痛みを識るもの   作:デスイーター

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影浦雅人③

 

「おーおー、戦り合ってやがるな」

「ええ、そうですね」

 

 観客席の一角。

 

 そこでは荒船と村上が、並んで試合を観戦していた。

 

 チームメイトは予定が合わずにこの場にはいないが、それでも二人はこの試合を見逃すワケにはいかなかった。

 

 他ならぬ、七海と影浦の大一番。

 

 彼らが切望していた、ランク戦での真剣勝負。

 

 それが今、叶っているのだから。

 

 荒船は、七海の最初の師匠として。

 

 村上は、七海の親友として。

 

 そして、影浦の友人として。

 

 この試合を見届ける義務があると、そう思ったからだ。

 

 ROUND3の時は叶わなかった、二人だけの真剣勝負。

 

 それに興じている二人を見て、浮かぶ感情は様々だ。

 

 荒船も村上も、ランク戦で七海相手に一騎打ちで敗北している。

 

 他者の介入こそあったが、そもそもチームランク戦をしている以上本当の意味での一騎打ちなど有り得ない。

 

 その形に近くなったとしても、その本質は集団戦。

 

 仲間がいるのなら、必要に応じて連携するのは当たり前だ。

 

 想いだけでは勝てない、というのはよく太刀川が言っている言葉だ。

 

 相手に勝ちたい、と渇望して鍛錬するのはあくまで大前提に過ぎない。

 

 戦術を構築し、相手チームを研究し、様々な状況に対応出来るように幾つもプランを走らせる。

 

 そうした事前準備があって初めて、本当の意味での集団戦に臨めるのだ。

 

 鍛錬するのはむしろ常識。

 

 その上で、どれだけ具体的な策を用意しそれを実行出来るか。

 

 それが、ランク戦を勝ち残る上での肝と言える。

 

 七海はただ、この原則に忠実なだけだ。

 

 相手が一騎打ちを望んでいたとしても、たとえその相手が旧知の親しい相手だったとしても。

 

 七海は、()()()()()としてチームの勝利を第一に考える。

 

 それが七海の強みであり、此処まで那須隊を引っ張り上げられた理由でもある。

 

 荒船は、そんな七海に一騎打ちに応じたと錯覚させられて敗北した。

 

 村上は、強引に1対1の状況を作りながらも東の介入を許し結果として敗北してしまった。

 

 しかし、その事に後悔はない。

 

 一騎打ちに興じたのは、あくまで荒船達の都合。

 

 結果として負けたとはいえ、その事に変わりなどない。

 

 相手が一騎打ちに付き合わなかったとはいえ、その事を責めるのはお門違いだ。

 

 故に、荒船達の脳裏に飛来するのは純粋な悔しさと、昂揚。

 

 影浦は、村上も荒船も、そして七海も勝ち越せていない相手。

 

 そして七海は、荒船と村上を直接対決で下している。

 

 そんな二人が戦えば、どうなるのか。

 

 普段行っている個人戦ではない。

 

 本番の、チームランク戦。

 

 その、最終ROUND。

 

 一世一代の大舞台で、二人がどのように戦い、どのように決着するのか。

 

 それが見たい。

 

 だからこそ二人は、此処にいる。

 

 二人の戦いを。

 

 師匠と弟子の一騎打ちを、友人同士の果し合いを。

 

 直に、見届ける為に。

 

「楽しそうだな、カゲ」

 

 村上は、笑みを浮かべてそう溢す。

 

 彼の、その視線の先。

 

 そこには、不敵な笑みを浮かべながら戦う二人の姿が画面に映し出されていた。

 

 

 

 

「いい加減、うざってえな……っ!」

 

 七海のスコーピオン投擲に対し、影浦は身体を捻る事で最小限の動きで回避。

 

 そのまま先へ進もうとするが、それは七海が許さない。

 

 今度は影浦の足に向かって、二発目のスコーピオンが飛来。

 

 影浦は舌打ちと共に、一歩下がって回避する。

 

 先程から、この繰り返し。

 

 七海は、影浦が動く先を予測し、その先にスコーピオンを投げつける事で動きを縛っている。

 

