「……くお……っ!?」
鈍い音と共に、諏訪の生身の身体が『緊急脱出』用の黒いベッドに受け止められる。
目に映るのは、見慣れた天井。
自分が那須にやられて緊急脱出した事を今更ながら実感し、諏訪は溜め息を吐いた。
「ったく、今回いいトコなしだな俺ぁよ。後は笹森に任せるっきゃねぇか」
諏訪はそう呟くとベッドから起き上がり、部屋を出る。
するとオペレートの為機器を操作している『諏訪隊』オペレーターの
「諏訪さん、お疲れ様です」
「おつ~、諏訪さん一点も取れなかったね~」
「ったく、言われなくても分かってるっつーの」
丁寧に諏訪を労う堤とは対照的に軽口でからかう小佐野に、諏訪は苦笑する。
口は少し悪いが、敢えて軽く言う事で諏訪をフォローしているつもりなのだろう。
そのあたりの事が分かるくらいには、小佐野との付き合いは長かった。
「とにかく、もう勝ちはなくなったにしても一発はぶちかましてやりてえからな。笹森を全力でフォローすっぞオラ」
「実際にやるのは殆ど私だけどね~」
「うっせ、気分だよ気分」
小佐野と軽口を言い合った後、諏訪は通信越しに笹森に声をかけた。
「笹森、悪ぃが後は頼んだぜ。
『了解です、諏訪さん……っ!』
諏訪の激励に、笹森は通信越しに力強く答えた。
(…………もうすぐ、日浦さんの背後を取れる)
一人、笹森は森の中を進んでいた。
遠くでは光と爆音が繰り返し響き渡っており、今も尚主戦場では『那須隊』と『鈴鳴第一』が激突しているようだ。
無論、その戦場に加わる気は笹森にはない。
自分が行って、どうこうなる場所ではない事は痛い程理解している。
何故なら、あそこで戦っている人達は皆自分より強い。
NO4攻撃手である村上は言うに及ばず、七海も以前個人戦でボロ負けしているし、那須もあの弾幕を掻い潜って本人に斬り込むのはもう仲間の支援が望めない笹森には不可能だった。
三人程突出した能力は持っていないが、来馬は村上のサポーターとしての能力は決して侮れるものではない。
本人はあまり自分が強いとは思っていないようだが、村上の動きを理解した的確なサポート能力は安定感があり、判断能力もそう悪くない。
正直、村上と来馬のコンビとは正面から当たりたくないというのが本音だ。
それに対して自分は、何か尖った強みがあるワケでもない。
笹森の基本的な動きは諏訪と堤が銃撃している間のシールドでの護衛役、もしくは銃撃している最中に『カメレオン』で接近してシールドを割りに行く事だ。
部隊が三人全員揃っているのであればある程度活躍出来る自信はあるが、今回は既に諏訪も堤も緊急脱出している。
笹森だけMAPの端に転送されてしまったという運の悪さもあったが、このROUND1でもう自分達の勝利の芽はないだろう。
自分があの主戦場に飛び込めば、即死する。
それは懸念でもなんでもない、ただの厳然たる
(けど、それでも一矢報いる事は出来る……っ!)
だが、笹森は全てを諦めたワケではなかった。
今こうして笹森がバッグワームを使いながら森の中を駆けているのは、唯一主戦場から離れた相手────日浦茜を仕留める為だ。
茜はこの試合で二点を捥ぎ取り、隊を的確にサポートする目覚ましい活躍を遂げた。
しかし、狙撃手である以上攻撃手に接近されればどうしようもない。
彼女がメインで使っているのは速射性のあるライトニングではあるが、自分にはカメレオンがある。
茜の姿が見えたらバッグワームからカメレオンに切り替え、狙撃銃が使えないくらい接近して攻撃すれば茜は仕留められる筈だ。
元々、狙撃銃のトリガーは文字通り
銃手のトリガーとは比べ物にならない射程を持っている代わりに、小回りが利き難いのだ。
そして茜には、元攻撃手である荒船のように接近された場合の明確な対処方法があるワケでもない。
笹森は攻撃手としてはお世辞にも強い部類であるとは言えなかったが、自分の
(見えた……っ!)
そして遂に、遠目に茜の姿を視認する。
光と音の炸裂する主戦場を挟んだ、丁度真ん中。
幸い、主戦場から響き渡る爆音で茜が自分の接近に気付いている様子はない。
(カメレオン、起動……っ!)
笹森はレーダーから身を隠すマント状のトリガー、バッグワームを解除し、
トリガーの効力によって笹森の姿が透明化し、見えなくなる。
(行くぞ……っ! 速攻で片付ける……っ!)
バッグワームを脱いだ事で、既にレーダーには捕捉されている筈だ。
故に、オペレーターによって位置を特定される前に、至近距離までカメレオンで近付いて倒す。
これしかない。
茜を倒したら、自らの意志で緊急脱出し離脱する。
他の面子相手では勝ちの目等全く見えない以上、それが今出来る最善の筈だ。
(獲った……っ!)
