「イコさん、頑張って下さいっ!」
『おう、任せとき』
通信越しに生駒の声を聴き、南沢は目に見えて喜色を露わにする。
既に生駒隊は隊長の生駒を除いて全滅し、その全員が作戦室に集まっている。
オペレートする相手が一人だけで尚且つ複雑な盤面でもない為、落ちたメンバーが補助に回らずとも真織であれば問題なくこなせる。
それでも彼らが此処にいるのは、生駒の戦いを見届ける為だ。
口には出さないものの、生駒は七海との再戦を楽しみにしていた。
それが今、叶っている。
彼以外が全滅してしまった事には思う所があるものの、結果的に生駒はほぼ無傷で七海と対峙する事に成功している。
最大の脅威であった二宮が退場した今、彼らの戦いを邪魔をする者はいない。
正確には、影浦があの場に辿り着くまでは。
故に、この戦いはそう長引く事はない。
短期決戦。
生駒も、七海も、それを念頭に置いて戦う筈だ。
だが、それで充分。
一喜一憂しながら画面を見つめる南沢も。
目を細めて様子を伺う隠岐も。
真剣な表情でオペレートする真織も。
そして、じっと画面を見据える水上も。
誰もが、生駒の勝利を願っていた。
南沢以外の言葉は無い。
けれど、信じている。
生駒の、勝利を。
皆が慕う、隊長の凱旋を。
「楽しそうやな。イコさん」
水上が、ぽつりと呟く。
彼が、視線を向ける先。
そこには、口元に笑みを浮かべながら剣を振るう生駒の姿が映し出されていた。
「旋空弧月」
旋空、一閃。
通常の旋空の二連撃が、七海に襲い掛かる。
「……!」
七海は、体捌きだけでそれを回避。
前傾姿勢で、生駒に向けてロケットスタートを切る。
積み上がった瓦礫の上を滑るように駆けるその姿は、躍動感に満ちた獣のよう。
最短最速。
余計な労力は使わず、全速力で生駒との距離を詰めにかかる。
生駒は、旋空の名手だ。
数ある弧月使いの中でも、彼ほどに旋空を使いこなしている攻撃手はそうはいない。
旋空は、非常に扱い難いトリガーだ。
「飛ぶ斬撃」のように認識されがちな旋空であるが、その実態はブレードの伸縮機能を実装したものだ。
言うなれば旋空は、一瞬で伸縮するブレードなのである。
たとえるなら、『西遊記』の孫悟空の扱う『如意棒』に近い。
自在に伸び縮みするブレードに、防御不能の切断力を付与したもの。
それが、旋空弧月。
確かに威力も射程も攻撃手としては破格のものがあるものの、真の意味で使いこなすには相応のセンスと修練が必要だ。
旋空の起動時間、即ちブレードを伸ばしている時間は凡そ一秒。
生駒旋空の場合は、0.2秒である。
短いように思えるかもしれないが、逆だ。
可能な限り調整した結果が、この起動時間なのである。
それだけ起動時間が短い理由は、何故か。
単純に、そうでなければ扱いきれないからである。
ブレードが伸びるという事は、当然その分重量も上がる。
15メートルもの長さに拡張されたブレードを振り回すには、当然相応の労力が必要となる。
だからこそ、旋空は弧月を振り下ろす瞬間にのみ起動して用いるのだ。
巨大化したブレードは、単純に
攻撃手の本領が近接戦闘である以上、そんなものを持ったままでは動きが阻害される恐れがある。
それに、剣速の問題もある。
旋空が最大の剣速を発揮する為には、ベストなタイミングで旋空を起動し、剣速を殺さずに斬撃を繰り出す技術が必要になる。
生駒は、そのタイミングの調整が抜群に巧い。
彼は、居合抜きの技術を収めている。
だからこそ、その
生駒旋空という秘奥も、そういった下地があってこそ完成した絶技と言える。
旋空弧月を使いこなす生駒の射程距離は、通常の攻撃手よりも長い。
大抵の弧月使いがセットしている旋空だが、ただ使えるだけの者と、使いこなしている者との間ではその練度に大きな差がある。
故に、大抵の攻撃手にとって旋空は、
しかし、生駒のように旋空を使いこなしている者にとっては話が別だ。
生駒は文字通り、手足のように旋空を扱える。
だからこそ、旋空の射程それそのものが生駒の斬撃空間の内側となる。