 影浦の、マンティスの射程に入らないようにする為に。

 

 マンティスは七海も使えるが、習熟度で言えば影浦が圧倒的に上。

 

 そも、マンティスは影浦が独自に編み出した発展技術である。

 

 本家本元に、模倣である七海が熟練度で勝てる通りはない。

 

 そもそも、七海と影浦とでは戦闘スタイルが違う。

 

 七海は障害物やグラスホッパーを活用した三次元機動で相手を翻弄し、隙を作り出す戦術。

 

 対して、影浦はその身のこなしだけで相手に接近し、マンティスを鞭のように用いてその射程と変則的で軌道で不意を突く。

 

 七海が機動力と回避能力での攪乱に特化した戦術なら、影浦のそれはひたすらに攻撃に特化した戦術だ。

 

 チーム単位での運用を基本とする七海と戦術に対し、影浦は完全に単騎での運用を前提としている。

 

 それは、チームの構成上の違いもある。

 

 那須隊は七海が機動力を用いた攪乱を行い、那須を中核とした中距離の射撃戦で相手を制圧し隙を突いて得点するのが基本戦術である。

 

 対して影浦隊は、北添が落ちる事すら前提とした立ち回りで隙を作り、影浦というエースを乱戦に放り込んで得点を重ねるスタイルである。

 

 その為、立ち回りの方向性それ自体が違う。

 

 相手を単騎で落とす為の動きの精度であれば、影浦の方が上なのだ。

 

 無論、七海とてチャンスがあれば得点するし、自分が相手を仕留めなければならない場合は躊躇しない。

 

 だが、どうしたって経験の方向性の違いは出て来る。

 

 七海は機動力こそが命である為被弾は可能な限り避けなければならないが、影浦は七海ほど被弾に関して頓着してはいない。

 

 自分が落とされる前に、一人でも多く相手を落とせればそれで良い。

 

 そういった割り切りが、影浦にはある。

 

 更に、近距離での細かな立ち回りも、また影浦に分がある。

 

 七海は地形による有利不利がかなり如実に反映されるが、影浦は地形による有利が七海ほど顕著ではない分、どんな場所だろうと安定して立ち回れる。

 

 強いて言えば障害物だらけの閉所が影浦の得意とするフィールドだが、こういった開けた場所でも充分以上に戦える。

 

 むしろ、足場とする障害物がない分、影浦が有利とも取れるだろう。

 

 トリオンに余裕があればグラスホッパーで上空に上がって一方的にメテオラを落とし続ける、という策も実行可能だったが、現状それをしたところでさしたる意味はない。

 

 影浦の動きを止める事は出来るだろうが、メテオラの連打だけでは彼を仕留める事は出来ないだろう。

 

 ()()()()に繋がらない限り、メテオラの不用意な使用は悪手だ。

 

 七海は二宮を抑える時、この場の建造物を破壊し尽くす為に相当量のメテオラを使用している。

 

 幾ら七海の高威力のメテオラとはいえ、この周辺一帯から足場を破壊し尽くす為には、それだけの数が必要になったという事だ。

 

 故に、今すぐに落ちる程ではないが、普段のようなメテオラの濫用が出来ない程度には消耗している。

 

 明確な決め時でない限り、メテオラの使用は控えるべきだろう。

 

 かと言って、このままの状態が続くのもそれはそれでよろしくない。

 

 スコーピオンの投擲は確かに影浦の動きを制限する事は出来ているが、両攻撃(フルアタック)を前提とした動きである以上、追撃に繋げる事は困難だ。

 

 ならば何故、こんな挙動を続けているのか。

 

 それは────。

 

「ハッ、しゃらくせえんだよっ!」

「……!」

 

 不意に、影浦が動いた。

 

 七海のスコーピオンを避けるのではなく、マンティスを用いて叩き落としたのだ。

 

 鞭のようにしなるマンティスが、二撃連続で投擲されたスコーピオンを纏めて薙ぎ払う。

 

 当然、次の一撃までの間隙が出来る。

 

 そこを、影浦が見逃す筈がなかった。

 

