「辻隊員、那須隊長の両名が
「流石だね。辻ちゃんも、カゲさんも」
会場の面々が瞠目する中、王子は一人笑みを浮かべてそう告げる。
今の攻防、その真意。
それを、理解しているが故に。
「辻ちゃんは、自分の仕事をこなしきった。自分自身を囮にする事で、今の結果を引き寄せたんだ」
「では、最初から自分ごと那須隊長を影浦隊長に仕留めさせる事が辻隊員の狙いであったと?」
「間違いなくね」
まず、と前置きして王子は続ける。
「辻ちゃんの目的は、きっと那須隊に得点をさせない事。より詳しく言えば、この試合で那須隊の合計点が二宮隊を上回らないようにする事だった」
「現在の二宮隊はこの試合で獲得した3Ptを含め合計50Pt、そして那須隊はこの試合での獲得点3Ptを加えて48Pt。那須隊が誰か一人でも落とした上で生存点を獲得すれば、二宮隊の得点を上回りますね」
蔵内の言う通り、那須隊はあと一人でも落としたうえで生存点を得られれば二宮隊の総合点を上回る。
辻としては、それだけは避けたかった筈だ。
B級一位。
たとえ
とうの二宮が落とされたとしても、一位の看板までは譲らない。
そんな、執念を感じる立ち回りであったと言える。
「その為には、高い制圧力を持つ那須を落とし、尚且つ影浦に可能な限り無傷で生き残って貰う必要があった。だから、自分を犠牲に那須を落とす作戦を実行したんだろう」
「辻ちゃんの本分は、サポーターだからね。マスタークラスの攻撃手としての腕前は確かなものだけど、流石に相手が悪い。誰も彼も、一筋縄ではいかない面々ばかりだからね」
特に
流石に
その程度の気遣いはきちんと出来る、王子なのであった。
「だから、確実に仕事を成し遂げられる手段として自己犠牲の手に打って出た。ここらへんの判断のクレバーさは、流石と言えるね」
「影浦なら、チャンスを逃しはしないだろうからな」
状況も、辻に味方していたと言える。
影浦はサイドエフェクトで、相手の感情を感知出来る。
それを利用する事で、別部隊であり通信の手段など無い影浦との疑似的な意思疎通が可能となっていた。
その上で自らが囮となってチャンスを作り出し、影浦が那須を仕留める機会を用意して見せた。
サポーターの攻撃手という異色の立ち位置を持つ辻の強みを、十全に活かし切った仕事ぶりと言えるだろう。
「これでカゲさんは、晴れて
ヒューラーもカゲさんを狙うとは思えないし、と王子は言う。
確かに、狙撃が効かない影浦を茜が狙っても、返り討ちにされるだけなのでデメリットしかない。
大して時間も稼げず、駒を無為に失うだけの結果で終わるだろう。
そもそも、茜のいる場所は七海の戦う場所を挟んだ向こう側。
物理的にも、狙いに行ける位置取りではない。
影浦の行動を阻害するものは、何も無いと言って良いだろう。
「乱戦になれば、カゲさんが一番有利だ。イコさんとしてもシンドバッドとしても、カゲさんが来る前に決着を付けたい筈だからね」
だから、と王子は笑みを浮かべる。
「狙うのはきっと、短期決戦。イコさんもシンドバットも、勝負を長引かせるつもりはない筈だよ」
『七海先輩、那須先輩と辻先輩が落ちました。直に影浦先輩がやって来ます』
「了解した」
七海は生駒と対峙しながら、小夜子の報告を聞いていた。
影浦が生き残った事に、驚きはない。
那須が落とされてしまった事は少々想定外ではあったが、この状況ならばその可能性は有り得ると踏んでいた。
この市街地Aは、高い建物がそう多くはない。
入り組んだ場所も少なく、三次元機動を戦術の根幹に組み込んでいる那須とは相性が悪い。
故に、状況次第で那須はあっさり落とされかねないと、七海は考えていた。
だが、今は終わった事に割く思考のリソースの余裕はない。
生駒達人。
ボーダーでも随一の旋空使いと、対峙している真っ最中なのだから。
戦闘では、余計な
自分の失敗を悔いて動きが鈍る、取るべき得点ばかりを気にして足元が疎かになる。
その他様々な、その時その場で危急に考慮する必要のない思考。
