痛みを識るもの   作:デスイーター

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二宮隊⑱

 

「辻くんが、女性恐怖症……?」

「私の男性恐怖症のようなレベルかどうかまでは分かりませんが、少なくとも女性が苦手である事は確かなようですね」

 

 それは最終ROUNDの直前、那須隊の作戦室にて。

 

 小夜子が切り出した、とある情報についての話である。

 

 曰く、「二宮隊の辻新之助は女性が苦手である」、という事だ。

 

「二宮隊のログを追っていく中で分かったんですが、辻先輩は殆ど女性隊員との戦闘を行っていません。いえ、そうならないように犬飼先輩が調整している節さえありますね」

「それ、本当?」

「はい。実際に、香取隊長とエンカウントしそうになった時は犬飼先輩にその場を任せて別の場所に行っています。香取隊長は手負いだった上に、2対1の状況に持ち込む事が出来たにも関わらず、です」

 

 それは、確かにおかしい。

 

 香取の戦闘力は驚異的ではあるが、手傷を負い更に数的有利を取れる状況で、辻が退くのは不自然だ。

 

 犬飼は近距離戦にも対応出来るが、どうせなら本職がやった方が良いに決まっている。

 

 他に抑えるべき盤面があったならばともかく、小夜子の言い方ではそういうワケでもないようだ。

 

「実際に、辻先輩はランク戦で一度も女性隊員を落としていません。二宮隊のポイントゲッターは言うまでもなく二宮さんですが、犬飼先輩や辻先輩も状況に応じてチャンスがあれば相手を落としています」

 

 辻は確かに二宮隊での役割はサポーターだが、マスタークラスである以上正面戦闘も充分こなせる。

 

 機会があれば点を取りに行くのは、むしろ当たり前の事だろう。

 

 にも関わらず、女性隊員を落とした経験がない。

 

 これは、少々おかしい。

 

 辻ほどの力量なら、女性隊員を落とした経験の一つや二つ、あって当然の筈だが。

 

「この記録は、A級時代のものも含まれます。B級上位にいる女性隊員は香取隊長だけですが、A級の場合であっても加古隊と戦った時のログを見る限り辻先輩が女性隊員と戦う映像は一つもありませんでした」

 

 ですので、と小夜子は前置きして告げる。

 

「念の為に小南先輩に確認を取ったら、ビンゴでした。辻先輩は、女性を前にすると固まってしまい身動きも会話も碌に出来なくなるそうです」

「そっか、桐絵ちゃんが」

「あの子、交友関係広いわよね」

 

 小夜子の言葉に、那須と熊谷が得心する。

 

 状況証拠だけならばともかく、小南のお墨付きまであるのだから勘違いなどではないだろう。

 

 小南は騙され易い事で有名だが、ニュアンスからしてどうやらこの話は彼女自身の体験談でもあるようである。

 

 誰かに騙されてそう思い込んでいる、という線はないと考えて良いだろう。

 

 ちなみに、最初から「小南にそう聞いた」と言わなかったのは、この説に説得力を持たせる為である。

 

 最初からそう言っていれば、「小南の勘違いではないか?」という意識が拭い切れない。

 

 しかし小夜子は客観的なデータを提出する事で、そういった疑問を封殺したワケである。

 

 そして、この話を切り出したのは当然、この情報を利用する為だ。

 

「辻先輩を見かけたら、接近すれば多分そのまま落とせます。加古さんからもそう聞いていますし、これを利用しない手はありません」

「でも、そう上手く行くかしら? 幾ら女性が苦手とはいえ、ただ姿を見ただけで行動不能になるなんて事、あるのかしら?」

 

 だが、此処まで聴いても那須は未だ半信半疑であった。

 

 幾ら女性が苦手とはいえ、ランク戦の最中に男女の違いなど気にする余裕があるだろうか?

 

 那須の抱く辻のイメージといえば、表情を崩さない整った顔の男性、というものだ。

 

 直接話した事はないが、周囲の声を鑑みてもその評価は間違っていないように思える。

 

 その彼が、女子を前にしただけで動けなくなるとは、ちょっと想像がつかなかったのである。

 

「ええ、あると思います。だって、辻先輩の行動パターンは、私と良く似ていますから」

「小夜ちゃんの……? あ、そっか」

 

 そこで那須は一つの事実に行き当たり、ポン、と手を叩いた。

 

 小夜子は、男性恐怖症である。

 

 故に、異性に対して恐怖症を患っている者の行動は、小夜子自身の行動を鑑みればおのずと分かる。

 

 その小夜子のセンサーが、告げているのだ。

 

「────間違いなく、辻先輩は女性恐怖症の類です。あの人は、私の同類ですよ」

 

 辻は、女性恐怖症である、と。

 

 小夜子のような手合いの勘は、時として法則(ロジック)を超越する。

 

 その小夜子が言うのだから、ほぼ間違いないと考えて良いだろう。

 

