痛みを識るもの   作:デスイーター

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影浦雅人①

 

「生駒隊長、緊急脱出(ベイルアウト)……っ! 日浦隊員と七海隊員の連携が、勝利をもぎ取りました……っ!」

「流石だね。ヒューラーも、シンドバットも」

 

 王子は素直な称賛な言葉を口にして、蔵内もそれに頷く。

 

 生駒と七海。

 

 二人の戦いは、最終ROUNDに相応しい代物であった。

 

 称賛の言葉の一つも、出ようというものだ。

 

「今回、シンドバットとイコさんには双方共にアドバンテージがあった。シンドバットの側は、ランク戦での生駒旋空を一度体感している事。イコさんの側は、那須隊の戦術傾向を身を以て知っていた事だ」

「確かに、生駒旋空は映像で見るのと実際に体感するのとでは剣速がまるで違いますからね。それを実際に相手取った事は、無視出来ない要素でしょう」

 

 そう、生駒旋空の最大の脅威は、その初見殺し性能にある。

 

 生駒隊と戦り合う前に、映像で生駒旋空を確認するのは当然の対策だ。

 

 だが、映像と直に経験した場合とでは、生駒旋空の体感速度はまるで異なる。

 

 映像の剣速を見ているからこそ、実際の剣速との体感誤差によって斬られてしまう、というのは生駒旋空を相手にしたかなりの数の隊員が経験した事だ。

 

 那須でさえ、前回生駒と戦った時にはその剣速を見誤り、落とされている。

 

 機動力に長けた那須でさえその有り様なのだから、生駒旋空を一度直に体験したかどうか、という点はかなり大きい。

 

 七海は個人戦では生駒旋空を体感しているが、チームランク戦における生駒旋空を経験したのはあれが初めてであった。

 

 チームランク戦と個人戦では、個々の立ち回りは大分異なる。

 

 当然生駒も生駒旋空をチームランク戦向けの使い方をして来る事は自明であり、チーム戦での生駒と戦えた経験は決して無駄にはならない。

 

 同様の事が、生駒の側にも言える。

 

 那須隊は、各々尖った分野で実力を発揮する隊員が集まっており、戦術的な初見殺し性能が非常に高い。

 

 特に七海は個人戦とチーム戦では立ち回りが全く異なっており、一度個人戦で彼と戦った相手はその差異に翻弄されて落とされるケースが多かった。

 

 ROUND1での村上などは、その最たるものだ。

 

 生駒も個人戦では七海と戦っていたが、チームランク戦で戦うのはあのROUND6が初であった。

 

 そこでの生駒の敗因は、那須隊の連携とその練度を見誤った事だ。

 

 ROUND6の最終局面では、生駒は七海・熊谷・茜の連携によって敗れている。

 

 熊谷が囮となり、茜がトドメの一撃と見せかけて攪乱し、七海がラストアタックを決めた。

 

 その連携の仕込みと練度は、生駒の想像を上回っていた。

 

 故に、紙一重の差で生駒は敗北を喫した。

 

「イコさんは、那須隊の戦術をその身で味わった。だから、那須隊がどういう手管を用いて来るかを、ある程度予想出来ていたんだ」

 

 そう。

 

 それ故に、生駒は那須隊の手管をその身を以て知っていた。

 

 彼は、あの局面で茜の存在を忘れてはいなかった。

 

 七海は、仲間が生き残っている状態で大人しく一騎打ちに興じるタマではない。

 

 必ず、連携による撃破を狙って来る。

 

 そう確信していた生駒は、警戒を怠らなかった。

 

 二宮を仕留めた茜のイーグレットも、彼はしっかりとその眼に焼き付けていた。

 

 だからこそ、ここぞという時には茜のイーグレットが飛んでくると、生駒は予想していた。

 

 そして、一度の失敗程度では茜は諦めないであろう事も、理解していた。

 

 二撃目は、必ず来ると。

 

 そう信じて、迎え撃った。

 