旋空の射程内に入った瞬間、凄まじい剣速で拡張斬撃が飛んでくるのだ。
故に、中距離は、生駒の距離だ。
通常であれば、中距離を制するのは銃手や射手だ。
ブレードトリガーのような高い攻撃力は持たないが、攻撃手の射程の外から一方的に攻撃を加えるそのスタイルは立ち回り次第で幾らでも有利を取れる。
上手く距離を調整出来れば、攻撃手相手に優位に立てる。
それが、銃手や射手の利点である。
だが、生駒相手ではその前提がひっくり返る。
少し距離を取っただけでは旋空がすぐさま飛んでくるし、通常旋空の射程の外である22メートル以上の距離を離れていても、生駒旋空が飛んでくる。
一方的に優位に立てる距離である筈なのに、平然と攻撃が飛んでくる脅威。
それが、生駒という男の強みでもある。
旋空の防御不能という特性も、その厄介さを後押ししている。
アステロイドやアイビスのような高威力のトリガーであっても、集中シールドの重ね掛けなどを行えば受け止める事は出来る。
けれど、旋空であれば話は別だ。
守りを固めたところで、その上から叩き斬られる防御不能の切断力。
それこそが、旋空の最大のアドバンテージ。
扱い難さの代償とも言うべき、絶対の攻撃力。
その唯一無二の利点を、生駒は活かし切る。
故に、生駒相手では銃手や射手は距離を取っても安心出来ない。
そして攻撃手の場合、射程の有利を取られてしまう相手と成り得る。
弧月使いであっても、旋空の練度で上を行かれている以上中距離線は上手くない。
スコーピオン使いでは、基本的に射程が足りない。
たとえマンティスが使える七海であっても、そもそもマンティスの射程は旋空には及ばない。
だからこそ、生駒を落とす為には接近する必要がある。
故に、七海は駆ける。
生駒の下へ。
他でもない、自らの刃を叩き込む為に。
「旋空弧月」
無論、そう易々と近付けはしない。
旋空弧月、三連。
生駒からの距離、凡そ10メートル。
その地点で、向かって来る七海を迎撃する為三連撃の拡張斬撃が襲い掛かる。
今度は、下へ回避する隙間はない。
故に。
七海は、グラスホッパーを展開。
上へ、跳躍する。
グラスホッパーの加速力を得て跳躍した七海が、一気に上空へと躍り出た。
「旋空弧月」
生駒が再び、旋空の発射体勢を取る。
七海はそれに対し、再びグラスホッパーを展開。
ジャンプ台トリガーを踏み込み、今度は下方へ降下する。
「甘いで」
「……っ!」
だが、生駒はコンマ一秒、旋空の発射タイミングをずらす。
そして、ずらしたのは発射タイミングだけではない。
その、斬線。
七海の移動先を予測して経路を変えた斬撃が、下へ向かった七海へ襲い来る。
先程から、生駒は敢えて発声認証で旋空の起動を行っていた。
今回は、それを利用した。
発声のタイミングと本当の発射タイミングをずらす事での、不意打ち。
単純ながら効果的な、揺さぶりの策。
「────」
だが、七海はそう簡単にやられはしない。
生駒が発声認証を利用した策を打つであろう事は、七海も理解していた。
故に、生駒の発声は全て無視。
己の
七海は、空中で身体を捻る事で紙一重で旋空による斬撃を回避。
そのままグラスホッパーを踏み込み、一気に生駒と距離を詰める。
最早、後退する余裕はない。
時間をかけていれば、影浦がこの場にやって来る。
三つ巴になった時点で、この盤面は様相を一変させる。
そうなれば最終的に不利になるのは自分だと、七海は理解している。
基本的に乱戦が得意とされる七海だが、それはあくまで仲間の援護を前提としたもの。
単騎での乱戦の得点力そのものは、影浦に軍配が上がる。
乱戦になった時点で、生駒の得点を影浦に取られてしまう可能性が高まるのだ。
故に、そうなる前に決着を着ける必要がある。
既に、後退という選択肢はない。
前へ。
ひたすらに前へ。
それが、今出来る最善。
加速を得た七海が、一気に生駒と距離を詰める。
「旋空弧月」
だが、それを易々と許しはしない。
旋空弧月、四連。
四つの斬撃が、七海に向けて放たれた。
斬線は、四つ。
下手に上に逃げれば、上方に向けて放たれた斬撃に触れてしまう。
