人間が集まっている影浦隊の中で、皆の弟分のような存在だ。

 

 困っているなら助けてやりたいし、もっと笑顔を見せて欲しいとも考えている。

 

 ユズルはまだ、14歳なのだ。

 

 まだ、子供だ。

 

 なのに、ユズルは色々と考え過ぎなのだ。

 

 考えなしのC級隊員のようになれとは言わないが、もう少し肩の力を抜いても良いだろう、と思っている。

 

 そのユズルが、茜へのリベンジを口にする時は年相応の、子供らしい笑みを浮かべていたのだ。

 

 茜に負けた事は、ユズルにとって大きな転換点だったのだろう。

 

 今回の敗北も、ユズルに良い影響を齎す筈だ。

 

「けど、落とし前は付けなくっちゃなあ」

 

 だが、それはそれとして仲間をやられた事に変わりはない。

 

 確かに敗北で学ぶ事は多いが、それでも負けて悔しい、という気持ちが消えるワケではない。

 

 ならば。

 

 隊長として、出来る事があるとすれば。

 

 此処で点を取り返して、少しでもユズルの留飲を下げてやる事くらいだ。

 

 ニヤリと、影浦は笑みを浮かべる。

 

 家の影に隠れている辻が、こちらの様子を伺っているのは分かっている。

 

 恐らく、辻自身も気付いているだろう。

 

 気付いていて、影浦に誘いをかけている。

 

 同調して、那須を仕留めろと。

 

 サイドエフェクト越しに辻から感じる感情は、影浦にそう訴えかけていた。

 

 悪くない、と思った。

 

 他人の尻馬に乗るのは尺ではあるが、機動力が高くバイパーをばら撒いてくる那須を単独で仕留めるのは少々骨だ。

 

 辻がそれを手助けしてくれると言うのなら、利用してやるのも悪くはない。

 

 何せ、七海(本命)との戦いが控えているのだ。

 

 此処で足踏みするのは、影浦としても面白くない。

 

 辻の策に乗るのが、手っ取り早いだろう。

 

 それはそれとして、辻を逃すつもりも欠片たりとも無いのだが。

 

「行くか」

 

 辻が仕掛ける気配を、感じ取る。

 

 影浦は機会に乗り遅れないよう、その場から動き出した。

 

 

 

 

「小夜ちゃん、二人の動きは?」

『影浦先輩が動き出しました。辻先輩はまだ動いていませんが、注意して下さい』

「分かったわ」

 

 那須は小夜子の報告を聞き、トリオンキューブを展開する。

 

 合成弾は、使わない。

 

 影浦相手では、合成弾を使ったところで回避される恐れがあるからだ。

 

 サイドエフェクト、感情受信体質。

 

 ある意味七海のそれと似た効力を持つそれは、しかして七海の感知痛覚体質(サイドエフェクト)とは決定的に違う部分がある。

 

 それは、こちらの抱く感情の種類や強さが分かるという事。

 

 つまり、七海に対しては有効である牽制やブラフは、影浦相手には通用しない。

 

 七海の場合はサイドエフェクトが感知するのはあくまで痛み(ダメージ)のみであり、その強さや込められた感情までは把握出来ない。

 

 東のような殺気を持たずに攻撃して来る相手には七海の副作用の方が有効ではあるが、応用性という一点に置いては影浦の方に軍配が上がる。

 

 感知痛覚体質(七海の能力)は攻撃行動に移って初めて感知が可能になるが、感情受信体質(影浦の能力)は攻撃意思を抱いた段階での感知が可能となる。

 

 影浦の能力の精度までは分からないが、合成弾を使えばその分だけ必殺の意識は強くなる。

 

 敵意の強さを感じ取り、影浦が合成弾を回避してしまう可能性はゼロではないのだ。

 

 ならば、単純に弾数を増やし、避ける隙間をなくしてやった方が効率が良い。

 

 そう判断し、那須はバイパーの両攻撃(フルアタック)を敢行する為キューブを分割し、サークル状に展開した。

 

 この場にはもう一人、二宮隊最後の生き残りである辻もいる。

 

 無論油断出来る相手ではないが、脅威度であれば影浦の方が上であると那須は見ていた。

 

 辻は攻撃手ながら、サポート能力の高さが光る隊員である。

 