「けど、ヒューラーのメテオラという特大の初見殺しがその前提を覆したんだ。あれだけは、イコさんも予想出来ていなかっただろうからね」

 

 だが、その直後。

 

 茜が自分の脱落を引き金として起爆するメテオラを用意していた事で、生駒の前提がひっくり返った。

 

 確かに、生駒は茜のイーグレット()目にしていた。

 

 されど、茜が自らメテオラを使用した場面は目撃していない。

 

 メテオラの炸裂音こそ響いていたが、その時は那須が辻や影浦を相手に戦っている真っ最中であり、距離の関係もあってその戦闘音によって爆発音は生駒の耳に届く前にかき消されてしまっていた。

 

 茜とユズルが戦っていたアパートは生駒の後方に位置していた為、爆発も目に出来ていなかったのだ。

 

 那須隊は、茜は、そこを突いた。

 

 生駒がまだ得ていない情報を、茜が用いるメテオラを使用して、彼の不意を突いた。

 

「ですが、生駒隊長はそれにも対応して見せました。その後への奇襲への警戒も、怠りませんでしたしね」

 

 だが、それだけでは倒れないのも、生駒という男のクレバーさである。

 

 生駒は茜の炸裂弾(メテオラ)という極大の不意打ちに対し、咄嗟にシールドで対処して見せた。

 

 その後の七海の追撃も予想して、生駒旋空で迎え撃った。

 

 それがブラフであった事に一瞬動揺したものの、追撃への警戒は怠らなかった。

 

「けど、流石のイコさんも想定外の状況が重なり過ぎた。那須隊は、シンドバットとヒューラーは幾つも()()()()()()を重ねる事で、イコさんの処理能力を圧迫し続けた。それこそが、彼等の狙いだった」

 

 されど、度重なる予想外(イレギュラー)に、生駒の処理能力には相当な負担がかかっていた。

 

 故に、気付けなかった。

 

 もぐら爪マンティスという、特大の隠し玉に。

 

「直前に瓦礫でのブラフを用いたのは、恐らくイコさんにROUND6の状況を思い出させる為だね。敢えて前回と似た状況を用意する事で、イコさんに()()()()()()()()()()()()という無意識の先入観を抱かせた。シンドバットは、そこを見事に突いたワケだ」

「これまで、七海隊員がもぐら爪を使う事は殆どなかったですからね。そういう意味でも、初見殺しの性能は高いでしょう」

 

 そうだね、と王子は蔵内の意見を肯定する。

 

「更に言えば、もぐら爪マンティスは一見強そうに見えるけど、その実隙が多過ぎてまずまともには使えない代物なんだ。もぐら爪のデメリットであるその場から動けない事と、マンティスのデメリットである両攻撃(フルアタック)故にシールドを張れない事。その二重苦があるからね」

「動けない上に、シールドも張れないとなると、普通に使えば格好の的になりますからね」

 

 そう、今回七海が用いたもぐら爪マンティスは、とてもではないが普通に使える代物ではない。

 

 何せ、もぐら爪を使用している所為でその場から身動きが出来ない────────即ち、回避が出来ず。

 

 更に両攻撃である為、シールドを張る事すら出来ない。

 

 普通に使えば、狙撃手や銃手にカモにされて終わりだ。

 

 だが今回、生き残っている相手は生駒の他には影浦しかいなかった。

 

 その影浦も、七海達は開けた場所で戦っている為いきなり奇襲を受ける心配はない。

 

 そして、とうの生駒もメテオラによる視界封鎖で七海を直接視認する事が出来ていなかった。

 

 他者の介入が来ない事を確信出来たからこそ使えた、局所的な状況故の切り札と言える。

 

 手の内を知られている事を逆手に取った、七海らしいラストアタックと言えた。

 

「さて、それでは」

「ああ、始まるね」

 

 一通りの解説を終え、桜子や王子、蔵内とレイジ。

 

 そして、会場に集まる観衆が、映像を見据えた。

 

「正真正銘、最後の戦い。カゲさんとシンドバットの、一騎打ちだ」

 