「ですので、いざとなったら接近して動きを封じて下さい。無理に狙う必要はありませんが、チャンスがあれば利用していきましょう」

 

 

 

 

「辻隊員、旋空弧月を連打……っ! 障害物を斬り払いに回ったか……っ!」

「まあ、そう来るだろうね」

 

 王子はふむ、と呟き画面を見据えた。

 

「ナースを落とすには、どうしたって障害物が邪魔になる。まずはそれを排除しようというのは、当然の事だ」

 

 幸い、近くに大きな建物はないしね、と王子は告げる。

 

 王子の言う通り、那須は障害物が多ければ多い程その厄介さを増していく。

 

 故に、その障害物を排除しようというのは、ごく自然な発想だ。

 

 少なくともこうすれば、那須としては黙っているワケにはいかないのだから。

 

「このまま障害物が除去され続ければ、ナースは隠れ場所を失う。そうなれば勝ち目はないから、動かざるを得ない筈だ」

 

 それに、と王子は口に出さず思案した。

 

(辻ちゃんの()()を知っているか否かで、此処からの展開は大分変わる。問題は、()()()()()()知っているか、だね)

 

 

 

 

(大分家は斬ったけど、那須さんが出て来る気配がないな)

 

 辻は旋空を放ち終えた後、周囲の様子を注意深く伺った。

 

 彼が旋空を連打し、家屋を斬り裂き始めてから何故か那須の弾幕は成りを潜めている。

 

 恐らくではあるが、辻を迎撃するよりも距離を取る事を優先したのかもしれない。

 

 家屋を斬り崩せば、那須が隠れる場所は少なくなる。

 

 貴重な障害物を次々と壊す辻の行動を、放置する事は出来ない。

 

 此処で那須に取れる手段は、二つ。

 

 辻を攻撃して家斬りを止めさせるか、この場から移動するか、である。

 

 そして那須は、後者を取った。

 

 辻は、そう判断した。

 

(────いや、違う。此処で那須さんが、退く筈がない)

 

 ────────この、今の状況でなければの話だが。

 

 確かに、通常であればこの戦場を放棄し、七海との合流に向かったという話も筋が通る。

 

 だが、今回に限って言えばその行動に意味はない。

 

 より明確に言えば、リスクとリターンが釣り合っていない。

 

 この周辺と違い、七海が生駒と戦っている場所は隠れる場所が何一つない。

 

 確かに、チューニングして射程を強化すれば瓦礫地帯の外から援護する事は出来るだろう。

 

 だがそうなると、肝心の威力が足りなくなる上に、バイパーの強みを殺してしまう。

 

 変化弾(バイパー)はその性質上、障害物が多い場所でこそ、その真価を発揮する。

 

 障害物を迂回し、弾道や弾種を見切らせずに相手の不意を突く。

 

 それが、バイパー使いの真骨頂である。

 

 一方、障害物のない広い場所では、バイパーの強みはその多くが失われる。

 

 障害物で弾道を隠す事が出来ず、ただ走れば避ける事が可能であるからだ。

 

 見渡す限りの荒野のような状況と化している七海達の戦場に向けて撃っても、簡単に避けられるのがオチなのである。

 

 七海のメテオラで強引に弾道を隠すという手法も取るには取れるが、今回彼は二宮を単独で抑える為にかなりの回数炸裂弾(メテオラ)を連発している。

 

 幾らトリオン強者の七海とはいえ、流石に限度というものはある。

 

 すぐさまトリオン切れに陥る事はないだろうが、普段と比べれば余裕が少ないのは事実である。

 

 そんな状況で、那須が七海との合流を目指すだろうか。

 

 答えは否。

 

 以前までの彼女であればいざ知らず、自らを縛り付けていた殻を破った今の那須がそんなミスを冒す筈もない。

 

 故に。

 

 弾幕を張るのを止めたのは、退いたと思わせる為のブラフ。

 

 辻の意識を旋空で家を壊す事から、自分を追って来させる事にシフトさせる為の作戦。

 

 ならば、その狙いは何処にあるのか。

 

「────」

「……っ!」

 

 ────────答えは、目の前にあった。

 

 即ち、距離を詰めての強襲。

 

 家屋の瓦礫の影から、那須がキューブサークルを引き連れ現れた。

 

 バッグワームを脱ぎ捨てた彼女の肢体が、身体の線の出る隊服越しに辻の網膜に焼き付けられる。

 

 途端、辻の動きは止まった。

 

 頬が紅潮する。

 

 心臓の鼓動が高鳴る。

 

 身体が、痺れたように言う事を聞かない。

 

 半ば女性恐怖症一歩手前に近いその症状が、マスタークラスの攻撃手の動きを止める。

 

 その隙を、那須が逃す筈もなかった。

 

「────」

 

 キューブサークルが、弾丸として放たれる。

 

 その弾幕は、辻の四方を覆うように弾丸の檻を形成する。

 

 那須の得意とする包囲射撃、『鳥籠』。

 