 通常、攻撃手は隊のメインポイントゲッターであり、射手や銃手の援護を受けて相手を仕留めるのが役割だ。

 

 だが、辻は違う。

 

 辻は攻撃手でありながら仲間のサポートを行う能力が非常に高く、自分で点を取りに行く事は少ない。

 

 無論チャンスがあれば落としに行くものの、その基本的な役割はポイントゲッターである二宮の援護だ。

 

 二宮隊は隊長の二宮の制圧力と得点力が強力極まりない為、犬飼と辻は二宮のサポートに回りその暴威を押し付ける補助に徹する事が多い。

 

 単純に、それが一番簡単で、そして強力であるが故に。

 

 勿論、辻個人の戦闘力が低いかと言えば、そんな事はない。

 

 マスタークラスの腕前は伊達ではなく、大抵の攻撃手と互角以上に斬り合えるだろう。

 

 だが、何事にも相性というものは存在する。

 

 那須にとっては、サイドエフェクトで攻撃を感知し素早い身のこなしで接近して来る影浦よりも、()()()()()()()()()()()()である辻の方が与しやすいというだけの話だ。

 

 射程距離の長い旋空は確かに気を付けなければならないが、旋空の射程は踏み込みを含めればおおよそ20メートル。

 

 そして、今の那須と辻の相対距離はおおよそ23メートル。

 

 ギリギリではあるが、辻の旋空の射程外にあたる。

 

 周囲が背の低い家屋しかない住宅地という地形条件は那須にとっては分が悪いが、唯一の懸念であった狙撃手のユズルはたった今茜が仕留めたという連絡が入った。

 

 狙撃手がいなければ、上に逃げるという選択肢も出て来る。

 

 幸い、今の那須にはグラスホッパーがある。

 

 戦況が不利になれば、グラスホッパーを用いた撤退も考慮に入れる事が出来るだろう。

 

 ただし。

 

 それは、逃げて意味がある場合に限る。

 

 逃げたところで、向かう先は生駒と戦っている七海の所しかない。

 

 そして、七海の周囲には家屋どころか建物一つ存在しない。

 

 二宮との戦いで、周囲の建物は全て瓦礫に変わっているが故に。

 

 相手は、あの生駒だ。

 

 隠れる場所のない地形で生駒を相手にするのは、幾ら那須とて厳しいものがある。

 

 前回は、障害物を盾にした状態であっても一刀両断されたのだから。

 

 隠れるものがない場所で生駒の相手をするくらいなら、まだこちらの二人の方がやり易いし戦う意味がある。

 

 茜はまだ生きているが、影浦に狙撃は通用しない。

 

 辻相手ならば通用するかもしれないが、位置がバレれば影浦に追撃される。

 

 既に茜のトリオンは枯渇寸前であるという話なのだから、その使いどころは慎重に考えなければならなかった。

 

 茜は現在位置こそ割れているが、他の隊員は全員が戦闘中。

 

 今、彼女を仕留めに行ける隊員はいない。

 

 だが、此処で那須が戦闘を放棄すれば、狙撃の効かない影浦が茜を仕留めに行くという、最悪の事態に陥ってしまう。

 

 それだけは、避けなければならなかった。

 

 少なくとも、茜が姿を隠し切るまでは彼等を此処に押し留めなければならない。

 

 茜にはまだ、やるべき仕事が残っているのだから。

 

 隊長として、仲間として、自分の仕事はきっちりやり遂げる。

 

 それが、那須の思い描く自らの役割(タスク)

 

 意地と執念を懸けた、彼女なりの決意である。

 

『那須先輩っ、辻先輩が接近して来ました……っ! 踏み込み旋空の射程内に入りますっ!』

「……! 了解」

 

 小夜子からの、敵襲警報(アラート)

 

 それを聞き届けた那須は、即座に反転。その場から飛び退き、路地の先へと駆け出した。

 

 次の瞬間。

 

 家越しに放たれた旋空が、那須が盾としていた家屋を斬り払った。

 

 

 

 

「此処で旋空炸裂……っ! 半ば膠着状態に陥っていた中、辻隊員が仕掛けました……っ!」

「まあ、そろそろだと思っていたよ」

 

 王子はふむ、と呟き、見解を口にする。

 