戦闘に慣れた者は、真っ先にそういった無駄な思考を排除する。
一分一秒の重みが勝敗を左右する戦場では、雑念を抱いた者から負けるのだ。
決意も、覚悟も、本来であれば試合開始前の時点で固めておくべきものである。
よっぽどの意識改革があったのであれば仕方ない面はあるが、基本的に戦闘中な余計な思考にリソースを割くべきではない。
戦闘中と、普段の生活。
その意識の切り替えを意図して出来ていなければ、到底一流の戦闘者とは呼べない。
故に、余計な思考は全て
必要な情報のみを取捨選択し、先へ進む道標とする。
今必要な情報は、影浦の動きと生駒の出方。
そして、戦場全体の配置図である。
影浦の戦う場所と此処はかなり離れてはいるが、彼の足ならば到着まではそう長くはかからない筈だ。
狙撃や奇襲を警戒しているのならばまだしも、ただ直線距離を走れば良いだけなのだから。
つまり、
乱戦での得点能力は、七海よりも影浦の方に分がある。
基本的に味方の援護を前提とする七海と違い、影浦はチャンスがあれば単騎特攻すら全く辞さない。
そして、攻撃能力自体も影浦の方が上だ。
機動力に重きを置く攪乱重視の七海と違い、影浦は機動力よりも攻撃力に特化させている。
サイドエフェクトによる攻撃感知という特性をフル活用し、リソースの全てを攻撃に注ぎ込んでいるのが影浦だ。
同じ土俵で戦った場合、影浦に得点を荒稼ぎされてしまう恐れがある。
B級二位以内を目指している那須隊からしてみれば、その展開は可能な限り避けたいところである。
故に、すべき事はもう決まっている。
影浦の到着前に、生駒を倒す。
時間稼ぎは、むしろ状況を悪化させるだけ。
此処で決める。
七海は、真っすぐ生駒を見据えた。
生駒は納刀した刀の柄に手をかけており、旋空の発射体勢に突入している。
恐らく、生駒の方も考える事は同じだ。
影浦の介入が無いうちに、目の前の相手を仕留め切る。
故に。
「────旋空弧月」
旋空が、放たれる。
生駒旋空ではない。
連射可能な、通常の旋空。
その牽制目的で放たれた旋空を皮切りに、次々と旋空の刃が放たれた。
────────生駒達人にとって、七海玲一の第一印象は「線の細い少年」であった。
七海と初めて会ったのは、およそ一年前。
影浦に、弟子がいると聞いて会いに行った時の事だった。
正直、驚いた。
とうの影浦とはランク戦で何度も戦り合って来た仲だが、とてもではないが弟子を取る人物には見えなかったからだ。
影浦は、ボーダー内での評判はあまり良いとは言えない。
その時はまだ例の「根付さんアッパー事件」を起こす前ではあったものの、常に苛ついているように見える上に素行自体も決して良いとは言えない影浦を敬遠する者は多かった。
しかし彼のサイドエフェクトの事情を知る者にとってはその理由も周知の事実である為、生駒にとって影浦は手応えのあるとても強い対戦相手、という認識が強い。
その生駒をしても、影浦が弟子を取るような性格にはとても見えなかったのだ。
影浦は見た目に反してとても繊細で、警戒心が強い。
人間不信の気がある、と言っても良い。
彼は己が持つ
故に、影浦は中々他人に心を許そうとはしない。
影浦隊は、そんな彼の厳しい審美眼に叶った者達の集まりだ。
中々他人を懐に入れない分、一度身内認定した相手には甘いのが影浦という少年である。
だから隊の人間に対して寛容なのは理解出来るし、不思議ともなんとも思わない。
だが、とうの弟子は隊の人間ではないという。
それどころか、現在どの隊にも入隊していないフリーの隊員なのだそうだ。
するとゆくゆくは影浦隊に入隊させるつもりなのだろうか、とも思ったがとうの影浦本人は「そんなつもりはねぇ」と一蹴している。
しかし、周囲からの話を聞けば影浦とその弟子の関係は良好だという。
正直に言って、興味が湧いた。
あの影浦を、隊の仲間でないにも関わらず身内認定させた相手。
こんなもの、興味を抱かない方がおかしい。