 

 

 

 ────────影浦雅人にとって、七海は弟子であり、庇護すべき対象であり、そして掛け替えのない友人だった。

 

 思えば、似たような副作用(サイドエフェクト)を持っている事もあって、何処かしら共感を感じていたのかもしれない。

 

 こいつなら、自分の痛みを分かってくれる。

 

 そんな意識があった事は、否定出来ない。

 

 けれど、実際に七海と触れ合って、影浦は「こいつは放っておけない」という意識を強く持つようになった。

 

 七海の時間は、四年前の大規模侵攻の時点で止まっていた。

 

 取り繕っていたのは、外聞だけ。

 

 その中身は、過去の悲劇から何一つ前に進んではいなかった。

 

 これでも、努力はしたのだ。

 

 荒船や村上と共に、戦う楽しさを教えた。

 

 それだけではなく、何気ない日常や、友人のありがたみも教えた。

 

 当初はただ必死なだけで余裕がなかった七海も、ある程度付き合いが良くなり、当初のような息苦しさは消えていたように見えた。

 

 だが、それが錯覚だったと実感したのはあのROUND3での戦いだった。

 

 自分の意思を押し殺し、那須の我が儘に唯々諾々と従うその姿を見て、ああ、こいつは変わってないんだな、と影浦は確信した。

 

 このままでは駄目だと、そう思った。

 

 だから、ユズルに那須を狙うように指示した。

 

 あの戦いには、東がいた。

 

 彼ならば、七海の膿を表に出す機会は逃さないだろうと、確信していた。

 

 結果は、予想通り。

 

 ユズルと東の狙撃により、七海は那須共々己の内に蓋をして閉じ込めていた膿を白日の下に晒した。

 

 その後の彼らの腑抜け具合は、酷いものであった。

 

 何度、直接殴り込みに行こう、と思ったかは知れない。

 

 だが、村上が言ったのだ。

 

 此処は、自分に任せて欲しいと。

 

 影浦の下を訪ねて、そう言って頭を下げたのだ。

 

 そして影浦は、その意を汲んだ。

 

 七海を叱咤する役目を村上に任せ、彼が立ち直るのを待った。

 

 結果として、その選択は間違ってはいなかった。

 

 後日、影浦の下を訪れて頭を下げた七海は、それまでにない晴れやかな顔をしていた。

 

 その顔を見て、思った。

 

 ああ、こいつはようやく、過去の悲劇に折り合いを付けられたんだな、と。

 

 それを為したのが自分でない事に多少思う所がないでもなかったが、そもそもあれこれと世話を焼くのはどうにも性に合わない。

 

 らしくない事をするくらいなら、村上に任せて待っていた自分の判断は間違ってはいない。

 

 そう自分に言い聞かせ、影浦は過去を呑み込んだ七海を受け入れた。

 

 それからの七海達那須隊の快進撃は、影浦も目にしていた。

 

 それまで碌に試合ログを見ていなかった影浦であったが、七海達が出る試合は必ずチェックするようになった。

 

 自分が見せたマンティスをモノにして村上を仕留めたシーンを見た時は、我知らず喝采をあげたものだ。

 

 その状況を偶然やって来たユズルに見られて生暖かい視線を送られたりもしたが、そこはそれ。

 

 ともあれ、七海の戦いぶりは影浦の満足するものであった。

 

 これなら、楽しめそうだ。

 

 掛け値なしの本音で、影浦はそう感じた。

 

 今の七海なら、()()相手として相応しい。

 

 影浦は、その確信を抱いて戦場へと繰り出した。

 

 

 

 

「────よぉ、七海」

「カゲさん」

 

 茜と生駒が緊急脱出し、一人瓦礫の上に立つ七海。

 

 その彼の下に、一人の少年が姿を見せた。

 

 少年の名は、影浦雅人。

 

 影浦隊の攻撃手にして、スコーピオンの名手。

 

 七海の師匠にして、恩人。

 

 以前、最悪の形で失態を見せてしまった相手。

 