「そら、行くぜっ!」

「……っ!」

 

 影浦はその隙を突き、こちらに向かって駆け出した。

 

 そのスピードは、速い。

 

 野生の獣の如きしなやかな動きで、影浦は一気に七海に肉薄する。

 

 既に、マンティスの射程圏内。

 

 攻撃を躊躇う理由はなく、影浦は腕から伸ばした首狩り鎌を振るう。

 

 文字通り獲物を仕留める蟷螂のような動きで、しなる刃が七海に斬りかかる。

 

 七海はそれを、バックステップで回避。

 

 当然影浦は、その後を追う。

 

「……!」

 

 七海は後退するのではなく、力強くその場の瓦礫に足を叩き付けた。

 

 飛び散る瓦礫が、影浦の視界を塞ぐ。

 

 震脚とまではいかないが、トリオン体の膂力を以て巻き上げられた瓦礫が障害物として立ちはだかる。

 

「邪魔だ……っ!」

 

 無論、トリオン体にとってそれはただの障害物。

 

 影浦の腕の一振りで、飛び散った瓦礫は薙ぎ払われる。

 

 だが、その瞬間。

 

 影浦の動きは、一瞬止まる。

 

 そう。

 

 この瞬間をこそ、七海は待っていた。

 

「……っ!」

 

 影浦のサイドエフェクトが、警鐘を鳴らす。

 

 突き刺さる敵意は、背後。

 

 影浦の真後ろの、地面。

 

 そこから、瓦礫の合間を縫って伸びたブレードが付きだされる。

 

もぐら爪(モールクロー)か……っ!」

 

 地面を通過して遠隔で刃を叩き込むスコーピオンの技法の一つ、もぐら爪。

 

 それが、迫っていた敵意の正体。

 

 七海は、ただ闇雲にスコーピオンを投げ続けていたワケではない。

 

 全ては、影浦に()()()()()()()()為。

 

 投擲を続ける事で七海が距離を取りたがっていると錯覚させ、自ら距離を詰めるよう誘導する。

 

 それが、スコーピオン連続投擲を行った目的の一つ。

 

 射程の不利をなくす為の、七海の一手。

 

 だが、これで易々とやられる程影浦も甘くはない。

 

 敵意の正体を看破した影浦は、身体を捻って難なくそれを回避する。

 

「甘ぇんだよ……っ!」

 

 そして同時に、マンティスを用いて七海の足を狙う。

 

 もぐら爪には一つ、決定的な弱点がある。

 

 それは、使用中はその場から動けなくなる、という事だ。

 

 もぐら爪は自身の足から地面に直接スコーピオンを突き刺し、地面や壁を経由して相手を狙う。

 

 故に、使っている最中は使用者はスコーピオンによってその場に縫い留められてしまうのだ。

 

 これは、接近戦に置いてかなり致命的な欠点と言える。

 

 もぐら爪はその性質上、相手の不意を突く形で使われる。

 

 つまり、相手の側面や背後からブレードを伸ばす形が基本となる。

 

 故に、もぐら爪で伸ばしたブレードは位置的に防御に使えない。

 

 そして、大抵のブレードトリガーは、シールドの1枚程度であれば叩き割れる。

 

 回避も防御も不可能な状態を自ら作り出してしまうデメリットは、決して無視出来るものではない。

 

 だからこそ、もぐら爪を使用する際は慎重にならなければならないのだ。

 

 特に、七海のようなスピードアタッカーにとっては。

 

 スピードアタッカーは、基本的に足を止める事それそのものがリスクとなる。

 

 つまり、もぐら爪との戦術的な相性は最悪に近い。

 

 七海がこれまで殆どもぐら爪を用いて来なかった理由も、それだ。

 

 サイドエフェクトを用いた回避を戦術の主眼に置く七海にとって、もぐら爪の足を止める、というデメリットは致命的だ。

 

 幾ら攻撃が来る事が分かっていても、それを避けられないのなら意味はない。

 

 故に、今この時こそ影浦にとって絶好の好機。

 

「喰らいやがれ……っ!」

 

 足が止まった七海など、羽のない鳥と同じ。

 

 此処で、仕留める。

 