なので、実際に会ってみた。
というか、戦ってみた。
結果は、7:3での生駒の勝利。
ぶっちゃけ、想像以上だった。
生駒が勝利したとはいえ、初見殺し性能が高い生駒旋空を使ったにも関わらず、10セット中三本も取られている。
その機動力にも瞠目したが、何より目立つのはその回避技術だった。
まるで何処に攻撃が来るか分かっているように動く七海の立ち回りは、何処か影浦と同種のものを感じさせた。
実際、その通りだった。
七海は、サイドエフェクト『感知痛覚体質』というものを有していた。
これは
流石に初見の生駒旋空は回避されなかったものの、二度、三度と繰り返す事で慣れたのか、後半では生駒に追い縋る動きを見せた。
その戦いぶりに、生駒はすっかり七海の事を気に入ってしまった。
人柄も少々真面目過ぎるきらいはあるが充分好感の持てる性格だし、攻撃手同士話せる話題も多い。
何より影浦や村上という共通の友人がいるので、親しくなるまでにはそこまで時間は要しなかった。
流石に親友、という枠組みの村上と七海の間に割って入れるとは思えないが、それでも生駒なりに親しい関係を築く事が出来たと自負している。
彼を苛む無痛症についても教えて貰ったし、感触としては悪くない筈であると。
当時の七海は、能力的には粗削りながらも、光るものを持っていた。
チームを組み、ランク戦に参加すれば必ず活躍出来るだろうと確信する程に。
事実、七海はランク戦を駆け上がって来た。
元々ガールズチームだった、那須隊の一員として。
七海の入った隊が華やかなイメージのある那須隊であった為少々過剰に反応した生駒ではあったが、そこはそれ。
すぐに頭を切り替えて、次々に順位を上げる那須隊の動向を見守っていた。
那須隊がROUND3で上位陣相手に大敗を喫した時は少々気を揉んだものの、ROUND4での動きを見て悟る。
もう、大丈夫だと。
七海はこのまま、自分の所まで上がって来ると。
そして迎えたROUND6。
生駒は、七海と戦い、そして負けた。
実質3対1という数的不利はあったが、ランク戦である以上仲間の援護を得て戦うのは当然の事だ。
これは、個人戦ではないのだ。
どんな手段で勝利しようと、結果を残せるか否かが全てなのだ。
そういった立ち回りも含めての、ランク戦なのだから。
どちらにせよ、生駒が負けたという事実は覆らない。
不思議と、嫌な気分ではなかった。
むしろ、誇らしかった。
自分が目を付けた少年は、正しくダイヤの原石であったのだと。
だからこそ、この最終ROUNDで七海と戦える時を心待ちにしていた。
今度は、負けはしない。
そう意気込んで、この試合を迎えた。
そして今、七海は自分と対峙している。
この試合は、驚く事が多かった。
その最たるものが、那須隊による『二宮落とし』である。
二宮を実質一人で抑えてみせた七海の奮闘も素晴らしかったが、その二宮を仕留めてみせた茜の手腕にも瞠目せざるを得なかった。
そして、実感した。
七海は、那須隊は強くなったのだと。
1対1の戦いであれば自分に分があると生駒は考えているが、その前提も時間をかければ影浦の介入を許し、無意味となる。
今生き残っているのは生駒と影浦、そして七海と茜の四人。
影浦は那須と辻を下してこちらに向かってる最中であるし、茜は間違いなくこの戦場に介入して来る。
時間をかければ、不利になるのは自明。
故に。
狙うは、短期決戦。
それは、七海も同じ筈だ。
影浦を介入させれば、乱戦になり七海と影浦の独壇場になる。
そうなれば一気に生駒が不利になるが、同時に七海にとっては生駒の得点を影浦に取られてしまう結果になりかねない。
だから、乗って来る筈だ。
決闘の、誘いに。
そう信じて、生駒は旋空を放つ。
七海と生駒。
二人の戦いが、本当の意味で幕を開けた。
単行本で明かされたとりまるの情報に驚愕。
そうだろうなとは予想していたけど、これで確定。
とりまるショックの反響はでかいなとツイッターを見ながら思う私であった。