「そもそもの前提として、背の高い建物の少ないこのMAPは障害物を盾にした三次元機動が主戦法のナースとはとにかく相性が悪い。加えて、カゲさんはバイパーが何処から来るかを感知出来る。普通なら、撤退を選んでもおかしくない場面だ」

 

 そう、大前提として、このMAPの性質と対峙している相手自体が、那須にとって都合の悪いものであるのだ。

 

 那須の真骨頂は、障害物を盾として三次元機動からのバイパーによる多角攻撃だ。

 

 その真価は、MAPの構造が複雑であればある程発揮される。

 

 つまり、特徴のない住宅地が並ぶこのMAPは、那須にとって相性の悪いMAPと言えるのだ。

 

 彼女が得意とするのはROUND1で選んだ森林Aのような障害物だらけのMAPや、ROUND2の摩天楼のような高低差のあるMAP。

 

 次点で、市街地Dや展示場のような上下左右に足場があるMAPである。

 

 この市街地Aは、その真逆のMAPと言える。

 

 ROUND7で戦った渓谷地帯ほど極端ではないが、とにかく背の高い建物が少ない。

 

 あったとしてもアパートや学校などが単独で建っているだけで、足場とするには心もとない。

 

 だからこそ、苦肉の策として住宅街の家屋を盾として用いているのだから。

 

 此処まで条件が悪ければ、普通は撤退する。

 

 それが出来ないのは、明確な理由があるからだ。

 

「けれど、此処で撤退しても行く所と言えばイコさんとシンドバットの戦っている場所しかない。周囲に何もないあそこじゃ、ナースの能力を活かし難い。相手が、他ならぬイコさんだしね」

 

 王子の言う通り、那須はあの場で撤退しても行く所がない。

 

 40メートルという驚異的な射程を持つ生駒旋空相手に、盾となる障害物や足場のない場所へ赴くなど自殺行為だ。

 

 故に、那須が今出来るのは。

 

 影浦と辻、この二人の相手。

 

 それだけなのである。

 

「ナースとしては、これ以上影浦隊に得点されるのは避けたい筈だ。二人を放置すれば、イコさんとシンドバットの所に向かって乱戦になる可能性が高い。そうなれば、乱戦の得意なカゲさんとシンドバットが有利になる」

「それならそれで、問題は無いように思えますが……」

「それが、あるんだ。同じく乱戦が得意とは言っても、シンドバットとカゲさんじゃその性質が異なるからね」

 

 まず、と前置きして王子は続ける。

 

「シンドバットが乱戦に置いて有利なのは、戦場のコントロール能力の高さだ。要所要所で戦闘に介入する事で乱戦を長引かせ、意図的に隙を作る事が出来る。そしてその隙をチームメイトに突かせるのが、彼の乱戦における基本的な立ち回りだ」

 

 けれど、と王子は告げる。

 

「カゲさんの場合は、単純に乱戦に飛び込んで混乱の最中で点を取る能力が非常に高いんだ。つまり、乱戦における()()()()得点能力という点に限れば、カゲさんに軍配が上がる」

「七海隊員が乱戦の中で()()()()事に長けているのに対し、影浦隊長は乱戦の中で()()()()事に長けている、という事ですね」

 

 言うなれば、二人のスタンスの違いである。

 

 七海は、乱戦を()()()()()()()()()()として利用している事に対し、影浦は乱戦を()()()()()()()()()()として利用している。

 

 チームの連携を重視するか、単騎での得点力を重視するか。

 

 要は、その違いである。

 

「そうだ。つまり、乱戦になれば、カゲさんに得点を荒稼ぎされる可能性が出て来るんだ。それを避けたいからこそ、ナースは撤退出来ない。不利を承知で、挑むしかないワケだね」

 

 だからこそ、下手に乱戦になれば影浦隊に大量点を許しかねない。

 

 故に、那須は戦うのだ。

 

 不利を承知で、隊の勝利を引き寄せる為に。

 

「多分、そう長くはかからないでしょう。此処から、動きますよ」

 

 王子は冷静な声でそう告げ、画面を見据えた。

 

 その画面の中では、三者三様の思惑を以て、那須達が対峙していた。

 

 戦況が、動く。

 

 誰もが、それを感じ取っていた。





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