 その意思を以て、影浦は右腕のマンティスを振るった。

 

「────かかりましたね」

「……っ!?」

 

 必殺の意思の下、振り抜かれた影浦のブレード。

 

 七海はそれを、()()()()躱して見せた。

 

 有り得ない。

 

 もぐら爪の使用中は、その場から足を動かせない筈だ。

 

 なのに、七海は動いた。

 

 それは、どういう理屈か。

 

 その答えは、七海の足元に在った。

 

 七海が踏み砕き、空洞を覗かせた瓦礫の地面という形で。

 

「チッ……! そういう事かよ……っ!」

 

 そう、七海が使ったのは、()()()()()()()()

 

 ただ、瓦礫の隙間を通してスコーピオンを伸ばしただけだ。

 

 今彼らが立っている場所は、厳密に言えば地面ではない。

 

 地面の上に積み重なった、瓦礫の山。

 

 つまり、瓦礫同士の間には当然ながら空洞がある。

 

 七海が最初に地面を踏み砕いたのは、ただ瓦礫を巻き上げる為だけのものではない。

 

 その本当の目的は、空洞に繋がる()を空ける為。

 

 自分がもぐら爪を使ったと、影浦に誤認させる為である。

 

 事実、影浦は七海がもぐら爪を使ったと思い込み、こうして踏み込んで来た。

 

 必殺を意識した時こそ、人は隙を晒す。

 

 この時、この瞬間こそ七海が作り出した影浦の隙。

 

 このチャンスを、逃すワケにはいかない。

 

 狙うは、影浦の右腕。

 

 マンティスを振るう為に伸び切った直後の、その長腕。

 

 まずは腕を斬り落とし、あわよくばそのまま致命傷を狙う。

 

 一閃。

 

 七海は右腕に握ったスコーピオンを、勢い良く振り下ろした。

 

「ち……っ!」

 

 影浦はその斬撃に対し、咄嗟に腕を引っ込める事で対処した。

 

 だが、一歩遅い。

 

 七海のブレードは、影浦の右手首を斬り落とした。

 

(浅いか……っ!)

 

 本当なら腕そのものを落とすつもりであったが、そう上手くは行かなかった。

 

 けれど、取り合えず痛手を与える事は出来た。

 

 そう考え、七海は追撃の一手を繰り出そうとする。

 

「オラァ!」

「……!」

 

 だが、影浦の動きの方が、速い。

 

 影浦は斬り落とされた右腕の断面から即座にマンティスを生やし、七海を斬りつけた。

 

 咄嗟に右に跳躍し、七海はそれを回避する。

 

 コンマ一秒。

 

 間に合わなければ、七海の腕は斬り落とされていただろう。

 

 けれど、間に合った。

 

 七海のサイドエフェクトが反応し、脊髄反射で身体が回避行動を取った。

 

 だからこそ、間に合った。

 

「甘ぇよ」

「が……っ!?」

 

 ────────だが、次の瞬間その結果は覆った。

 

 影浦は、右足を用いて七海を横へ蹴り飛ばした。

 

 トリオン体は、基本的にトリガーを用いなければ傷付かない。

 

 故に蹴りや殴打をされたとしても、それにトリガーが伴わない以上痛み(ダメージ)は発生しない。

 

 だが、影浦の狙いはそこではない。

 

 蹴られても確かにダメージは発生しないが、吹き飛ばす事、相手を押し込む事は出来る。

 

 即ち、影浦が振るったマンティスの、刃先の位置へ。

 

 当然の如くブレードに押し込まれた七海の右腕は、肘から先が切断される。

 

 痛み分けとしては痛過ぎる欠損(ダメージ)を負い、七海はその場から飛び退いた。

 

「もっと斬り合おうぜぇ、七海。まだ、遊び足りねぇんだからよ」

「…………望むところです」

 

 凶暴な笑みを浮かべる影浦に、七海も不敵な笑みを浮かべて返す。

 

 お互いにダメージはあれど、致命傷には遠い。

 

 故に、戦いはまだ終わらない。

 

 二人は再びブレードを持ち、斬り合いを再開した。





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