笹森は茜の至近まで近付いた所で、カメレオンを解除。
鞘から抜いていた『弧月』を起動状態に切り替え、茜の背に向かって振り下ろす。
これで、ようやく一点。
笹森は、そう確信した。
「あーあ、結局見落としたまんまだったか」
観戦席でその様子を見ていた太刀川は、溜め息を吐いた。
そして、
「────『那須隊』は今、
「え……っ!?」
────笹森の振り下ろした弧月は、受け止められた。
他でもない、
そして、気付く。
目の前に、長身の少女が立っている。
霧に溶け込むような色合いの
「熊谷先輩……ッ!? まず……っ!」
まさか受け止められるとは思いもしていなかった攻撃が止められた事に動揺し、笹森の動きが一瞬硬直する。
この場で、それは致命的だった。
「あ……っ!?」
弧月を持っていた右手首が、撃ち抜かれる。
視線の先には、ライトニングを構えた茜が銃口をこちらに向けていた。
右手を失った事で弧月を持つ腕は左腕だけとなり、当然かかる力は半減する。
「やああ……っ!」
「うあ……っ!」
その隙を逃さず、熊谷が両手で弧月を持ち、下から突き上げるように笹森の弧月を押し戻す。
男性と女性との膂力の差があるとは言っても、笹森は小柄で熊谷は女性にしては比較的長身。
スポーツ好きな事もあって並の男子よりは相当身体を鍛えており、フィジカル面もかなり優秀だ。
そんな彼女の両手持ち弧月を、左腕だけになった笹森の弧月で対処するのは無理があった。
当然の流れとして笹森は弧月を腕から弾き飛ばされ、己の武器を失った。
「────はあああ……っ!」
────そして、一閃。
「が……っ!?」
熊谷はそのまま弧月を振り下ろし、動揺していた笹森はシールドを張る間もなく刃を受けた。
それが、致命。
袈裟斬りに両断された笹森の身体は罅割れ、その機能を失っていく。
(く…………やら、れた……っ!? 最初から、隠れていたんだ……っ! バッグワームを着て、日浦さんの傍に……っ!)
熊谷がやった事は、至極単純。
バッグワームでレーダーから隠れ、茜の傍に潜んでいた。
そして茜を狙って現れた笹森を迎撃し、茜の援護でこれを仕留めた。
『戦闘体活動限界。『緊急脱出』』
機械音声が、笹森の敗北を告げる。
笹森は悔し涙を流しながら、光の柱となって戦場から消え去った。
「おーっとぉ、ここで『諏訪隊』最後の一人、笹森隊員が『緊急脱出』……っ! 単独で日浦隊員を狙ったが、バッグワームで隠れて護衛していた熊谷隊員によって返り討ちにされたぁ……っ!」
「完全に、嵌められましたねあれは」
ノリノリの実況を続ける桜子の横で、東が苦笑してそう告げた。
「最初は七海、次に日浦、最後に那須隊長の活躍を見せつけて、『諏訪隊』の意識から熊谷の事を失念させた。恐らくこれは、計算づくでしょうね」
東の言う通り、この戦いでは七海を初めとした三人は鮮やかと言える程の戦果を挙げていた。
堤を奇襲で落とし、乱戦を完全にコントロールした七海は言うに及ばず。
茜はその精密射撃で二点を捥ぎ取ったばかりか的確に部隊を掩護し、厄介な相手として印象付けさせた。
那須も鮮やかな奇襲で諏訪を落とし、七海共々高度な機動戦を展開している。
言うならば、この三人を陽動とする事で相手の意識から熊谷の存在を隠したのだ。
熊谷は霧の中では非常に見え難い白いバッグワームで風景に溶け込んでおり、バッグワームを使っている以上レーダーにも映らない。
だからこそ笹森は熊谷の存在に気付かず、不用意に茜に近付いてしまったのだ。
「成る程、他の三人が敢えて目立つように動かす事で、熊谷隊員の存在を見落とさせたんですね。今回の『那須隊』は、中々にえぐいですねえ」
「七海先輩は、そういうトコはホントシビアだからね。仲が良い相手でも、戦う時には容赦しない。そういう人だよ、あの人は」
「そういう割り切りが出来る奴は、強いですからね。実戦を想定した訓練である以上、そういった姿勢は見習うべきでしょう」
三人はそれぞれの言葉で七海を称賛し、桜子は大画面に映る映像を主戦場のそれに集中させ、実況を再開する。
「さあ、これで残るは『那須隊』の全員と『鈴鳴第一』の二名のみ……っ! 『那須隊』の快進撃が、全く止まらないぞぉ……っ!」
「笹森君は駄目だったか……っ!」
「厳しいですね。これは」
遠くで立ち上った『緊急脱出』の光と笹森が落ちた事を伝えるアナウンスを受けて、来馬の顔に焦りが浮かぶ。