 毒蛇の檻が、辻の身体を閉じ込める。

 

 自らの危機に、ようやく辻の身体が動き出す。

 

 けれど、前に出る事は出来ない。

 

 これ以上近付けば、防御手段すら取れなくなる。

 

 故に。

 

 彼が選んだのは、後退。

 

 後方に跳躍し、シールドを広げて身を守った。

 

 だが。

 

「甘いわ」

「ぐ……っ!」

 

 そんな苦し紛れの防御など、那須(かのじょ)に通じる筈もない。

 

 鳥籠は、ブラフ。

 

 毒蛇の檻は、一本の大蛇へと形を変え、広げた辻のシールドを食い破った。

 

 包囲射撃と見せかけての、一点集中射撃。

 

 幻惑の毒が、辻の身体に牙を突き立てる。

 

 シールドを破られた辻の右腕が、弾丸によって吹き飛ばされた。

 

 当然、右手に握っていた弧月も腕と共に身体を離れる。

 

 武器を失い、少なくない痛手を受けた。

 

 あと一歩。

 

 あと一歩で、辻は落ちる。

 

 那須隊には追加点が入り、B級一位の座に近付くだろう。

 

 二宮隊の、完全敗北。

 

 その未来が、実現してしまう。

 

 女を斬れない、という弱点を抱えていた所為で。

 

 二宮隊の威光を、地に落としてしまう。

 

 それを、許してしまうのか。

 

「え……?」

 

 ────────有り得ない。

 

 たとえ、弱点を克服出来ずとも。

 

 辻は、誇りある二宮隊の攻撃手。

 

 故に。

 

 自分の出来る仕事は、全てやり遂げて然るべき。

 

 その証拠が。

 

 辻の身体を食い破るようにして那須の胸に突き立った、一つの刃となって表れた。

 

 刃の名は、スコーピオン。

 

 否。

 

 その刃の真の名は、『マンティス』。

 

 影浦隊攻撃手。

 

 影浦雅人の操る、スコーピオンの発展型。

 

 それが、辻を串刺しにする形で貫通し、那須の胸に突き立てられていた。

 

「────やっと、隙を見せたな」

 

 辻の身体の影から、彼の背中に手を押し付けた影浦が姿を見せる。

 

 その瞬間、那須は全てを理解した。

 

 辻は、咄嗟に後ろに逃げたのではない。

 

 その行動は、()()の為のものではない。

 

 逆だ。

 

 自分の身体で、影浦の身体を隠す為の()()()()

 

 辻は、影浦を自分の身体で隠す事で。

 

 影浦に、自分ごと那須を攻撃させたのだ。

 

 その意図を、影浦の感情受信体質(サイドエフェクト)越しに伝える事で。

 

 恐らく、辻が影浦に向けた感情は「期待」か「信頼」。

 

 その類の感情を影浦に向ける事で、彼に自分諸共那須を仕留める行動に踏み切らせたのだ。

 

 影浦は、辻の意図を正確に理解していた。

 

 だから望み通り、纏めて串刺しにしてやった。

 

 彼がやった事は、それだけである。

 

 完全に辻に利用された形だが、それでも悪くないと影浦は思っていた。

 

 辻は、自暴自棄になって自分に丸投げしたのではない。

 

 逆だ。

 

 自分の仕事をやり遂げる為に、その身を犠牲に那須を仕留める駒となった。

 

 そういう割り切りは、影浦としても嫌いではない。

 

 むしろ、その心意気を汲んだからこそ、辻の作戦に乗ったのだ。

 

 彼の決意に、敬意を表して。

 

 辻は最初から、自分の弱点を利用して那須を釣り出すつもりであった。

 

 彼の弱点を知る小南や加古は、那須隊のメンバーと繋がりがある。

 

 そして那須隊は、相手の弱点を放置するような甘い部隊ではない。

 

 突ける隙は、容赦なく突く。

 

 それが、今の那須隊のスタンス。

 

 辻は、それを利用した。

 

 情報収集を怠らなければ、辻の弱点はおのずと知れる。

 

 その事は、辻自身も良く理解していた。

 

 だからこそ、その弱点を逆手に取った。

 

 那須に、辻の動きを止める為に、前に出て来させる目的で。

 

 家屋の破壊も、撤退の偽装も、その全てが本当の狙いを隠す為のブラフ。

 

 辻の目的は最初から、自分の弱みを利用して、影浦に那須を仕留めさせる。

 

 それのみであった。

 

『『警告。トリオン供給機関破損』』

 

 辻と那須の身体に刃が突き立った胸部から罅割れが広がっていき、機械音声が二人の致命傷を告げる。

 

 辻は笑顔で、那須は悔し気な顔で。

 

 己の脱落を、受け入れた。

 

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 機械音声が、二人の脱落を告げる。

 

 辻と那須は光の柱と化し、戦場から消えていった。





 言いたい事はいっぱいあるけど、とりあえず一つ。

 ラフの香取ちゃん、美人過ぎない?
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