 七海の胸に、あの時果たせなかった約束が蘇る。

 

 影浦を、超える。

 

 その約束(誓い)を果たす為、七海は、影浦は、今この場に立っている。

 

 既に、他に生き残りはいない。

 

 正真正銘、七海と影浦の一騎打ち。

 

 その状況が、遂に整った。

 

 想起される、影浦との思い出。

 

 影浦は、自分を追い込む事しか出来なかった七海を、人並みの日常へ引っ張り上げてくれた恩人である。

 

 荒船は最初の師匠として尊敬しているし、村上も大切な親友だ。

 

 そして影浦は、最も慕う先達であり、七海にとって兄のような存在だった。

 

 言葉は乱暴ながらも気遣いを忘れない彼の心配りに、どれだけ助けられて来たかは知れない。

 

 彼がいなければ、今の自分はいなかっただろうと、そう確信している。

 

 故に、想う。

 

 今度こそ、無様な姿は見せはしない。

 

 全身全霊。

 

 自分の持てる全てで、師匠(かれ)を超える。

 

 それが自分に出来る影浦への恩返しであり、最大の返礼。

 

 思えば、長かった。

 

 自分が正式に那須隊に入隊し、上位まで駆け上がった今期。

 

 都合八回の戦いは、その何れもが激戦であった。

 

 ROUND1は、地形戦と初見殺しがなければ危なかった。

 

 そうでなければ、この時の七海では村上に負けていただろう。

 

 ROUND2は、自分の事を良く理解していた荒船に、一杯食わされた。

 

 荒船が自分との戦いに拘っていなければ、違う展開もあっただろう。

 

 ROUND3は、完膚なきまでに敗北して己の間違いに気付かされた。

 

 この時の敗北が、那須隊が先へ進む切っ掛けとなった。

 

 ROUND4は、香取がこちらを舐めていなければ、ROUND3で七海が自分の間違いに気付いていなければ、危うかっただろう。

 

 ROUND5は、紙一重だった。

 

 地下と閉所という組み合わせのMAPに行動を制限され、危うい場面が何度もあった。

 

 だが、総力を以て(格上)を仕留めた経験は、決して無駄にはならなかった。

 

 ROUND6は、香取隊の成長が著しかった。

 

 ROUND4の時のような未熟さから脱却し、きちんと戦術を以て戦いに臨んでいた。

 

 生駒隊も安定した強さであり、MAPの優位がなければ厳しかっただろう。

 

 ROUND7は、王子隊が地形戦を仕掛けて来た。

 

 開けた地形と砂嵐という二重苦を以て、那須隊と弓場隊を食い合わせようとするその戦術眼は流石と言える。

 

 弓場隊も、決して侮れる相手ではなかった。

 

 帯島は粗削りながらも光るところを見せ、弓場の近接火力と立ち回りは流石の一言だった。

 

 茜が生き残れていなければ、那須の機転がなければ、危なかっただろう。

 

 そして、最終ROUND。

 

 最大の脅威である二宮隊は勿論の事、生駒隊や影浦隊も強敵揃いだった。

 

 上手く二宮隊を分断し孤立させる事に成功出来ていなければ、試合展開は全く違うものになっていただろう。

 

 先程下した生駒との戦いも、また紙一重であった。

 

 そんな強敵(ライバル)達との戦いの末に、今がある。

 

 今、念願であった影浦との戦いが本当の意味で叶う。

 

「さあ」

 

 影浦が地面を踏みしめ、その手にスコーピオンを構えた。

 

「行きます。カゲさん」

 

 七海が腰を沈め、その手にスコーピオンを手にした。

 

「────────遊ぼうぜ、七海」

「はい……っ!」

 

 両者が刃を構え、激突する。

 

 最終ROUND、ラストバトル。

 

 七海と影浦の一騎打ちが、遂に幕を開けた。





 ようやく、此処まで来ました。

 このランク戦編は、此処に辿り着く為のもの。

 七海と影浦の一騎打ち、どうかご照覧あれ
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