『諏訪隊』が茜を仕留める為に笹森を単独で動かしていた事は、彼等も分かっていた。
この戦場に現れていない以上、厄介な狙撃手を獲りに行ったと推測するのはそう難しい事ではない。
狙撃手を仕留めてくれるのは彼等としても助かる為、期待していたのだが…………どうやらそれは、失敗に終わったらしい。
「────メテオラ」
「く……っ!?」
「うわ……っ!?」
だが、動揺している暇はない。
七海から無数のメテオラが撃ち込まれ、周囲の地形を穴だらけにしながら二人の視界を爆発が塞ぐ。
「──────」
「「『シールド』……ッ!」」
そこに、那須が放った無数のバイパーが全方位から襲い来る。
『鳥籠』と呼ばれるこの那須の戦法相手に今出来る事は、固定シールドで弾丸を防ぐ事のみ。
包囲射撃の弾丸は、固定シールドによって防がれる。
しかし、
厄介なのは、七海と那須の
先程の村上の旋空弧月で木々が少なくなっている至近距離を七海が駆け回り、そのサイドエフェクトを活かした立ち回りで村上達の動きを封じ込める。
そして、那須はバイパーの射程距離を利用して木々の生い茂った比較的遠い場所を跳び回り、常に移動しながらバイパーを撃ち続けている。
弾幕を張る那須に接近しようにも七海のメテオラで視界も移動経路も塞がれる上、木々が邪魔となって来馬のアサルトライフルでも那須を狙い撃つ事が出来ない。
自分達の強みを活かした、狡猾な位置取りであった。
村上達はそんな二人に翻弄され、今も尚その場から動けずにいる。
そして当然、止まった相手を逃す七海達ではない。
「────メテオラ」
「く……っ!」
「うぐ……っ!」
七海の手により、メテオラの雨が降り注ぐ。
バイパーを受け止めた事で限界に達していた固定シールドは、その爆発によって砕け散る。
「──────仕留める」
そして、その隙を逃さず那須が再びバイパーを放つ。
複雑な軌道を描く無数の弾丸が、村上達に迫る。
「来馬隊長……っ!」
「うわ……っ!」
シールドを張り直すのが間に合わないと見た村上は、七海のメテオラ連打によって地面に空いた穴の中に来馬を押し込んだ。
そして自分もその穴の中に飛び込み、レイガストを掲げ穴を塞ぐ
「くうう……っ!」
そして、レイガストにバイパーが着弾。
衝撃に耐えながら、村上はレイガストで弾丸を受け止め続ける。
(ん……?
村上は自分のレイガストで受け止めている弾丸のサイズが、先程のそれより細かく分割されている事に気付く。
細かく分割されているという事は、威力を犠牲に弾数を増やしているという事。
しかし、解せない。
レイガストを連続攻撃で割るつもりなら、弾数よりも威力重視で来る筈だ。
バイパーは元々、威力の高い弾丸ではない。
その変幻自在の軌道が売りの、
ただでさえ低い威力の弾丸を、穴に隠れて包囲する必要のない相手に必要以上に分割する。
その意味は、なんなのか。
「……っ!? まさか……っ!?」
それに気付いた村上は、ハッとなってレイガスト越しに真上を見上げた。
すると自分に向かって降り注ぐバイパーの他に、
そのその着弾位置を確認し、村上は血の気が引いた。
そこには、度重なる爆発で抉られたクレーターの中に設置された、
それも、一つや二つではない。
クレーターの中に一定間隔に設置された『メテオラ』のキューブは、合計7つ。
軌道を外れたバイパーの弾丸は、その全てがメテオラのトリオンキューブに向かっていた。
それを視認した村上は慌てて来馬と共に穴から出ようとするが、時既に遅し。
「────悪いね、鋼さん。今回は、
「……っ!!」
────そして、着弾。
クレーターに設置された七つのメテオラキューブは那須のバイパーが着弾すると共に、起爆。
トリオンキューブは連鎖的に爆発を引き起こし、周囲の地面が下から吹き飛ばされる。
避けようのない至近距離で穴の中に籠っていた村上と来馬は、為す術なくその爆発に呑み込まれた。
『戦闘体、活動限界────『
機械音声のアナウンスと共に、二つの光の柱が立ち上る。
それが、決着の合図。
仲間は、一人も欠けず。
そして、対戦相手は、全て『那須隊』が討ち獲った。
試合結果が、表示される。
『諏訪隊』0Pt
『鈴鳴第一』0Pt
『那須隊』8Pt(6得点+生存点2点)
────
B級ランク戦、ROUND1。
誰もが瞠目した、七海の初陣だった。
というワケでROUND1、終了。
那須隊の完全勝利です。
次回、総評諸々となります。