かと言って、下に回避出来る隙間は無い。
ならばどうするか。
答えは一つ。
最小限の動きで、斬撃の隙間を縫う。
七海は、極小のグラスホッパーを展開。
それを踏み込む事で、ほんの少し上へと位置を変える。
身体を丸めるようにして、旋空の斬撃の僅かな隙間へ入り込む。
それは、己のサイドエフェクトを最大限に活かした回避機動。
何処に攻撃が来るか分かっているというアドバンテージを利用した、彼ならではの回避技術。
だが、この均衡も長くは続かない。
次の斬撃まで、回避し切れる保証はない。
故に。
「────メテオラ」
「……っ!」
此処で、
生駒に向けて放たれた、四つのトリオンキューブ。
四分割された弾丸が、生駒に襲い来る。
「旋空弧月」
当然、それを見過ごす生駒ではない。
トリオンキューブを迎撃するべく、旋空を撃ち放つ。
「────」
無論、そんな事は承知の上。
中央のトリオンキューブに、刃が突き立った。
刃の名は、スコーピオン。
七海が投擲した、ブレードトリガー。
弾体のカバーに穴が穿たれ、メテオラが起爆。
連鎖的に四つのトリオンキューブが誘爆し、周囲を爆風が席捲した。
「……っ!」
生駒は咄嗟にシールドを広げ、爆風をガード。
爆風で移動こそ封じられたものの、生駒は無傷。
そも、メテオラは攻撃範囲こそ広いがシールドの突破力は低いトリガー。
不意を突かない限り、メテオラで相手を落とすのは難しい。
『茜』
「了解」
故に、その爆発は相手を直接落とす為のものではない。
視界を塞ぎ、彼女の狙撃を実行する。
そのタイミングを待ち望んでいた茜は、イーグレットの引き金を引いた。
「────読んでたで」
「……っ!」
────────だが、それすら生駒は予測していた。
爆風の隙間を縫って飛来した弾丸が、生駒のシールドに受け止められる。
そのシールドは、通常のそれではない。
クリスタルのような角張りを持ったそれは、固定シールド。
その場から移動出来なくなる代わりに、防御力が向上するシールドの発展技術。
それを用いて、生駒はイーグレットの狙撃を受け止めていた。
「来るなら、そろそろやと思っとったで」
「……!」
生駒は、気付いていた。
七海が、一騎打ちという形に拘る筈がない事を。
確かに、生駒は一騎打ちを所望していた。
七海と二人きりでやり合いたいと、熱望していた。
だが、それはあくまで生駒の事情。
あの七海が、そんな事情に縛られる筈もない。
一騎打ちを受け入れたのは、形だけ。
七海の頭には、常に隊の勝利が描かれている。
そもそも、これはチームランク戦。
一騎打ちに拘る意味もなければ、意義もない。
どんな過程を経ようと、最終的に勝つ事こそが肝要。
その前提を、七海は決して間違えない。
だからこそ、茜の介入があるとすれば此処しかないと考えていた。
茜がイーグレットを持ち込んでいるのは、二宮落としの時に目にしている。
故に当然、ここぞという時に用いて来ると予想していた。
だからこその、固定シールド。
裏を突いてライトニングを撃ち込んで来ようが、イーグレットで突破を狙って来ようが、どちらでも対応できる一手。
それを用いて、生駒は茜の狙撃を凌いで見せた。
渾身の一射は、無駄に終わる。
その光景を見ていた誰もが、そう思った事だろう。
「────」
「……っ!?」
────────他ならぬ、茜以外は。
生駒の眼前。
殆ど密着するような距離に、いきなり茜が現れた。
テレポーター。
それを用いた、転移狙撃。
彼女はそれを、あろう事か生駒の目の前に来る形で使用した。
その手に持つのは、イーグレットではない。
アイビス。
威力特化のそのトリガーを、ゼロ距離射撃で撃ち放つ。
彼女がアイビスを使える事を、生駒は知らない。
彼女とユズルの戦いを、生駒は目撃していないのだから。
故にこそ成立する、奇襲。
茜は千載一遇の好機を活かす為、決死の転移狙撃を敢行した。
「────旋空弧月」
────────だが、生駒はその上を行く。
旋空、一閃。
茜が引き金を引くよりも速く、生駒旋空が放たれた。
長距離転移を敢行した茜に、テレポーターによる回避は不可能。
生駒旋空により、茜の胴が両断される。
神速の抜刀斬撃が、アイビスの銃身ごと少女の身体を斬り裂いた。
生駒は、予測していた。
茜が、一度の狙撃程度で終わる筈がないと。
彼女なら、更なる追撃を仕掛けて来る筈だと。
そう、理解していた。
故にこそ、いつでも旋空を撃てるように準備していた。
そして、予想通り飛び込んで来た茜を、斬り捨てた。
生駒らしい、クレバーな立ち回り。
それが、茜の奇襲を読み切った。
「────」
「な……っ!?」
だが、生駒は気付かなかった。
斬り裂いた茜の身体の、その向こう。
そこに、旋空によって斬り裂かれたトリオンキューブがある事に。
そのキューブの名は、メテオラ。
七海のメテオラではない。
茜が転移と共に展開していた、彼女のメテオラ。
彼女の身体の影に隠す形で展開されていた、茜の撃破と共に発動する誘爆装置。
それを、準備していた。
最初から、茜は狙撃が通用するとは思っていなかった。
故にこその、
旋空によって両断されたメテオラが、至近距離で起爆する。
『戦闘体活動限界。
「く……っ!」
茜の緊急脱出と同時に、メテオラが爆発。
光の柱と重なるように爆風が発生し、生駒へと襲い掛かる。
至近距離での爆風を、生駒はシールドで防御。
咄嗟のシールド展開が間に合い、生駒は無傷で凌ぎ切る。
少女の決死の一撃も、生駒には届かない。
これで終わり────────などと、思う筈がない。
このメテオラは、どう考えても
故に、来る筈だ。
この爆風に乗じて、七海の奇襲が。
(来た……っ!)
そして案の定、爆風の向こうに影が見えた。
その形状からして、恐らくはスコーピオン。
スコーピオンを投擲し、続いて七海自身が飛び込んで生駒を仕留めるハラだろう。
「旋空弧月」
故に、スコーピオンごと七海を叩き斬る。
生駒旋空、一閃。
飛来して来た影を、拡張斬撃が撃ち落とす。
だが。
「な……っ!?」
生駒が斬ったのは、スコーピオン────────ではない。
その正体は、単なる瓦礫。
剥きだしの鉄骨、それに過ぎなかった。
生駒の脳裏に、以前の戦いが蘇る。
あの時もまた、瓦礫を包んだバッグワームを七海本人と誤認し、その隙を突かれて敗北した。
故に、この瞬間。
七海は、生駒を落とす為に斬りかかって来る筈だ。
そう考え、生駒は周囲に目を向けた。
何処から来る。
神経を研ぎ澄まらせ、上方や前後左右に目を配る。
何処から来ても、対応出来るように。
だが。
「が……っ!?」
────────唯一、
生駒の胸を貫くのは、地面から伸びた刃。
それは、地面や壁を通してスコーピオンを伸ばす技術。
使用中はその場から動けない為、七海は殆ど使って来なかったスコーピオンの発展技術。
それが、背後から生駒の胸を貫いていた。
貫いたのは、胸だけではない。
胸を貫通した刃が
そして、爆風が晴れる。
生駒は、目にする。
凡そ、10メートル近く離れた場所にいる七海の姿を。
間違いなく、スコーピオンの届く距離ではない。
そう、これはただのもぐら爪ではない。
マンティス。
それを用いた、もぐら爪マンティスとも言うべき代物。
普通に使えば隙が大き過ぎて使い物にならない筈のそれを的確に用いた、最後の一手。
それが、生駒にトドメを刺した一撃であった。
『警告。トリオン供給機関破損』
「あちゃー、やってもうたな。また負けかいな」
既に致命傷を負い、弧月も手首ごと落とされた生駒に反撃の芽はない。
彼は素直に敗北を受け入れ、笑って七海を見据えた。
「絶対、リベンジしたるからな」
「ええ、待っています」
「ほな、頑張れや」
『戦闘体活動限界。
機械音声により、生駒の敗北が告げられる。
生駒は最後に七海にエールを送りながら、戦場から離脱した。
もぐら爪マンティスは普通なら
・その場から動けない。
・
というクソ使用なんで、普通はまず使えません。
今回は他に狙撃手や射手がおらず、爆風で視界封鎖したからこそ使えたというワケですね。